画像RSS

2024年12月18日水曜日

『鬼ごっこ』(Creepypasta私家訳、原題“A Game of Tag”)

パソコンで動画を見る様子

"YouTube Test" by Jaysin Trevino is licensed under CC BY 2.0.

鬼ごっこ

2017年、ある動画がYouTubeに投稿された。

その携帯電話の録画映像には、比較的大きな都市の賑やかな交差点が映されていた。場所はおそらくアメリカ合衆国。状況から察するに、時期は3月または4月で、ラッシュアワーの時間帯。人々は薄手のコートを着ており、花々が咲く木々や草地にはいくらかまだ雪が見えた。

映像は絶叫から始まる。

遠くから悲鳴が聞こえる。数名が走っているのが見える。距離はあるが、明らかにパニックを起こして走っており、何度も掴み合ったり押し合ったりしている。混乱や不安感の空気が漂っている。不鮮明なノイズの中で、明瞭に「何が起きているんだ」という声が聞こえる。映像は画質が良いが、手ブレしている。撮影者が騒乱に近付こうとしているためだ。

10秒前後のところで、混乱が広がり始める。このとき、歩行者たちは移動を速め、走る人が増える。十字路に人だかりが無かったら、間違いなく車に撥ねられた人が出ていただろう。人々は明らかに注意力を欠いており、なるべく速く移動することに没頭していたためだ。微かに警察のサイレンの音が聞こえる。このとき、撮影者は騒ぎの中心から40フィート程度の距離におり、上手にパノラマ撮影をする。

2秒後、どこかかなりの近距離で絶叫が聞こえる。それから、集団ヒステリーが発生する。

動画時間が19秒に達すると、緑色のパーカーを着た若い女性が、画面の右隅から現れる。

撮影者はその女性に気付かない。女性が現れた場所は人が比較的に少なく、女性はたやすく歩行者の合間を縫って進む。女性は20代前半といったところで、長い黒髪で顔が半分隠れている。他の誰よりも平然としている様子で、ポケットに両手を突っ込んでおり、さながら腰痛持ちのように背中を丸めている。女性の周囲の人々は走りまわっている。女性が騒ぎの中心に近付いているとき、50歳かそこらのウールのジャンパーを着た男性が、女性の方に向きを変える。男性はくぐもった声で何か言う。下に「何が起きているか知っているか」という字幕と表示される。視聴者がどうしてこの意味も無さそうな声に字幕がついたのだろう、他に声がしないわけでもないのに、などと疑問を抱く間もなく、女性が何かを返答し、それから片手をポケットから出して、男の肩に触れる。

カメラは隅の方で突如動きがあったことを捉え、現場にズームインする。するとすぐに、その男性は半狂乱で痙攣し始めた。さながら発作を起こしたかのようだった。男性の顔に異常が起こる。赤くなり、水ぶくれができ始める。3秒後、撮影者の男性は叫ぶ。

「うわ、マジかよ。うわ。うわ」

このとき、男性は胸部を不自然に腫れあがらせながら地面に倒れる。近くの通行人が恐怖を覚えながらこの様子を目撃し、絶叫を上げて逃げ出す。

群衆 (ここまででパニックの発生源と分かる) は広がっていく。人の莫大な波が通りを氾濫し、車の往来を止める。何人かが撮影者の傍を駆け抜けて、カメラに彼らの恐怖に歪んだ顔がちらりと映る。他にも携帯電話で騒動を録画している人がいる。警察が到着し、点滅するパトランプが隅のどこかに現れる。ここで、あの若い女性にフォーカスされる。女性は別の人に向かって歩いていき、その人物に触る。その人物は10代の少年だった。少年は、息苦しそうな仕草をして、口から血を流し、胸が腫れて肥大化する。彼の友人らしき2人の少年は、絶叫して逃げ出そうとする。しかし、1人は女性に掴まれる。その少年はよろめいて地面に倒れ、体が赤くなり、鬱血する。もう1人の少年は大声で泣き喚く。かなりの大声だったため、騒ぎの中でも聞こえていた。混乱状態の中、若い女性が件の女性にぶつかる。女性は地面に倒れ、ぴくりとも動かずにいる。

