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2019年7月21日日曜日

"This Is A True Story"、トレジャーハンターとされた日本人女性の悲しき真相

この記事をゆっくり解説化しました。宜しければどうぞ。

 次の文章は、奇妙な事件に関するニュースを専門とするNews of the Weirdが2002年1月下旬に配信した記事から引用したものである。

Ms. Takako Konishi, 28, was found dead, of probable suicide, in Detroit Lakes, Minn., six days after being spotted in Bismarck, N.D., inquiring how to find the money that had been buried by a character in the movie "Fargo."

 この英文を訳すと「28歳のコニシタカコ (Takako Konishi) という女性がミネソタ州デトロイト・レイクスで遺体となって発見された。自殺のようだ。その6日前にノースダコタ州ビスマークで目撃されており、映画『ファーゴ』である登場人物が埋めた金のありかを尋ねていた」となる。

News of the Weirdの記事

 また、テレグラフでの報道では、このコニシタカコという女性の事件についてより詳細に説明している。その記事の内容を要約すると次の通りである。一部、内容を補足している。

東京に住むコニシタカコという女性が1ヶ月前にノースダコタ州へ旅立った。コニシの姿がビスマークにあるゴミ捨て場の近くで目撃され、警察に通報された。警察が尋問すると、コニシは粗雑な出来の地図を見せた。コーエン兄弟製作の映画『ファーゴ』では、1987年に実際に発生した事件を元にしていると説明する演出があるが、実際は事実を元にしておらず、完全なフィクションである。コニシはどうやら映画が事実を元にしていると思い込み、作中でスティーヴ・ブシェミが雪の中に埋めた金を地図を手に探しに来たようだ。警察官たちは映画は単なるフィクションであり、埋められた金は実在しないと説明しようとしたが、コニシを説得することはできなかった。その後、ファーゴとブレイナードの間にあるデトロイト・レイクスの近くの森林で、狩人がコニシの遺体を発見した。警察によると、-3℃の寒い夜だったにも関わらず、コニシは軽装だったという。

 コニシの事件に関するニュースは大きな話題になったという。この奇妙な事件から着想を受け、ゼルナー兄弟が製作したのが、菊池凛子主演の2014年の映画『トレジャーハンター・クミコ』である。

映画『ファーゴ』
ある日本人女性が映画『ファーゴ』は事実を元にしていると勘違いして金を探しに行き、その結果死亡したと報道された。
映画『トレジャーハンター・クミコ』
そして、その事件から着想を得て映画が製作された。

 ゼルナー兄弟と同じように事件に関心をもった人物がもう1人いた。ロンドン在住のアメリカ人ポール・バーセラー (Paul Berczeller) である。バーセラーはこの奇妙な事件を再現したドキュメンタリー映画を制作しようと考えた。事前に警察から入手した資料の中には遺体発見現場の写真もあった。バーセラーは当時のコニシと同じ格好をした役者を連れて、事件の関係者とインタビューを行おうと計画した。さながら、血の通ったコニシの亡霊を現世に呼び出したかのように。こうして、コニシ役のオオモリミミ (Mimi Ohmori、ロンドン在住の音楽プロモータ) という女性、そして撮影スタッフとともに冬のアメリカへ飛んだ。本稿では、バーセラーが解明した事件の真実について詳細に紹介する。この不可思議な事件の真相は、全くもって奇妙なものではなく、ある意味ではありふれたものだった。

コニシの行動

ビスマーク、ファーゴ、デトロイト・レイクス

 事件は2001年11月にコニシがビスマークを訪れたところから始まる。辺りをうろついてたときに通りすがりの親切なトラック運転手が、助けが必要な様子だった彼女を見かねてビスマーク警察署へ送り届けた。

ビスマーク警察署

 コニシの格好は警察官たちにとっては異様なものだった。寒い冬のノースダコタで、ミニスカートを履いて歩いて回る女性などいない。警察官の中には娼婦ではないかと疑った者もいた。 警察官たちはコニシとの会話を試みたが、コニシは英語が分からず、警察官たちは日本語が分からなかった。コニシはポケット翻訳機を持ってきていたが、役に立たなかった。警察官たちは近くの中華料理店に電話をかけて助力を求めたが意味は無かった。

コニシの格好 (再現)
バーセラー制作のドキュメンタリーで再現されたコニシの格好。黒いミニスカート、黒いブーツ、黒いコート。このカットには写っていないが、髪も黒かった。 (出典: This Is A True Story)

 コニシは警察官たちに地図を見せた。地図は紙に道路を示す2本線と木が書かれているという代物だった。道路の側に木があるという光景がありふれていたノースダコタ州では役に立たなかった。 コニシは「ファーゴ」という言葉を何度も発言した。そのため、警察官たちは、コニシは映画『ファーゴ』を事実であると思い込んでおり、手に持った地図は金のありかを示すものだろうと解釈した。警察官たちはコニシの誤解を解こうとしたが、結局、コニシは金を探し出そうと決意を固めていると推測し、説得を諦めた。

 警察署へ来てから4時間後、応対した警察官の1人であるジェシー・ヘルマン (Jesse Hellman) はコニシを車に乗せてバス発着場へ送り届けた。 車の中で、コニシは腹を押さえる仕草をした。ヘルマンによると、コニシは"cancer" (癌) というような単語を発したという。"six months" (6ヶ月) とも発言した。癌を患って6ヶ月なのか、癌のために余命6ヶ月なのか。コニシの発言の意味は明確には分からなかった。 事件の後、デトロイト・レイクスの刑事から電話があった。ヘルマンの名刺を財布に入れた日本人女性の遺体が森の中で発見されたという内容だった。 ヘルマンはコニシを1人にしたことを後悔しているという。

