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2023年3月18日土曜日

英語版Wikipediaから見る日本の事件「京都アニメーション放火事件」

京都アニメーション放火事件の被害の様子。
撮影者はL26氏、File:Kyoto animation arson attack 1 20190721.jpgより

英語版Wikipediaは日本語版と比べるといくらかの違いがある。 特に大きな違いの一つに、殺人事件の犯人や被害者、証人や警察官などの関係者の氏名が掲載されることが挙げられる。 日本語版Wikipediaは特定の場合を除き、氏名などの個人情報の記載を禁じている。 一方で、英語版Wikipediaは、例え犯人や被害者が未成年だったとしても、氏名を容赦なく明記する文化がある。

今回は「京都アニメーション放火事件」を取り上げる。社会的な影響が大きい事件は英語版Wikipediaでも詳細な記事が作られやすい。さすがに日本語版の「京都アニメーション放火殺人事件」の方が詳細な内容だが、犯人の実名は記載されていない。比べてみると面白いはずだ。

元記事
"Kyoto Animation arson attack" (Wikipedia, oldid=1141281544)
ライセンス
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

京都アニメーション放火事件

京都アニメーション放火事件は2019年7月18日午前、京都府京都市伏見区にある京都アニメーション第1スタジオで発生した。36名が死亡し、被疑者を含む34名が負傷した。また、第1スタジオにあった資料やコンピュータのほとんどが焼損した。戦後日本で発生したものでは最多の死者を出した殺人事件の一つである。2001年の明星56ビル火災 ([訳注]“Myojo 56 building fire”、「歌舞伎町ビル火災」のこと) 以来で最多の死者を出したビル火災でもある。また、エンターテインメント会社およびアニメーション産業に関連するスタジオで起きた大量殺人事件としては初である。

被疑者は京都アニメーションの従業員ではなかったが、玄関から40リットルのガソリンを運びつつ侵入し、周囲や数名の従業員にガソリンを撒いて着火した。ガソリンに火をつけたときに自分自身にも着火した。その後、被疑者は逃走しようとしたが、スタジオから100メートルほど離れた場所で警察官に取り押さえられた。目撃者は被疑者が京都アニメーションによる盗作を非難する発言をしていたと述べた。被疑者、すなわち42歳の青葉真司 (あおばしんじ) は10か月以上後に重篤な火傷から回復し、その後の2020年5月27日に殺人などの容疑で警察に逮捕され、2020年12月16日に公式に起訴された。

哀悼の言葉や支援のメッセージが国内外の首脳、ファン、企業から寄せられた。また、日本国内では33億円以上、他国からは230万アメリカドル以上の募金が京都アニメーションや従業員の回復への援助のために集められた。事件の結果、京都アニメーションによる作品や共同作品の完成が遅れ、いくつかのイベントは延期になるか中止になった。

背景

京都アニメーションは日本のアニメスタジオの中でも最上級に評価が高く、『涼宮ハルヒの憂鬱』、『けいおん!』、『CLANNAD』などの作品で知られる。京都に第1スタジオ (伏見区)、第2スタジオ (本社)、第5スタジオといったいくつかの異なる拠点がある。商品開発部門が第1スタジオから一駅離れた宇治市にある。第1スタジオは主にアニメーション製作スタッフに使用されており、2007年に建てられた。

事件が起こるその年、京都アニメーションには200件以上の犯行予告が送られていた。八田英明社長は、これらの犯行予告は匿名で送られるため、事件と関係するかは不明であるが、警察や弁護士には報告していたと述べている。2018年10月に警察庁に犯行予告を届け出たとき、警察は一時的に本社をパトロールした。

事件

午前10時31分頃、火災が爆発を伴って始まった。このとき、犯人は第1スタジオに歩いて侵入し、40リットルのガソリンで建物に火を放った。犯人はスタジオから10キロメートル離れた場所でガソリンを購入した。犯人は台車を使ってガソリンをスタジオ内に持ち込んだとされる。警察は、撒かれたガソリンは空気と混ざることで、最初に爆発したと考えている。犯人は犯行に及ぶ際に「死ね」と叫んだと報じられている。犯人はガソリンを数名の人にも撒いて火を放った。その過程で自身にも火が付いた。その数名は火を纏いながら通りへ逃げ出すことになった。

