安藤さんという中学校の教師の体験談。
安藤さんは今はベテランの教師だが、若い頃は生徒たちからは気楽に話せる相手として親しまれていた。そんな彼だが、一度だけ生徒に手を上げてしまったことがあった。
一時期、生徒の間でこっくりさんが流行ったことがあった。ある女子生徒のグループが特に熱心に取り組んでいた。彼女たちは内輪で籠りがちな性向があった。
あるとき、そのグループの一人が安藤さんに話しかけた。
「安藤先生、ちょっとお話が……」
親身になって話を聞いてみたが困惑した。こっくりさんの話だった。どういうわけか、こっくりさんに誘われたのである。
学校としてはこっくりさんを禁止していなかった。こっくりさんも仲間内での一種のコミュニケーションと言えるだろう。ただ、ヒステリーなどの兆候があったら、対策が必要かもしれない。
安藤さんはこっくりさんへのお誘いに乗ることにした。女子生徒に案内され、こっくりさんの集まりに向かった。
そこは本来は文化系のクラブ活動に使用する教室だった。しかし、そのクラブは休止状態になっており、実質的には空き部屋になっていた。女子生徒たちはそこを溜まり場にしていたようで、彼女たち以外には誰もいなかった。
女子生徒たちはこっくりさんの準備を進めていた。十円玉。五十音と鳥居が書かれた紙。ノート。
ノート……?
そのノートは中学生が勉強に使っていてもおかしくはない、至って普通のノートだった。ただ、こっくりさんには不似合いだ。安藤さんは疑問に思い、女子生徒にノートを何に使っているのか尋ねた。
「こっくりさんの記録に使っているんです。読んでみてもいいですよ」
女子生徒に促されて、安藤さんはノートを開いた。
みんな:こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたらはいに進んでください。
みんな:こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたらはいに進んでください。
みんな:こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたらはいに進んでください。
……
一瞬、ドキリとしたが、2ページ目を見て謎は解けた。こっくりさんが来るまで決まり文句を繰り返さなければならない。それを律儀に書き記していただけのことだった。2ページ目で漸くこっくりさんが来てくれた。
こっくりさん:はい
ノートをパラパラと捲って流し読みしていくと、大したことは書かれていなかった。
みゆちゃん:こっくりさん、こっくりさん、山岸先輩は誰が好きですか。
こっくりさん:ぬまた
こんな具合に、他愛もない質問ばかり書かれている。そろそろ女子生徒にノートを返そうかと思っていると、ある記述が目に飛び込んだ。
まゆちゃん、ここで離脱。
よく読んでみると、他にも同じような記述があった。
えみちゃん、ここで離脱。
さきちゃん、ここで離脱。
……
安藤さんは女子生徒に尋ねた。
「なあ、この『離脱』というのは何かな」
「こっくりさんをやっていると、みんな寝落ちしちゃうんです。そのときに『離脱』って書いているんですよ」
こっくりさんの最中に、生徒が急に寝落ちする。
安藤さんは女子生徒の不可解な言葉に驚き、改めてノートを仔細に確認することにした。そのうちに、安藤さんはある発見をした。
よく読んでみると、女子生徒たちが全員寝落ちしている回がある。ここにいる全員の名前に「離脱」と書かれている。その次の行は、行頭に名前が書かれていなかった。
:こっくりさん、こっくりさん、お帰りください。
こっくりさん:はい
こっくりさんは帰りました。
安藤さんは女子生徒たちにおずおずと尋ねた。
「なあ、ここのページに全員が『離脱』したって書いてあるけど、続きは誰が書いているんだ?」
生徒たちはこっくりさんの準備を終えようとしていた。生徒の一人が答えた。
「それを確認するために、先生を呼んだんですよ」
安藤さんは動揺のあまり、その生徒の頬を張ってしまった。
生徒が泣き出して騒ぎになってしまい、安藤さんは先輩の教師からお叱りを受けた。幸い、大事にはならなかった。ただ、そもそも教師がこっくりさんに参加するのはいかがなものかと窘められた。
ところで。
こっくりさんを遊んでいると、生徒たちが一人一人寝落ちする。ノートには全員が「離脱」したと記録されている。つまり、全員がこっくりさんを遊んでおり、女子生徒たちの誰も端からノートに記録をつけていなかったことになる。
こっくりさんの記録をつけていたのは誰だったのか、最後まで分からずじまいだったとのことだ。
本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。こっくり譚のKさんが提供しています。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。
登場人物の名前を出す必要がある場合、適当な仮名を付けています。
作品情報
- 出自
- 元祖!禍話 第二十六夜(後半は猫ちゃん映画の話とかです) (禍話 @magabanasi、放送)
- 語り手
- かぁなっき様
- 聞き手
- 加藤よしき様

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