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2024年12月29日日曜日

さよならシャニアニ2期

先日、『アイドルマスターシャイニーカラーズ 2nd season』最終話が放映されました。私はシャニアニ1期をネット配信で、2期第1・2章を映画館で鑑賞しました。当初は2期第3章も映画館で見る予定でしたが、途中で心が折れて、ネットの無料配信を待つことにしました。これ以上、シャニアニに金を費やす気にはなれなかったのです。

シャニアニ2期について、思ったことをここに吐き出しておきます。以前に書いた記事と内容が重複する部分があります。ご了承ください。

画像は『アイドルマスターシャイニーカラーズ 2nd season』の「第11話」より引用 (取得。©Bandai Namco Entertainment Inc.)

1期との比較

2期は1期よりも面白いという声をよく聞きました。まずは1期と比較しつつ、2期の全体的な構成について振り返ります。

1期は、一部を除き、基本的にはアニメオリジナルのシナリオでしたが、そのシナリオがあまりにも無味無臭でした。アイドル自身が撮影した映像という設定の回、ドキュメンタリー番組を再現した回があるなど、実験的な内容でありながら、不思議なほどに何も印象に残りません。この薄味なシナリオに、陰鬱なBGM、異様なカメラワーク、その他細かい粗が合わさり、退屈なアニメになりました。1期をぼんやりと眺める時間は、まさに苦役そのものだったと言ってもいいでしょう。

それでも、1期にも擁護できる部分はありました。真乃以外のアイドルの出番が、ほぼ平等に振られていたことです。キャラクターの顔を1人1人映す奇妙なカメラワークを見るに、極力全員に出番を与えようとする意図があるように見えました。もちろん、16人全員を主役にしようものなら、まともな物語になるわけもなく、何の味もしないシナリオが生まれる一因となったと推測されます。真乃だけは他の15人よりも出番が多かったのですが、真乃の言動も同様に何の印象にも残りません。それもあって、キャラクターの出番が平等だったという印象を与えていたと思います。

1期よりはマシだったと評判の2期はどうだったか。一言で表現するならば、意味不明、と言ったところです。

2期は原作のシナリオを再現した回がありました。このような回は、1期と比べると中身のある内容でした。BGMは陰鬱なままでしたが、1人1人の顔を映そうとするようなカメラワークはありません。登場人物の出番は平等ではなく、各話に主役と呼べるキャラクターがいた一方で、ほとんどまともな出番がないキャラクターもいました。シナリオの都合で犠牲者が出てしまったというわけです。そのおかげもあってか、シナリオ自体は起伏や見所がある内容でした。2期は1期よりも面白いと評価されるのも頷けます。

ただ、2期はそのような回ばかりではありません。ストレイライトのMVを中心とした1話、ライブを中心とした4話、12話。そして、1期と同じくオリジナルのストーリーが展開された3話、6話です。特にこの3話、6話が問題で、無味無臭なシナリオ、異様なカメラワークが復活し、1期の再来と言える内容でした。3話、6話ほどではありませんが、1話、4話、12話も随所で1期の味がしました。

2期は、原作シナリオを再現した中身のある回を流したかと思えば、不意に1期の虚無が姿を表すという、奇妙な構成でした。1期はどうしようもなく詰まらない内容でしたが、それでも作風の一貫性はありました。2期は回によって作風が変わり、一貫性はありません。一続きの作品の中で、敢えて作風の異なる回を入れるということはあるでしょう。ただ、2期にそのような意図があったとは思えません。

そもそも、1期から2期で、原作再現の有無の方向性が大きく転換した理由も不明です。1期と2期は放映時期に半年ほどしか差がありません。そのため、1期は評価が低かったため、2期では趣向を変えて原作のシナリオを再現する、などという経緯があったとは考えにくいです。アニメを製作する過程で、何か大きな混乱があったのかもしれないと疑いたくなります。

ストレイライト

ストレイライトのパフォーマンスのシーン
映画館での上映の際、特定のシーンを自由に撮影できる時間があった。

1期で顔見せしていたストレイライトとノクチルが、2期になって本格的に登場しました。原作では特に人気のある両ユニットでしたが、アニメでは評価が大きく分かれました。

ストレイライトが中心となるのは、1話、2話、9話です。2話、9話はそれぞれ原作の「Straylight.run()」、「The Straylight」というエピソードが元となっています。アニメのストレイライト回は、比較的に評判が良かったです。ただ、原作のエピソードを知る私からすると、原作の劣化という感想しか出てこない出来でした。

2話はオーディションのシーンがありましたが、原作「Straylight.run()」では海辺でのパフォーマンス勝負のイベントという設定でした。対戦相手を描写したら尺が足りない、水着の3Dモデルを作りたくない、対戦相手の3Dモデルを作りたくない、放映時期が秋だから不都合といった理由があると推測されます。話を無理に変えたために、シナリオが分かりにくくなり、話の流れも原作から若干変わっています。

9話は愛依が中心となっています。冬優子、あさひはかなり人気が高い一方で、愛依はどういうわけか人気が低いです。冬優子、あさひはフィギュアなどのグッズが多く発売されていますが、愛依はかなり少ないです。特に象徴的な出来事が、るかっぷというフィギュアが発売されたときのこと。あさひ冬優子は発売されたにも関わらず、愛依だけ発売されませんでした。喜ばしい新規グッズは、一転して呪いのアイテムに変わってしまいました。愛依が不遇であることを知っている私からすれば、アニメで中心となる回があったこと自体は悪くないと思います。