 癌のために余命短い女性が、一発逆転を賭けて、映画『ファーゴ』の金を探しに来たのだろうか。しかし、実際はそうではなかった。遺体から癌は発見されなかった。コニシと警察官たちとの会話は成り立っていなかったのである。

 コニシはファーゴでバスを降り、Quality Innという安モーテルへ宿泊した。コニシは夜間担当の従業員と会話した。その従業員はイギリスのチジック出身で、彼によると、コニシは映画の話など一切しなかったという。コニシは星が綺麗な場所を探していたという。彼は地図を示して良い場所を教えてあげた。ただ、この辺りは特別星が綺麗という評判があるわけではないらしく、わざわざ寒い時期に星を見に行こうとするのは奇妙だとも思っていた。

 翌日、コニシはタクシーを拾ってデトロイト・レイクスへ向かった。デトロイト・レイクスはリゾート地らしいが、その季節はシーズンオフ。タクシー運転手は不思議に思いながらも、客の事情に不躾に深入りすることはしなかった。コニシは運転手に森の中に降ろすように頼んだ。人家も疎らなただの森に。

デッドショット・サークル

 タクシーを降りた後のコニシの足取りを知る人物がいる。コニシを目撃したのはデビー・クルーガー (Debbie Krueger) という女性だった。コニシはデッドショット・サークルの近辺で雪の積もった丘を登っていたという。普段、そのような場所を通る人はいない。黒い服に身を包んだコニシはさながら魔女のように見えた。クルーガーは自分の子供たちに外に魔女がいると話した。しかし、クルーガーは後にコニシを放置したのを悔やんだ。雪の中をさまよっていた彼女に手を差し伸べるべきだったのではないか、と。

 生前のコニシと関わった人物はまだいる。Jeff NemecとScott Manevaiの2人組が車を走らせていたところ、雪の積もった丘を下ってきたコニシに出会った。2人はこの奇妙なヒッチハイカーを車に乗せてあげた。コニシが止まれと指示した場所で車を停めると、コニシはそのまま立ち去っていった。

真相

 その後、デトロイト・レイクスの森林でコニシの遺体が発見された。遺体には他殺を示唆する外傷はなかった。遺体からは鎮静剤、精神安定剤、精神病治療薬といった少なくとも6種類の薬が検出された。コニシはシャンパンを飲み、積雪の中で凍死したようだった。そして、死から3週間後、コニシの両親の元に手紙が届いた。コニシがビスマークで警察官たちに出会った日に出したものだった。手紙の文面は次のとおりである。誤字は敢えてそのままにした (出典: This Is A True Story)。

新愛なるお父さん、お母さん、弟へ。
この手紙が届く頃には、私はもう
亡くなっていると思います。
先立つ不幸をどうぞお許し下さい。
二○○一年十一月十一日
誉子
両親に送られた遺書の一部

 真相は自殺だった。コニシは地方から上京し、東京にある旅行代理店で働いていた。しかし、勤務先が倒産して失職。その後は深夜に「仕事」に出て、朝に帰宅する生活を送っていたという。コニシにはダグ (Doug) という名の恋人がいた。恋人は既婚者で、彼女を置いてシンガポールへ行ってしまった。コニシが自殺を遂げた理由は、失職後の荒れた生活や失恋によるものだったようだ。コニシは過去にミネソタ州に3回行ったことがあった。恐らくはその恋人と一緒に旅をしたのだろう。ファーゴは元恋人の故郷だった。コニシが何度も言及した「ファーゴ」という言葉は映画ではなく地名だったのである。コニシは宿泊先でシンガポールへ国際電話をかけていた。その電話の相手も元恋人だった。40分間の料金88ドルの電話。これが元恋人への最後の電話だった。

当時の報道

この事件はテレビのニュースでも紹介されたようだが、真相は全く異なっていた。 (出典: This Is A True Story)

 この事件はインターネットなどで大きな話題になったという。若い日本人女性が存在しない財宝を求めて冬のミネソタ州を訪れ、その果てに死亡した。あまりにも奇妙な話。しかし、実際はそのような出来事など起こっていなかった。映画『ファーゴ』と同様に実在しなかった。単に、言語の壁によりコニシの話を警察官が勘違いして、その話が広まってしまっただけだったのである。苦しい生活と恋愛の問題で追い詰められた女性が自殺した、というありふれた悲劇に過ぎなかった。もっとも、ありふれた悲劇でも、彼女と関わり当事者になってしまった時点で、もはや拭いがたい後悔から逃れることはできないのであるが。

 この事件を取材したバーセラーは本邦へも訪れ、コニシが住んでいた家の大家にもインタビューを行っている。事件の際、大家の女性はコニシは故郷へ帰ったのだろうと思っていたが、それから少し後にコニシの母親から電話があり、遠い異国の地で亡くなったことを知らされた。大家はコニシに何もしてあげなかったことを後悔しているという。コニシの部屋にはカセットテープの入ったラジカセが残されていた。カセットにはテレサ・テンの『ふるさとはどこですか』が録音されていた。コニシのお気に入りの曲だったという。出来すぎた話のようではあるが、彼女はこの曲に突き動かされて、恋人との思い出の地で最期を過ごそうと考えたのかもしれない。