その後、女性はなるべく多くの人に跳びつき始める。女性が人々に触ると、全員が同じ末路を辿った。一瞬のうちにさらに約4名に触れた後、カメラの方向に向き、ニヤリと笑みを浮かべる。

この映像は1分4秒の長さであり、600万以上の再生数を獲得している。コメント欄はほとんどが「やべぇ」や「これ本物?」といった反応である。多くの人は本気では信じなかった。作り物と言い張る人もいた。新しいホラー映画の宣伝に作られたイタズラ映像の類だろうと考えた人も数名いた。荒らしたちは、どうであってもあの女を撃ち殺してやると冗談を言っていた。

これはこの事件において最も有名な映像だった。全体では、元々は15件以上の録画があった。すべて別の角度から、別の時間に撮影されたものだ。

事件後、緑色のパーカーを着た女性はどこにも発見されなかった。事件は世界中のメディアで報道されたが、人々が女性に触れられた後に死亡したという事実についてはほとんど言及されなかった。ほとんどのニュース報道は、この事件をバイオテロとして扱った。緑色のパーカーを着た女性は、ある種のガスか、毒物の入った注射器を使用したに違いないと報道した。こんな見え透いた嘘がネット民に見過ごされるはずがない。数百万のコメントが、事件中にガスや注射器は使われていなかったと指摘した。そのうえ、目撃者たちは実際に、ただ触れただけで人間を鬱血したボロクズに変える様を見ていた。それでも、メディアはこのような説明を受け入れようとせず、批判を見て見ぬふりをした。

人々の死に対しても、真実の説明は与えられなかった。医療当局によると、犠牲者たちは救助が来る前には既に死亡していたという。数日間、人々には犠牲者の病状についてある範囲だけ説明された。皮膚の傷害、肺の障害、目の炎症などである。公式ではいまだに死因不明のままだった。

しかし、事件から2日後、とある匿名掲示板にあるスレが立った。スレ主は、犠牲者の遺体を調査した遺体安置所係員の1人であると主張した。その人物は、遺体の状態について真実を語る義務があると感じていたが、上司からパニックを広げないようにと緘口令を受けていたという。スレ主によると、死因は重度の肺の損傷による窒息であると述べた。出血や腫れあがった胸に説明がつく。スレ主は、ショックを受けたと語り、あのような短時間でそのような損傷を受けるのは見たことがないと述べた。犠牲者たちはアフラトキシンに曝露していたとも述べた。アフラトキシンは発癌性物質である。しばしばトウモロコシやクルミ、ピーナッツで発見される。例を挙げると、少量の食物 (特に不適切に貯蔵されたもの) の摂取で、肝臓癌や出血といった恐ろしい症状をもたらす可能性がある。

スレ主によると、遺体中のアフラトキシンの量は、アフラトキシン中毒の通常例の20倍であり、これにより犠牲者たちの肝臓は重度の損傷を受けていたという。死体の病状は、喉の負傷、内出血、皮膚炎、糜爛、目の充血などであり、非常に重度の段階に達していたという。

「この影響は長期間、黒カビに曝露したのと同様だった」

スレ主はそのように記した。どのコメントにも全く返答しなかった。

人々は懐疑的だったが、そのスレは多くの注目を集めた。数か月の間、YouTubeはリアクション動画や仮説で溢れかえった。陰謀論では、緑色のパーカーを着た女性のことが、政府による実験の失敗、実在したSCPと信じられ、黙示録の四騎士の一人であるペスティレンスと考える人すらいた。女性にはカルト的な信奉者さえも現れ、インターネットミームとなった。黒死病にまつわる童謡「リング・アラウンド・ザ・ロージー」にちなんで、女性は「ロージー」と呼ばれた。