玄関付近での火炎が広がり、従業員はスタジオ内に閉じ込められた。20名の遺体が3階から屋上への階段で発見された。明らかに被害者たちが逃げ出そうとしていたことを示している。京都大学防災研究所の西野智研准教授は、爆発から30秒以内に2階と3階は煙でほぼ充満していたと推定している。犯人は犯行現場から逃走したが、2名の京都アニメーションの従業員に追跡され、すぐに通りで倒れ、その場で警察に逮捕された。犯行現場のそばで複数の未使用のナイフが落ちていた。

火災は午後3時19分には抑えられ、翌日の午前6時20分に消火された。救助活動が終了した時点で、スタジオ内にいた全員の消息が確認された。スタジオは小規模事業所と分類されていたため、火災用スプリンクラーや屋内消火栓が設置されていなかった。しかし、2018年10月17日にあった最後の点検では、火災安全コンプライアンス上の欠陥は無かった。初期の報道では、スタジオへの立入りには従業員用パスカードが必要だったが、来客を予定していたため、玄関は施錠されていなかったとされていた。しかし、この報道は正確ではなかった。玄関には保安システムはなく、就業時間中は常に施錠していなかった。

この放火により第1スタジオにあった京都アニメーションの資料やコンピュータのほとんどが破損した。ただし、徳島市で展示中だったキーフレームの一部などは被害を免れた。7月29日、京都アニメーションは火災を生き残ったサーバからいくつかのディジタル原画の復旧に成功したと報告した。

この放火事件は戦後日本では最多の死者を出した大量殺人の1つであり、2001年の明星56ビル火災以来で最多の死者を出したビル火災であると報じられている。立正大学のある犯罪学者 ([訳注]小宮信夫教授のこと) は自殺テロリズムであると見なしている。この事件は被疑者による自爆攻撃と見られると報じられたためである。

被害者

火災が発生した時点で、第1スタジオ内に70名の人がいた。初期には34名が死亡したと報じられたが、後にさらに入院中だった2名が死亡した。京都警察によれば、一部の被害者は識別できないほどの火傷を負っていたため、身元特定が困難だったという。2019年7月22日に公開された検視結果によると、被害者のほとんどが、一酸化炭素中毒ではなく、急速に広がった火炎により焼死したという。DNA鑑定が身元特定の補助に用いられ、放火事件から1週間後まで続いた。被害者の3分の2 (少なくとも20名) が女性だったと報じられた。京都アニメーションは女性のアニメータを雇っていることで知られていた。京都アニメーション社長は警察を通じてメディアに対し、遺族に配慮して被害者の名前を公表しないように求めており、被害者の名前を明かしても公衆の利益にならないと述べている。7月25日、京都警察は34名の被害者全員の身元を特定しており、遺族に対して被害者の遺体の返還を開始していると公表した。

一方で、京都アニメーション内では死者の身元を明かすべきか、いつどのように公表するかの議論が続いていた。遺族の一部は、死者の地位を考慮して、メディアに対して早急に自身の所見を公表した。カラーデザイナーだった石田奈央美の遺族は7月24日に石田の死亡を確認した。アニメータ、脚本、監督を務めた武本康弘は7月26日にDNA鑑定により遺族に死亡が確認された。7月27日、最初に火災後の死者が出た。これにより、死者数は35名となった。8月2日、京都警察は10名の被害者の名前を公表した (前述の死者も含む)。なお、この10名は葬儀を終え、遺族の承諾が得られていた。同日、死者の中からアニメーション監督の木上益治、西屋太志が確認された。8月27日、事件の社会的影響が要因となり、残りの25名の被害者が公式に発表された。2019年10月4日、女性1名が敗血症性ショックにより死亡したと公表された。これにより、死者数は36名となった。

初期には36名の負傷者が出たと報じられたが、後に入院中の2名が死亡したため34名に減少した。9月18日には34名の負傷者全員が重篤な状態を脱していることが報じられた。数名はまだICUで重度の火傷を治療していた。韓国外務省によれば、負傷者のうちの1人は韓国人女性だったという。無事を報告された人の中にはアニメーション監督の山田尚子 (『けいおん!』、『聲の形』、『リズと青い鳥』を監督した) が含まれた。

犯人

青葉真司 (41歳) は警察により被疑者であると特定され、逮捕状がすぐに発行された。

地元住民によれば、青葉と似た男が事件の数日前に第1スタジオの近くで目撃されたという。事件の数日前に京都市周辺の『響け!ユーフォニアム』と関係するいくつかの名所を訪れていたとも報じられた。事件からすぐに、青葉はスタジオの従業員に追いかけられて犯行現場を逃走したが、スタジオから100メートルほど離れたところにある京阪電鉄六地蔵駅付近で京都府警察により逮捕された。青葉は両脚、胸、顔に重度の火傷を負っており、病院に搬送された。

