eBayとは世界的に利用されているインターネットオークションサイトである。そんなグローバルでハイテックで最先端を行くウェブサイトで、2000年2月に題名通りの時代錯誤な代物が出品されたらしい。今となってはそのオークションのページ (Surfing The Apocalypseによるとhttps://www.ebay.com/itm/251789217?ViewItem=&item=251789217) は消滅しており、情報は断片的にしか残っていないが、次のような「体験談」が添えられていたという。なお、以下に示す訳はあまり正確なものではないため、参考程度でお願いします。
この絵をもらったときは本当にいい芸術作品だと思っていました。ある人からもらったのですが、その絵は古い醸造所に打ち捨てられていたそうです。 そのときは、すごく素敵そうな絵がそんな風に捨てられていたなんて少し不思議だなと思っていました (今はそう思わないけどね!)。 ある朝、4歳と半年になる娘が、夜中に絵の中の子供たちが喧嘩して部屋に入ってくると訴えてきました。 UFOが実在するとかエルビスが生きているなんて話を私は信じませんが、夫は不安を感じました。おかしな話ですが、夫は動きを検知するカメラを夜間に仕掛けたのです。 3日後に写真が撮れていました。最後の2つの写真 ([訳註]上図を参照) はこの「張り込み」のときに撮影されたものです。 絵の中の少年は ([訳註]少女に銃で) 脅迫されて絵から抜け出てくるようです。それを知った私たちはこの絵を手放すことにしました。
その後に、心臓の弱い人は入札してはならない、購入後にいかなる事象があっても免責されるなどの警告文が続く。確かに不気味な雰囲気を纏った作品ではある。私からすれば扉の後ろの手の方が気になるが、出品者は少女人形の持ち物の方を強調していた。
しかし、オークションのページにはその後に別の意味でいっそう奇妙な記述が加わる。あの体験談は本気にとらないでほしいというようなことが記載されているのだ。 このオークションのページは、出品されてから数時間のうちにインターネット中を広まったらしい。絵を見てひどく気分が悪くなった、卒倒した、見えない存在に体を掴まれた、絵を見た子供が叫び出したなどという体験談を語る人まで現れたという。少なくとも3万人が閲覧したとのことである。 最初は199ドルだったものが、30日間で1,050ドルにまで膨れ上がったものだから、出品者も肝が冷えたのかもしれない (追記: 再調査の結果、文献によって落札価格や日数が異なることが判明した。詳細は追記にて)。
絵は最終的にミシガン州グランドラピッズにある画廊Perceptionのオーナーのキム・スミス (Kim Smith) 氏が落札した。 スミス氏の元にはホラーな現象は起こらなかったが、奇妙な電子メールは届いた。ミシシッピ州に住むネイティブアメリカンのシャーマンを称する人物は、絵を見て具合が悪くなり、住居を清めるべくホワイトセージを燃したという。彼は小さな子供がいるような場所に絵を飾らないように警告した。 別の人物はエキソシストのような声を聞き、熱を帯びた突風を感じたという。さながらオーブンのドアの前に立っているかのようだったそうだ。2人の友人が泣きわめき、1分間お祈りを続けたとのことである。 他にも、ジョージア州のゴーストハンターや、ジョン・F・ケネディ大学で超心理学を専攻する大学院生からコンタクトを受けたこともあったという。複製品を求める声もあった。
落札者は絵から様々な情報を得た。題名はThe Hands Resist Him、作者はBill Stoneham氏。落札者は作者と思しき人物に連絡をつけ、オークションの件について教えた。作者のStoneham氏はこの奇妙な事件に驚いた。どうしてあの絵を子供部屋に飾ったのだろうと不思議に思ったという。
当時、Stoneham氏はコンピュータゲーム制作会社シアン・ワールズ (Cyan Worlds) に勤めるCGアーティストだった。元来、その作品は1972年頃に制作されたものだった。最初の妻 (VincentによるとRoane、AlfonsoによるとRhoannという名) が書いた詩から着想を得て描いた。絵の題名もその詩からそのまま借りた。
Stoneham氏は産まれたときから養子に出され、実の両親の顔を知らずに育ったそうだ。妻の詩にはこのことが言及されていた。 当時、彼は古い家族写真のアルバムを持っていた。その中には、シカゴのアパートに住んでいたときの5歳の彼を写した写真もあった。 その頃は、広告業界で働く養父が長い旅に出ており、節約のために養祖母のアパートで暮らしていたのである。狭い場所だったらしく、夜寝るときは衣類でいっぱいのクローゼットの中に敷かれたマットの上に横になるしかなかったという。 こんな生活をしていた頃の写真が、作品のヒントとなった。ただ、その写真そのものは引越しの際に処分してしまったそうである。
絵の中の少年はその写真中の彼自身がモデルである。少女人形は同じ写真に写っていた近所の少女を元にしている。 扉は可能性への門を意味し、覚醒と夢見とを隔てるもので、手は別の人生の可能性を表すらしい。少女人形は想像上の仲間であり、夢見の世界の案内人でもあるという。ちなみに、出品者が銃と解釈したものはただの乾電池であるという。
件の絵が描かれた20代の頃はカリフォルニアで暮らしていた。画廊のオーナーCharles “Chuck” Feingarten氏と契約し、1ヶ月に2作の絵を描く仕事をしていた。締め切りが迫る中、子供時代の古い写真と、妻の詩とが画家に閃きを与えたのである。こうして誕生したThe Hands Resist HimもFeingarten氏が購入していった。 ちなみに、Stoneham氏はThe Gatheringという題名の絵も描いたが、Feingarten氏はその作品は買わなかった。あまりにもダークすぎる絵だったからだそうで、Stoneham氏によれば、後にその絵を買ったある男性は発狂して自身の倉庫に火を放ち、刑務所で一生を終えたという。
その後、The Hands Resist Himは1974年に展示され、映画『ゴッドファーザー』でジャック・ウォルツ役だったジョン・マーリー (John Marley) 氏が購入した。 ロサンゼルス・タイムズ紙の芸術評論家Henry Seldis氏はこのStoneham氏の作品展示について評論を書いたが、1978年、53歳の誕生日の前日に自殺と思しき死を遂げた。離婚問題が原因で抑鬱的な状態だったという。Feingarten氏も3年後の1981年に亡くなった。マーリー氏も同じく3年後の1984年に亡くなっている。 関係した3名が次々と死亡する。さながら、ファラオの呪いのような展開だが、それから絵がどのような来歴を辿ったのかは、Stoneham氏も分からないという。 eBayの出品者の「体験談」がどこまで真実だったのかは定かではないが、廃墟と化した醸造所に放置されていたのは本当だったかもしれない。それすらも法螺話かもしれない。真実は闇の中。