るかっぷ あさひ冬優子
るかっぷ るかっぷという名の呪物。

ただ、その9話も出来は褒められたものではありません。愛依はあがり症を隠すためにクールキャラを演じているのですが、アニメ全話を通して説明はありませんでした。これは愛依の基本的な設定であり、省略してしまえば、愛依が自分のキャラ付けについて思い悩む理由が理解できません。この時点で、作品として破綻していると言っていいでしょう。

アニメでは、偶然(?)に盗撮した人物が愛依の真の性格を曝露しますが、原作では展開が異なります。偶然に会った青年が迷惑系YouTuberであり、自身の放送で愛依の真の性格について曝露します。アニメの変更はおそらく尺の都合でしょう。ただ、アニメでの出会い頭に盗撮するという展開はさすがに不自然です。

アニメでは、愛依が作ったキャラも自分自身であると認識し、それを守ることを決断して、話が終わりました。パフォーマンスするシーンも無く、唐突にエンディングが流れます。原作はビジュアルノベルであり、ダンスをまともに描写できませんが、一応はパフォーマンスのシーンがありました。また、番組を見た愛依の家族の反応が描写されます。ぶつ切りで終わったアニメとは印象がまるで違います。

アニメの原作再現回は、どれもこれも尺の都合を感じます。これはストレイライトに限った話ではありません。原作のシナリオからところどころを省略し、その場しのぎの変更を加えたことで、本来あった原作シナリオの魅力も損なわれています。尺が無いと言っても、それは1話にシナリオを全て押し込めようとすればの話。1期の時間も使えば、2話または1.5話分の時間を使うこともできたはずです。

また、9話では、愛依が過去のストレイライトの活動を振り返るシーンがあります。2話の元となった「Straylight.run()」はに公開、9話の元となった「The Straylight」はに公開されました。シャニマスは、年齢は変化しないが経験は蓄積するという形式らしく、両エピソードの間には作中でも相応の時間が流れていると考えていいでしょう。しかし、アニメは2話と9話の間にそこまで時間が流れているようには見えません。それにも関わらず、長い経験を踏まえたかのような発言をしています。私は原作を知っていたため、事情を察することができました。しかし、初めて見た人からすれば、かなりチグハグに見えたでしょう。

2期では、原作を元にしたエピソードを無理に繋げているため、同様の違和感が随所で見られます。原作のシナリオを拾うのであれば、オムニバス形式にすることで、各話を完全に独立させた方が良かったでしょう。オムニバス形式にすれば、原作であった時間経過を、アニメでも無理なく説明できたはずです。

アンティーカ、アルストロメリア、放課後クライマックスガールズ

7話、8話はそれぞれ原作のエピソードである、アンティーカのファン感謝祭編、「薄桃色にこんがらがって」が元になっています。少なくとも、7話、8話はストレイライトの2話、9話と同様の問題を抱えています。 10話は原作の「【かきまぜたら*ミルク】園田智代子」が元になっているらしいです。ただ、「【かきまぜたら*ミルク】園田智代子」は限定pSSRであり、私は所持していないため、内容を知りません。スケールフィギュアの元になるほどで、有名ではあるのですが……。

【かきまぜたら*ミルク】園田智代子 1/7スケール
【かきまぜたら*ミルク】園田智代子 1/7スケール またの名を淫魔先輩。

7話は、幼少期の咲耶と父親との関係性が補完されているのは悪くありません。これは原作には存在しませんでした。ただ、原作の結末にあった「忙しいことは良いことだ」の場面が削られたのが惜しいところ。尺の都合上、仕方がないと言いたいところですが、1期も含めれば、時間は十分にありました。また、3話、4話で283プロダクション合同の企画を行った後に、咲耶が寂しさのあまりに奇行を始めるというのは違和感があります。この回も、原作の独立したシナリオを無理に繋げた歪みが出ていると言えます。

8話は、原作の重要な場面が削られています。致命的だった点は、アプリコット側がヤラセのオーディションを開いた理由やその主張を説明した場面を、アニメではほとんど省略してしまったこと。これがあるか無いかで、印象がかなり変わってきます。また、原作でも甜花は印象が薄かったのですが、最後に一応は活躍する場面がありました。しかし、アニメでは、尺の都合のためか、その部分が完全に消滅しました。原作の「薄桃色にこんがらがって」は付属する「【ドゥワッチャラブ!】桑山千雪」も評価が高かったです。そのため、2話分の尺を使って、原作を省略せず、さらには【ドゥワッチャラブ!】の部分も含めてアニメ化するのが最良だったでしょう。

あああああ
「あああああ」が出現する場面
画像は『ニコニコ動画』の「第22話 それが私の夢だって」より引用 (取得。©Bandai Namco Entertainment Inc.)

10話については、原作を知らないため、私にはあまり語ることがありません。ものすごく面白いというわけではないにしても、エンディングもしっかりと作られているという点で、このアニメの中で最もまともな回だったように見えました。ただ、例に漏れず粗はあり、特に目立つのは「あああああ」。シャニアニはゲーム内のアイテムが登場するなど、細かい点でこだわりが見られます。ただ、そのこだわりを把握しようとすると、随所で現れる粗を直視せざるを得ません。

浅倉透、櫻木真乃

真乃と透

アニメ2期でノクチルを中心とする回は5話だけで、一応は12話のライブもノクチルの出番は多かったです。5話は原作の「天塵」を元にしています。イルミネーションスターズが中心となる回はありません。ただ、ノクチルの浅倉透、イルミネーションスターズの櫻木真乃が中心となる回はありました。6話の一部分と、11話です。11話は原作における透のG.R.A.D.編が元になっています。