しかし、ロージーがインターネット上に現れたのは、これが最初では無かった。

2011年、YouTubeに日本語で「路上の死、日本、謎の少女現る???」という題名が付いた動画が投稿された。映像は、郊外地域の交差点を3階のベランダから撮影したものである。人々が逃げ回り、叫んでいる。カメラは通りの真ん中にいる緑色のパーカーを着た女性にフォーカスし、周囲を取り巻く騒乱を映す。女性は両手をポケットに入れっぱなしにしている。このとき、女性の顔はフードの下に隠れている。女性の周囲に遺体が横たわり、さながら蕾の周囲に散らばる悍ましい花びらである。撮影者が隣にいる人物と会話する声が録音される。2人の声はシマリスのようなキーキーとした声に変更されている。日本語を知らなければ、何を話しているのか理解できない。映像中でおよそ2分間経過すると、ロージーは現場を立ち去り、その後に警察が到着する。

当時、人々はこの映像を作り物だろうと考えていた。この事件を報道したメディアは存在しなかったためだ。誰も事件がどこで起きたのか知らず、誰が撮影していたのかも分からなかった。しかし、2017年の事件後、日本の映像の存在を覚えていたこの俺が、ロージーについてのsubredditを立てることに決めた。

「緑のパーカーの女 (ロージー) の映像を昨日初めて見たが、デジャビュを振り払えなかった。昔のYouTubeのプレイリストを探したら、2011年の日本の映像を見つけた (リンクは下記)。顔も見えなかったが、これは同じ女だと確信している。このパーカーは同じものだ。いくらか関係があるのか知りたい。この二つの映像について情報がある人はいないか。この女を見たことがある人はいないか」

最初のレスは2日後のことだった。

「最初にあの動画を見たときはビビったね。2・3年前にかなり似た経験をしたことがある。あのとき、俺は公園のベンチに座っていた。大勢ではないがウォーキングやジョギングなどをしていた人がいた。俺はスマホを弄っていた。友人を待っていたんだ。でも、俺が顔を上げたとき、緑のパーカーを着た女がいることに気付いた。女は何の関心も見せずに俺の横を通り過ぎた。俺があの女のことを覚えていたのは、女がにっこりと笑みを浮かべていたというだけの理由だ。俺は可愛い笑顔だと思った。その後、俺は注意を払うのをやめた。ただ、数分後、絶叫を聞いた。走って何が起きたのか見に行くと、老人が地面に倒れていた。顔が真っ赤で、胸が腫れあがっていた。俺は老人が何かで喉を詰まらせたのだと思い、救急車を呼んだ」

「救助が来るまでいくらか時間がかかった。あのときは恐怖で気が動転していたから、女がそこにいたかは覚えていない。でも、あの映像の遺体を見て、あいつのことを思い出した。笑顔で俺の横を通り過ぎたあの女を。同じ女だとしたら、頭がおかしくなる。あの女は触ろうと思えば、俺のことを触れたんだ」

この投稿は多数の返信が付いた。その中でとりわけ興味深いものが一つあった。そのユーザは不鮮明な写真を投稿した。その写真は柵の近くで死んだ2頭の馬を写したもので、2頭とも胸部が腫れあがり、毛皮の合間から赤い肌の斑が見えた。2頭は顔が見えない位置にあったが、2頭の馬の目は充血していたのだろうと想像できた。