最後に

 バーセラーの取材の成果はThis Is A True Storyと題され、2003年にイギリスのチャンネル4で放映された。現在、上記のリンク先で無料で鑑賞できる。映画『ファーゴ』を意識した題名通りの真実の物語である。前述のとおり、コニシをオオモリという女性が演じているほか、事件の関係者本人が映画に出演している。 コニシの遺体発見の状況も再現されているが、実際にはコニシが亡くなった場所から少し離れたところで撮影されている。さすがに場所そのものまで再現する気にはならなかったようだ。オオモリはコニシが亡くなったところにあった木のそばにオレンジをお供えしたという。

余談

 同じ事件を扱っているNewSphereの記事では、Paul Berczellerを「ポール・バークゼラー」と紹介しているが、これは誤りである。本人が出演したラジオ番組での自己紹介から、"Berczeller"は「バーセラー」と発音すると分かる。

 ついでに個人的な経験談を付け加えると、日本人女性が雪の中をミニスカート姿でさまようのはそこまで不思議な話ではないと思う。私の故郷は北国で、冬になると嫌でも雪が降ってくる。そのような環境下でも、女子高生たちはミニスカートを履いて学校に登校する。もちろん、除雪されて歩きやすくなっている道路を通るが、ストッキング1枚で寒さを凌げるとは思えない。もしも雪の中で自殺しようと計画したとしても、日本人女性というものはせめて可愛らしい格好をして死のうとするのではなかろうか。

参考文献

  1. Berczeller, Paul. This Is A True Story. Vimeo.
  2. Berczeller, Paul (2003年6月6日). Death in the snow. The Guardian. 2019年6月22日閲覧.
  3. Fargo. NPR. 2015年4月24日. 2019年6月22日閲覧.
  4. Fenton, Ben (2001年12月11日). Cult film sparked hunt for a fortune. Telegraph. 2019年7月13日閲覧.
  5. Vincent, Alice (2015年4月14日). The truth behind Fargo's 'true story'. Telegraph. 2019年7月13日閲覧.
  6. Storr, Will (2015年2月25日). Did a woman die trying to find Fargo's buried treasure? Telegraph. 2019年7月13日閲覧.
  7. Powell, Mike (2015年3月18日). The Woman Who Froze in Fargo. GRANTLAND. 2019年7月21日閲覧.
  8. Macfarlan, Tim (2015年4月3日). Kumiko, the Treasure Hunter tells of woman who died 'trying to find Fargo suitcase with $1m in'. Daily Mail Online. 2019年6月22日閲覧.
  9. Shepard, Chuck. News of the Weird. Santa Monica Daily Press. 2002年1月31日. vol. 1. iss. 69. p. 6.
  10. About News of the Weird. uexpress. 2019年7月20日閲覧.
  11. 米国では有名な、亡き日本人女性の都市伝説 菊地凛子主演の映画化で好評価 その内容とは? NewSphere. 2014年2月2日. 2019年7月13日閲覧.
  12. 菊地凛子主演の日本未公開アメリカ映画、「トレジャーハンター・クミコ」初放送. 映画ナタリー. 2015年9月10日. 2019年7月20日閲覧.

2019年7月12日金曜日

【ゆっくり語る奇妙な事件】エリサ・ラム怪死事件 補足 (2019年7月15日追記)


 にニコニコ動画とYouTubeで動画を投稿した。この動画は拙ブログの記事『 「エリサ・ラム事件」、どうして彼女は暗い水の底に沈んだか』をベースにしている。もし次回作があれば、今回のように一旦文章にまとめた後、それを元に情報を足し引きして動画を作る予定である。つまり、拙ブログの記事が次回作のネタバレになる可能性が高いということである。頭の中をまっさらにして次回作を視聴したい場合は、「事件録」ラベルの記事は読まないことをおすすめする。 次回作は「スレンダーマン・スタビング」を題材に動画を制作しました。

 今回の動画は茶番などがない堅苦しい説明を主とした内容になっている。実は、以前に茶番が多めの動画を作ったことがあるのだが、全く面白く作ることができなかった。ユーモアのセンスが皆無なのである。もし、次回作があれば今回と似たような形式になると思う。

  1. 素材の提供元および参考文献
  2. 追記: 解説動画へのコメントに対する返信
  3. 追記: エリサ・ラム事件を扱った書籍について

素材の提供元および参考文献

 今回の解説動画の末尾に、使用した素材の提供元と参考文献を掲載している。ただ、様々な事情で表示が粗雑になってしまったため、この場で改めて紹介する。

素材・ソフトウェアの提供元

 素材の提供元は下記の通りである。ただし、ニコニコモンズ由来の素材はコンテンツツリーに掲載したため省略する。使用したソフトウェアやパブリックドメインの写真についてもここで説明する。コンテンツツリーに登録した素材も含め、この素材やソフトウェアがなければ動画は完成しなかった。改めてお礼申し上げる。

AviUtl
言わずと知れたフリーの動画編集ソフト。
ゆっくりMovieMaker3
ゆっくり音声の出力に使用。
いらすとや
イラストをお借りした。
足成
ロサンゼルスで撮影された写真をお借りした。
H/MIX GALLERY
音楽をお借りした。様々な動画で使用されているため、聞いたことがある方も多いと思う。
ザ・マッチメイカァズ2nd
効果音をお借りした。
File:Pershing Square, 1941.jpg
パーシング広場の写真。パブリックドメイン。
File:Richard Ramirez 2007.jpg
リチャード・ラミレスの写真。パブリックドメイン。

参考文献

 ほとんどの参考文献は動画の元となった記事と同一であるため省略する。ここでは、動画を作成するにあたって新たに参考にした文献や、筆者が改めて取り上げたいと思った文献を紹介する。

