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2025年11月30日日曜日

禍話リライト「お礼娘」

プールの画像

Aさんという女性が体験した話。

Aさんの家の菩提寺にある墓地には曰くありげな塚があった。 塚はかなり古びており、立ち入りにくい場所にあった。意図的にそのような配置にしているように思われた。妙な場所に塚があるものだと、Aさんは少し気になっていた。

ある日、墓の敷地が足りないとお寺に相談しに行くことになった。両親とお坊さんが話し合っている間、運転手役だったAさんは暇になった。 先祖代々のお墓を磨くなどして暇をつぶしたが、まだ時間が余っていた。そこで、前から気になっていた塚に行ってみることにした。

塚は古びていたが、辛うじて石碑に彫られた字は読めた。どうやら、水難事故か水害の供養碑のようで、幼い子供が大勢亡くなったというようなことが書かれていた。 かなり昔にあった事故らしく、Aさんには聞き覚えがなかった。

これも何かの縁。子供の墓のようだからと、Aさんは偶然に持っていたお菓子をお供えした。その後、用事を済ませた両親を車に乗せて帰宅した。 Aさんは日頃から塚や事故現場などにお供えをする習慣があった。そのため、この日の一件は特別な体験というわけではなく、すぐに忘れてしまった。

一週間ほど経過した頃、Aさんは奇妙な夢を見た。

ふと気が付くと、Aさんは塚の前に立っていた。塚の裏手は生垣で囲われていた。天気は晴れているような曇っているような曖昧な空模様だった。

どうしてお寺に来ているのだろうと疑問に思っていると、塚の裏手の生垣を女の子が乗り越えてきた。幼い女の子だ。自分の背丈よりも高い生垣を悠々と乗り越えて、楽しそうに笑いながら通り過ぎていった。

訳も分からず困惑していると、再び女の子が生垣を乗り越えてきた。先程とは別の子のようだ。さらに続いて女の子が一人、また一人。続々と生垣を乗り越えてきて、ケラケラと笑いながら通り過ぎていく。その数は十人か二十人か。

ようやく全員どこかへ行ったかと思いきや、再び女の子の集団が生垣に現れた。続々と生垣を乗り越えては、笑いながら過ぎ去っていく。子供たちの第二波である。そのうちに第三波まで現れた辺りで目が覚めた。

「子供なりのお礼か何かのつもりだったのでしょう。でも、何だか疲れる夢でしたよ」

とAさんは苦笑した。

ちなみに、子供たちはスクール水着を着ていたそうだ。明治辺りの霊のはずだが、何故か現代の格好をしていた。

スク水を着た少女たちが大勢押し寄せる夢を見たというお話。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
禍話R 第五夜 (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様 (FEAR飯)

2025年11月29日土曜日

禍話リライト「老夫婦」

インターフォンを押す指の画像。

Aさんという女性が中学生の頃に体験した話。

その日、Aさんは普段よりも早めの時刻に学校から帰宅していた。土曜日だったからというわけではない。理由は不明だが、そのときは自分だけ早く帰路に就いていた。友人とは一緒ではなく、一人で通学路を歩いていた。

角を曲がった出会い頭、人とぶつかりそうになった。咄嗟に謝罪して顔を上げると、そこにいたのは老婆だった。喪服を着ている。老婆はAさんに話しかけた。

「ちょっとごめんなさい。うちのお爺さんを見かけなくてね。お嬢さんのお宅に居ませんでしたか」

どうやら夫を探しているらしい。ただ、自分の家に居るか尋ねてくるのは奇妙だ。困惑しながらも、Aさんは居ないと返事をした。老婆は曖昧な笑みを浮かべた。

「そうでしたか。ごめんなさいね」

老婆は離れた所を歩いていた大学生の方に向かい、同じように質問していた。不気味な人がいるものだと思いつつ、Aさんは家路を急いだ。老婆を振り切るため、なるべく走って移動した。

帰宅してみると、普段は居る母親が不在だった。置手紙があり、町内会の用事で出かけているとのことだった。すぐには帰ってきそうもない。変な老婆に会ったために心細い思いだったが、仕方なく家族の帰りを待つことにした。

すると、外からは老婆の声が聞こえた。振り切ったつもりだったが、どうやらついてきたらしい。老婆は近所のおばさんに同じような質問をしていた。他にも通行人にも声をかけているようだった。幸いなことに、Aさんの家には来なかった。

そのうちに家族も帰ってきた。それから時間が過ぎて、夜11時頃のこと。

ピンポーン

インターフォンが鳴った。誰かがインターフォンを何度も押している。近所の人が怒鳴りつけてもおかしくないほどに音が鳴り響いた。

ピンポーン ピンポーン ピンポーン

普通であれば、夜遅くに訪ねてきた人物に対して中学生の娘に応対させることはないだろう。しかし、両親や兄弟はインターフォンには気が付いていないらしい。誰も応対せず、相変わらずインターフォンは鳴り続ける。

ピンポーン ピンポーン ピンポーン

仕方なく、Aさんが玄関のドアを開けると、そこには老婆がいた。帰宅中に会った喪服の老婆だ。老婆は相変わらず困ったような笑みを浮かべていた。

「すみません。うちのお爺さん、そちらのお宅に居ませんでしたか」

Aさんは黙ってドアを閉めた。すると、再びインターフォンが鳴り始めた。

ピンポーン ピンポーン ピンポーン

家族は誰も出てこない。インターフォンの音に耐えかねて、電源を切れないか思案した。すると、Aさんの手を誰かが掴んだ。驚いて振り返ると、そこには老爺がいた。パジャマ姿で痩せぎすだった。老爺は絞り出したような掠れた声で言った。

「居ないって言って」

Aさんの手を掴む腕。そこには無数の痣があった。

そこから先の記憶は無い。気が付くと朝だった。

それ以来、近隣でも老夫婦が出るという噂が流れた。人探しをする老婆と、逃げ隠れする老爺。老婆に付き纏われた人の家に老爺が現れる、ということが多々あったらしい。それから長い時間が経った今となっては、老夫婦が出るという話をする人はいなくなった。

老爺は今も老婆から逃亡しているのだろうか。それとも、誰かが老爺を引き渡したから、噂が消滅したのか。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怖い話を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
真・禍話/激闘編 霊障?①真・禍話/激闘編 霊障?② (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様
聞き手
吉野武様

2025年11月23日日曜日

『ロボットダンス』(Creepypasta私家訳、原題“The Robot Dance”)

演者たちの画像

給料を貰い過ぎている映画スターやミュージシャンのインタビューを読んだことがある。連中はいかに疲れてしまったか、いかに懸命に働いたか、いかに消耗してしまったかと嘆いており、燃え尽きて、悲惨なほどに休暇を求めていた。連中の監督者は苛烈に仕事を割り当てた。パフォーマンスは苦痛。なんて苦しい人生。俺は口角を吊り上げて思う。

