Aさんという会社員の男性の体験談。Aさんは意図せずに他人のトラウマを抉ってしまったことがある。
当時、Aさんはかなり安いアパートに住んでいた。敷金、礼金が0円と破格の物件だ。事故物件というわけではなく、とてつもなく古いのである。柱には、昔の住人が子供の身長を計ったときに付けたと思しき傷が残っていた。
ある日、上司がこの部屋に泊まりに来た。出張する際の準備の関係で、社員の誰かの家に泊まりに行く必要があり、位置の都合からAさんのアパートが選ばれた。少し飲んだ後、明日も早いからと就寝した。
夜、Aさんが眠っていると、物音を聞いて目を覚ました。ガリ、ガリという音が聞こえる。木か何かを削っているようだ。古いアパートとはいえ、さすがにネズミはいない。何だろうと思って音の聞こえる方を見ると、暗い部屋の中で上司の姿が見えた。
上司は柱のそばに立ち、腕を懸命に上の方に伸ばしていた。暗い中、目を凝らしてよく見ると、上司が何をしているのか分かった。片手にフォークを持ち、柱の上の方に傷を付けていた。身長を計っているのであれば、そこまで背が高い人はいないだろうというような位置だ。
酒の飲み過ぎで奇行に走ったのか。いや、まさか。さすがに夢だろう。Aさんも酒が入っていて眠かった。何をするでもなく、そのまま再び眠りに落ちた。
翌朝、目が覚めると、柱のかなり上の方に新しい傷が付いていた。夢ではないことに気付き、Aさんは上司を問い詰めた。
「ボロボロの部屋だから別にいいですけど、さすがにこれは無いですよ」
「これ、俺が付けたのか。ごめんな」
怒りはしたものの、恐ろしく古い物件だったから、大して損害は無い。Aさんは冗談めかして言った。
「だいたい、成長しても、こんなに背が高くなるわけないじゃないですか」
「いや、ホントごめんな。ごめん」
上司は顔を洗いたいと言って、洗面台の方へ向かった。その途中、Aさんの横を通り過ぎる間際に囁くような声で言った。
「伸びるぞ。人は伸びる。そういう状態が続いたらな」
Aさんが呆気にとられていると、上司はテキパキと出張の準備を進め、そのまま部屋を出ていった。
上司が出張から戻ってしばらくした後、上司が退職した。急な退職で、関係者は穴を埋めるのに苦労した。それでも、上司は「実家の都合」の一点張りで、詳しい理由を聞くことも、止めることもできなかった。
残された上司の机を整理していると、引き出しの中から便箋のセットが見つかった。便箋はレシートと一緒に100円ショップの袋の中に入っていた。レシートの日付は、上司が最後に私物を取りに来た日だった。便箋の1枚が包装から取り出されており、それにはこのように書かれていた。
「最悪の部下だ。カサブタを剥がしてくる」
あの夜の奇行と退職の理由に何か関係があったのか、今となっては分からない。
「人が伸びる」と聞くと、首吊り自殺の末路が思い浮かぶ。首吊り死体を放置すると、首が伸びてしまうらしい。「そういう状態」という言葉が嫌な想像を膨らませる。
Aさんは今はもう別の物件へ引っ越した。かつて住んでいた古いアパートの部屋には既に別の人が入居しており、何事もなく幸せそうに暮らしている。
本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。
作品情報
- 出自
- 禍話アンリミテッド 第二夜 (一時間後からQを視聴) (禍話 @magabanasi、放送、「部屋の柱の傷」より)
- 語り手
- かぁなっき様
- 聞き手
- 加藤よしき様

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