Elisa Lam Video
騒動の元となった件の動画を転載したもの。
【藍可兒出事酒店迷思大揭開】
動画中で紹介・引用した動画。実際にセシル・ホテルに赴いて調査した内容を報告している。Wikipediaで紹介されていたため、この動画の存在を知ることができた。
Googleマップ
Liyao, Lin (2013年6月26日). Autopsy report disappoints Elisa Lam's family. China.org.cn. 2019年6月下旬閲覧.
Khouri, Andrew (2016年6月1日). Once a den of prostitution and drugs, the Cecil Hotel in downtown L.A. is set to undergo a $100-million renovation. Los Angeles Times. 2019年7月1日閲覧.
Richard Ramirez - Wife, Quotes & Murders. Biography. 2017年10月11日. 2019年7月1日閲覧.
Jack Unterweger - Journalist, Murderer. Biography. 2017年4月28日. 2019年7月1日閲覧.
Lam, Elisa. Ether Fields. 2019年6月28日閲覧.
ラムのブログ。事件後も放置されている。単なる個人の日記だったため、生前はほとんど閲覧者がいなかったと推測される。亡くなった後に多数のコメントが寄せられるようになったようだ。過疎ブログの執筆者としては色々と思うところがある……。
https://web.archive.org/web/*/http://stayonmain.com/ 2019年7月1日閲覧.
Stay On MainことCecil Hotelのウェブサイトのアーカイブ。
エリサ・ラム事件. ウィキペディア日本語版. 2019年6月26日 10:10 (UTC).
「ソースはWikipedia」では格好がつかない。とはいえ、前述のセシル・ホテルの検証動画や、ラムのブログ記事の記述、検死報告書の怪しい箇所については、この記事を見なければ存在を知らなかっただろう。
List of deaths and violence at the Cecil Hotel. Wikipedia. 19 October 2018 00:47 UTC.
スクリーンショットを撮影しただけで、内容はあまり参考にしていない。
双極性障害(躁うつ病). 厚生労働省. 2019年6月下旬閲覧.
医療用医薬品 : ラモトリギン. KEGG. 2019年6月下旬閲覧.
医療用医薬品 : クエチアピン. KEGG. 2019年6月下旬閲覧.
医療用医薬品 : イフェクサー. KEGG. 2019年6月下旬閲覧.
DRUG: ブプロピオン. 2019年6月下旬閲覧.

追記: 解説動画へのコメントに対する返信

 動画に寄せられたコメントに対して、回答できる範囲で返信します。次の回答は2019年7月12日に投稿しました。

「ラム」ではなく「ラン」?

 以下の記事に掲載されたニュース映像を聞いた限りでは、「エリサ・ラム」と発音しているような気がします。「セシル」は「スェスィル」に聞こえるような気もしますけれど。

 WikipediaやWiktionaryによれば、ラムの広東語名である「藍」は/laːm˩/と発音するらしいです (出典: Death of Elisa Lam. Wikipedia. / laam4. Wiktionary. いずれも2019年7月12日閲覧)。

アメリカン・ホラー・ストーリー

 実際、『アメリカン・ホラー・ストーリー』第5期はセシル・ホテルでのラムの事件との関連性があると言われています。に製作のライアン・マーフィー氏が、エレベータで女性が奇行をとる模様を写した監視カメラの映像から着想を得たと発言しました。女性は繁華街にあるホテルのエレベータに乗り、そして二度と姿を現すことがなかった、というようなことを話していたそうです。ただし、具体的にどの映像かは明言しませんでした (出典: Ferreras, Jesse <2015年8月11日>. 'American Horror Story: Hotel' May Be Based On Elisa Lam Case. HuffPost Canada. 2019年7月11日閲覧)。

 ……いかにも貴重な情報のように偉そうに書いていますが、この話はWikipediaにも書いてある程ですから、割と有名かもしれませんね。私はこのドラマを見たことがないため、内容については説明できません。

ホテルの部屋にある手の形の椅子

 "hand chair"で画像検索したところ、それらしきものが出てきました。

後付けのノイズ

 BGMとしてノイズ音を編集でつけたという意味です。元の映像は監視カメラが撮影したものだったため無音でした。

閉まらないエレベータ

 解説動画中で引用した【藍可兒出事酒店迷思大揭開】という動画では、エレベータが閉まらない現象についても検証を行っています。この動画によれば、扉が閉まらない現象は再現できるそうです。ただ、現象の原理がよく分からなかったため、解説動画中では言及しませんでした。動画中で説明があったのかもしれませんが、言語の壁のためによく分かりませんでした。

 ラムが立ち去った後に扉が何度も開閉した理由は、ラムがボタンを押した階にエレベータが向かい、扉を開閉するという動作を繰り返しているだけだと思います。つまり、通常どおりにエレベータが動いているだけなのでしょう。あくまで推測ですが。

 ラムがボタンをいくつも押した理由は……どうしてでしょうね。

遺体が全裸で発見された理由

 衝動的にひと泳ぎしたくなった彼女は屋上の貯水槽へ向かったが、貯水槽から出られなくなり、疲れ果てて溺れてしまった……のかもしれませんが、貯水槽の中で衣服が発見された理由が説明できません。着衣の状態で転落した彼女はどうにか生き延びようと、驚異的な器用さを発揮して水を吸って重くなった衣服を脱ぎ捨てた……のかもしれませんが、下着まで脱ぐ意味はありません。謎ですね。