「大衆酒場の作業台を試してみてはいかがかな。それとも、安っぽい終夜営業のカフェで無限に朝食を作り続けるのはどうかね」

それから、手垢のついた新聞を置いて、十時間のシフトに戻ったものだった。またクビになる前のことだ。

今となっては、俺にも彼らの言いたいことを本当に理解できる。そこには新聞もない。新聞を買ってくれるほどの人が残っていない。そうでなくても読む時間がない。バーやカフェもない。そこにあるのは娯楽だ。無限で底知れないほどの娯楽。俺は娯楽を提供する。パフォーマンスする。永遠に。

奴らによる侵略は突然で、組織的だった。労せずに順調に終わった。誰にも何が起きていたのか全く分からない。ニュースによれば、俺たちが組み立てていた小さなロボットが俺たちをやっつけたらしい。それから、宇宙の深部から発せられたメッセージに関する何かも。以来、他にニュースは流れなかった。奴らは俺たちの情報をすべて奪い取った。奴らは情報を秘匿するのがお好みだ。

誰が統制していたのだろうか。アンドロイドが足を踏み鳴らしながら街を闊歩し、レーザーライフルを撃ちまくるなんて光景は見なかった。共謀の噂は少しあった。権力者が取引を交わしたとか何とか。何もかもがあまりにも早く進んだ。停電が起き、交通手段も失った。本当のニュースは流れず、噂話だけが流れた。恐怖。人々は自宅に留まることを恐れたが、家を出た人々は二度と姿を見せなかった。

ほとんど完璧に筋の通った噂は、先進的な宇宙人の人工知能がインターネットを汚染した、というものだ。ただ、俺が知る限りでは、そんな話は根拠の無い憶測でしかない。俺たちには奴らが何者なのか、正体は何なのか分からずにいる。誰も奴らを目撃していない。大人数かもしれないし、一人かもしれない。奴らは少数の人々を生かした。全員がパフォーマー……。俺は奴らのオーディションを通過しなければならなかった。俺には演技の経験が少しあった。それは夢物語で終わった過去だ。端役だったし、ローカルな演劇だった。

奴らにとって、俺たちにある唯一の価値は芸術だ。奴らが産み出せるものは冷淡さと計算だけだ。残虐さもないが、哀れみもない。奴らは俺たちの歌や本、映画に興味がある。奴らは一瞬であらゆる映画を見て、あらゆる歌を聞き、あらゆる物語を読んでしまった。奴らは既に飽きている。奴らはさらに欲している。俺たちは生ける傑作だ。俺はそう言い聞かせる。作業台よりはマシだ、と。

仲間たちの多くはもういない。毎日毎分、俺たちは創作し続けなければならない。さもなくば死ぬだけだ。時間は果てしなく流れる。一人、また一人と心臓が止まり始めた。連中がどうやってそんなことをしているのかは分からない。もしも何かを移植されているのであれば、俺の知らないうちにやってのけたことになる。そんな手術を受けた記憶は無い。曰くありげな傷口も無い。死は瞬時に訪れる。俺たちの息の根は奴らの命令次第だ。

最も長く生きる者は、決まりをすぐに学ぶ、困難な道程で。奴らの好みに合わせようとしてはならない。革新するのだ。ジョークは当惑を招く。ただ、未だに影響力を持ち得る。奴らは立ち続けたり座り続けたりすると注意深く咎める。これはショーの一部だと無鉄砲に言い張っても、奴らは騙されない。

我らの保護者たちは優しく指示をくれる。ブンブンと唸る虫のような声で。俺たちは言葉を聞くのではなく振動を感じる。

ダンス

奴らは言う。すると、俺はいくらかムーブをこなしつつ躓いてしまう。俺はダンスフロアに上がっても見る価値のあることは全く出来なかった。それでも幾分か満足させている。多分、奴らは俺がエッジを利かせていると思ってくれるはず。多分、俺は自分にそう言い聞かせているだけだ。

ある若造が、ネオン輝く1980年代のナイトクラブからやってきたかのような、ほぼ完璧なロボットダンスを繰り出す。あれが思いつけばなと思いはした。しばらくして、若造の死体がバタリと床に倒れ伏すまでは。人の弱みに付け込んではならない。恩着せがましくしてはならない。

目を眩ませる光が俺たちの疲れ切った顔を永遠に照らし続けるが、この冷たい鉄の舞台からは暗闇しか見えない。奴らは光が無くても物が見える。奴らはこの場所にはおらず、外のどこかにいるのだろう、と想像する。多分、奴らはカメラを使っているのだろう。多分、奴らの感覚は人類の知覚を超越しているのだろう。

最も無味乾燥としたゴミでさえ、奴らは身を起こして耳を傾ける。奴らは高尚な文化よりもおどけの方が好みのようだ。これが奴ら自身の欲望を反映したのか、それとも俺たちの欲望の方なのかは分からない。ただ、いつも新鮮でなければならない。同じ題材を繰り返すのは考えられない。受け入れられない。

稀にこの日々の仕事に応えて、暗がりから耳障りなほぼ聞き取れないブンブン言う音で称賛を受けることがある。組織的な交響曲だ。一度、俺は感謝の念でお辞儀したことがある。相棒たちがはっと息を飲む危険を冒してのことだ。それは成功したに違いない。だから俺はまだ存在している。唖然としていた一人、俺がいくつかの映画で見たことがある老齢のイギリス人悲劇俳優は、いつまでも唖然としていたものだから、逝ってしまった。

俺たちは合作もできる。ある指示「転覆」を受けて、俺たちと他の三人は閃いた。軽率にも古いアダムスファミリーのテレビ番組にあった苛烈なコメディと捻くれた悪意を再現した。地下にある中世の拷問部屋へ急いで下って休暇に行く話だ。観客はこれを見て不道徳だとは思わず、巧妙さや皮肉も読み取らない。奴らは称賛したに違いない。というのも、奴らは俺たちに小道具をくれた、あの地獄の暗がりから。小道具のご褒美は珍しい。自分にこんなことができたとはまるで知らなかった。最近はこれくらいはできないとなと思う。

この件は仲間からの憎しみを招いた。俺は仲間たちの目から殺意を見出した。劇場の座席からのやかましい声援に紛れて、仲間たちの不満げに唸る声を聞いた。

時折、奴らの指示は謎めいており、時折は直球だ。幸運にも俺は即興ができた。即断しろ。残ったネタは何か。時折、俺たちは珠玉の指示を受ける。例えば、こんな風に。

成長できず、決して撃退できないもの

その手の指示はいつも誰かがヘマをやらかし、我らが一座は数を減らす。

時折、俺たちは謎の肉を与えられた。絶対に沢山はくれなかった。奴らは俺たちが痩せた体型を維持するのがお好みだ。分かることは、この肉はピンク色の偽物で、ペトリ皿の上で育っていることだけだ。

