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2019年8月15日木曜日

ギャグ漫画『レキヨミ』と「こへ兄貴」

『レキヨミ』の魅力

 、ギャグ漫画『レキヨミ』の記念すべき単行本第1巻が発売された。作者は柴田康平先生。掲載誌はハルタ。

 私は普段はギャグ漫画を読まない。それではどうしてこの漫画は読もうと思ったのか。その話をする前に、まずはこの漫画の魅力についてお伝えしたいと思う。

 主人公は表紙に描かれた2人の姉妹である。見てのとおり獣耳が生えている。単なる記号的な猫耳キャラというわけではなく、ファンタジー世界に住まう種族としての設定が用意されているようだ。第1巻の巻末では作品の設定を解説しており、作者の凝り性が垣間見える。特に興味深い点が脚の設定で、主人公2人の脚は膝から下が獣のそれになっている。毛皮で覆われているだけでなく、つま先立ちで踵が浮いた骨格として設定されているのだ。猫や犬を飼っている方ならばすぐに確かめられるが、獣は常につま先立ちで歩く。踵は地面につかないようになっている。第1巻の時点で獣人以外の種族も既に登場している。未読の方のために詳細は伏せるが、こちらもまた魅力的な造形をしている。

 こうして作者はファンタジー世界と可愛らしいキャラクターを創造した。そして、何を思ったか、創造物を様々な分泌物が入り混じった闇鍋の中にぶち込んだ。本作は掲載誌が同じ『ハクメイとミコチ』と比較され、「汚いハクミコ」という評判を一部で獲得しているらしい。どう汚いかと言えば、唾液を飲まされるのは序の口で、失禁、嘔吐、鳥の糞直撃、肛門への異物挿入と下ネタのオンパレード。それを味のある画風で描かれた可愛らしいキャラクターたちが繰り広げるのだから、そのギャップはすさまじい。暴力的な描写も多く、特に主人公姉妹の姉の方は妹からのツッコミや事故でよく死亡する。妹の方も時折死亡する。流血沙汰もしばしば。そこまで精緻に描いていないため、グロテスクな描写が苦手な方でも読める。下ネタが駄目ならば諦めよう。

 可愛らしいファンタジーの箱庭を分泌物で覆いつくしたうえで、さらに鋭いギャグも繰り出される。胃から飛び出たサンドイッチが綺麗に弁当箱に戻ったり、魂がタバコの煙の輪をくぐり抜けたりと、芸術性が高い。鋭利なギャグに緩急を与えるためか、時折綺麗な場面も配置されている。鬱蒼とした森林に差し込む日光のコントラストを高度な画力で描いた見開きは非常に印象的。綺麗は汚い、汚いは綺麗。その両方を尖ったアイディアと画力で展開してくるのもこの作品の特徴だろう。

 ジャンルとして分類するならば「美少女もののギャグ漫画」の範疇に収まる作品ではある。それでも、ファンタジーとデザイン、お下劣ギャグ、色々な意味での芸術性といった独特の要素を兼ね備えている。ジャンルの中の外れ値にあたるのではないかと思う。ありきたりな美少女ギャグ漫画には飽きたが、同性愛気味の少女以外はお断りという方に特におすすめできる作品である。

どうしてこの漫画を手に取ったか

 ここから先が、私にとってはある意味で本題。漫画をダシに作品論をぶちまけているようなものだから読まなくてもいい。作者に対するネガティブな情報もあるため、見たくない方はここでUターンすることをお勧めする。敢えて述べるが、私は作者を告発する意図があるわけではない。

 私が作者の柴田康平先生の存在を知ったのは数年前のこと。柴田先生はかつて、「こーへー」という名義で東方Projectの二次創作を作っていたらしい。その作品の多くは現存していない。私自身、当時の彼の活躍がいかなるものだったかを詳しくは知らない。

 念のため説明するが、『東方Project』とは「上海アリス幻樂団」というサークルが開発している縦スクロール弾幕シューティングゲームを中心とした「ジャンル」である。本家本元はシューティングを中心に、格闘ゲームへの進出や、漫画や小説といったメディアミックスを展開している。