現場に指紋は残っていたのか

 指紋について言及している報道は発見できませんでした。警察が指紋を検出できたかという点については、私は回答できません。

 あくまで推測ですが、指紋の採取は困難だったのではないでしょうか。ホテルは不特定多数が利用するため、多数の人の指紋が重なり合ってしまうかもしれません。ラム自身も数日間滞在していたため、仮にラムの指紋を発見できてもいつ付着したものかは断定できないかもしれません。屋上や避難経路は太陽光や雨風に晒される環境であるため、指紋がかき消されることもあるかもしれません。最近の科学捜査ではどうにかなるのかもしれませんが。

追記: エリサ・ラム事件を扱った書籍について

 Amazonでこの事件を扱った書籍について調べたみた。どの書籍も読んだことがない。第1の理由は、出来が悪そうな書籍に金を惜しまずに使う気になれないためである。Amazonのレビューはあてにならないことも多いとはいえ、レビューで酷評されている書籍も多い。海外では有名な事件であるだけに粗製濫造気味なのかもしれない。 第2の理由は、そもそもある1冊はまだ出版されていないためである。なお、Amazonのレビューはまでに書かれたものを参考にしている。

How Elisa Lam's Got Disappeared: The most mysterious case of the 21st century

 Danielle Steel著。全43ページ。1件だけついたレビューでは、ウェブ検索して出てきた事件のニュース記事を読んだ方がましと酷評されている。

The Mysterious Death of Elisa Lam

 Christina Barrett著。全19ページ。レビューによれば誤植が多く、新情報はそれほど多くないとのことである。当局とは異なる結論を出しているらしい。

Elisa Lam- The Mystery

 Penny Edwards著。2015年10月5日発売のペーパーバック。全64ページ。1件だけついたレビューによると、インターネットで見つかる情報しか載っていないらしい。

Gone at Midnight: The Mysterious Death of Elisa Lam

 Jake Anderson著。2020年2月25日発売予定のハードカバー。全352ページ。まだ出版されていないようだが、ようやくまともな書籍の形態をしたものが売られるようだ。紹介文によれば、この事件には企業の陰謀や警察の隠蔽があったとのことである。現状、中身を見ないことには単なる陰謀論なのか、本当に真相を解き明かしたものなのかは判断できない。

 発売後に購入するかは検討中である。嫌な言い方をしてしまうが、仮に買わなくても、その本を読んだ誰かが英語版Wikipediaの記事に内容を追記してくれると思う。陰謀論紛いであれば信頼できない書籍であるという評価が記されるだろう。そうでなければ、(本の著者にとっては悪夢だろうが) 大幅に加筆されることだろう。あまり言いたくないが、私の英語の読解力ではハードカバー1冊を読みきるのは不可能だろうという事情もある。日本で翻訳版が出版される見込みも薄そうだ。本邦では、この事件はネットユーザの一部には有名だが、一般にはそれほど関心を持たれていないと思う。出版後の評判が良ければ、著者に敬意を表する意味で、ついでに私の英語の技術の向上も目指して購入してみようかと思ってはいるが、あまり期待しないでほしい。

2019年7月7日日曜日

「スレンダーマン・スタビング」、心に巣食った影 (2019年12月1日追記)

この事件のゆっくり解説を制作しました。宜しければどうぞ。誤植がありますが……。

 2014年5月31日、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ウォーキショーの森の中で、12歳の少女が同い年の少女2人に包丁で19回刺された。幸いなことに、被害者は負傷から立ち直り、秋には学校に復帰した。2人が親友を殺そうとした理由は意外なものだった。架空の存在である「スレンダーマン」(Slenderman) に捧げ物をするためだったのである。本稿ではアメリカで"Slenderman Stabbing" (スレンダーマン・スタビング) と呼称されるこの事件について解説する。

 2019年10月下旬、事件の被害者が初めて重い口を開いた。詳細は「追記: 2019年10月下旬の続報」にて。

そもそもスレンダーマンとは?

スレンダーマンの初出
白黒の写真。奥にスレンダーマンがいる。
白黒の写真。子供たちが遊んでいる。その奥にスレンダーマンがいる。
Victor Surgeが創造したスレンダーマンが登場する最初の作品 (Create Paranormal Imagesより引用)

 「スレンダーマン」のことを全く知らないという読者のために説明するが、スレンダーマンとはフィクションの怪物である。異常なほどの高身長、痩せぎすの体躯、のっぺらぼうの顔、身にまとったスーツが特徴である。 起源は2009年6月に遡る。Something Awfulという海外のウェブフォーラムのCreate Paranormal Imagesというページで、超常現象を題材とした写真を「作る」試みがあった。 様々な画像が投稿されたが、その中でもVictor Surge (ヴィクター・サージ) ことEric Knudsenが制作した2枚の画像が好評になった。それがスレンダーマンが最初に登場した作品である。 それ以来、ファンたちは数多くの二次創作を制作していき、知名度を増していった。本邦でもホラーや創作を好む人々の間では有名で、「スレンダーマン」というキーワードでウェブ検索をすれば様々な作品を見つけることができるだろう。

 スレンダーマンはいわゆる「クリーピーパスタ」(Creepypasta) の1つでもある。クリーピーパスタは元は「怖いコピペ」程度の意味であり、現在ではホラーを中心とした広範囲の創作ジャンルを意味するらしい。本邦で言うところの「洒落怖」(匿名掲示板「2ちゃんねる」のオカルト板の名物スレッドに由来する言葉) が近いかもしれないが、クリーピーパスタほどの勢いはない。スレンダーマンは本邦での「くねくね」や「八尺様」の立ち位置に近いと思われる。クリーピーパスタは海外が中心であり、日本語での資料は不十分である。私のおすすめはCandle Coveという作品である。スレッドを模した形式であり、多少英語が読めれば問題なく読める。簡潔にまとまった傑作である。