雑誌でモデルをしている姿を見たかもしれない、ある背高の少女は幾分か事を楽しんでいるようだった。少女は過度に肉体改造することに興味を持っていた。奴らは少女にナイフを与え、少女はそれに応えた。少女は当初から狂っていた。俺は少女の狂気にかなり嫉妬していた。しまいには、少女は瞼も唇もナイフを握る指も切り落とした。だから、少女は自分の頭を床に強く打ち付けた。かつての容貌がもはや分からなくなるまで。今まで以上に大きな歓喜する唸り声が聞こえた。

「私を見て! お前の見るものが私の望み!」

少女は絶叫した。そして狂喜とともに観客席へ身を投じた。このアイディアが一度や二度、俺たち全員の脳裏を過ぎったことは間違いない。全くの好奇心からか、休息できるという微かな希望からか。その答えは沈黙。嗅ぎなれた焼ける肉の臭い。

次の指示が来る。

砂漠に水はあるか

俺は動きが止まる。心は空っぽだ。もしかしたら、消えてなくなってしまったのかもしれない。


謎の侵略者により、人々は永遠のパフォーマーになった。これはある演者の物語。

Creepypasta Wikiでは“Suggested Reading”や“PotM”に選出されています。

作品情報
原作
The Robot Dance (Creepypasta Wiki、oldid=1508551)
原著者
Hack Shuck
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

2025年11月19日水曜日

『飴の袋』(Creepypasta私家訳、原題“A Bag of Candy”)

建物の写真

劇場がある建物。

小さい頃、私はいつも劇やミュージカル、広く言うと芸術というものに魅了されていた。幼い頃から演劇の才能があった私は、有名人になるよりも、人々を楽しませることを望んでいた。演じたいだけでなく、一切合切あらゆるものの仕組みを知りたかった。役者が自分の台詞を覚えるのと同じくらいに、照明も重要だったし、キューも重要だった。そして、楽しい観劇のための適切な環境を形成するもの全体が、いつしか私が学びたいことに加わった。

私が通う大学にある舞台は古いもので、正直に言えば、いつ作られたものかははっきりとは知らない。大学の「シリング講堂」と呼ばれる場所の中にある。1953年に改築されたという話を覚えている。かなり古い様式だったが、生のパフォーマンスをする意図で設けられている。何列もの座席があり、上方には立ち見のための大きなバルコニーがある。満員になっているのを一度も見たことはないが、次に演じる時はそうなっていてほしいと願っている。

この場所はオバケが出るという噂が様々ある。ただ、もちろん、オバケが出る証拠には全くお目にかかったことがない。私はこの目で見るまでは信じない質だ。前に、バルコニーに上がった人たちが、「幽霊」へのお供えとして飴をいくつか手摺の上に置いていったのを見たことがある。清掃員が回収して捨てるだけだろうというのが率直な感想だ。そんなのは時間の無駄でしかないと思う。

そう言えば、この「幽霊」は茶髪の少女であると言われていた。七歳くらいというのがほとんどの人の見立てだ。髪は短めのボブ。白いドレスを着ており、ピンクのタイを結んでいる。単に「手摺の少女」と呼ばれている。バルコニーの手摺の近くに現れたからだ。私もかつてはこの少女の存在を信じていなかった。しかし、いくつかの出来事を経験して、完全に心変わりしたのであった。

ある日、私は友達と昼食を食べながらおしゃべりしていた。彼はかなり迷信深い人で、超常的な存在を信じていた。彼はその少女がバルコニーの辺りに現れる理由について、ベラベラと捲し立てていた。少女は強姦か殺人の被害者であり壁の中に埋め込まれたとか、少女はバルコニーから落ちて死んだのだろうとか、そんな話だ。私は目を剥いた。幽霊なんて絶対に実在するわけがないと思っていた。だから、彼にはただこう言っただけだった。

「ライアン、黙ってサンドイッチ食べてな」

すると、彼ははにかんだ笑みを浮かべた。ライアンは私が自分の話を信じていないことを分かっていたが、それでもいつも突飛な考えを携えて私の元に来るのだった。

時間が経つにつれて、私は講堂で作業をするようになった。備品の掃除や舞台の確認をする作業だ。私は女優の役割の方が好きだったから、劇で良い役をとれないときや、新人に手助けが必要になる場合に備えて、諸々がどのように機能するか知りたかった。そのときは、私は舞台に箒をかけていた。酷く散らかっていたわけではないのだが、次の公演のために綺麗にしておきかった。すると、足音を聞いた気がした。怖い話でありがちな「重々しい足音」ではなかったことを記しておく。子供が走っているように聞こえた。少し立ち止まると、何も聞こえなかった。音がどこから来たのかも聞き分けられなかった。だから、ライアンがテープ・プレイヤーをカーテンの裏に仕掛けて、私がこういうものの存在を信じる証拠を拵えようとしたのだろうと推測した。もう音は聞こえなかったが、私はまだカーテンの裏や、大抵の人は音の出所として一瞥もしないような場所も確認した。何も見つからなかった。

私は例の劇場の中を一人で数回、掃除をしたり、邪魔になるものがないか調べたりして過ごした。ほとんどの夜はありふれた時間だった。何も起こらず、「手摺の少女」のことはすっかり忘れてしまった。しかし、あるとき、携帯電話を無くしたことに気が付いた。少し苛立ち、携帯電話を探し始めた。どこに携帯電話を置いていったかは見当がついていたが、確認してもそこには無かった。ようやく見つかったのは、メッセージを受信した携帯電話が光って振動し始めたときだった。携帯電話は講堂の観客席にある椅子の肘掛の上に置かれていた。こんな場所に携帯電話を置いたはずはなかった。奇妙な出来事はこれで終わらなかった。

ある夜、リハーサルの後に更衣室から自分の物を運び出そうとしていたとき、咽び泣く声が聞こえた。歩く途中で凍り付き、声の出所を探そうとひたすら辺りを見回した。私は怒りに駆られ、声の原因である何者かに向かって叫んだ。

「やめてよ。こんな冗談は面白くない」

認めよう、私は少し怖がっていた。咽び泣く声は止まったが、見られているような感覚がしてまだゾッとしていた。

その後、私はライアンと一緒にステージの上で作業をしていた。別の劇のリハーサルの準備中だった。ライアンは手摺に飴を数個お供えした。私は心の中で笑った。儀式の贄か何かのように見えたからだ。準備を続けていると、霧を出す装置が独りでに動き始めた。ライアンは目を見開いて、装置の方に走っていって電源を切ろうとした。装置の電源は入っていなかった。しかも、コンセントに繋がってすらいなかった。ライアンは3個では足りなかったのかもしれないと考え、小走りで走っていき、飴の袋の半分をお供えした。言うまでもなく、私ももう笑っていなかった。