予め言っておきますが、私はノクチルが好きではありません。特に樋口円香は嫌いです。生理的に受け付けません。このアニメの数少ない長所の一つに、円香がほとんど出てこなかったという点が挙げられます。円香役の声優は、このアニメの宣伝に何度も駆り出されていたのですが、一体どんな気持ちで仕事を受けていたのでしょうか。

ただ、ノクチルアンチの私としても、このアニメのノクチルの扱いは異常だったと思います。

5話は原作の「天塵」を元にしていますが、アニメになったのは前半部だけです。原作の後半部では、干されたノクチルにまともな仕事はとれず、辛うじてとれたのは海での祭りの仕事だけでした。この仕事は華々しさの欠片もないものでしたが、自分たちの意思で海に行くことを選びます。案の定、誰からの注目も集めませんでしたが、パフォーマンスは輝き、4人は楽しく過ごします。最後にステージ衣装のまま海に飛び込んではしゃいで遊ぶ場面が、「天塵」のハイライトです。

原作は一言でまとめると、自己満足に浸るクソガキ4名の話です。ただ、ノクチルのファンが唱えるように、そこから青春の煌めきを見出すこともできるでしょう。ファンは「天塵」後半部をアニメ化してほしかったはずです。実際にお出しされたものは、11話の真乃・透 (まのとお) 回でした。

11話は、このアニメの問題が詰め込まれた最悪の回です。まず、内容が面白くありません。原作を知っていれば、透がどんな悩みを抱え、どうして真乃との会話で氷解するのか、何となく理解できます。ただ、内容が多少は理解できたところで、真乃と透の漠然とした会話は大して面白くありません。初見の人 (恐らくは貴重な) は置いてけぼり、原作を知っている人は原作をここまで詰まらない話にできるのかと落胆する出来です。

また、ノクチルは透以外がモブも同然でした。登場人物の扱いを平等にして面白い脚本は書けないでしょうが、11話は扱いが不平等であるうえに面白くありません。つまり、何一つ良いところがありません。円香の活躍を見たかった大勢にとって、11話は期待を裏切る内容だったと言っていいでしょう。小糸と雛菜のファンは、二人の扱いが悪いことに慣れているため、この扱いにも驚かなかったでしょうが……。

11話のシナリオでは、透は俄かに仕事が増えた一方で、満たされない思いを抱えます。ここまでは原作と同じです。この悩みは、真乃との中身の無い会話の中で解決するのですが、この箇所は原作と大きく異なります。原作である透のG.R.A.D.編では、透個人のシナリオであるため、ノクチルの3人は登場しません。当然ながら真乃も登場しません。真乃に相当する登場人物はいますが、役割が大きく書き換えられています。アニメの6話、11話を見ると、透は真乃と仲が良さそうに見えます。しかし、原作では真乃と透が会話したシーンはほとんどなく、「アジェンダ283」の短い場面、「【裏声であいつら】浅倉透」の一場面 (厳密に言えば会話はしていない) など、かなり限られています。ただ、「FILA × MANO and TORU COLLABORATION」やシャニソンの街頭ビジョン広告、「はづきさんのシャニソンプロデュース講座」、「283 PRODUCTION MUSIC SCENE」での雑談など、アニメ放映の直前に真乃と透の仲が良いらしいという情報が公式から補完されていました。おそらく、アニメのシナリオを成立させるために、公式が頑張ったのでしょう。真乃と透の関係性を、急ごしらえで捏造したのです。

アニメでは1期、2期を通じて、真乃の出番が特に多いです。ただ、出番が多かった割に、真乃がどのような活躍をしたか、あまり印象に残りません。ぼんやりと悩んで、なんとなくイルミネーションスターズの2人と会話していただけです。真乃の活躍を鮮明に描写できていれば、透との無味な会話も多少はマシになっていたかもしれません。尤も、真乃が真っ当に主役として機能していたところで、ノクチルファンは透と円香の絡みをもっと見たかったでしょうが (小糸、雛菜との絡みとは敢えて言わない)。

5話は、透だけが注目された反発で、ノクチルが放送事故を起こす話。11話は、透だけが俄かに注目されて、ノクチルの3人がほとんど登場しなかった話。5話の後に11話を流すのはかなり皮肉めいています。ただ、おそらくはシャニマス運営からの要望を忠実に反映した結果でしょう。ノクチルが原作に登場したとき、特に透がかなり優遇されたと聞きます。円香はまだ扱いは良かったのですが、小糸と雛菜はオマケも同然の扱いでした。その後、円香の方が透よりも人気が出て、立場がかなり向上したようですが、それでも透は厚遇が維持されています (なお、小糸と雛菜は未だに塵芥のような扱いです)。シャニマス運営の透を売り込みたいという意思が、アニメにおいても強く出た結果、11話が生まれたと思われます。

悪人

今回のアニメが失敗した要因は、シャニマス運営側の意思が強く出過ぎたためと思われます。アニメ製作側は、やろうと思えば無難で楽しげな空気感で話を作ることもできたでしょう。しかし、シャニマス運営は単なる美少女ゲームとは違う、意識の高いコンテンツとして売り込みたがっていることは、昨今の運営の奇行を見れば明白です。その意図がアニメにも反映された結果、空虚なアニメが誕生したと推測するのは自然なことです。そもそも、運営側が無理に押し通さなければ、透のG.R.A.D.編に真乃を組み込むという意味不明なシナリオが作られるわけがありません。