スレンダーマン関連色々
スレンダーマンは映画の題材としても取り上げられている。左と中央はホラー映画。右は本事件に関するドキュメンタリーらしい。 申し訳ないがどれも見たことがない。だって、ホラー映画は地雷が多いし、リスニングはからっきしだし……
解説本が売られていたり、よく分からないグッズが売られていたりする程度には海外では有名らしい。
ちなみに、Candle Coveも映像化されている。こちらも見たことがない。申し訳ない。

 ここで注意すべきなのは、スレンダーマンは単なるフィクション上の存在であり、面白い創作物として創造されたコンテンツに過ぎないということである。本稿で説明するような悲劇を望んで作られたわけではない。スレンダーマンはクリーピーパスタというジャンルの中で極めて重要な存在であった。被害者へ手を差し伸べるため、そして、スレンダーマン、さらにはクリーピーパスタの存在を守るため、関係するインターネット・コミュニティのメンバーたちは、6月13日から24時間、YouTubeで被害者に向けての募金活動を目的とした生放送を配信した

 詳細は後述するが、実は加害者にはある特別な事情があったらしい。スレンダーマンは多くの人々から愛され恐れられる人気者だった。作品として非常に出来が良かった。質が良かったからこそ、このような悲劇に繋がってしまったのかもしれない。良いフィクションは良くも悪くも人間の精神や感情に働きかけるものである。今回のような事件は滅多に起こるものではない。とはいえ、人々が創作活動に勤しむ限り、ごく稀ではあっても、社会を揺るがすような大事件という「副作用」もまた生じてしまうのかもしれない。

事件の経緯

サンセット・アパートメンツ

ホーニング・ミドル・スクール

 アニッサ・ウェイアー (Anissa Weier) はこの事件の主要人物の1人である。猫が鼠をいたぶって殺す映像、棒付きキャンディーの柄で人を殺す方法、「サイコパステスト」なるものなど、悪趣味な話題を好んでいた形跡がSNSに残っていたが、新たな友人に出会うまではその程度の凡庸な少女のままでいられたのかもしれない。その友人の名はモーガン・ゲイザー (Morgan Geyser) といい、ハリー・ポッターシリーズなどのファンタジーが好きな空想家だった。特にヴォルデモートのことがお気に入りだったらしく、"Voldie"というペットにでもつけるようなニックネームで呼んでいた。アニッサとは同じサンセット・アパートメンツ (Sunset Apartments) に住み、同じバスでホーニング・ミドル・スクール (Horning Middle School) へ通うという縁があった。2013年12月、アニッサはモーガンにCreepypasta Wikiを紹介した。そのウェブサイトではスレンダーマンも紹介されていた。アニッサはモーガンを「チャイルド」(Child) と呼んでいた。2人は仲良くスレンダーマン関係の創作を鑑賞していった。事件後にモーガンの寝室を捜索したところ、スレンダーマンを描いたと思しき落描きが50以上発見された。夢見がちな少女だった2人は、次第にスレンダーマンの存在を信じるようになった。モーガンはアニッサにスレンダーマンを幼い頃に見たことがあると語った。こうして急速にのめり込んでいき、12月下旬にはスレンダーマンに「捧げ物」をする計画をたて始めていたという。スレンダーマンはニコレット国立森林公園の中心にある邸宅に住んでおり、捧げ物をしなければ自分たちや家族を殺そうとすると信じた。

モーガンが描いたスレンダーマン
ナプキンに描かれたスレンダーマンの落描き。触手が生えている。
モーガンが外食の際にナプキンに描いたスレンダーマン。父親がInstagramに写真を投稿した (Wisc. judge orders ‘Slender Man’ girls to stand trial as adults for attempted murderより引用)

 2人は贄として敢えてモーガンの親友を選んだ。ペイトン・ロートナー (Payton Leutner) は同じクラスにもう1人ペイトンという名前の人物がいたため、ベラ (Bella) と呼ばれていた。ベラとモーガンは4年生の頃からの親友だった。モーガンとアニッサはスレンダーマンの「代理人」(proxies) となり、スレンダーマンの実在を証明しつつ、彼の存在への奉仕を身をもって示すため、ベラを殺すことを決断した。

 2人は「キャンプ旅行」(camping trip) という隠語を使いつつ、ときには学校へ向かうバスの中でも殺人の計画をたてた。スレンダーマンが暮らす (と2人が信じていた) ニコレットへのキャンプである。2人は5月30日のモーガンの誕生日にお泊まり会を開き、眠っているベラを殺害することにした。ベラの口をダクトテープで塞いで首を刺し、死体を寝具で隠してそのまま逃亡するという作戦だった。

 そして5月30日金曜日、すなわちモーガンの12歳の誕生日、3人はローラースケートを楽しめる「スケートランド」(Skateland) という施設で遊んだ後、モーガンの家で夜を過ごした。計画では午前2時にベラを殺すつもりだった。しかし、計画は延期になった。モーガンがベラにもう1日猶予を与えたくなったためである。もしかしたら、単に怖気づいただけかもしれない。

スケートランド

サンセット・アパートメンツとデーヴィッズ・パーク周辺の地図

デーヴィッズ・パーク (中央の建物が公衆トイレらしい)