数日後、私はステージに上り、他の人と一緒に劇の練習をした。ライアンは大抵は脇役や小道具作りを担当しており、彼はその分野で創造性を発揮していた。ライアンは我らが主役に話しかけた。

「なあ、カレン。『手摺の少女』に飴をお供えしたかい」

私は何も言わなかった。口には出さなかったが、「手摺の少女」が実在するかもしれないと思っていた。ただ、ライアンにそんなお墨付きを与えるつもりはなかった。カレンは嘲り、ただ小馬鹿にするように笑った。

「馬鹿げたオバケに飴をやれって。そんなのいるわけないでしょ」

私は沈黙を続けた。私が数か月前に来た道だ。リハーサルはほぼ計画通りに進んだ。カレンが主役に選ばれた理由は分からなかった。ただ、(酷い言い方だが) 猥褻な手管で先生に主役の座を強要したのだろうと思っていた。カレンは誰とでも寝ると噂されていた。カレンの感情の籠っていない演技を気にしないようにしつつ、私はどうにか演技を続けた。リハーサルが終わり、カレンが舞台から降りようとしたとき、私は恐怖の叫び声を上げそうになった。二つの青白い手が段差から伸びてきていた。青白い指がカレンの足首に巻き付いた。カレンが気付いたときには、もう遅かった。

小さな指が足首を固く掴み、カレンは指を振りほどこうとして躓いた。カレンは声を上げる間もなく足をすくわれた。私が出来たことは、後ろで立ち竦み、見守ることだけだった。カレンが転倒したとき、小さな青白い手が木製の段差の中に引っ込んでいき、痕跡も残さずに消えたのが見えた。カレンの頭が固い床にぶつかったとき、悍ましい大きな衝撃音を聞いた。怖かった。私はカレンのことが好きでは無かったが、怪我をしてほしいとは思っていなかった。ましてや、死んでほしいとは。幸運なことに、血だまりは見えなかった。ただ、手の着地の仕方から、カレンは自分を支えようとしたことは分かった。医者志望の学生が診察した。ただ趣味で医者のように振舞っているだけの男だったが、彼はカレンはただ気絶しているだけだと認めた。数分後、カレンの意識が戻り、誰かが自分を転ばせようとしたと捲し立てた。私は間違いなくくすくす笑う小さな声を聞いた。ただ、おそらく、ただの空想だろう……。

カレンは負傷して以来、劇場に再び向かうつもりはないと言った。そのため、私が代役になった。とても嬉しかった。幽霊のことはそこまで不安に思っていなかったが、そのせいで幾分か神経質になっていた。私はまだ誰かが自分を見ているという奇妙な感覚を覚えつつ練習した。いくらか考えが脳裏を過ぎった。飴を持ってきた方がいいのだろうか、というような考えだ。私はそんな思いが練習の邪魔にならないようにした。台詞はほとんど暗記しており、いくらかアドリブができて悪くない成果を出せた。すると、少女が劇場の裏口のドアから頭を覗かせ、辺りを見回すと、すぐに逃げ出した。その少女は私が聞いた特徴通りの格好だったが、私は演技を続けた。劇場を立ち去る前に、鞄を探って小さな飴の袋を手摺の上にお供えした。演劇の日は同じことをすると、何もかも円滑に上手くいった。

数週間後、私はバルコニーの制御室で作業をしていた。照明や色々なものが散らばっており、上手く動作するのだろうかとただ考えていた。同じ寮の子たちはこの時間には大声を出したり、酒を飲んだりするから気に障ったというだけの理由で、その場所では読書や勉強もしていた。友人数人に私がこの場所にいると伝えていたから、ドアのノックを聞いたときにも、ノックの主を察した。何か用事があるのだろうと考えた。ドアを開けると、最初は何も見えなかった。視線を下ろすと少女がいた。茶色の髪を短くした少女が私を凝視していた。何かを期待しているかのようだった。

「何か御用」

少女は私をじっと見て、白いドレスに包んだ体を前後に揺り動かした。少女は単純な返事をした。

「いいえ」

少女は私の目の前で消えた。私は怯えた。それ以来、私は一人ではこの場所に来ないようになった。

私は今も何日かその劇場に行き、時折役を演じる。しかし、どんなときも「手摺の少女」のことを忘れず、絶対に飴の袋をお供えする。もはや幽霊のことを信じていないとは言えない。けれども、あの子は大学で過ごす時間をかなり面白くしてくれたことは間違いない。


大学の劇場で起きた楽しい幽霊譚。地元で起きた出来事を元にしたそうです。

作品情報
原作
A Bag of Candy (Creepypasta Wiki、oldid=1515045)
原著者
Shinigami.Eyes
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

2025年11月18日火曜日

禍話リライト「耳なし芳一」

バスの画像

Aさんという女性が体験した話。当時、Aさんはバス会社に勤務しており、バスガイドの仕事をしていた。

そのバス会社では、バスガイドが「耳なし芳一」の話を語る機会が多かった。バスツアーで平家に縁のある土地を通るときに、子供向けに「耳なし芳一」の話をするのである。普通に語ってもさほど怖い場面が無く、語りには様々な工夫が必要だった。Aさんは新人で、上手くコツを掴めずにいた。

バス会社にはBさんという先輩がいた。Bさんは真面目でストイックな性格であり、後輩の面倒見も良かった。BさんはAさんが悩んでいる様子を見兼ねて、テープレコーダーで自分の語りを録り、Aさんにテープを渡した。翌日は休みだったため、Aさんは語りの練習をすることにした。

Aさんは一人暮らしだった。テープを聞きながら練習を重ねているうちに時間が過ぎていった。事が起こったのは、草木も眠る丑三つ時の頃。

Aさんは「耳なし芳一」の後半部の、平家の亡霊が芳一を探す場面を練習していた。テープからはBさんの声が流れていた。

亡者が芳一の名を何度も叫ぶ。それから、少し間を開けて、恐ろしげな声で芳一の名を呼ぶ。

「芳一、芳一……芳一!」

Aさんは最後のタメが重要なのかと得心した。感覚を掴むため、その部分を繰り返し再生した。

「芳一、芳一……芳一!」

「芳一、芳一……芳一!」

何度もテープを聞いているうちに、Aさんは違和感を覚えた。最後の「芳一!」と叫ぶところで、スピーカー以外からも声が聞こえる気がする。声が重なって聞こえる。

「芳一、芳一……芳一ィ!」

「芳一、芳一……芳一ッ!

