Aさんが幼稚園に通っていた頃の話。Aさんには弟にまつわる嫌な思い出がある。
弟が生まれ、Aさんは病院の産婦人科で弟と対面することになった。初めて会った弟はとても愛らしかったことを覚えているという。
ふと気が付くと、Aさんと乳児用のベッドで眠る赤ん坊たち以外は誰もいない時間があった。乳児が眠る部屋で、大人が誰もいないことは普通はあり得ない。看護師か誰かが一人はついているだろう。子供ながらにどこか居心地が悪かったことをAさんは記憶している。
そんな折、看護師用の出入り口から誰かが出てきた。それは誰とも知れない老婆だった。老婆は背がかなり曲がっていた。格好からして間違いなく看護師ではない。自分のように、新しい家族に会いに来た人なのだろうかと思っていると、老婆はAさんの弟の元に真っ直ぐに向かっていった。そして、屈み込んで、弟の顔を舐め始めた。
老婆は一心不乱に弟の頬を舐め回している。幼いAさんはただ茫然と眺めることしかできなかった。弟の頬から唾液の糸が伸びるのを見て、Aさんはやっと我に返った。Aさんは咄嗟にナースステーションへ駆け込んだ。顔馴染みの看護師を呼んで、状況を説明した。
それからは大騒ぎになった。Aさんの弟の顔には、何者かの唾液が付着していた。本来、一人はついていなければならない看護師が、何故か全員に別の仕事が入っていた。 監視カメラで不審人物がいないか確認したが、怪しい人物は誰も映っていなかった。唾液という物的証拠があるため、何者かが狼藉を働いたのは間違いないのだが、誰の仕業だったのかは全く分からなかった。
その後は奇妙な出来事は起こらなかった。弟はすくすくと成長し、二十数年の月日が流れた。弟は独身だが、恋人を作る気配もない。弟にはある思い出があり、誰かと付き合う気になれないのだという。
その思い出は朧気ながら、幼いときのことらしい。眠っていて、ふと目が覚めると、どこからかお姉さんが現れた。お姉さんは美しい人で、自分にキスをしてくれた。弟はそのお姉さんの顔が忘れられないのだそうだ。
本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。
作品情報
- 出自
- 震!禍話 十六夜 佐藤復活祭 (禍話 @magabanasi、放送)
- 語り手
- かぁなっき様
- 聞き手
- 佐藤実様

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