まんきゅう、岩田健志、加藤陽一、そしてポリゴン・ピクチュアズにも責任はあります。彼らには、まともで面白いアニメを作る義務がありました。ポリピクの作ったCGアニメは、プロの仕事としてはあまりにお粗末です。ただ、シャニアニを見るに堪えない駄作にした最大の責任者はシャニマス運営側にあるように思います。つまり、総合プロデューサーの高山祐介、シャニアニ担当プロデューサーの池田ななこ。この二人が責任をとるのが道理です。

特に、高山はシャニソンの失敗の責任をとる必要もあります。彼はこのまま現在の立場を続けるのでしょうか。もしそのまま続投するのであれば、バンダイナムコの管理能力に疑問を抱かずにはいられません。

高山がシャニマスを牛耳る限り、私がシャニマスに復帰することは無いでしょう。

2024年12月18日水曜日

Creepypasta私家訳『鬼ごっこ』(原題“A Game of Tag”)

パソコンで動画を見る様子

"YouTube Test" by Jaysin Trevino is licensed under CC BY 2.0.

作品紹介

動画に記録された、恐るべき怪異についての物語。怪異は犠牲者を追いかける。野次馬たちも怪異を追跡する。

画像が無いことを除けば、非常にクリーピーパスタらしいクリーピーパスタです。Creepypasta Wikiでは“Pasta of the Month”に指定されています。

“OP”という単語を初めて見ました。“original poster”の略で、スレッドを立てた人のこと。ここでは「スレ主」と訳していますが、2ちゃんねる風に言えば「>>1」でしょうか。redditなどをよく読んでいれば、もっと早くに知っていたかもしれません。適宜、「スレ」や「レス」という言葉を使っていますが、もう少し流暢にネットスラングを使いこなしたいものです。

作品情報
原作
A Game of Tag (Creepypasta Wiki、oldid=1515830)
原著者
Cainmak
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

鬼ごっこ

2017年、ある動画がYouTubeに投稿された。

その携帯電話の録画映像には、比較的大きな都市の賑やかな交差点が映されていた。場所はおそらくアメリカ合衆国。状況から察するに、時期は3月または4月で、ラッシュアワーの時間帯。人々は薄手のコートを着ており、花々が咲く木々や草地にはいくらかまだ雪が見えた。

映像は絶叫から始まる。

遠くから悲鳴が聞こえる。数名が走っているのが見える。距離はあるが、明らかにパニックを起こして走っており、何度も掴み合ったり押し合ったりしている。混乱や不安感の空気が漂っている。不鮮明なノイズの中で、明瞭に「何が起きているんだ」という声が聞こえる。映像は画質が良いが、手ブレしている。撮影者が騒乱に近付こうとしているためだ。

10秒前後のところで、混乱が広がり始める。このとき、歩行者たちは移動を速め、走る人が増える。十字路に人だかりが無かったら、間違いなく車に撥ねられた人が出ていただろう。人々は明らかに注意力を欠いており、なるべく速く移動することに没頭していたためだ。微かに警察のサイレンの音が聞こえる。このとき、撮影者は騒ぎの中心から40フィート程度の距離におり、上手にパノラマ撮影をする。

2秒後、どこかかなりの近距離で絶叫が聞こえる。それから、集団ヒステリーが発生する。

動画時間が19秒に達すると、緑色のパーカーを着た若い女性が、画面の右隅から現れる。

撮影者はその女性に気付かない。女性が現れた場所は人が比較的に少なく、女性はたやすく歩行者の合間を縫って進む。女性は20代前半といったところで、長い黒髪で顔が半分隠れている。他の誰よりも平然としている様子で、ポケットに両手を突っ込んでおり、さながら腰痛持ちのように背中を丸めている。女性の周囲の人々は走りまわっている。女性が騒ぎの中心に近付いているとき、50歳かそこらのウールのジャンパーを着た男性が、女性の方に向きを変える。男性はくぐもった声で何か言う。下に「何が起きているか知っているか」という字幕と表示される。視聴者がどうしてこの意味も無さそうな声に字幕がついたのだろう、他に声がしないわけでもないのに、などと疑問を抱く間もなく、女性が何かを返答し、それから片手をポケットから出して、男の肩に触れる。

カメラは隅の方で突如動きがあったことを捉え、現場にズームインする。するとすぐに、その男性は半狂乱で痙攣し始めた。さながら発作を起こしたかのようだった。男性の顔に異常が起こる。赤くなり、水ぶくれができ始める。3秒後、撮影者の男性は叫ぶ。

「うわ、マジかよ。うわ。うわ」

このとき、男性は胸部を不自然に腫れあがらせながら地面に倒れる。近くの通行人が恐怖を覚えながらこの様子を目撃し、絶叫を上げて逃げ出す。

群衆 (ここまででパニックの発生源と分かる) は広がっていく。人の莫大な波が通りを氾濫し、車の往来を止める。何人かが撮影者の傍を駆け抜けて、カメラに彼らの恐怖に歪んだ顔がちらりと映る。他にも携帯電話で騒動を録画している人がいる。警察が到着し、点滅するパトランプが隅のどこかに現れる。ここで、あの若い女性にフォーカスされる。女性は別の人に向かって歩いていき、その人物に触る。その人物は10代の少年だった。少年は、息苦しそうな仕草をして、口から血を流し、胸が腫れて肥大化する。彼の友人らしき2人の少年は、絶叫して逃げ出そうとする。しかし、1人は女性に掴まれる。その少年はよろめいて地面に倒れ、体が赤くなり、鬱血する。もう1人の少年は大声で泣き喚く。かなりの大声だったため、騒ぎの中でも聞こえていた。混乱状態の中、若い女性が件の女性にぶつかる。女性は地面に倒れ、ぴくりとも動かずにいる。