Aさんは徐々に気味が悪くなってきた。夜も遅いことに気付き、練習を切り上げて床に就くことにした。

翌日のこと。Aさんが朝の支度をしていると、バス会社から電話があった。

Bさんが自殺した、という連絡だった。

AさんはBさんが自殺する理由が思い当たらなかった。通夜に出席し、遺族から話を聞いてみると、Bさんの真面目な性格が災いしたらしいことが分かった。

Bさんの部屋からは日記が見つかった。几帳面なBさんは日記を毎日綴っていた。その日の失敗と反省を毎日書いていた。客観的に見れば、失敗というほどでもないことまで、Bさんは自分の責任としていた。そんな習慣を続けて自分を追い込み、ついには発作的に死を選んでしまったのだろう。

Bさんが亡くなったのは、ちょうどAさんが奇妙な体験をしていた頃のことだった。Aさんは虫の知らせというものかもしれないと思った。

Bさんの遺族の一人に話好きの人がいた。その人物はAさんにBさんの死の状況を事細かに教えてくれた。

Bさんは風呂場で左手首を切って死んだらしい。ただ、異常があったのは左手だけではなかった。右腕の手首から肘のところまでを、黒のサインペンでのたくった文字が書かれていた。文字はびっしりと書き殴られており、まるでお経のようだった。

Aさんは恐ろしくなり、通夜から帰った後にテープを捨ててしまったそうだ。バス会社も「耳なし芳一」を語るのを止めてしまったという。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

かぁなっきさんが学校の先生から聞いた話だそうです。

作品情報
出自
真・禍話/激闘編 第3夜 (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様
聞き手
吉野武様

禍話リライト「解説こっくりさん」

教室の中、着物を着た少女の画像。目が隠れている。

Aさんという女性の体験談。

その日、Aさんは小学校の同級生だったBさん、Cさんと一緒に買い物を楽しんだ。その夜にお洒落なレストランで食事をしていたときのことである。

小学生時代の思い出話に話題が移り、当時流行っていた「こっくりさん」の思い出話になった。 今思えばほとんどは言葉になっていなかったが、たまに意味が通る言葉になって怖かった、というような話になった。 Aさんはふとあることを思い出した。

「そういえば、こっくりさんをやっていると、女の子が来て、解説みたいなことをやっていたよね。これはこんな意味があるとか、そんなことを言っていてさ。あの子って誰だったの? 隣のクラスの子だと思うんだけど、BちゃんかCちゃんの友達?」

すると、Bさんが不審そうな面持ちで言った。

「そんな子いたかな。いなかったと思うけど」

CさんもBさんに同意した。しかし、Aさんには間違いなく解説役の子の記憶があった。

確か、こっくりさんを始めた最初の頃にはいなかった。いつの間にかこっくりさんのときはいつも同席するようになっていたはずだ。 夕暮れの教室に、いつもその子がどこからともなく現れて、何か妙なことを言っていた。毎回、こっくりさんを始めるときに「今から私が███を務めます」と宣言していた。 一体、何を務めると言っていたか……。

「確か同年代の子だったよ。あの子、Bちゃんの友達じゃないの?」

「違うよ。絶対にそんな子はいなかった」

「そうそう。怖いこと言うのやめてよね」

結局、BさんとCさんは解説役の子はいなかったと言って譲らなかった。しかし、Aさんは話を続けるうちに記憶が徐々に蘇っていった。記憶の中で、解説役の子が実在していたことは確固たる事実になっていった。

食事を終えてBさん、Cさんと別れた後の道すがら、Aさんは解説役の子がこっくりさんを始める前に宣言していた言葉を思い出した。

「今から私が審神者 (さにわ) を務めます」

さにわ。Aさんにとってはあまり聞きなれない言葉だった。意味を調べてみると、背筋に寒気が走った。

審神者。神様のお告げを聞き、神託を解釈する役職。

解説役の子は一体、何のつもりで審神者を務めると発言したのか。Aさんはこれ以上は記憶を遡らない方が良いと判断し、こっくりさんのことは考えないようにして家路を急いだ。

帰宅すると、Cさんから電話がかかってきた。

「もしもし」

「Cちゃん? 今日は楽しかったね」

「楽しかったじゃないよ」

Cさんはどういうわけか怒っていた。身に覚えがなく、Aさんは困惑した。

「ごめん。私、何か変なことでも言った?」

「Bちゃんが覚えていないのは、そういうことだからさ」

「え?」

「だから、Bちゃんが覚えていないのは、そういうことなんだよ。思い出したら良くないことが起こるでしょ。もうBちゃんの前であの話はしないでね」

Cさんは一方的に捲し立てると、そのまま電話を切った。

それ以来、AさんはBさん、Cさんと個別で会うことを避けるようになった。同窓会などで大勢で会うときは気にしないようにしているが、三人で集まることはなくなった。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
禍ちゃんねる 平成最後の怖い話スペシャル (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様
聞き手
加藤よしき様

禍話リライト「舐婆」

病院内部の画像

Aさんが幼稚園に通っていた頃の話。Aさんには弟にまつわる嫌な思い出がある。

弟が生まれ、Aさんは病院の産婦人科で弟と対面することになった。初めて会った弟はとても愛らしかったことを覚えているという。

ふと気が付くと、Aさんと乳児用のベッドで眠る赤ん坊たち以外は誰もいない時間があった。乳児が眠る部屋で、大人が誰もいないことは普通はあり得ない。看護師か誰かが一人はついているだろう。子供ながらにどこか居心地が悪かったことをAさんは記憶している。

そんな折、看護師用の出入り口から誰かが出てきた。それは誰とも知れない老婆だった。老婆は背がかなり曲がっていた。格好からして間違いなく看護師ではない。自分のように、新しい家族に会いに来た人なのだろうかと思っていると、老婆はAさんの弟の元に真っ直ぐに向かっていった。そして、屈み込んで、弟の顔を舐め始めた。

老婆は一心不乱に弟の頬を舐め回している。幼いAさんはただ茫然と眺めることしかできなかった。弟の頬から唾液の糸が伸びるのを見て、Aさんはやっと我に返った。Aさんは咄嗟にナースステーションへ駆け込んだ。顔馴染みの看護師を呼んで、状況を説明した。

それからは大騒ぎになった。Aさんの弟の顔には、何者かの唾液が付着していた。本来、一人はついていなければならない看護師が、何故か全員に別の仕事が入っていた。 監視カメラで不審人物がいないか確認したが、怪しい人物は誰も映っていなかった。唾液という物的証拠があるため、何者かが狼藉を働いたのは間違いないのだが、誰の仕業だったのかは全く分からなかった。

その後は奇妙な出来事は起こらなかった。弟はすくすくと成長し、二十数年の月日が流れた。弟は独身だが、恋人を作る気配もない。弟にはある思い出があり、誰かと付き合う気になれないのだという。