そのユーザはこのように記した。

「俺はフランスの郊外で家族経営の農場で暮らしている。俺たちはここで馬の飼育をしている。5年以上前、雌馬2頭がこんな状態で死んでいた。野生動物の仕業だろうと思っていた。森の近くに住んでいたからな。ただ、噛み跡や爪の傷跡は無かった。俺たちは獣医を呼んだ。獣医は検死を行い、2頭の馬の死因は重度のカビ中毒だと言い張った。なるべく早く厩舎を確認した方が良いとも言っていた。厩舎は十分に管理していたが、念のために隈なく確認した。少しのカビも無かった。しかも、パドックにいた他の数頭の馬は健康で、無事だった。数年間、俺はあの死んだ2頭は何らかの毒物を食べてしまったのだろうと思っていた。YouTubeでロージー (緑のパーカーの女) の出る動画を見るまでは。自分の目が信じられなかった。映像の被害者たちは、あのときの2頭と同じ症状だった。その後、検死技師が、死因は重度の黒カビ曝露による窒息と書いた投稿を見つけた。カビの曝露だって? あの女が雌馬を殺したかは分からないが、症状は全く同じだった。パドックの横の小道は、2頭の馬が見つかった柵の近くなんだ」

人々は写真を見て怯えた。人間が殺されても見向きもされないが、幸いなことに、インターネットでは動物虐待は人殺しよりも許されない。多くの臆説が浮上した後、ある動画が投稿された。怪しい英語で紹介文が書かれていたが、どうにか理解できた。

見たところ、スレ主の男性は、かつてバーで働いてたようだ。ある夜、勤務中に、スレ主は外から絶叫と銃声を聞いた。彼は怖くて何が起きているか確認しなかった。本当に近隣が不気味だったからだ。約10分後、何もかも静かになった。翌日、彼と上司は監視カメラの映像を確認した。俺は彼が投稿した映像を見た。映像では、玄関の明かりでぼんやりと光があり、2人の男性が通りを走っているのが見えた。1人は映像から見えなくなったが、もう1人はすぐに、フードで顔が隠れた人物に掴まれた。掴まれた男は異常なまでに体を捻ると、地面に倒れ、微動だにしなかった。フードの人物は、すぐに逃げた一人を追った。暗闇の中、映像はフレームレートがかなり低く、画質は非常に悪かった。それでも、俺を含む多くの人が同意したが、襲撃者は男にしては背が低く、武器を使っておらず、前にジッパーのついたスウェットシャツ (不明確だが色付き) のようなものを着ていた。銃声を聞いたと話していたため、俺は非常に悩んだ。監視カメラの映像では、音声は記録されていなかった。ただ、誰かがロ-ジーを撃っていたのであれば、もし本当にあれがロージーなのであれば、なんにせよロージーは銃撃の影響を受けていないようだった。

数か月が過ぎ、俺のsubredditはレスの数が3倍以上に膨れあがった。人々は自身の体験談を書き込み、発見した写真や映像を投稿した。数名が、投稿物すべてを元にして、ロージーについてのドキュメンタリーを制作し、YouTubeに公開することにした。そこには沢山の発見があった。俺たちの元には世界中の空港や店、街の映像記録が集まっていた。腫れあがった遺体を写した写真の数は目を見張るものがあった。ロージーを見つけたと主張し、こっそりと写真を撮ったと言い張る人さえもいた。しかし、ほとんどの場合、デマや作り物だった。狂ったように仮説が沸き上がり始めた。ロージーの人気は高まり、多数のファンアートが作られた。ファンアートは大抵、色々な意味で気味の悪いものだった。

「ロージーは誤解されていると思うんです。たぶん、笑顔は嘘で、本当は苦しんでいるんです。僕はあの子を助けたい」

あるユーザがこんな書込みをした。彼にはすぐに返信が返ってきた。

「〇ねよアホ」

subredditを立ててから約5か月後、ある写真が投稿され、俺はかなり動揺することになった。そのユーザは一言だけ記していた。

「ダメだった」

その写真は、フードを脱いだロージーを背後から撮影したものだった。ロージーは煉瓦の壁に寄り掛かり、髪が肩から垂れ下がっていた。ロージーの足元には少年が横たわっていた。多分、8・9歳ほどで、おそらくは中東系の人だった。少年は体を丸めており、隠れようとしているかのようだった。目に凄まじい恐怖を浮かべながらロージーを見ていた。顔は泣き腫らして赤くなっていた。