 『東方Project』の最大の特徴は大規模な二次創作コンテンツの広がりだろう。長年、多くの人々が、二次創作や原作からの刺激を受けて、東方Projectの二次創作を制作してきた。原作側が二次創作に寛容な態度をとっていたことや、数年毎に新作を出して話題性を持続させたこと、既存の膨大な二次創作の蓄積による呼び水などが要因となってか、二次創作コミュニティは今なお発展を続けている。同様に二次創作が盛んな『艦隊これくしょん』や『Fate』シリーズなどの強力なライバルも台頭したが、依然として存在感を保っている。

 インターネットの世界は広大である。比較的綺麗な二次創作コミュニティが存在する一方で、敢えておぞましいもの、拙いもの、社会から拒絶されているものから二次創作が発展していったコミュニティも存在する。実は、2018年6月頃まで、柴田先生は「こへ」という名義で「あるジャンル」において二次創作を行っていた。期間は長く見積もって数年程度だったと記憶している。ハルタでの作品掲載と並行して「ファンアート」を投稿していた。漫画業へ注力するとの理由で唯一の窓口であるTwitterアカウントを消してしまったため、今となってはその痕跡を追いかけるのは難しい。

 そして、その「あるジャンル」とは……言ってしまっていいものか、ええいままよ……クッキー☆」である。このジャンルはニコニコ動画や2ちゃんねるなどでそれぞれ独自の発展を遂げた。ジャンルの発生元はニコニコ動画に投稿された東方Projectの二次創作である。素人やセミプロの女性声優がキャラクターに声をあてた。作品の出来があまりにもひどかったことやそれに付随する様々な騒ぎが原因で、件の二次創作作品をネタにする文化が定着してしまった。意図的にツッコミ所のある東方Project二次創作を制作して、新たなクッキー☆を生み出そうとする後継者まで現れた。いわゆるナマモノにありがちな事件が影響し、声優などの関係者がインターネット上から姿を消すという悲劇に発展したことも数知れず。良識的な人間ならばわざわざ巻き込まれにいくとは考えられない。そんなジャンルである。

 このジャンルの (特にニコニコ動画における) 特徴は、作品内外から属性を抽出し、出演声優をさながら創作物のキャラクターのように変形させてしまっていることである。作中で演じたキャラクターの言動や作品外での声優の言動、単なる声の印象、さらにはそれらを邪推・妄想して膨らませたものを蒸留し、属性を抽出。それを声優と紐付けてキャラクター化してしまった。外見は萌えキャラ、声は素人声優、そんなキメラに、二次創作するのに便利で印象的な属性が与えられている。クッキー☆で二次創作する立場から考えると、クッキー☆はこのような構造になっている。

 私が柴田先生に興味をもったのは、クッキー☆というおぞましいジャンルに首を突っ込んでいる商業作家がいるとどこかで耳にしたからである。奇妙なものを集めるのが趣味の私としては、是非とも作品を読んでみたかった。さぞかし、人の道理から逸脱した作品を生み出しているのだろう。ただ、金欠のために雑誌を購入して連載を追う習慣がなかった私は、単行本化を待ち望むばかりであった。ようやく出版された作品はスラップスティックコメディ。汚物や暴力が可愛らしいキャラクターとのギャップを与えるという独特の面白さがあり、1つの作品として満足できる出来だった。ただ、最初に興味をもった方面から考えれば、人の道理を外れているとしてもそれはギャグの範疇。ある意味では期待外れだった。しかし、それは当然のことだった。よくよく考えてみると、私は大きな考え違いをしていたのである。

当時のこへ兄貴のクッキー☆二次創作作品より引用 (敢えて画素数を下げている)。引用といっても、出典は既に消滅している。ちなみに、クッキー☆以外にも東方ProjectやRWBY、スカルガールズ、政剣マニフェスティアなどの二次創作も投稿していた。

 結局のところ、クッキー☆は呪われた出自のジャンルではあるが、柴田先生にとっては単なる二次創作ジャンルの1つでしかなかったようだ。柴田先生、もとい「こへ兄貴」はどうしてこのようなジャンルに関わってしまったのか。罪悪感はなかったのか。私の推測ではあるが、人の道理を踏み越えようという意思も、極悪非道な悪ふざけを楽しもうという邪念も特に無く、そのジャンルでの二次創作が楽しそうだから手を染めたというだけのことではないかと思う。

