作品紹介
絶望した男が出会った、不思議な子供たちのお話です。
Creepypasta Wikiでは“Pasta of the Month”に指定されています。
作品情報
- 原作
- The Children of Woodharrow Park (Creepypasta Wiki、oldid=1481424)
- 原著者
- CertainShadows
- 翻訳
- 閉途 (Tojito)
- ライセンス
- CC BY-SA 4.0
ウッドハロー公園の子供たち
俺は近頃、立て続けに不運に見舞われた。
失職してから、無職のまま数週間が過ぎた。欄を埋めた応募書類の山とは裏腹に、数週間は数か月にもつれ込んだ。持っていたクレジットカードはどれも限度額に達した。骨の髄まで苦痛と自己嫌悪に毒された。逃れられない憂鬱が残り、もはやこの陰鬱な気持ちは晴れないと思い始めていた。最近の恥ずかしかった出来事は、小銭を求めて財布を探りまわったことだ。レジ係がぎこちない笑顔を向けつつ俺を引き留め、苛々した人々の列が俺の背後に伸びていった。結局、不十分な量の食料雑貨を買うだけの金も無かった。
その後、俺はウッドハロー公園に向かった。地元にある閑静な場所だ。頭をすっきりさせたかったのだ。着いてみると、公園には誰もいなかった。一人で漫然と歩道を好きに歩きまわれた。絶対に振り払えない見知った敵のように、空腹に絶えず悩まされた。しまいには屈辱的な目にあった。前は空が晴れていたのに、突然に雨が降り始めたのだ。もちろん、傘は持ってきていなかった。
自分の惨めさに浸ってしまい、危うくジャケットの袖をそっと引く手に気付かないところだった。
思い返すと、一目も下を見ずに公園の歩道を歩き続ければよかったと思う。そっと静かに俺の気を引こうとしていたものを無視すればよかった。おずおずとして無力そうな手が、悍ましい力を抱いているはずがないだなんて、恐ろしい勘違いをしなければよかった。しかし、馬鹿な俺は歩みを止めてしまった。あの致命的な決断をしてから、一時も気の休まることがない。
下を見ると、二人の子供が俺の横に立っていた。俺はすぐに不快な驚きで衝撃を受けた。二人は俺の腰よりも背が低く、片方がわずかにもう一方よりも背が高かった。二人は黒いレインコートを身に纏っていた。その服装は今時の子供よりも、セピア調の写真の中での方が似合っているように見えた。二人ともお揃いのつばの大きな帽子を被っていた。帽子は子供たちの小さな頭から垂れ下がり、顔をほとんど隠していた。背の高い方が男の子で、低い方が女の子であると漠然と見分けられたが、膨れた頬の青褪めた肌より上の容貌は見えなかった。二人の唇は血の気が無く、まるで口の代わりに薄い白銀を顔に塗っているかのように見えた。体は丸々としているが、幼い子供が持つような愛らしいふくよかさとは無縁だった。むしろ、不自然に丸っこく、醜悪と言えそうなまでに膨れ上がっていた。ブラシをかけていないくしゃくしゃなブロンドの髪が帽子の下から突き出ており、絡み合った藁のようだった。髪は脆い骨のように乾燥しており、見たところ一滴の雨粒にすら当たっていないようだった。
「こんにちは」
無理して陽気に聞こえるように言った。
二人は黙って俺のことをじっと見上げていた。少女はジャケットの袖を放そうとしなかった。
「どうかしたのかい」
俺は声をかけた。もうずぶ濡れになっていて、車に戻りたくてたまらなかった。
「手伝ってほしいことがあるのかな」
しかし、二人は黙りこくったままだった。俺は決まりの悪い思いをしながら立ち竦んでいた。何をすべきかはっきりとしない。そのとき、少女が突然に俺の腕を驚くような力で掴み始めた。地面に引き倒されまいかと心配するほどだった。
警告が頭の中をけたたましく響いた。少女の異様な握力から腕を引きはがしたい、雨の中を二人を置いて逃げ出したいという衝動を覚えた。
「えっと……」
俺は腕を慎重に引っ張った。二人の子供たちがどのように反応するか恐れていたことにいくらか気恥ずかしい思いをした。