病院へ搬送中、青葉は放火したことを認めた。おそらく復讐を目的としており、「パクりやがって」と言って自身の小説を盗作したと京都アニメーションを非難した。しかし、八田は初期に、自社が毎年開催している執筆コンテストに青葉の名義で投稿された作品があるという記録はないと述べていた。後に、京都アニメーションは青葉から草稿を受け取っていたことを明らかにしたが、その小説は第1審査を通過せず、忘れ去られており、その内容が自社の公表作品とは何の類似性もないことが確認されたという。後に、青葉は『ツルネ』の第5話での割引の肉を買う場面が、自身が投稿した小説と類似していると考えていたことが明らかになった。

事件中で負った重度の火傷により、青葉はさらに治療を受けるため大阪市の大学病院へ移送された。青葉はその病院で必要な皮膚移植手術を受けた。2019年9月5日、青葉の負傷は重篤な状態を脱していると報じられたが、その時点でもICUでの治療を続けており、人工呼吸器による呼吸の補助を必要としていた。9月18日に青葉は話せるようになり、10月8日までにリハビリを開始し、車椅子に座ることや短い会話が可能になった。警察は青葉の逮捕状を受け取ったが、医師から留置に耐えられると確証を得るのを待つ必要があった。

2019年11月14日、青葉は最後のリハビリのため京都市の別の病院へ転院した。ほとんどの負傷から回復し、放火したことを認めた。自責の念と病院の職員への感謝の気持ちを表しており、病院の職員は人生で誰よりも自分を良く扱ってくれたと述べている。一方で、警察に対し、放火したのは京都アニメーションが自分の小説を盗作したためであり、死刑になることを望んでいると述べている。被害者にドナーから提供された人間の皮膚の移植を優先したため、青葉の火傷のほとんどは実験用人工皮膚が移植された。人工皮膚をそれほどの広範囲の火傷の治療に使用したのは日本では初の事例である。

2020年1月まで、青葉は入院し続けており、立ち上がったり補助なしで食事したりすることができなかった。2020年5月27日、青葉は火傷から十分に回復したと判断され、正式に殺人などの容疑で逮捕された。2020年12月16日に殺人などの罪で起訴された。

青葉には犯罪の前科があり、精神障害も患っていた。2012年、茨城県でコンビニエンスストアにナイフを持って強盗に入り、その後に3年半の間投獄されていた。精神障害を理由に最大刑は死刑から無期懲役に減刑されると推定されている。

余波

放火事件から1か月後、被害者たちは職場復帰を開始し、京都アニメーションの他のスタジオへ戻った。2019年10月現在、京都アニメーションの従業員は176名から137名に減少したが、生き残った33名のうちの27名が職場復帰し、数名は事件によるストレスや不安に対処すべく休暇を延長した。

京都アニメーションは公式声明を発表し、声明中で被害者やその家族への配慮を求めた。また、将来の声明は警察か弁護士を通じて発表するとも述べた。第1スタジオの取り壊しは2020年4月28日に完了した。跡地に関するその後の計画は発表されていない。京都アニメーションの八田英明社長は、初期のインタビューで、第1スタジオ跡地を緑地の公園にして記念碑を建てることを考えていると述べていた。しかし、近隣住民は平穏な生活を破壊するだろうという理由で記念碑の建立を望まなかった。

復興活動のため、京都アニメーションは第11回京都アニメーション大賞を中止した。これは新しいシナリオを発見する目的で毎年開催されていた。

2019年11月、京都アニメーションはアニメータ志望者へのトレーニングプログラムを続けることを決定した。このプログラムでは、受講者は動画やスケッチ、アニメーションの訓練を受けることができる。プログラムを修了するとすぐに、際立って優秀な受講者は追加で試験を受けた後、京都アニメーションに就職できる。