これには背景となる話は無かった。誰にも場所がどこか分からず、その少年が誰かも分からなかった。明らかに投稿を読んでいない人々が、投稿者がただそこにいて写真を撮っていることを非難し始めたが、まずは説明文を読むように注意された。

この写真は俺の心の中に長い間、残り続けた。少年の顔を思い出すと、今もゾッとする。

俺はすぐに点と点を繋ぎ、独自の調査を始めた。自分の動画の投稿を開始し、ロージーの謎を解き明かそうとした。ロージーの本名、出自、親縁の存在についての情報を探し出そうとしたが、無駄だった。ロージーの存在が報告された国々の警察署に連絡をとった。俺は証拠を提出したが、ロージーは一度も逮捕されておらず、目撃すらされていなかった。Skypeで2017年の事件を目撃した警察官にインタビューしたとき、彼は言った。

「緑のパーカーを着た女の話は聞いていました。でも、そんな人物は発見されていません。個人情報も住所も何も無し。我々は国中に通知を送りました。その女が何者であれ、痕跡もなく姿を消してしまったんです」

全力を尽くしたが、何も発見できなかった。ロージーはどこともしれないところから現れて、好きな場所、好きなタイミングに現れたり消えたりできるように見える。時折、証拠を全部確認したときに、自分自身に疑念を抱き始める。写真は不鮮明。映像はたやすく改竄できるし、演技かもしれない。人々の証言も嘘をついたか騙されただけかもしれない。……俺には何かを掴みかけているのかもしれない。ただ、多分、全くの無駄骨だろうから、俺はインターネットで見たものを何もかも信じるのをやめるしかなった。

それでも、俺は心配せずにはいられない。投稿された動画や証言は全て、どれも僻地やほとんど人が住んでいない場所に由来した。2017年の映像で、ロージーは初めて人が多くいる場所に現れたのである。


動画に記録された、恐るべき怪異についての物語。怪異は犠牲者を追いかける。野次馬たちも怪異を追跡する。

画像が無いことを除けば、非常にクリーピーパスタらしいクリーピーパスタです。Creepypasta Wikiでは“Pasta of the Month”に指定されています。

“OP”という単語を初めて見ました。“original poster”の略で、スレッドを立てた人のこと。ここでは「スレ主」と訳していますが、2ちゃんねる風に言えば「>>1」でしょうか。redditなどをよく読んでいれば、もっと早くに知っていたかもしれません。適宜、「スレ」や「レス」という言葉を使っていますが、もう少し流暢にネットスラングを使いこなしたいものです。

作品情報
原作
A Game of Tag (Creepypasta Wiki、oldid=1515830)
原著者
Cainmak
ライセンス
CC BY-SA 4.0

2024年12月8日日曜日

『ウッドハロー公園の子供たち』(Creepypasta私家訳、原題“The Children of Woodharrow Park”)

ウッドハロー公園の子供たち

俺は近頃、立て続けに不運に見舞われた。

失職してから、無職のまま数週間が過ぎた。欄を埋めた応募書類の山とは裏腹に、数週間は数か月にもつれ込んだ。持っていたクレジットカードはどれも限度額に達した。骨の髄まで苦痛と自己嫌悪に毒された。逃れられない憂鬱が残り、もはやこの陰鬱な気持ちは晴れないと思い始めていた。最近の恥ずかしかった出来事は、小銭を求めて財布を探りまわったことだ。レジ係がぎこちない笑顔を向けつつ俺を引き留め、苛々した人々の列が俺の背後に伸びていった。結局、不十分な量の食料雑貨を買うだけの金も無かった。

その後、俺はウッドハロー公園に向かった。地元にある閑静な場所だ。頭をすっきりさせたかったのだ。着いてみると、公園には誰もいなかった。一人で漫然と歩道を好きに歩きまわれた。絶対に振り払えない見知った敵のように、空腹に絶えず悩まされた。しまいには屈辱的な目にあった。前は空が晴れていたのに、突然に雨が降り始めたのだ。もちろん、傘は持ってきていなかった。