その後、女性はなるべく多くの人に跳びつき始める。女性が人々に触ると、全員が同じ末路を辿った。一瞬のうちにさらに約4名に触れた後、カメラの方向に向き、ニヤリと笑みを浮かべる。

この映像は1分4秒の長さであり、600万以上の再生数を獲得している。コメント欄はほとんどが「やべぇ」や「これ本物?」といった反応である。多くの人は本気では信じなかった。作り物と言い張る人もいた。新しいホラー映画の宣伝に作られたイタズラ映像の類だろうと考えた人も数名いた。荒らしたちは、どうであってもあの女を撃ち殺してやると冗談を言っていた。

これはこの事件において最も有名な映像だった。全体では、元々は15件以上の録画があった。すべて別の角度から、別の時間に撮影されたものだ。

事件後、緑色のパーカーを着た女性はどこにも発見されなかった。事件は世界中のメディアで報道されたが、人々が女性に触れられた後に死亡したという事実についてはほとんど言及されなかった。ほとんどのニュース報道は、この事件をバイオテロとして扱った。緑色のパーカーを着た女性は、ある種のガスか、毒物の入った注射器を使用したに違いないと報道した。こんな見え透いた嘘がネット民に見過ごされるはずがない。数百万のコメントが、事件中にガスや注射器は使われていなかったと指摘した。そのうえ、目撃者たちは実際に、ただ触れただけで人間を鬱血したボロクズに変える様を見ていた。それでも、メディアはこのような説明を受け入れようとせず、批判を見て見ぬふりをした。

人々の死に対しても、真実の説明は与えられなかった。医療当局によると、犠牲者たちは救助が来る前には既に死亡していたという。数日間、人々には犠牲者の病状についてある範囲だけ説明された。皮膚の傷害、肺の障害、目の炎症などである。公式ではいまだに死因不明のままだった。

しかし、事件から2日後、とある匿名掲示板にあるスレが立った。スレ主は、犠牲者の遺体を調査した遺体安置所係員の1人であると主張した。その人物は、遺体の状態について真実を語る義務があると感じていたが、上司からパニックを広げないようにと緘口令を受けていたという。スレ主によると、死因は重度の肺の損傷による窒息であると述べた。出血や腫れあがった胸に説明がつく。スレ主は、ショックを受けたと語り、あのような短時間でそのような損傷を受けるのは見たことがないと述べた。犠牲者たちはアフラトキシンに曝露していたとも述べた。アフラトキシンは発癌性物質である。しばしばトウモロコシやクルミ、ピーナッツで発見される。例を挙げると、少量の食物 (特に不適切に貯蔵されたもの) の摂取で、肝臓癌や出血といった恐ろしい症状をもたらす可能性がある。

スレ主によると、遺体中のアフラトキシンの量は、アフラトキシン中毒の通常例の20倍であり、これにより犠牲者たちの肝臓は重度の損傷を受けていたという。死体の病状は、喉の負傷、内出血、皮膚炎、糜爛、目の充血などであり、非常に重度の段階に達していたという。

「この影響は長期間、黒カビに曝露したのと同様だった」

スレ主はそのように記した。どのコメントにも全く返答しなかった。

人々は懐疑的だったが、そのスレは多くの注目を集めた。数か月の間、YouTubeはリアクション動画や仮説で溢れかえった。陰謀論では、緑色のパーカーを着た女性のことが、政府による実験の失敗、実在したSCPと信じられ、黙示録の四騎士の一人であるペスティレンスと考える人すらいた。女性にはカルト的な信奉者さえも現れ、インターネットミームとなった。黒死病にまつわる童謡「リング・アラウンド・ザ・ロージー」にちなんで、女性は「ロージー」と呼ばれた。

しかし、ロージーがインターネット上に現れたのは、これが最初では無かった。

2011年、YouTubeに日本語で「路上の死、日本、謎の少女現る???」という題名が付いた動画が投稿された。映像は、郊外地域の交差点を3階のベランダから撮影したものである。人々が逃げ回り、叫んでいる。カメラは通りの真ん中にいる緑色のパーカーを着た女性にフォーカスし、周囲を取り巻く騒乱を映す。女性は両手をポケットに入れっぱなしにしている。このとき、女性の顔はフードの下に隠れている。女性の周囲に遺体が横たわり、さながら蕾の周囲に散らばる悍ましい花びらである。撮影者が隣にいる人物と会話する声が録音される。2人の声はシマリスのようなキーキーとした声に変更されている。日本語を知らなければ、何を話しているのか理解できない。映像中でおよそ2分間経過すると、ロージーは現場を立ち去り、その後に警察が到着する。

当時、人々はこの映像を作り物だろうと考えていた。この事件を報道したメディアは存在しなかったためだ。誰も事件がどこで起きたのか知らず、誰が撮影していたのかも分からなかった。しかし、2017年の事件後、日本の映像の存在を覚えていたこの俺が、ロージーについてのsubredditを立てることに決めた。

「緑のパーカーの女 (ロージー) の映像を昨日初めて見たが、デジャビュを振り払えなかった。昔のYouTubeのプレイリストを探したら、2011年の日本の映像を見つけた (リンクは下記)。顔も見えなかったが、これは同じ女だと確信している。このパーカーは同じものだ。いくらか関係があるのか知りたい。この二つの映像について情報がある人はいないか。この女を見たことがある人はいないか」