製作への影響

この事件により、2020年公開予定だった映画『フリー!』の広報イベントが中止となった。京都アニメーションによる京阪本線との『響け!ユーフォニアム』の合同イベントは延期された。『妖怪人間ベム』の第4話も延期された。デイヴィッドプロダクションによる『炎炎ノ消防隊』(消防士と自然発火による死者を描いたアニメシリーズ) の第3話は1週間延期され、火炎の色やナレーションが修正されて公開された。『炎炎ノ消防隊』のその後のエピソードも同様の方式で製作された。京都アニメーションは2019年8月3日のドイツのAnimagiCコンベンションでの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の初公開を元の予定通りに押し進めることを決定した。日本国内での劇場放映日は1週間多く延長され、エンドクレジットでは犠牲者を悼む旨が追加された。初期のニュース報道では公開予定の映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の初公開は2020年1月10日を予定していると報じられていたが、後に2020年4月24日に延期すると告知された。しかし、COVID-19の流行により、初公開は2020年9月18日に再度延期された。『アニ×パラ』のエピソードは当初、2019年8月に放映される予定だったが、最終的に2020年2月28日に中止が告知された。2020年パラリンピックまでに完成できそうにないという理由だった。

再発防止策

消防庁と警察庁は2019年7月25日に通告を発行した。ガソリンスタンドに対し、防火規則に従う詰替可能容器でガソリンを購入した人の販売記録を保持するように求めるものである。この記録は購入者の氏名や住所、購入理由、購入量などの個人情報を保管するためのものである。この通告に法的な裏付けはなかったが、ほとんどの購入者はこの追加の要求に自主的に従った。この方策は関連法制の改正により正式なものとなり、2020年2月1日に発効してガソリン販売の記録は義務化された。事件後、京都市消防局は放火やテロリズムの際の避難のためのガイドラインを策定し、避難梯子の設置を促進した。

事件により、日本の警察は他の企業 (特にカラー、スクエアエニックス、アニメイト、『CLANNAD』の開発企業であるKey。どの企業も事件に対して言及し、京都アニメーションで参照されたものと同じ犯行予告を受け取っていた) に対する犯行予告により警戒するようになっている。警察は犯行予告の出本を特定することが可能であり、さらなる事件がこれらの企業に起こる前に犯行予告を送った人物を逮捕した。

追悼

事件の1年後である2020年7月18日、追悼映像が公開された。京都アニメーションは追悼式典を開催することを考えていたが、日本でのCOVID-19の流行により取り止めにした。同じく、2021年7月18日午前10時30分、京都アニメーションは人々の気持ちを共有する場を設けるため、YouTubeチャンネルで13分間の映像を配信した。その映像では京都アニメーションや従業員、遺族からのメッセージと感謝の言葉が流れた。京都アニメーションはファンに対し、地元住民の要望を尊重して事件があった日に第1スタジオ跡地を訪れないように求めた。

反応

京都アニメーションは2019年7月23日から2019年12月27日にかけて、地元の銀行口座を通じて犠牲者を援助するための直接の寄付を受けた。最終的に、銀行口座での寄付額は約33億円に達した。この寄付金には、日本のミュージシャンであるYoshikiやゲーム開発企業のKeyからそれぞれ受け取った1千万円の寄付も含む。京都アニメーションは被害者や影響を受けた家族の援助、京都アニメーションに関連する事業の復興のための費用の補填に、100億円もの金額を必要としたと推定された。2019年11月現在、京都アニメーションは被害者に向けて設立された基金の給金を開始しており、これにより負傷の重さ、家族の唯一の稼ぎ手であるかなどの様々な要素を考慮して被害者1人1人が適切な金額の給付を受け取ることになる。

国内

安倍晋三首相は哀悼の意を表明し、事件の規模に言葉も出ないと述べた。日本企業の歴史上初めて、京都アニメーションに対する寄付の非課税を許可する法案が国会を通過した。中国、フランス、フィリピン、ベルギーの大使はそれぞれ自身の言葉で哀悼の意を表した。

アニメ監督の新海誠やたつき、『けいおん!』出演声優の豊崎愛生、『涼宮ハルヒの憂鬱』出演声優の平野綾、茅原実里、後藤邑子、『氷菓』の著者の米澤穂信、『CLANNAD』開発会社のKey、メディア会社のKADOKAWAなど、その産業に関連する多くの人々や組織が懸念や援助を表明した。シャフト、サンライズ、バンダイナムコピクチャーズ、東映アニメーション、ボンズ、カラー、トリガー、ウォルト・ディズニー・ジャパン、マッドハウスなどのアニメーションスタジオも援助を申し出た。

アニメ、テレビゲーム、漫画を取り扱う日本の主要な小売企業であるアニメイトは、全店舗で被害者を支援するための寄付を募り、9月1日までに3億3千万円の募金を集めた。

海外

蔡英文やアントニオ・グテーレスなどの数名の海外の高官が被害者への援助のメッセージを出した。

放火事件により、アメリカのアニメライセンサー企業であるセンタイ・フィルムワークスにより、GoFundMeアピールが立ち上げられた。75万アメリカドルを目標としていたが、最初の24時間で100万ドルマークを超えた。アピールの終了時には230万ドルを集めた。2019年12月7日現在、センタイ社は京都アニメーションに募金をクレジットカード手数料を除く全額送っている。