自分の惨めさに浸ってしまい、危うくジャケットの袖をそっと引く手に気付かないところだった。

思い返すと、一目も下を見ずに公園の歩道を歩き続ければよかったと思う。そっと静かに俺の気を引こうとしていたものを無視すればよかった。おずおずとして無力そうな手が、悍ましい力を抱いているはずがないだなんて、恐ろしい勘違いをしなければよかった。しかし、馬鹿な俺は歩みを止めてしまった。あの致命的な決断をしてから、一時も気の休まることがない。

下を見ると、二人の子供が俺の横に立っていた。俺はすぐに不快な驚きで衝撃を受けた。二人は俺の腰よりも背が低く、片方がわずかにもう一方よりも背が高かった。二人は黒いレインコートを身に纏っていた。その服装は今時の子供よりも、セピア調の写真の中での方が似合っているように見えた。二人ともお揃いのつばの大きな帽子を被っていた。帽子は子供たちの小さな頭から垂れ下がり、顔をほとんど隠していた。背の高い方が男の子で、低い方が女の子であると漠然と見分けられたが、膨れた頬の青褪めた肌より上の容貌は見えなかった。二人の唇は血の気が無く、まるで口の代わりに薄い白銀を顔に塗っているかのように見えた。体は丸々としているが、幼い子供が持つような愛らしいふくよかさとは無縁だった。むしろ、不自然に丸っこく、醜悪と言えそうなまでに膨れ上がっていた。ブラシをかけていないくしゃくしゃなブロンドの髪が帽子の下から突き出ており、絡み合った藁のようだった。髪は脆い骨のように乾燥しており、見たところ一滴の雨粒にすら当たっていないようだった。

「こんにちは」

無理して陽気に聞こえるように言った。

二人は黙って俺のことをじっと見上げていた。少女はジャケットの袖を放そうとしなかった。

「どうかしたのかい」

俺は声をかけた。もうずぶ濡れになっていて、車に戻りたくてたまらなかった。

「手伝ってほしいことがあるのかな」

しかし、二人は黙りこくったままだった。俺は決まりの悪い思いをしながら立ち竦んでいた。何をすべきかはっきりとしない。そのとき、少女が突然に俺の腕を驚くような力で掴み始めた。地面に引き倒されまいかと心配するほどだった。

警告が頭の中をけたたましく響いた。少女の異様な握力から腕を引きはがしたい、雨の中を二人を置いて逃げ出したいという衝動を覚えた。

「えっと……」

俺は腕を慎重に引っ張った。二人の子供たちがどのように反応するか恐れていたことにいくらか気恥ずかしい思いをした。

「何も用がないなら、帰ってもいいかな」

少女は反抗せずに俺の腕を放した。俺が立ち去っても、一言も発さなかった。最後の別れに一目見ようと振り返ると、二人はまだ俺をじっと見ていた。二人の目は見えなかったが、視線が俺を追っているのを感じた。その視線は強烈で、どれほど距離を置いても俺の心をかき乱した。俺は二度と振り向かなかった。

俺はペースを上げると、ポケットから鍵を引っ張り出した。これまで通りの冷たさで雨が降り注いでいた。車の鍵を開け、物の乏しい食糧置き場に残っていたチキンヌードルスープの缶について考えていたときのことだ。袖にあの少女が染みを付けていたことに気付いた。インクのように色濃く残っており、少女の小さな指の形をしていた。親指で拭ったが、染みに変化はなかった。俺は溜息をつき、顔を上げた。危うくショックで背後にひっくり返るところだった。後部座席のドアが開いていて、少女が車内に座っていたのである。