最初のレスは2日後のことだった。

「最初にあの動画を見たときはビビったね。2・3年前にかなり似た経験をしたことがある。あのとき、俺は公園のベンチに座っていた。大勢ではないがウォーキングやジョギングなどをしていた人がいた。俺はスマホを弄っていた。友人を待っていたんだ。でも、俺が顔を上げたとき、緑のパーカーを着た女がいることに気付いた。女は何の関心も見せずに俺の横を通り過ぎた。俺があの女のことを覚えていたのは、女がにっこりと笑みを浮かべていたというだけの理由だ。俺は可愛い笑顔だと思った。その後、俺は注意を払うのをやめた。ただ、数分後、絶叫を聞いた。走って何が起きたのか見に行くと、老人が地面に倒れていた。顔が真っ赤で、胸が腫れあがっていた。俺は老人が何かで喉を詰まらせたのだと思い、救急車を呼んだ」

「救助が来るまでいくらか時間がかかった。あのときは恐怖で気が動転していたから、女がそこにいたかは覚えていない。でも、あの映像の遺体を見て、あいつのことを思い出した。笑顔で俺の横を通り過ぎたあの女を。同じ女だとしたら、頭がおかしくなる。あの女は触ろうと思えば、俺のことを触れたんだ」

この投稿は多数の返信が付いた。その中でとりわけ興味深いものが一つあった。そのユーザは不鮮明な写真を投稿した。その写真は柵の近くで死んだ2頭の馬を写したもので、2頭とも胸部が腫れあがり、毛皮の合間から赤い肌の斑が見えた。2頭は顔が見えない位置にあったが、2頭の馬の目は充血していたのだろうと想像できた。

そのユーザはこのように記した。

「俺はフランスの郊外で家族経営の農場で暮らしている。俺たちはここで馬の飼育をしている。5年以上前、雌馬2頭がこんな状態で死んでいた。野生動物の仕業だろうと思っていた。森の近くに住んでいたからな。ただ、噛み跡や爪の傷跡は無かった。俺たちは獣医を呼んだ。獣医は検死を行い、2頭の馬の死因は重度のカビ中毒だと言い張った。なるべく早く厩舎を確認した方が良いとも言っていた。厩舎は十分に管理していたが、念のために隈なく確認した。少しのカビも無かった。しかも、パドックにいた他の数頭の馬は健康で、無事だった。数年間、俺はあの死んだ2頭は何らかの毒物を食べてしまったのだろうと思っていた。YouTubeでロージー (緑のパーカーの女) の出る動画を見るまでは。自分の目が信じられなかった。映像の被害者たちは、あのときの2頭と同じ症状だった。その後、検死技師が、死因は重度の黒カビ曝露による窒息と書いた投稿を見つけた。カビの曝露だって? あの女が雌馬を殺したかは分からないが、症状は全く同じだった。パドックの横の小道は、2頭の馬が見つかった柵の近くなんだ」

人々は写真を見て怯えた。人間が殺されても見向きもされないが、幸いなことに、インターネットでは動物虐待は人殺しよりも許されない。多くの臆説が浮上した後、ある動画が投稿された。怪しい英語で紹介文が書かれていたが、どうにか理解できた。

見たところ、スレ主の男性は、かつてバーで働いてたようだ。ある夜、勤務中に、スレ主は外から絶叫と銃声を聞いた。彼は怖くて何が起きているか確認しなかった。本当に近隣が不気味だったからだ。約10分後、何もかも静かになった。翌日、彼と上司は監視カメラの映像を確認した。俺は彼が投稿した映像を見た。映像では、玄関の明かりでぼんやりと光があり、2人の男性が通りを走っているのが見えた。1人は映像から見えなくなったが、もう1人はすぐに、フードで顔が隠れた人物に掴まれた。掴まれた男は異常なまでに体を捻ると、地面に倒れ、微動だにしなかった。フードの人物は、すぐに逃げた一人を追った。暗闇の中、映像はフレームレートがかなり低く、画質は非常に悪かった。それでも、俺を含む多くの人が同意したが、襲撃者は男にしては背が低く、武器を使っておらず、前にジッパーのついたスウェットシャツ (不明確だが色付き) のようなものを着ていた。銃声を聞いたと話していたため、俺は非常に悩んだ。監視カメラの映像では、音声は記録されていなかった。ただ、誰かがロ-ジーを撃っていたのであれば、もし本当にあれがロージーなのであれば、なんにせよロージーは銃撃の影響を受けていないようだった。

数か月が過ぎ、俺のsubredditはレスの数が3倍以上に膨れあがった。人々は自身の体験談を書き込み、発見した写真や映像を投稿した。数名が、投稿物すべてを元にして、ロージーについてのドキュメンタリーを制作し、YouTubeに公開することにした。そこには沢山の発見があった。俺たちの元には世界中の空港や店、街の映像記録が集まっていた。腫れあがった遺体を写した写真の数は目を見張るものがあった。ロージーを見つけたと主張し、こっそりと写真を撮ったと言い張る人さえもいた。しかし、ほとんどの場合、デマや作り物だった。狂ったように仮説が沸き上がり始めた。ロージーの人気は高まり、多数のファンアートが作られた。ファンアートは大抵、色々な意味で気味の悪いものだった。