 翌日、2人はまるで昨日の殺意がなかったかのようにベラと仮装遊びをしたらしい。モーガンは『スタートレック』のデータという登場人物に、ベラはピンクの衣装のお姫様に、アニッサは"prosti-troll"なる自身が創作したキャラクターに扮したという。しかし、その裏で2人は新たな計画を実行しようとした。ドーナツと苺という朝食の後、モーガンは台所から包丁をこっそりと持ち出した。近くのデーヴィッズ・パーク (David’s Park) という公園の公衆トイレでベラを殺すという算段である。アニッサは排水管があるトイレは血液の処分に都合がいいと考えた。ベラをトイレで刺し殺して逃げるという計画だった。2人はベラを眠らせようと誘導したり、気絶させるために煉瓦の壁に頭を叩きつけたりした。組み付いて押さえつけようとしたとも言われている。しかし、上手くいかず、モーガンも取り乱し始め、また計画を変えることになった。

 次の、そして最後の計画は、ビッグ・ベンド・ロードの外れの森の中でのかくれんぼだった。かくれんぼの最中、アニッサがベラを押し倒して動きを封じた。モーガンがとどめをさしてくれるだろうと期待してのことだった。しかし、ベラが息ができないと騒ぎ始め、アニッサはベラから離れた。モーガンはアニッサは人体の急所にくわしいだろうと言ってアニッサに包丁を渡した。アニッサは躊躇してモーガンに包丁を返した。2人が包丁を押し付けあっている一方で、ベラは命を狙われているとも知らず、しゃがんで花を弄っていたらしい。結局、アニッサの合図でモーガンがベラを刺すことになった。アニッサの“Go ballistic, go crazy.”、“Now.”という言葉とともに、モーガンはベラに組み付き、同い年の少女の体を何度も切り付けた。

ベラが刺されたときに着ていたシャツ
血染めのシャツ。ハートのプリントが施されている。
犯行現場に残されたベラのスリッパ
草叢の中に落ちたスリッパ。僅かに血液が付着している。
逮捕されたモーガン
モーガンの写真。身につけたジャケットには血液が付着している。
発見時、モーガンのジャケットには血液が付着していた (Haunting images show the aftermath of the Slender Man stabbing sceneより引用、一部加工)
包丁が入っていた鞄
ハンドバッグ。中には包丁やノート、食物の包装などが入っている。

 2人はベラの傷に葉っぱを当て、出血を抑えるために横たわって安静にしているように指示した。2人は助けを呼んでくると言ってベラを置いて立ち去った。しかし、2人にはベラを助ける気などなく、騒がずに静かに死んでほしかっただけだった。2人の少女はスレンダーマンに会いにニコレットへ向かった。一方で、ベラは血塗れの体を引きずってどうにか道路まで這っていった。そこを自転車に乗った男性が通りがかり、ベラはウォーキショー・メモリアル・ホスピタルに搬送された。ジョン・ケレマン (John Keleman) 医師が手術を担当した。包丁は腕や脚を傷つけ、肝臓や膵臓、胃を貫いていた。心臓の近くの重要な動脈をぎりぎりで逸れていた。髪の毛1本程の差がベラの命運を分けた。

ニコレット国立森林公園への経路
事件現場の近くのデーヴィッズ・パークからニコレット国立森林公園まで。あまりにも遠い距離だが、スレンダーマンの加護があれば無事に辿り着けたのだろうか。

 警察は4時間以上後に州間高速道路94号線の近くで2人を発見した。2人はウォルマートに寄ったり墓場を通り抜けたりと辺りを彷徨っていたらしい。モーガンが自宅から持ち出したハンドバッグには、親友の命を奪った (と2人は信じていた) 凶器が収まっていた。これからは永遠にスレンダーマンと一緒に暮らすことになる。家族とは二度と会えないが、持ってきた写真が慰めになるだろう。しかし、スレンダーマンは迎えに来てくれなかった。 2人はウィスコンシン州の法律に基づき、成人として裁判を受けた。結論を言えば、2人とも精神疾患により無罪という判決だったが、自由な生活を取り戻せたわけではない。アニッサの裁判が先行し、2017年12月21日、25年間精神病院の監督下に置かれることになった。続いて2018年2月1日、モーガンは40年間精神病院の監督下に置かれるという決定が下った。

 19箇所も刺されたベラはその後にどうなったか。ベラは入院してから1週間後に退院し、9月頃には学校に復帰した。善意ある人々からの援助も受けた。しかし、治療の後も数多くの傷跡が体に残った。そして、精神の傷は簡単には癒えなかった。事件から数ヶ月間、眠るときは近くの枕の下に鋏を置いていた ([追記] 2019年10月24日のABC Newsの記事によれば、枕の下に鋏を置いて眠る習慣は今日に至るまで続いているという)。2018年の記事によれば、高校に通うようになった今でも、家族揃ってセラピーを受けているという。

加害者の事情

モーガンのバービー人形とノートの落描き
裸のバービー人形。落描きが見られる。
ノート。必要な物品が列挙されている。
スレンダーマンの顔と思しき落描き。"HE Still SEES YOU"とも書かれている。

 2人がスレンダーマンの存在を信じ込んでしまったのには理由があった。実はモーガンは統合失調症を患っていた。幼い頃から他人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえたらしい。幽霊や好きな本のキャラクターなどの幻覚を見ていたという。裁判を受けた時期のすぐ前にも「マギー」(Maggie) という存在の声を聞いていた。モーガンは両親に自分の状態について上手く隠し通していた。犯行の後に初めて判明したのである。 実は、モーガンの父親も統合失調症を患っていた。しかし、子供の発症は珍しいこと、まだ子供のモーガンに話すのは早いと判断したことから、両親は父の病について黙っていた。両親はこの決断を後悔しているという。