 ニコニコ動画で「クッキー☆」と検索すると、そのジャンルの二次創作動画が腐るほど出てくる。再生数が1万を超えているものも珍しくない。インターネットは広大で、ニコニコ動画はその中で数多くあるウェブサイトの1つに過ぎない。しかしながら、クッキー☆はそれなりに盛大に繁栄していたジャンルではあった。二次創作に不可欠のキャラクターは既に用意されていた。そこそこ人気のあるジャンルだから観客もそれなりにいた。となれば、クッキー☆で二次創作を制作しようという考えを抱いてもあながち不思議ではないかもしれない。生身の体からキャラクターに身を堕とした声優たちからすれば迷惑極まりないが、キャラクター化してしまった時点でもはや生身の声は届きようがない。インターネットから姿を眩ませた関係者も多い。下手に騒いでもネタにされるだけである (むしろ迎合していった関係者すら存在した)。クッキー☆声優たちの有様は例えるならば、スーパーに並ぶパック詰めされた肉や魚に近い。血を見ずとも美味しく調理できる材料を見て、罪悪感を抱く人もいなくはないが、多数派ではない。

 敢えて妙な指摘をするが、クッキー☆は二次創作の観点で見ると、本家本元の東方Projectと似ている部分がある。東方Projectで二次創作を行うにあたり、二次創作者にとって都合がいい点は、舞台とキャラクターが最初から用意されていることである。二次創作でのキャラクター設定が原作の設定メモや描写に由来するのは当然だが、それを深読みしたり膨らませたりして二次創作に都合のいい設定を用意することにも成功した。しかも、キャラクター間の人間関係も、原作での関係性をそのまま取り入れたり、設定から妄想して新たに生み出したりすることができた。出来合いの舞台、キャラクター、その関係性を上手に配置・加工し、最低限の原則的な設定からの逸脱の抑制に努めれば、二次創作は完成する。もちろん、二次創作にも巧拙の差があり、誰でも傑作を作ることができるわけではない。それでも、一からオリジナルの創作物を作るよりかはたやすく面白い作品を作ることができる。この出来合い創作セットを組み立てる二次創作を通じ、創作者としての腕を磨いたのか、東方Projectの二次創作をかつて行っていたという商業作家の活躍も最近耳にする (柴田先生も一応はその1人である)。右も左も分からないワナビーが二次創作で力を蓄えて、商業のオリジナル創作の世界に花を咲かせるということもあるのかもしれない。商業漫画家を目指すつもりがなくても、出来合いのキャラクターを組み立てて二次創作するコミュニティでは、自分の作品を比較的に手軽に作って発表し、他者とのコミュニケーションを楽しむということも行いやすい。鑑賞者にとっても創作物の供給が非常に多いうえに、ある程度の前提知識さえをもっていれば、共通の世界観の下にある様々な作品を楽しめる。東方Projectの二次創作コミュニティは作り手にとっても読み手にとっても都合がいい環境なのである。

 そして、それはクッキー☆もまた同様だった。舞台は曖昧なようだが、キャラクター (声優) やその関係性は、作中の描写、作品外での人間関係、それを過剰に膨らませたものを土台に開拓されていった。こうして生み出された出来合いのキャラクターを加工・配置して作品を作っていけば、作品が出来上がる。東方Projectと比べると設定などが曖昧で、その束縛も緩かった。呪われた出自であることを無視すれば、東方Project以上に自由に作品を生み出すことができた。鑑賞者もそれなりにいた。

 『レキヨミ』の特徴の1つに強烈な下ネタがある。クッキー☆は出自の都合から下ネタが非常に多い。とはいえ、東方Projectでも強烈な下ネタを武器とした二次創作は珍しくない。柴田先生の作風にクッキー☆や東方Projectでの二次創作文化が影響したかどうかは定かではないが、創作の世界では版権元の許可を得たか怪しい二次創作が我が物顔でSNSを跋扈している。クッキー☆程度では呪いにはならないかもしれない。まともな出典もなく、独自研究だらけのこの怪文書を真に受ける人もいないだろう。そもそも、クッキー☆で活躍したさる人物が、東方Projectの公式誌に作品を掲載したという前例もある。柴田先生はクッキー☆の呪縛に捕らわれることなく活躍できると信じております。以前の読み切りや短期連載は単行本化するのでしょうか。読むにはハルタの既刊を買うしかないのでしょうか。人気が出てほしいものです。

……そんなことを書いていたら、短篇集『んねこん』が発売されました。ただ、まだ単行本化されていない短篇や短期連載作品があったはずです。続報を待ちます。

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