「ロージーは誤解されていると思うんです。たぶん、笑顔は嘘で、本当は苦しんでいるんです。僕はあの子を助けたい」

あるユーザがこんな書込みをした。彼にはすぐに返信が返ってきた。

「〇ねよアホ」

subredditを立ててから約5か月後、ある写真が投稿され、俺はかなり動揺することになった。そのユーザは一言だけ記していた。

「ダメだった」

その写真は、フードを脱いだロージーを背後から撮影したものだった。ロージーは煉瓦の壁に寄り掛かり、髪が肩から垂れ下がっていた。ロージーの足元には少年が横たわっていた。多分、8・9歳ほどで、おそらくは中東系の人だった。少年は体を丸めており、隠れようとしているかのようだった。目に凄まじい恐怖を浮かべながらロージーを見ていた。顔は泣き腫らして赤くなっていた。

これには背景となる話は無かった。誰にも場所がどこか分からず、その少年が誰かも分からなかった。明らかに投稿を読んでいない人々が、投稿者がただそこにいて写真を撮っていることを非難し始めたが、まずは説明文を読むように注意された。

この写真は俺の心の中に長い間、残り続けた。少年の顔を思い出すと、今もゾッとする。

俺はすぐに点と点を繋ぎ、独自の調査を始めた。自分の動画の投稿を開始し、ロージーの謎を解き明かそうとした。ロージーの本名、出自、親縁の存在についての情報を探し出そうとしたが、無駄だった。ロージーの存在が報告された国々の警察署に連絡をとった。俺は証拠を提出したが、ロージーは一度も逮捕されておらず、目撃すらされていなかった。Skypeで2017年の事件を目撃した警察官にインタビューしたとき、彼は言った。

「緑のパーカーを着た女の話は聞いていました。でも、そんな人物は発見されていません。個人情報も住所も何も無し。我々は国中に通知を送りました。その女が何者であれ、痕跡もなく姿を消してしまったんです」

全力を尽くしたが、何も発見できなかった。ロージーはどこともしれないところから現れて、好きな場所、好きなタイミングに現れたり消えたりできるように見える。時折、証拠を全部確認したときに、自分自身に疑念を抱き始める。写真は不鮮明。映像はたやすく改竄できるし、演技かもしれない。人々の証言も嘘をついたか騙されただけかもしれない。……俺には何かを掴みかけているのかもしれない。ただ、多分、全くの無駄骨だろうから、俺はインターネットで見たものを何もかも信じるのをやめるしかなった。

それでも、俺は心配せずにはいられない。投稿された動画や証言は全て、どれも僻地やほとんど人が住んでいない場所に由来した。2017年の映像で、ロージーは初めて人が多くいる場所に現れたのである。

2024年12月8日日曜日

Creepypasta私家訳『ウッドハロー公園の子供たち』(原題“The Children of Woodharrow Park”)

作品紹介

絶望した男が出会った、不思議な子供たちのお話です。

Creepypasta Wikiでは“Pasta of the Month”に指定されています。

作品情報
原作
The Children of Woodharrow Park (Creepypasta Wiki、oldid=1481424)
原著者
CertainShadows
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

ウッドハロー公園の子供たち

俺は近頃、立て続けに不運に見舞われた。

失職してから、無職のまま数週間が過ぎた。欄を埋めた応募書類の山とは裏腹に、数週間は数か月にもつれ込んだ。持っていたクレジットカードはどれも限度額に達した。骨の髄まで苦痛と自己嫌悪に毒された。逃れられない憂鬱が残り、もはやこの陰鬱な気持ちは晴れないと思い始めていた。最近の恥ずかしかった出来事は、小銭を求めて財布を探りまわったことだ。レジ係がぎこちない笑顔を向けつつ俺を引き留め、苛々した人々の列が俺の背後に伸びていった。結局、不十分な量の食料雑貨を買うだけの金も無かった。

その後、俺はウッドハロー公園に向かった。地元にある閑静な場所だ。頭をすっきりさせたかったのだ。着いてみると、公園には誰もいなかった。一人で漫然と歩道を好きに歩きまわれた。絶対に振り払えない見知った敵のように、空腹に絶えず悩まされた。しまいには屈辱的な目にあった。前は空が晴れていたのに、突然に雨が降り始めたのだ。もちろん、傘は持ってきていなかった。

自分の惨めさに浸ってしまい、危うくジャケットの袖をそっと引く手に気付かないところだった。

思い返すと、一目も下を見ずに公園の歩道を歩き続ければよかったと思う。そっと静かに俺の気を引こうとしていたものを無視すればよかった。おずおずとして無力そうな手が、悍ましい力を抱いているはずがないだなんて、恐ろしい勘違いをしなければよかった。しかし、馬鹿な俺は歩みを止めてしまった。あの致命的な決断をしてから、一時も気の休まることがない。

下を見ると、二人の子供が俺の横に立っていた。俺はすぐに不快な驚きで衝撃を受けた。二人は俺の腰よりも背が低く、片方がわずかにもう一方よりも背が高かった。二人は黒いレインコートを身に纏っていた。その服装は今時の子供よりも、セピア調の写真の中での方が似合っているように見えた。二人ともお揃いのつばの大きな帽子を被っていた。帽子は子供たちの小さな頭から垂れ下がり、顔をほとんど隠していた。背の高い方が男の子で、低い方が女の子であると漠然と見分けられたが、膨れた頬の青褪めた肌より上の容貌は見えなかった。二人の唇は血の気が無く、まるで口の代わりに薄い白銀を顔に塗っているかのように見えた。体は丸々としているが、幼い子供が持つような愛らしいふくよかさとは無縁だった。むしろ、不自然に丸っこく、醜悪と言えそうなまでに膨れ上がっていた。ブラシをかけていないくしゃくしゃなブロンドの髪が帽子の下から突き出ており、絡み合った藁のようだった。髪は脆い骨のように乾燥しており、見たところ一滴の雨粒にすら当たっていないようだった。