少女は帽子を脱ぎ、両手に抱えていた。ジャケットに染みが付いたが、少女の手は両方とも綺麗だった。少女は頭を垂れていた。結んだ髪がカーテンのように顔を隠していた。

「おいおい」

俺は狼狽を隠すべく冷静な口調で話そうとしたが、見事に失敗した。

「ここで何をやっているんだ」

少女はこれまで通り、一言も発することなく座っていた。少女は帽子のつばを凄まじい力で絞り、捩じっていた。帽子を引き裂いてしまうと確信するほどだった。

俺は不安な気持ちを抑え込んだ。

「おい」

俺は出来る限り穏やかな口調で言った。

「困ったことがあるなら、何に困っているのか言わないと、助けられないぞ」

俺はポケットに手を伸ばし、携帯電話を取り出した。

「多分、お巡りさんに話してもらえば……」

俺の声は徐々に小さくなっていった。携帯電話の画面がチカチカと明滅し、ごちゃごちゃのピクセルが残って、しまいには完全に停止してしまったからだ。俺は黒い画面に写った自分の姿をぽかんと口を開けて見つめた。恐怖の感情が押し寄せ始めた。

顔を上げると、少女はいなくなっていた。少女がいた場所には帽子が置いてあった。

帽子はびしょ濡れになっていた。俺が着ていた衣服と同じように、全体が雨でずぶ濡れになっていた。しかし、ジャケットやジーンズが俺の肌に張り付いて、骨の髄まで凍えさせているのと違って、その帽子は震える手で拾い上げてみると、濡れているように感じなかった。帽子は感触では乾いていた。雨粒がいくつもつばから車の内装へ滴り落ちているにも関わらず。俺は魅惑と恐怖に挟まれる中であることに気が付いた。雨垂れは落ちた場所に何の痕跡も残していなかった。手をカップのような形にして帽子の下に当て、手のひらで雨粒を捉えようとしたが、空気以外に何も感じなかった。しかも、後部座席は完全に乾いていた。湿った足跡も無く、水の染みも無かった。雨で煌めくコートを着ていた少女が、ほんの数秒前まで座っていたことを示すものは、何も残っていなかったのである。

穢らわしい物体を駐車場に放り投げようと向き直ったところ、音が聞こえるほどに息を飲んだ。ほんの数フィートの距離に少年が立っていたためだ。

「あの子、帽子を忘れていったよ」

俺は微かな声で言った。心臓が胸の中で狂ったかのように激しくドクドクと脈打っていた。俺の心が車に飛び乗れと叫んでいた。なるだけ速く車を走らせろ、二度とウッドハロー公園に戻るなと。しかし、俺をその場所に釘付けにしていたのも同じ恐怖心だった。体が麻痺して無力だった。少年が俺に向かって近づいているときでさえも。

「動くな!」

俺は叫びたかったが、舌が重くて言葉を成さなかった。

少年が自分の帽子を持ち上げた。暗闇が俺の目の中で炸裂し、何も見えなくなった。地獄の交響曲が残りの感覚を攻め立てた。何も見えず、動くこともできなかった。虫が俺の目の裏を走り回り、頭蓋骨の中を鱗状のものがズルズルと滑っていく感覚があった。腐った水の不快な味が口の中を充満した。腐敗物の死の臭いが鼻腔を氾濫した。死にかけた人々の喉の中で最後の呼吸がガラガラと音を立てた。溺れる人々が水の中をバタバタと暴れながら沈む。苦痛の叫びが鋭く響き、あまりの凄まじさに非人間的なものに聞こえる。俺にはこの全てが聞こえた。他にも数多くの忌まわしい音が聞こえた。俺は悍ましい暗闇の中を硬直して立ち竦んだ。雨が冷たい刃のように俺の肉を激しく切りつけた。咽び泣くこともできず、弱々しく助けを求めて泣き喚くこともできなかった。

突如、誰かが俺の手を握った。飲み込まれたときと同じように、不意に忌まわしいトランス状態から解放された。視覚が戻り、今や自分が一人でいるのが見えた。少女の帽子も無くなっていた。