ファンたちは京都アニメーションの日本版ディジタルストアで高精度ダウンロード可能画像を購入して直接的に貢献するようになった。従業員が商品を送る必要がないためである。アメリカのライセンス企業のアニプレックス・オブ・アメリカ、ファニメーション、クランチクロールとニコロデオン・アニメーション・スタジオは援助を申し出た。アダルトスイムのアニメを対象としたトゥナミの放送枠は、7月20日の放送で視聴者に対して、センタイ社が立ち上げたGoFundMeへの募金を求めた。

2022年9月29日木曜日

Creepypasta私家訳『公園の古い橋』(原題“The Old Bridge in the Park”)

作品紹介

CreepypastaであるThe Old Bridge in the Parkを訳しました。 Creepypasta Wikiでは“Spotlighted Pastas”や“Pasta of the Month”に指定されています。 よくある怪談とは毛色の違う作品です。

作中で言及される「下水道に住むピエロ」(原文は“sewer clown”) というのは『IT』のペニーワイズのことらしいです。

作品情報
原作
The Old Bridge in the Park (Creepypasta Wiki取得。oldid=1343558)
原著者
MoistSquelch
訳者
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0
古い橋の写真

"Stone Bridge, Bull Run" by Jim Bowen is licensed under CC BY 2.0.

公園の古い橋

[検閲]町に住む子供たちは、特に霧のかかった夕刻には、その公園にある古い橋を渡ろうとしなかった。大人でさえも近寄ろうとしなかった。橋を渡ってしまった人間は二度と姿を現わさないと知っていたからだ。その手の話になると、普通、大人はかなり世間知らずだということは誰でも知っている。大人たちは、門を設置し、日没の1時間前になると必ず門を閉じて公園に立ち入れないようにしてまで、誰かが橋を渡ることを防ごうとしていた。大人たちは「これで子供たちを守れる」と誇らしげだった。しかし、子供たちからすれば、こんなことは金の無駄遣いで、誕生日やクリスマスのプレゼントを買うのに使う方が良いと言うのは気が引けた。誰も彼も橋を渡るほど馬鹿ではなかった。だから、門を設置する意味など全くなかった。

残念ながら、エレノアはそうではなかった。むしろ、かなり馬鹿な子だった。

エレノアは隣町で生まれ育った。両親が離婚して父と継母が親権を完全に獲得し、エレノアちゃんはつい最近、[検閲]に引っ越してきた。エレノアは自分は賢すぎて他の子供と仲良くできないだけだと空想していたが、実際は逆だった。エレノアは大人とほぼ同じくらい無知で、どんな些細な事実にでもいつも疑問を抱き、根拠を求めた。エレノアは幽霊や宇宙人を信じていないという噂があった。それどころか、4年生の学級担任であるメイソン先生が地獄出身の人狼と悪魔の混血児であり、魔王サタンのために働いているというまるで議論の余地の無い事実でさえも信じていないというひどい噂もあった。そのため、[検閲]小学校ではエレノアは「パスタ食いパティ」に代わって村のお馬鹿さんとして扱われるようになった。

それでもエレノアはかなりの高慢ちきだった。エレノアが馬鹿げた妄言を言うのを――例えば「下水道に潜んで赤ん坊を食べるピエロみたいなのなんていないよ」というような――他の子たちがどれほど厳しく咎めてもエレノアは考えを変えなかった。皆がエレノアを避け始めたのは間もなくのことだった。エレノアが超自然の存在に対して図々しく無礼な態度をとったものだから、エレノアが危険で不吉な人物になるのを恐れたのだ。最初、エレノアはそれほど心配していないようだった。うぬぼれていたせいで、自分は他の子たちよりもとにかくずぅーっと頭がいいみたいだから、一人でいる方がいいと思い込んでしまっていた。