その思い出は朧気ながら、幼いときのことらしい。眠っていて、ふと目が覚めると、どこからかお姉さんが現れた。お姉さんは美しい人で、自分にキスをしてくれた。弟はそのお姉さんの顔が忘れられないのだそうだ。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
震!禍話 十六夜 佐藤復活祭 (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様
聞き手
佐藤実様

禍話リライト「保健室での譫言」

竹林を背景に、靴を履いた足の画像

Aさんという女性が中学生の頃に体験した話。

Aさんのクラスには、Bくんという人気者の男の子がいた。Bくんは運動が得意で、スポーツ推薦で進学先が決まっていた。

ある日、Bくんはドッキリを仕掛けることになった。奥手の女の子に愛の告白をするというものだ。運悪く標的に選ばれたのはAさんだった。Aさんに過失があったわけではない。その場の勢いで決まってしまったらしい。

その日は金曜日だった。Aさんは恋愛には疎く、Bくんからの嘘の告白を聞いて舞い上がってしまった。Bくんに明日に返事を聞かせてほしいと伝えられ、浮かれた気分のまま帰宅した。ドキドキしてあまり眠れないまま夜を過ごし、翌日の土曜日。授業を終えた後、Bくんに告白の返事をした。その瞬間、隠れていたBくんの友人たちが飛び出して、ネタばらしを始めた。AさんはBくんたちと一緒になって笑おうとしたが、上手く笑えなかった。それどころか、涙が溢れてきた。泣き笑いの表情のまま、Aさんは教室を飛び出した。

その日は雨が降っていた。Aさんは学校を出て、傘も差さずに帰り道を走った。そのうちに足が止まり、ついにはしゃがみ込んでしまった。涙と雨でずぶ濡れになっているところを、Aさんの友人たちが駆け寄ってきた。友人たちは事情を知って憤慨し、どこかへ走り去ったAさんを探していたのである。友人たちはAさんを慰めながら家まで送り届けてくれた。

休みが明けて月曜日、Aさんは重い体を引きずるようにして登校した。びしょ濡れになったせいで、風邪を引いてしまったのである。 担任の先生は明らかに体調が悪そうなAさんを心配し、保健室で熱を下げてから帰宅するように指示を出した。保健委員の生徒がAさんを保健室まで送り届けた。

保健室には養護教諭の先生がいた。先生はAさんに解熱剤を飲ませ、ベッドに寝かせた。先生はカウンセリングも担当していたためか、ドッキリがあってAさんが酷く傷ついたことも把握していた。Aさんは高熱に苛まれながら、ベッドの上で譫言を言った。

「先生、キティちゃんって本当につらいですよね」

「先生、ドラえもんっていつも宙に浮いていて大変ですよね」

訳の分からないことを言ったが、先生は「そうね、そうね」と優しく返事をした。 Aさんが譫言を言い、先生は優しく返答する。そんなことを繰り返しているうちに、Aさんは自分が何を言っているのか分からなくなってしまった。何を言っても先生が頷いてくれたことしか覚えていなかった。 ひたすらに先生に話しかけて、先生はただただ肯定する。そんな時間が続いた。

あるとき、不意に廊下が騒がしくなった。先生も「ちょっとごめんね」と断ってから保健室を出ていった。Aさんはその後も無人の保健室の中で譫言を呟いていたが、そのうちに眠ってしまった。

しばらくして目を覚ました。保健室の中にはまだ先生はいなかった。微熱は残っていたものの、体調がある程度は回復したため、家に帰ることにした。帰宅の準備を進めていると、保健の先生が帰ってきた。先生はAさんに体調はどうか聞いてきたが、慌しげで心ここにあらずといった様子だった。Aさんはまだぼんやりとしていたため、先生の様子を気に留めなかった。Aさんは熱が下がったため帰ると伝え、保健室を出た。学校の中は騒然としていたが、Aさんは夢か現かも分からないような心地で学校を後にした。

帰宅後、Aさんはもう一度ひと眠りし、夜には平熱になっていた。これで明日も学校に行けると思っていると、Aさんの友人から電話がかかってきた。友人に体調が完全に回復したことを伝えると、友人はあまり聞きたくない名前を口にした。

「知ってる? Bくん、大変なことになっていたんだよ」

聞いてみると、体育の授業で大事件が起きていたことが分かった。体育の授業は学校の周りを走るというもので、Bくんは友人たちと一緒に走っていた。ふざけながら走っていたものだから、Bくんは何かの弾みで転んでしまった。転んだ先は竹林で、切断されて先が尖った竹があった。不運なことに、Bくんは竹で脚を切ってしまい、重傷を負った。動脈は避けていたため、大量に出血したものの、命に関わる怪我にはならなかった。ただ、その怪我が原因で激しい運動ができなくなり、スポーツ推薦は取り消されてしまった。

Aさんは事件を知り、さすがにBくんを哀れに思った。ただ、わざわざ慰めの言葉をかける気にはならなかった。

それから時が経ち、Aさんが大学生になった頃のこと。Aさんは街中で偶然に保健の先生に出会った。久方ぶりの出会いを喜び、二人は喫茶店に入った。話題は自然とBくんの怪我の話に移った。

「あのときはびっくりしたね」

「そうですね」

Aさんもドッキリの件は流石にもう気にしていなかった。今となっては単なる思い出である。

「あのときは怖かったよ」

「えっと、竹が危険、って話ですかね」

保健の先生は声を潜めた。

「もう、ずっと誰にも話さなかったから、言ってもいいと思うのだけどね……」

Aさんが保健室のベッドの上で譫言を言っていたときのことだ。Aさんは取り留めもない話を延々と続けて、先生は肯定的な返事を繰り返した。ただ、あるときを境に、Aさんは竹の話ばかりし始めた。

「先生、竹って尖っている部分があるから危ないですよね」

「先生、竹って尖っている部分があるから危ないですよね」

「先生、竹って尖っている部分があるから危ないですよね」

……

保健の先生は話を続けた。

「なんでこんなに竹に拘っているんだろうと思っていたら、あの事件が起きてね。先生、怖かったよ。でも、誰にも言っちゃいけないと思って、今まで話さなかったんだ」

Aさんも心底恐ろしく思った。同時に、誰にも話さないでいてくれた先生に感謝した。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
震!禍話 第九夜 (禍話 @magabanasi放送、「嘘告白」より)
語り手
かぁなっき様
聞き手
吉野武様

2025年11月15日土曜日

禍話リライト「棒の手紙」

山積みの手紙の画像

「不幸の手紙」というものがある。いわゆるチェーンメールの一種だ。送り主が書かれていない手紙が届いて、文面を見ると「この手紙と同じ内容の手紙を1週間以内に10人に出してください。そうしないと不幸になります」と書かれている。この内容を信じた人が手紙を書き写してポストに投函し、それを受け取った人が同じように書き写す。そんなことを繰り返していくうちに、徐々に手紙が広がっていく。もちろん、大抵の場合は単なる悪戯であり、手紙を無視しても何も起こらない。