「何も用がないなら、帰ってもいいかな」
少女は反抗せずに俺の腕を放した。俺が立ち去っても、一言も発さなかった。最後の別れに一目見ようと振り返ると、二人はまだ俺をじっと見ていた。二人の目は見えなかったが、視線が俺を追っているのを感じた。その視線は強烈で、どれほど距離を置いても俺の心をかき乱した。俺は二度と振り向かなかった。
俺はペースを上げると、ポケットから鍵を引っ張り出した。これまで通りの冷たさで雨が降り注いでいた。車の鍵を開け、物の乏しい食糧置き場に残っていたチキンヌードルスープの缶について考えていたときのことだ。袖にあの少女が染みを付けていたことに気付いた。インクのように色濃く残っており、少女の小さな指の形をしていた。親指で拭ったが、染みに変化はなかった。俺は溜息をつき、顔を上げた。危うくショックで背後にひっくり返るところだった。後部座席のドアが開いていて、少女が車内に座っていたのである。
少女は帽子を脱ぎ、両手に抱えていた。ジャケットに染みが付いたが、少女の手は両方とも綺麗だった。少女は頭を垂れていた。結んだ髪がカーテンのように顔を隠していた。
「おいおい」
俺は狼狽を隠すべく冷静な口調で話そうとしたが、見事に失敗した。
「ここで何をやっているんだ」
少女はこれまで通り、一言も発することなく座っていた。少女は帽子のつばを凄まじい力で絞り、捩じっていた。帽子を引き裂いてしまうと確信するほどだった。
俺は不安な気持ちを抑え込んだ。
「おい」
俺は出来る限り穏やかな口調で言った。
「困ったことがあるなら、何に困っているのか言わないと、助けられないぞ」
俺はポケットに手を伸ばし、携帯電話を取り出した。
「多分、お巡りさんに話してもらえば……」
俺の声は徐々に小さくなっていった。携帯電話の画面がチカチカと明滅し、ごちゃごちゃのピクセルが残って、しまいには完全に停止してしまったからだ。俺は黒い画面に写った自分の姿をぽかんと口を開けて見つめた。恐怖の感情が押し寄せ始めた。
顔を上げると、少女はいなくなっていた。少女がいた場所には帽子が置いてあった。
帽子はびしょ濡れになっていた。俺が着ていた衣服と同じように、全体が雨でずぶ濡れになっていた。しかし、ジャケットやジーンズが俺の肌に張り付いて、骨の髄まで凍えさせているのと違って、その帽子は震える手で拾い上げてみると、濡れているように感じなかった。帽子は感触では乾いていた。雨粒がいくつもつばから車の内装へ滴り落ちているにも関わらず。俺は魅惑と恐怖に挟まれる中であることに気が付いた。雨垂れは落ちた場所に何の痕跡も残していなかった。手をカップのような形にして帽子の下に当て、手のひらで雨粒を捉えようとしたが、空気以外に何も感じなかった。しかも、後部座席は完全に乾いていた。湿った足跡も無く、水の染みも無かった。雨で煌めくコートを着ていた少女が、ほんの数秒前まで座っていたことを示すものは、何も残っていなかったのである。
穢らわしい物体を駐車場に放り投げようと向き直ったところ、音が聞こえるほどに息を飲んだ。ほんの数フィートの距離に少年が立っていたためだ。
「あの子、帽子を忘れていったよ」
俺は微かな声で言った。心臓が胸の中で狂ったかのように激しくドクドクと脈打っていた。俺の心が車に飛び乗れと叫んでいた。なるだけ速く車を走らせろ、二度とウッドハロー公園に戻るなと。しかし、俺をその場所に釘付けにしていたのも同じ恐怖心だった。体が麻痺して無力だった。少年が俺に向かって近づいているときでさえも。
「動くな!」
俺は叫びたかったが、舌が重くて言葉を成さなかった。
少年が自分の帽子を持ち上げた。暗闇が俺の目の中で炸裂し、何も見えなくなった。地獄の交響曲が残りの感覚を攻め立てた。何も見えず、動くこともできなかった。虫が俺の目の裏を走り回り、頭蓋骨の中を鱗状のものがズルズルと滑っていく感覚があった。腐った水の不快な味が口の中を充満した。腐敗物の死の臭いが鼻腔を氾濫した。死にかけた人々の喉の中で最後の呼吸がガラガラと音を立てた。溺れる人々が水の中をバタバタと暴れながら沈む。苦痛の叫びが鋭く響き、あまりの凄まじさに非人間的なものに聞こえる。俺にはこの全てが聞こえた。他にも数多くの忌まわしい音が聞こえた。俺は悍ましい暗闇の中を硬直して立ち竦んだ。雨が冷たい刃のように俺の肉を激しく切りつけた。咽び泣くこともできず、弱々しく助けを求めて泣き喚くこともできなかった。