それでも、取るに足らない人でも寂しくなるもので、他の子たちが公園の古い橋について話しているのを聞いて、エレノアはつい口を挟まずにはいられなかった。

「何言ってんの! 橋が子供を食べるわけないでしょ? ただの石の塊がさ!」

子供たちはエレノアがおかしなことを言うのを何度も聞いてきた。だが、今回はやり過ぎだ。大人たちでさえもあの古い橋がどれほど危険か知っているというのに! 親切な数人と、心配したもっと多くの子供たちが、エレノアを気の毒そうに一瞥して、エレノアは物を知らないことを思い出した。メイソン先生や下水道のピエロのようなものからは生き延びられるだろうが、公園の古い橋は少なくとも百億万パーセント生きて帰れない。子供たちがエレノアを嫌っていたのは確かだが、最悪な女の子であってもそんな悲運に遭ってしまえばいいとは思っていなかった。エレノアは「証拠」や「信頼できる情報源」を要求したが、子供たちはエレノアにそんな話題はやめろとお願いした。子供たちの中には勇壮にも、エレノアが橋を絶対に渡らないと約束さえすれば、自分の誕生日パーティに招待してあげると約束する人までいた。

しかし、頑固なエレノアちゃんは理屈にも賄賂にも耳を貸そうとしなかった。橋は怖くなんてない、9歳の誕生日にもらったお下がりのビデオカメラで証明してやると言い張った。

「今夜、あの古い橋を渡ってみせるよ! あんたたちがどれだけアホか思い知らせてやる!」

何か努力しなければエレノアを自殺行為から止める術は無い。[検閲]の優しく寛大な子供たちはひどく取り乱し、エレノアにとっての最期の日には、頑張ってエレノアに親切にしてあげようとした (学校で一番馬鹿な子供に戻ってしまうのは気乗りしないと思ったパティは例外だったが)。昼ご飯のデザートを盗ったり、休み時間に芋虫を投げつけたりするのはやめにした。

エレノアは子供たちの努力に感謝しなかった。

その夜、エレノアは安全な自宅をこっそりと抜け出し、公園まで自転車で向かい、何とかして門を越えた。この晩は特に霧が濃く、そのせいで思っていたよりも橋に辿り着くまで時間がかかった。見たところ、大人たちが用意した予防策は門だけではなかったようだ。大人たちは周辺の道も変更しており、古い橋へ向かう唯一の道は湿地の森を抜ける曲がりくねった獣道しかなかった。

不気味なまでに静かだった。ホーホー鳴くフクロウもおらず、チーチー鳴くコオロギもいない。道理をわきまえた人であれば、この沈黙は恐ろしい惨劇が訪れる前触れだと気付いただろう。しかし、月の吸血鬼の存在すら否定する女の子はそうではなかった。無謀な自信と懐中電灯だけを武器に、エレノアは自らの死に向かって歩いていった。

例の橋を見つけたときには、10時15分頃になっていた。[検閲]町では最も不吉な時間とよく知られている。明らかにそれは本当だった。そうでなければ、どうして大人たちは自分の部屋に駆け込み、日の出が自分たちの安全を約束するそのときまで眠っていることを望むだろうか。カメラの電源を入れていたとき、エレノアは時間のことを嬉々として無視していたし、その重要性について理解していなかった。エレノアはカメラに上機嫌な笑みを向けて、こんばんはと言った。ほとんど普通の女の子のように振る舞っていたのはそれまでで、そのうちに独りよがりな小言を言い出した。皆がどれほど馬鹿な連中かだとか、自分が正しいと証明されたときに皆がどんな面を晒すか待ち遠しいだとか。それほど自己満足に浸っていたものだから、きっと神様は傲慢を罰して雷を落としてやろうと思っていただろう。けれども、貴重な時間を無駄にしない方が良いと気が変わったようだ。

エレノアは橋の上に足を乗り出そうとしたが、さながらほんの一瞬、エレノアの心を曇らせていた無知が晴れたかのように躊躇した。まだ引き返す時間はある。今ここで怖気づいて逃げ出しても、他の子たちは数週間、エレノアを臆病だとからかい続けるだけで済むに違いない。それに、待ち受けるだろう悍ましい死を避けられる。

苦しい12秒間の思考の後、エレノアは橋の石の上に足を降ろした。エレノアは今すぐに自分が爆発して紙吹雪になったり、さもなければ負傷したりしなかったため、おーと祝福の叫び声を上げて、ひっきりなしにカメラに向かって自慢し始めた。このとき、神様はきっと自身の慈悲深さを反省していただろう。

エレノアは歩き出し、カメラに向かって無駄話をして、自分がいかに賢いか自慢した。だいたい5分ほど自分が正しいとぺちゃぺちゃ喋っていたとき、何かおかしなことに気が付いた。