 一時期、モーガンは自分の背後に影のような男の姿を見ていたという。男は痩せぎすで、ぼんやりとした姿をしていた。モーガンはこの存在を「イット」(IT) と呼んでいた。スティーブン・キングの『IT』と似たような呼称だが、偶然の一致らしい。いつしかそれは姿を現さなくなったが、モーガンはそのときの恐怖を忘れることはできなかった。 アニッサからスレンダーマンについて教えてもらったとき、モーガンはITの正体を知ったと思い込んだ。ITがいつの日かスレンダーマンとして自分の元に帰ってくることを恐れた。 モーガンは幼い頃にスレンダーマンを見たことがあると語り、アニッサはそれを信じた。アニッサはモーガンの妄想に感化されてしまったようだ。当時、アニッサの家庭は両親の離婚などの問題があったらしく、家庭環境でのストレスも妄想へ引き寄せられた要因なのかもしれない。親友同士の内緒話が効果的に妄想をかき立ててしまったようである。

 こうして、2人は架空の怪物の従者となるべく、親友を罠にはめることにしたのである。19回も少女に包丁を突き立てたのは残忍な犯行であると同時に、蛮勇を発揮して必死になって殺そうとした結果でもあるのだろう。怖気づいて何もせずに帰宅すれば、楽しい誕生日の影であった嫌な思い出で済んだのである。何事もなく日々を過ごした後、統合失調症のことを知って、病気と付き合って人生を穏やかに過ごすこともできたのかもしれない。

 残酷で悪趣味ではあるものの、人々に非日常のスリルを与えてくれていたオープンな創作が、運悪く知ってはいけない人にまで知られてしまい、凄惨な事件へと発展した。被害者が生還してどうにか日常に戻ることができたのはせめてもの幸いである。創作の愛好者から、被害者と加害者、その家族まで、全員にとって不幸な結果に終わった事件であった。

追記: 2019年10月下旬の続報

 これまで、被害者のベラ本人が公的に発言することはなかった。被害者の立場から公的に発言していたのは、ベラの両親、あるいは一家のスポークスマンであるSJL Government Affairs & CommunicationsのSteve Lyons氏だけだった。しかし、、ABCの番組20/20で初めてベラ本人が重い口を開いた。そのためか、事件について扱う記事が2019年10月下旬に改めて投稿された。当時、事件を担当した捜査官たちが本件について語る記事や、事件の影で苦悩したベラの弟ケーデン (Caden、当時10歳) を主題とした記事、テレビ番組20/20でのベラの発言をまとめた記事などを確認している。これらの記事から新たに発見した事実を下記に挙げる。もっとも、2019年10月下旬以前の記事やテレビ番組でも既出だったが、私が知らなかったから新事実と思い込んでいるという情報もあるかもしれないが……。

  • ベラがモーガンと友人になったのは4年生のとき。当時のモーガンは友達がいなくて独り淋しく過ごしていたらしく、孤独なモーガンを気遣ってのことだった。
  • モーガンがアニッサと友人になったのは6年生のとき。アニッサはベラに対しては態度が冷たく、ベラはアニッサを好ましく思っていなかった。ベラはアニッサとも交友関係をもったが、それはモーガンがアニッサを大事に思っていたため。あくまで親友の親友という位置付け。
  • モーガンとアニッサはスレンダーマンに夢中になっていった。ベラはモーガンの変化に戸惑った。スレンダーマンに悪い印象を持っていたこともあり、モーガンとの友達付き合いを止めることも考えた。しかし、罪悪感があり、事件の日まで親友として接し続けた。
  • モーガンとアニッサは人前で殺人計画について相談していた。その際に、物騒な言葉を隠語に置き換えている。「ナイフ」は"cracker"に、「殺人」は"itch"に。
  • モーガンはアニッサにブラウザの履歴を削除するのを忘れないようにと指示する電子メールを送っている。モーガンは事件を起こす前にパソコンで、殺人後に逃亡するための方法や、自分がどれほど正気でないか、というような事柄をインターネットで調べていた。
  • モーガンとアニッサは最初、モーガンの誕生日のお泊まり会でベラが眠っているところを襲撃するつもりだったが、当初の計画は実行されなかった。アニッサの話によると、計画を一旦取り止めた理由は単純なもので、その日にスケートランドで遊んだ疲れで眠かったためらしい。
  • モーガンは家では夜更かしが禁止されていたため、お泊まり会のときはいつも夜遅くまで起きていた。しかし、件の誕生日でのお泊まり会では夜更かしせずに眠ろうと提案してきた。普段とは異なる行動をとっていたとはいえ、ベラはそれが自分を殺すためだったとは気付けなかった。
  • 森でのかくれんぼの際、アニッサはベラに、地面に伏せて、木の枝や葉っぱで身を隠すように指示してきた。それはベラを襲いやすくするための罠だったが、やはり事が起こるまで気づくことはなかった。
  • 事件以来、ベラは念のために自分の近くの枕の下に壊れた鋏を置いておくようになった。その習慣は今日まで続いている。
  • モーガンとアニッサは州の法律により成人として裁判を受けた。2人の扱いについては異論もあるが、ベラ本人は2人が成人として裁かれたのは正当な扱いであると考えている。お菓子を盗んだというような軽微な罪ならば話は変わってくるが、殺人未遂は子供の犯罪ではなく大人の犯罪であるというのがベラの意見。
  • ベラは現在は高校生。2020年秋に大学入学の予定。事件での経験からか、医療の分野に進みたいと考えている。

参考文献

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