突如、誰かが俺の手を握った。飲み込まれたときと同じように、不意に忌まわしいトランス状態から解放された。視覚が戻り、今や自分が一人でいるのが見えた。少女の帽子も無くなっていた。
俺は車に飛び込み、急いでウッドハロー公園を立ち去った。車を走らせるにつれて空は晴れていった。
家に着くと、俺は濡れた衣服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びに潜り込んだ。熱いしぶきの下に座り込み、蒸気と熱気の中に没頭し、湯が冷たくなった瞬間に飛び出した。体を拭いて、ベッドの中へ這っていき、毛布を被った。耐え忍んだ悪夢が頭の中を駆け巡った。
俺は考えた。あの子供たちは、何者かはさておき、公園を歩いていた俺の絶望に、何らかの理由で引き寄せられたのだろうか、と。おそらく、俺が希望を失い、悲しみにくれていたために、それが惨めな目印になったのだろう。このせいであの二人が俺に引き寄せられ、俺自身はあの存在の攻撃を受けやすい状態になっていたのかもしれない。
確実なことが一つある。あの少女は俺を助けに来ていたのだ。少女の小さな手が俺に触れた瞬間に、それが分かった。今となっては、少女は俺を怖がらせるために車に潜り込んだのではないと理解していた。少女は公園の中では俺に一緒にいてほしかったのだ。少女のことを思って、涙が頬を滑り落ちた。あの子は永遠にウッドハローを彷徨うように強いられている。傍にいるのはあの少年だけだ。帽子の下に地獄を持ち歩く少年が、少女を連れまわしている。多分、あの少女もかつて、俺と同じように重い悲しみを抱いていたときに、公園を訪れたのだろう。しまいには公園の中に幽閉される羽目になったのだ。
俺は眠りに就いたが、何度か目を覚ました。翌朝に起床すると、コートの袖の染みがどういうわけか俺の腕に滲んでいた。何時間かかけて洗い流そうとして、腕が赤く腫れてヒリヒリと痛むまで念入りに洗ったが、染みは消えてくれなかった。風呂場の床に座り込み、赤くなった皮膚に残った少女の指の痕跡を覗き込んだ。ウッドハローの雨の忌まわしい寒気が背筋を這い下りるのを感じた。
それが先週のことだ。染みはまだ腕に残っている。夜になり、寝返りを打つと、鮮明にあの公園の夢を見る。
俺は自分自身に、あの場所には戻れないと繰り返し言い聞かせている。生きて出られたのは運が良かったことで、二度とそんな幸運は訪れないと。しかし、あの少女のことを考えずにはいられない。俺は少女のことを哀れに思っているが、同じくらいに恐れてもいる。雨が降ると、俺は窓の外を見て、外であの子が待っているのではないかと考えてしまう。帽子を強く握り、もつれ髪の頭を下げた少女がいるのではないかと。そんなことを考えると、俺は悲しみを覚えつつ、恐怖も感じてしまうのだ。
だから、俺は決心した。おそらく、長く生きればこのことも後悔するだろう。これを投稿し終えたら、すぐに車の鍵を掴んで、ウッドハロー公園に向かうつもりだ。
自らの破滅に向かって歩いていくことになるかもしれないと分かっている。腕にある染みは不吉の前兆だろう。少女も少年と同様に完璧に悪意のある存在かもしれない。少女は罠を張って俺を釣り出そうとしているのかもしれない。公園から帰って何があったか説明することは二度とできない可能性が高い。それでも、同じ悪夢を何度も何度も追体験し続けるのは無理だ。ある意味では、本当はウッドハローにまだ囚われている。家の中に隠れていても、俺の心はウッドハローの歩道を彷徨っているのだ。
もう行こう。幸運を祈ってくれ。
雨が降ってきそうな気がするのだ。
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