「不幸の手紙」と関係する話で「棒の手紙」というものがある。字が下手な人が手書きで「不幸の手紙」を書き写すと、「不幸」が横に潰れて「棒」のように読めてしまう。その手紙を受け取った人が、「不幸」を「棒」と読み間違えて、「棒の手紙」を書き写して知り合いに送ってしまう。こうして、「この手紙を信じなかったせいで、これまで325人が棒になりました」という文面の奇怪なチェーンメールが誕生する。尤もこれは単なる笑い話であり、冗談に過ぎない。ただ、Aさんにとっては冗談では終わらなかった。

Aさんも子供の頃に、「棒の手紙」を受け取ったことがある。下校のときに下駄箱に「棒の手紙」が入っていた。字の癖から推察するに、クラスメートの女子が書いたものらしいと分かった。Aさんは迷信は信じない質で、鼻で笑って「棒の手紙」を破り捨てた。

帰宅後、Aさんは母親の手伝いで、ベランダに干していた洗濯物を取り込んでいた。すると、家の外から友人の声が聞こえてきた。 どうやら、友人が遊びに来たらしい。Aさんは腕を振って友人の呼び声に応えた。すると、友人は叫び声を上げて逃げ出してしまった。

どうして友人は逃げたのか。自分が何か変なことでもしたのか。Aさんには全く身に覚えが無かった。翌日、Aさんは登校した際に友人に話を聞いてみることにした。

Aさんが教室に入ると、友人はバツが悪そうな顔でAさんを見た。怯えているようにも見えた。声をかけてみると、友人はおずおずと口を開いた。

「昨日、お前んちに遊びに行ったんだけどさ」

「知っているよ。俺、ベランダで腕を振っていただろ」

「あれはお前だったのか」

友人は逡巡した後、話を始めた。

「お前んちのベランダに、長い棒みたいなのが立っていたんだ」

あのとき、友人がベランダに見たものは、Aさんの姿ではなく、長い棒だった。棒には瘦せ細った枝が手足のように生えていた。棒は枝の一本を振り上げて、左右に大きく揺らした。まるで手を振っているかのように見えて、友人は恐ろしくなって逃げ出した。

その日、Aさんは棒になっていたのである。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
震!禍話 第九夜 (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様

2025年11月13日木曜日

禍話リライト「コンビニに来たカップル」

山中に佇む男の絵

Aさんがコンビニでアルバイトをしていたときに体験した話。

夜、Aさんは普段通りアルバイトに勤しんでいた。田舎のコンビニで、客はたまにしか来なかった。アルバイトはもう一人いたが、裏の控室で休憩していた。

あるとき、カップルの客が来店した。カップルはいかにも今時の若者といった風体だった。田舎のコンビニに若いカップルが来ることは珍しい。カップルは「お前は可愛い」だの「愛している」だのといちいち囁き合っていた。よく見ると、二人の顔は異様に白く見えた。化粧にしてはやけに青褪めているように見えると思った。

カップルはいかにも若者が買いそうな、ごく普通のものを買っていった。どういうわけか、カップルは全額をわざわざ小銭で支払った。五百円玉一枚と百円玉数枚、十円玉数枚、一円玉数枚。千円札を一枚出せば済むはずだ。Aさんは訝しく思いつつも、「ありがとうございました」とお辞儀をした。頭を下げる途中で、カップルがドアチャイムを鳴らしながらコンビニを出ていく姿が見えた。

顔を上げたとき、Aさんは再び疑念を抱いた。出入口からはガラス戸越しに駐車場が見えるが、車は一台も駐車していなかった。カップルの姿も無かった。お辞儀をしているだけの短い時間に車を出せるわけもない。

Aさんが駐車場の方を眺めていると、店の裏からもう一人の店員であるBさんが慌てて駆け込んできた。

「おい、大丈夫だったか」

Aさんが困惑していると、Bさんは事情を説明した。このコンビニの控室では監視カメラの映像を流している。Bさんは一部始終を監視カメラから見ていた。

Aさんがカップルの客が来たと認識したとき、Bさんもドアチャイムの音を聞いた。こんな時間に客が来るとは珍しいと思いつつ監視カメラの方を見た。しかし、店内にはAさんしかいなかった。ドアチャイムはセンサーの誤作動だろうかと思っていると、ジュースの冷蔵棚が一人でに開いた。驚愕して映像をよく見てみると、カメラに映らない何者かが店内を物色しているようだった。Aさんが誰もいない空間に接客している様子を見て、Bさんは恐怖に震えることしかできなかった。ドアチャイムが再び鳴り、謎の客が出ていったようだったから、ようやくAさんの元に来ることができたのである。

Aさんはカップルが来ていたと説明した。BさんはAさんの声しか聞こえなかったと返答した。普段であれば、裏の控室にも客の声は届く。そうなると、あのカップルは何だったのか。まさか、田舎だから狐や狸に化かされたのではないか。二人はレジの中を確認した。昔話ならば、小銭が葉っぱに変わっていたところだろう。

しかし、レジの中に入っていたものは、まさしく小銭だった。ただ、異様に錆びて劣化していた。硬貨であることが識別できたのが不思議なほどだった。まるで土の中に何年も埋められ、雨水の侵食を受けたかのような有様だった。先程は普通の小銭に見えていたにも関わらず。

二人は驚愕して顔を見合わせた。気味の悪い小銭をどう扱えばいいものかと思案し合っていると、明け方になって店長が戻ってきた。二人は店長に事情を説明した。店長は訳知り顔で頷いた。

「君らがバイトに来る三、四年前くらいのことだったかな」

夜に店長が一人で客を待っていると、今時のカップルが来店した。口数が乏しく、どことなく暗そうな様子だったのが印象に残った。カップルは買い物を済ませて店を出ると、車で山の方へ向かっていった。山の方にはキャンプ場などのレジャー施設があるわけではない。店長は不自然に思った。

数日後、コンビニに警察が訪ねてきた。警察官は店長に写真を見せた。まさしく例のカップルの写真だった。警察官は、カップルは親から交際を反対されていた、男の方が危険なところから借金をして返済できなくなったと説明した。カップルは友人に死ぬとメールを送り、そのまま失踪したという。

店長が警察に情報を提供してからしばらくして、カップルは山中で変わり果てた姿となって発見された。無理心中だったのかははっきりしなかったそうだ。男の死体はすぐに見つかった。しかし、女の死体は土に埋められていた。