単なる空騒ぎのようにも見えたこの事件だが、思わぬ副産物もあった。この騒ぎがきっかけで、この絵の続編が描かれたのである。 2004年のResistance at the Thresholdでは少年が年老いて描かれた。2012年のThe Threshold of Revelationでは100歳近い老人として描かれているという。少女人形は人間の少女へ転じた。 2017年のThe Hands Invent Himはアメリカの超常現象番組Ghost AdventuresのプレゼンターZak Bagans氏からの依頼で制作された。扉の向こう側で子供の姿のStoneham氏が絵を描いているという前日譚ともとれるものである。 また、Darren Kyle O'Neill氏がThe Hands Resist Himの権利を買い、その来歴から着想を得て小説を書いている。映画にもなるという話である。Gregg Gibbs氏もドキュメンタリーを制作中とのことである。
塞翁が馬という言葉があるが、出品者がホラー話を書いていたときや、Stoneham氏がこの絵を描いていた頃は、このような展開は予想していなかっただろう。事実は小説よりも奇なりという言葉がよく似合う事件であった。ちなみに、The Hands Resist Himとその続編、元となった詩は騒動の後に設立されたStoneham氏のウェブサイトで鑑賞できる。
参考文献
- The Hands Resist Him. Stoneham Studios. 2019年7月6日閲覧.
- Vincent, Alice (2018年10月31日). The bizarre story behind The Hands Resist Him, the internet's most haunted painting. Telegraph. 2019年7月20日閲覧.
- Alfonso III, Fernando (2013年10月31日). This ‘haunted’ painting has been terrifying people for decades. The Daily Dot. 2019年8月19日閲覧.
- Kershner, Jim (2002年10月31日). Painting goes bump in the night. The Spokesman-Review.com. 2019年7月6日閲覧.
- Surfing The Apocalypse. 2000年3月12日. 2019年7月20日閲覧.
- The Unexplained - The Ebay Haunted Painting. BBC. 2002年7月. 2019年7月20日閲覧.
- Gilbert, Rowena. "Hands Resist Him" by Bill Stoneham, The Haunted Ebay Painting. Castle of Spirits.com. 2019年7月20日閲覧.
- eBay item 251789217 (Ends Feb-12-00 07:02:28 PST) - HAUNTED PAINTING ----- WARNING AND DISCLAIMER. WhatTheHeck.com. 2019年10月13日閲覧.
- HENRY SELDIS, CRITIC AND LECTURER ON ART. The New York Times. 1978年2月28日. 2019年10月13日閲覧.
追記
この事件に関する情報源にはいくつか矛盾が見られる。Stoneham Studiosによれば、Seldis氏とFeingarten氏はStoneham氏の作品展示が行われてから1年以内に死亡したとされる。しかし、Vincentによれば、作品展示は1974年、Seldis氏が死亡したのは1978年、Feingarten氏が死亡したのはその3年後であるという。本記事では後者の情報を採用した。Seldis氏が死亡した時期については、当時のニューヨーク・タイムズ紙の記事のアーカイブが公開されており、その内容から見ても1978年が確実であると考えられる。
また、前述のとおり、Stoneham氏の最初の妻の名前も情報源によって食い違う。VincentによるとRoane、AlfonsoによるとRhoannであるという。Stoneham StudiosのウェブサイトではR. Ponsetiと書かれており、イニシャルがRであるという点でどちらとも一致している。
オークションの開催期間や落札価格についても矛盾がある。VincentおよびBBCによれば30日間で1,050ドルで落札したとされる。しかし、AlfonsoやGilbertの記事では1,025ドルで落札したとあり、Kershnerによると落札者は1,200ドル支払ったという。Alfonsoが情報源としたWhatTheHeck.com公開のeBayのアーカイブでは次のような記述となっている。
- 最初の入札価格: 199.00ドル
- 最終落札価格: 1,025.00ドル
- 入札回数: 30回
- 開始: Feb-02-00 07:02:28 PST
- 終了: Feb-12-00 07:02:28 PST
- 出品者: mrnoreserve
- 落札者: ionia7
- 出品者が怪談を真に受けないでほしいと追記した時期: Feb-02-00 at 11:36:21 PST
- 出品者が2回目の追記をした時期: Feb-11-00 at 21:01:57 PST
つまり、オークションの開催期間はからまでの10日間ということになる。ちなみに、オークションが開始されたのが午前7時頃、出品者がおばけなんてないさと言い出したのが同日午前11時30分頃。5時間も経過していない。 このアーカイブには画像が掲載されていないが、O'Neill氏の小説The Hands Resist Him: Be Careful What You Bid Forの冒頭で引用されているオークションのページのスクリーンショットと一致している (その部分はAmazonで試し読み可能)。
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