「……ここ、こんなに長い橋だったっけ」エレノアは川幅を見誤ったと思い、手すりに身を乗り出してチラリと下を覗いたが、そこには何も見えなかった。「すごい霧だから、何も見えない……行方不明になった人はたぶんここから落ちたんだ……」エレノアはどうにか川が見えないかと頑張ったが (川の流れる音さえも聞こえなかった。どれほど耳を綺麗にしたり耳抜きしたりしてもだ)、霧のために川は見えなかった……それでもそこにあるはず、そうだよね? そうして歩き続けたが、一歩一歩進むにつれて、心配が募っていった。この調子では、カメラの電池が切れてしまう。

道理をわきまえた人であれば、踵を返し、レゴブロックを踏んでしまったバンシーのように叫んで逃げだだろう。しかし、またエレノアは躊躇した。エレノアはまるで腕時計がモールス信号で「いやいや、何もかも完璧にいつも通りさ、そのまま行こう!」とカチカチ言ってくれているかのように、継母から借りたそれで時間を確認した。

「……これきっと故障している。絶対、全部で30分くらい歩いたはず!」

エレノアはカメラの録画時間を確認しようとしたが、パニックになっただけだった。エレノアはボタンを押していなかった。ここまでずっと完全な狂人であるかのように無に向かって話しかけていたのだった。悪態をつく暇もなく、懐中電灯までもがチカチカと明滅し始めた。これまでの記録を撮り忘れただけでなく、予備の電池さえ家に置き忘れていたのだ!

エレノアは厄介だなと思っていたが、まだ自分がどれほどの厄介事の中にいたか気付いていなかった。このときでさえ、悪くても、道を照らす明かりが無くて家に帰れず道に迷う程度で済むと思っていた。エレノアは肩を落とし、ふくれっ面をしつつ踵を返して道を戻り始めたが、ついに電池が完全に切れた。エレノアは自分は間抜けそのものだと感じつつ、こうして準備もないままに森の中へ入っていった。うぬぼれは猫を殺すとエレノアは思った。もっとも、「殺す」というのは「死なない程度の不便がかかる」という意味で使っていたが。

エレノアはまた明日の夜にやり直せばいいかと思った。3時間経過したように感じていたが、実際は2時間30分程度だった。証拠の無いものへの不信を司る守護聖人エレノアは、継母の腕時計という今は午前1時ほどであることを示す証拠を無視していた。エレノアはもはや自分が抑えられずに駆け出して、小さな脚をできるだけ速く動かして走っていった。川の土手を見たくてたまらなかった。

懐中電灯が消え、エレノアの自信も消え去った。エレノアはできる限り大声で叫び、橋の冷たい石の上に蹲るようにして倒れた。これからどうしたらいいだろうか。引き返しても事態が好転しないのは明らかだ。公園は閉鎖されていたのだから、助けを求める哀れな叫び声を聞いてくれる人が辺りにいるわけもない。だからエレノアは諦めた。叫びながら走り回るよりも、そこにただ座って日が昇るのを待つことにした。きっとこれ以上何をしてもエネルギーの無駄遣いになるだけだろう。

冷やしすぎの冷蔵庫から出してすぐのメープルシロップよりもゆっくりと、数時間が流れていった。エレノアは時間を潰すため思いつけることは何でもやった。掛け算の暗算の練習。エレノアが外出して森の中を一晩中彷徨っていたことが父親にバレたときに何て言うか。どんなことでもやった。この橋から生きて出られないかもしれないと認識すること以外は。エレノアは怪物は怖くなかったが、狼か退屈のせいで死ぬというような俗界なことを恐れていた。少なくともそのうちの1つを防ぐため、エレノアは (このとき初めて) カメラの電源を入れて、別れの挨拶の録画を始めた。せめて、何もかも無事に済んだら、これは削除できるだろうとエレノアは思った。

見計らったかのように周辺視野に入り込んだ光がエレノアの注意を引いた。エレノアはすぐにカメラの電源を切ると立ち上がった。もう日が昇ったの? いや、そんな感じの色ではないし、小さすぎる。あれは何だろう?

