Aさんという男性が体験した話。
AさんにはBさんという友人がいた。Bさんは自宅に人を招かない。遊びに行きたいと頼んでも断ってくる。Aさんは、Bさんが何か秘密の趣味を隠しているか、壁が薄くて騒ぐと迷惑になるから人を入れたくないのだろうと推測を立てていた。
ある夏の夜。先輩と居酒屋に行った帰り道。先輩は飲み足りない様子だった。
「そうだ。この辺りにBんちあるからさ。そこで飲み直そうぜ」
AさんはBさんが嫌がるからと抵抗したが、先輩の圧力に押し切られた。酒やツマミを買って、Bさんの住むマンションへ向かった。Bさんの部屋は三階にあった。先輩がインターフォンを押すと、怪訝な顔付きのBさんが出てきた。
「ちょっと飲み直そうと思ってさ。お前も飲もうぜ」
Bさんは露骨に嫌そうな顔をしたが、断らずに二人を部屋に入れた。部屋はごく普通の男性の一人暮らしといった様子で、綺麗でもないが散らかってもいない。秘密の趣味を隠しているというわけではなさそうだ。安普請でもなく、騒音を心配する必要もないように見える。
どうして人を泊めたがらないのだろう。潔癖で他人が自宅に上がるのが許せないという性格でもないはずだが。
色々と疑問は沸き上がったが、気にせずに飲み直すことにした。ただ、先輩の元に電話が入った。恋人からの電話らしく、応答のために外へ出ていってしまった。
飲み会をしようと言い出した張本人がなかなか帰ってこず、AさんとBさんは気まずい気持ちのまま黙々と酒を飲み進めた。そのうち、酒が回りすぎて、二人とも眠くなった。そのままBさんの部屋で雑魚寝する流れになった。Aさんは眠気に身を任せて、そのまま眠りに就いた。
ふと目が覚めた。外の方に目をやると、ベランダの窓が開いていた。暑いからと窓を開けていたことを思い出した。よく見ると、ベランダに誰か立っていた。Bさんは近くで寝ている。そうなると、先輩がタバコでも吸っているのだろうか。Aさんは暗闇の中で目を凝らした。
先輩ではなかった。女だった。当然ながら知り合いではない。
女はこちらを見ながら、右に行ったり左に行ったりとうろうろしていた。三階だから誰かが忍び込んだ可能性は低い。まさか幽霊か。女と自分を隔てているものは薄い網戸だけである。AさんはBさんを起こそうとした。
「おい。女がベランダにいるぞ。おい」
「立ってねぇよ」
「いや、女が立っているぞ。何なんだあいつは」
Aさんは寝転がるBさんの肩を揺すった。すると、BさんはAさんの腕を強く叩き返した。寝起きの力ではない。ずっと前から起きていたようだ。Bさんは上体を起こした。
「だから居ねぇよ」
「でも……」
Aさんはベランダの方に目を向けた。うっかり女と目が合ってしまった。女は口を開いた。
「しつがいき」
Aさんが唖然としていると、Bさんはうんざりしたような声で言った。
「誰も居ないだろ。室外機しかない。本人もそう言っている。だから早く寝ろ」
Bさんは再び横になり、目を閉じた。
女は再び言葉を発した。
「しつがいき」
Aさんも横になり、何も聞こえないふりをしながら夜を過ごした。明け方には女は姿を消していた。
AさんはBさんから事情を聞いた。Bさんはどうしても引っ越せない訳があるらしく、あの女のことを気にしないようにしながら夜を過ごしているそうだ。
「自分が室外機だって言っているから、そういうことにしているんだよ」
Bさんは充血した目を瞬かせた。
本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。
作品情報
- 出自
- 元祖!禍話 第十二夜 (禍話 @magabanasi、放送、「自己紹介と妥協」より)
- 語り手
- かぁなっき様
- 聞き手
- 加藤よしき様

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