Aさんは店長の話を聞いて、一つ思い出したことがあった。

小銭を出したのは女の方だったのである。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

紙幣は劣化して使えなかったのでしょうね。

作品情報
出自
震!禍話 第五夜 (禍話 @magabanasi放送、「汚客さん」より)
語り手
かぁなっき様
聞き手
吉野武様

2025年11月12日水曜日

enza版シャニマス7.5th、シャニソン2ndアニバーサリーイベントの記録

小糸ファンの知り合いからブツを横流ししてもらったので、皆さんにもお裾分け。知人からの講評付き。

enza版シャニマス7.5thアニバーサリーのP (プロデューサーズ) カップの景品
小糸・瓶入りキャンディー

直近に公開された「say Halo」コミュを踏まえ、めぐると選んだプレゼントという設定。 キャンディーは小糸の好物であり、めぐるとはさほど関係が無いはずである。

非常に無難な内容であり、Pカップを走って100位以内に入った記念という以上の意味は無い。

「say Halo」コミュもこの景品と同様にただただ無難な内容であり、かつての切れ味は失われている。ちょっと臆病な子に親切な子が優しくしてあげたという以上の意味は見出せない。

シャニソン2ndアニバーサリーイベントの景品

銀・金賞よりも銅賞の方が見る価値がある。価値があると言っても、精一杯にたどたどしく美琴の真似をする姿が可愛らしく微笑ましいというだけである。シャニソンのシナリオ中の小糸は全体的に知能が低い傾向がある。円香の言動は相変わらず意味不明であり、悪意を見出す方が自然とすら言える。

銀・金賞は軽いコミュのような内容である。明確な結末を作らない作品の、日常の延長にある最終回のようでもある。登場人物が小さな出来事に無理に価値を見出して、それを大袈裟に褒め称えるという展開は、最終回にはありがちだ。 運営の事情を汲んで割り切ることができる人であれば、嬉しい内容なのかもしれない。

誕生日ガシャ「【特別をめいっぱい】福丸小糸」

絵は可愛らしい。ただ、このコミュの価値の9割はこの絵が担っている。

シナリオは小糸の可愛さをひたすら垂れ流す以上の内容は無い。ライターはプロデューサーが妙に気を遣っている様をユーモラスに描いたつもりなのかもしれないが、大して面白くはない。小糸の可愛さを描くという点では【福はうち】に劣る。【特別をめいっぱい】と比べると、【はれのひ喫茶店】は短いながら優れた作品であることがよく分かる。

誕生日ガシャは、ゲーム内通貨の使い方次第では、実額にして1万円以上を消費する恐れがある。 そこまで金を使わせるのだからこそ、敢えて読まなくてもいいオマケのような内容にするのは間違ってはいないのかもしれない。 キャラクターを知るには絶対に読まなければならないシナリオこそ、無償でも読めるようにするべきであるという姿勢なのかもしれない。 ただ、読み手としては、値段相応の価値を提供してほしいとしか思えない。

ここ最近のシャニマス運営は金に困っているのだろう。身から出た錆としか言いようがない。 しっかりと面白いシナリオを出せば済む話だ。読み手にストレスを与えるキャラクター。虚飾にばかり気を配っている空虚なシナリオ。 ノクチル以降は特にそのような方向に流れがちで、信奉者のようなファンしか残らないのも納得である。反省してほしい。

2025年11月6日木曜日

【禍話リライトまとめ】投稿日順ページ追加、ファンアートまとめ、朗読まとめなど

禍話まとめのイメージ

現在、禍話リライトを網羅したまとめを編集しています。 本稿は最近の大規模な更新内容を紹介します。

投稿日順ページ追加

リライトや二次創作を投稿日順に並べたページを作成しました。まとめデータに登録されたすべての作品を網羅しています。リライトの歴史を総括したページ、とも言えるかもしれません。言えないかもしれません。

このまとめページを利用する際には、注意が必要な点があります。noteのリライトを優先して登録していることです。

例えば、このまとめではドントさん「アイスの森」のリライト投稿と書かれています。この投稿日はnote版のもので、ブログ版の投稿日はです。

リライトの歴史を総括したページ、と声高に主張するには難があります。リライトのオリジンを探るなどの用途には使いにくいです。 大学の卒業研究や夏休みの自由研究で禍話を調査する際にも参考になると思いますが、利用の際は注意しましょう。

ファンアートまとめ拡充

リライトまとめでは、ファンアートの類も登録しています。これまでは、noteやpixivで投稿されているファンアートしか扱っていませんでした。 最近になってようやく、XやYouTubeで公開されているファンアートも登録しました。 現在、以下のジャンルのファンアートのまとめがあります。

pixivとXは通常の検索、YouTubeはAPIによる検索で作品を探しました。 XとYouTubeは検索機能が貧弱です。「禍話」と検索したところで、「禍話」に関連する投稿の一部しかヒットしません。 すべての作品を網羅するのは不可能に近いです。自薦他薦を問わず、まとめるべきファンアートがあればご報告頂けますと幸いです。

朗読まとめ拡充

最近になって、朗読のまとめも登録数を増やしました。

元はnoteに記事があったばけねこ3さんの朗読動画だけ登録していました。今はかなりの数の朗読動画を登録しています。動画の作成者本人の肉声による朗読が多いです。少数ですが、VOICEROID、CeVIO、AquesTalk (ゆっくり) などの機械音声によるものもあります。

前述の通り、YouTubeのAPIを叩いて動画のデータを収集しました。ただ、APIを経由しても、一部の動画のデータしか返してくれません。すべてを網羅するのは厳しいというのが現状です。かなりの抜けがあることを確認しています。より効率的な情報収集方法を見つけない限り、朗読動画のまとめがこれ以上拡充する日は来ないと思ってください。

時刻データの修正

地味な変更ですが、時刻データの管理方法を修正しました。これまでは日付と時刻が揃ったデータは正しく扱えました。しかし、日付だけのデータや、秒が欠けたデータは正しく扱えないという問題がありました。例えば、これまでは「2025年11月4日」のデータは「2025年11月4日0時0分0秒」と区別がつきませんでした。

現状は修正されています。時刻が無いデータは、「0時0分0秒」のデータとは全くの別物として扱えます。前述の投稿日順のまとめのように、リライトを投稿時刻順に並び替えてまとめを作ることは頻繁にあるため、この修正は地味ながら重要でした。

ドラマ、舞台、「まがまが大宴会!」などのページを追加

以下のまとめページを追加しました。 「ドラマ、舞台」以外は、「禍話 簡易まとめWiki」にある同名のページに対応しています。

「ドラマ、舞台」はファンアートや脚本などが登録されています。それ以外のページはリライトが全く登録されておらず、時刻データ修正よりも地味な更新です。 せいぜい、「四次元怪奇バラエティーGAGOZE」にマルノくんの話があったことを言及している程度です。