「ねえ! 助けて!」殺虫灯に引き寄せられる蛾のように、エレノアはやっと起き上がって光に向かって突進した。「助けて!」

「こんばんはぁぁぁ?」例の光、正確に言えば、明かりを持った老齢の女性が声を返した。「道に迷ったのかね、お嬢ちゃん?」

エレノアは速度を落として駆け足になり、目の中は安堵の涙でいっぱいになった。世界中を見ても、橋の上で見知らぬ異様な人物に会ってここまで嬉しい気持ちになった子供はいない。「そうです! ありがとうございます! もう誰にも会えないかと思っていました!」エレノアには老女には目が無いことも、右腕が金無垢でできているようであることにも気付けなかった。ブラシの毛のような歯が沢山生えていることにも、指の骨が普通よりも2倍も多いようであることにも気付かなかった。もし気が付いていたら、怪物の腕の中にまっすぐ飛び込んで、しっかりと抱きしめる前に足を止めただろう。

「すみません。おうちに連れていってくれませんか」怪物は驚いていた。これまで何人も子供を食べてきたが、ここまで早く自分に身を任せてきたのは初めてだ。これはエレノアにとって非常に幸運だった。もし、怪物が気を逸らさずにいれば、怪物は顎を外してエレノアを丸呑みにしていただろう。顔を上げて自分が死の危険にあることに気付くチャンスもなかったはずだ。

エレノアは叫び声を上げつつ、怪物から自分を引き離し、自分が見たものが現実か確認すべく振り返ることもなく来た道を戻っていった。懐疑的であろうがなかろうが、エレノアは本物の怪物らしきものに対峙する前に寂しい橋に対峙する覚悟ができていた。老女は気を取り直すと、甲高い笑い声を上げた後、エレノアを追いかけた。

「もう儂の助けは要らないのかい?」怪物の足は6本あるかのようにパタパタと音を立てた。エレノアは決して運動が得意な子供ではなく、乳児脂肪とあまりに多くクリスマスのデザートを食べたせいでふくよかな体型だった。それでも、半ば死にかけて恐怖するようなことがあるものだから、アドレナリンが体を駆け巡る。「そんなに走らないでよ、お嬢ちゃん。良い食事をしてからあまりに長かったんだ! 追いつけないよ!」

エレノアは決して人の言うことを聞かなかったが、今回はそれが功を奏した。安全な場所へ辿り着こうと十分な空気を吸おうとして喘ぎ、肺が焼けついた。エレノアは知る由も無かったが、他の子たちが慎重に橋を避けたおかげでエレノアは救われた。怪物が飢えて弱まったおかげで、エレノアは生存のチャンスを得たのだ。

エレノアはあまりに激しく喘いでいたため、下を流れる川のせせらぎの音が聞こえなかった。目が涙で曇っていたため、太陽が昇り、霧が晴れていっていることに気が付かなかった。朝の日差しが橋にまで伸びた瞬間、怪物は悍ましい叫び声を上げて、すぐさま川の方へ駆け下りていった。しかし、エレノアは橋を渡り、森を抜けかけるところまで走り続けた。ついに、エレノアは走るのをやめて歩き出し、肺を休ませた。

エレノアはやってのけた。橋から生きて出られたのだ。

エレノアはハッとしてカメラの方を見て、歓喜で咽び泣きかけた。全部録画できた! 恐ろしい怪物がいて、そいつから逃げ出せた確固たる証拠だ。チェッ、叫んだのは1回だけだから、きっと自分はすごく勇敢に見えるはず。他の子たちは自分がすごいと思ってくれるはず!

涙ながらの喜びが落ち着くと、心配で眉をひそめた。これが本当だとしたら、他もそうなの? メイソン先生は本当に悪魔なの? 下水道のピエロや月の吸血鬼、幽霊の心配もしないといけないの? チェッ、どうでもいい。大事なことは生き延びたということ。今回生き延びれたということは、どんなにヤバいものが出てきたって生き延びられる。エレノアは自信が戻ってきた。エレノアは周囲の世界に対してもはや盲目ではない。今となってはもっと理解できている。知識を良きことのために使うだろう。橋の怪物はどこから来たのだろうか。明らかに日の光に弱く、暗闇の中でしか生きていられない。もしかしたら、やっつけられるかもしれない!

しかし、助けが必要だ。他の子たちは物を知っているが、戦いを挑むには怖がり過ぎている。変化には時間が必要だ。これからこの町は完璧に変わっていく。一緒に協力して、町に巣食う怪物がいるなら、全部蹴散らすんだ! エレノアは全力疾走で橋から離れていき、森を抜け、その目の前には家に続く道が……

バン!

どこからともなくトラックが出てきてエレノアをペシャンコにした。自分にぶつかってきたものが何かを理解する時間も無かった。こうして、初めて橋を生きて渡った子供は死んだ。橋に棲みつく怪物が原因ではない。子供が道を渡る前に左右を見るのを忘れる馬鹿だったせいで。