俺は車に飛び込み、急いでウッドハロー公園を立ち去った。車を走らせるにつれて空は晴れていった。

家に着くと、俺は濡れた衣服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びに潜り込んだ。熱いしぶきの下に座り込み、蒸気と熱気の中に没頭し、湯が冷たくなった瞬間に飛び出した。体を拭いて、ベッドの中へ這っていき、毛布を被った。耐え忍んだ悪夢が頭の中を駆け巡った。

俺は考えた。あの子供たちは、何者かはさておき、公園を歩いていた俺の絶望に、何らかの理由で引き寄せられたのだろうか、と。おそらく、俺が希望を失い、悲しみにくれていたために、それが惨めな目印になったのだろう。このせいであの二人が俺に引き寄せられ、俺自身はあの存在の攻撃を受けやすい状態になっていたのかもしれない。

確実なことが一つある。あの少女は俺を助けに来ていたのだ。少女の小さな手が俺に触れた瞬間に、それが分かった。今となっては、少女は俺を怖がらせるために車に潜り込んだのではないと理解していた。少女は公園の中では俺に一緒にいてほしかったのだ。少女のことを思って、涙が頬を滑り落ちた。あの子は永遠にウッドハローを彷徨うように強いられている。傍にいるのはあの少年だけだ。帽子の下に地獄を持ち歩く少年が、少女を連れまわしている。多分、あの少女もかつて、俺と同じように重い悲しみを抱いていたときに、公園を訪れたのだろう。しまいには公園の中に幽閉される羽目になったのだ。

俺は眠りに就いたが、何度か目を覚ました。翌朝に起床すると、コートの袖の染みがどういうわけか俺の腕に滲んでいた。何時間かかけて洗い流そうとして、腕が赤く腫れてヒリヒリと痛むまで念入りに洗ったが、染みは消えてくれなかった。風呂場の床に座り込み、赤くなった皮膚に残った少女の指の痕跡を覗き込んだ。ウッドハローの雨の忌まわしい寒気が背筋を這い下りるのを感じた。

それが先週のことだ。染みはまだ腕に残っている。夜になり、寝返りを打つと、鮮明にあの公園の夢を見る。

俺は自分自身に、あの場所には戻れないと繰り返し言い聞かせている。生きて出られたのは運が良かったことで、二度とそんな幸運は訪れないと。しかし、あの少女のことを考えずにはいられない。俺は少女のことを哀れに思っているが、同じくらいに恐れてもいる。雨が降ると、俺は窓の外を見て、外であの子が待っているのではないかと考えてしまう。帽子を強く握り、もつれ髪の頭を下げた少女がいるのではないかと。そんなことを考えると、俺は悲しみを覚えつつ、恐怖も感じてしまうのだ。

だから、俺は決心した。おそらく、長く生きればこのことも後悔するだろう。これを投稿し終えたら、すぐに車の鍵を掴んで、ウッドハロー公園に向かうつもりだ。

自らの破滅に向かって歩いていくことになるかもしれないと分かっている。腕にある染みは不吉の前兆だろう。少女も少年と同様に完璧に悪意のある存在かもしれない。少女は罠を張って俺を釣り出そうとしているのかもしれない。公園から帰って何があったか説明することは二度とできない可能性が高い。それでも、同じ悪夢を何度も何度も追体験し続けるのは無理だ。ある意味では、本当はウッドハローにまだ囚われている。家の中に隠れていても、俺の心はウッドハローの歩道を彷徨っているのだ。

もう行こう。幸運を祈ってくれ。

雨が降ってきそうな気がするのだ。


絶望した男が出会った、不思議な子供たちのお話です。

Creepypasta Wikiでは“Pasta of the Month”に指定されています。

作品情報
原作
The Children of Woodharrow Park (Creepypasta Wiki、oldid=1481424)
原著者
CertainShadows
ライセンス
CC BY-SA 4.0