「こんにちは」

無理して陽気に聞こえるように言った。

二人は黙って俺のことをじっと見上げていた。少女はジャケットの袖を放そうとしなかった。

「どうかしたのかい」

俺は声をかけた。もうずぶ濡れになっていて、車に戻りたくてたまらなかった。

「手伝ってほしいことがあるのかな」

しかし、二人は黙りこくったままだった。俺は決まりの悪い思いをしながら立ち竦んでいた。何をすべきかはっきりとしない。そのとき、少女が突然に俺の腕を驚くような力で掴み始めた。地面に引き倒されまいかと心配するほどだった。

警告が頭の中をけたたましく響いた。少女の異様な握力から腕を引きはがしたい、雨の中を二人を置いて逃げ出したいという衝動を覚えた。

「えっと……」

俺は腕を慎重に引っ張った。二人の子供たちがどのように反応するか恐れていたことにいくらか気恥ずかしい思いをした。

「何も用がないなら、帰ってもいいかな」

少女は反抗せずに俺の腕を放した。俺が立ち去っても、一言も発さなかった。最後の別れに一目見ようと振り返ると、二人はまだ俺をじっと見ていた。二人の目は見えなかったが、視線が俺を追っているのを感じた。その視線は強烈で、どれほど距離を置いても俺の心をかき乱した。俺は二度と振り向かなかった。

俺はペースを上げると、ポケットから鍵を引っ張り出した。これまで通りの冷たさで雨が降り注いでいた。車の鍵を開け、物の乏しい食糧置き場に残っていたチキンヌードルスープの缶について考えていたときのことだ。袖にあの少女が染みを付けていたことに気付いた。インクのように色濃く残っており、少女の小さな指の形をしていた。親指で拭ったが、染みに変化はなかった。俺は溜息をつき、顔を上げた。危うくショックで背後にひっくり返るところだった。後部座席のドアが開いていて、少女が車内に座っていたのである。

少女は帽子を脱ぎ、両手に抱えていた。ジャケットに染みが付いたが、少女の手は両方とも綺麗だった。少女は頭を垂れていた。結んだ髪がカーテンのように顔を隠していた。

「おいおい」

俺は狼狽を隠すべく冷静な口調で話そうとしたが、見事に失敗した。

「ここで何をやっているんだ」

少女はこれまで通り、一言も発することなく座っていた。少女は帽子のつばを凄まじい力で絞り、捩じっていた。帽子を引き裂いてしまうと確信するほどだった。

俺は不安な気持ちを抑え込んだ。

「おい」

俺は出来る限り穏やかな口調で言った。

「困ったことがあるなら、何に困っているのか言わないと、助けられないぞ」

俺はポケットに手を伸ばし、携帯電話を取り出した。

「多分、お巡りさんに話してもらえば……」

俺の声は徐々に小さくなっていった。携帯電話の画面がチカチカと明滅し、ごちゃごちゃのピクセルが残って、しまいには完全に停止してしまったからだ。俺は黒い画面に写った自分の姿をぽかんと口を開けて見つめた。恐怖の感情が押し寄せ始めた。

顔を上げると、少女はいなくなっていた。少女がいた場所には帽子が置いてあった。

帽子はびしょ濡れになっていた。俺が着ていた衣服と同じように、全体が雨でずぶ濡れになっていた。しかし、ジャケットやジーンズが俺の肌に張り付いて、骨の髄まで凍えさせているのと違って、その帽子は震える手で拾い上げてみると、濡れているように感じなかった。帽子は感触では乾いていた。雨粒がいくつもつばから車の内装へ滴り落ちているにも関わらず。俺は魅惑と恐怖に挟まれる中であることに気が付いた。雨垂れは落ちた場所に何の痕跡も残していなかった。手をカップのような形にして帽子の下に当て、手のひらで雨粒を捉えようとしたが、空気以外に何も感じなかった。しかも、後部座席は完全に乾いていた。湿った足跡も無く、水の染みも無かった。雨で煌めくコートを着ていた少女が、ほんの数秒前まで座っていたことを示すものは、何も残っていなかったのである。

穢らわしい物体を駐車場に放り投げようと向き直ったところ、音が聞こえるほどに息を飲んだ。ほんの数フィートの距離に少年が立っていたためだ。

「あの子、帽子を忘れていったよ」

俺は微かな声で言った。心臓が胸の中で狂ったかのように激しくドクドクと脈打っていた。俺の心が車に飛び乗れと叫んでいた。なるだけ速く車を走らせろ、二度とウッドハロー公園に戻るなと。しかし、俺をその場所に釘付けにしていたのも同じ恐怖心だった。体が麻痺して無力だった。少年が俺に向かって近づいているときでさえも。

「動くな!」

俺は叫びたかったが、舌が重くて言葉を成さなかった。

少年が自分の帽子を持ち上げた。暗闇が俺の目の中で炸裂し、何も見えなくなった。地獄の交響曲が残りの感覚を攻め立てた。何も見えず、動くこともできなかった。虫が俺の目の裏を走り回り、頭蓋骨の中を鱗状のものがズルズルと滑っていく感覚があった。腐った水の不快な味が口の中を充満した。腐敗物の死の臭いが鼻腔を氾濫した。死にかけた人々の喉の中で最後の呼吸がガラガラと音を立てた。溺れる人々が水の中をバタバタと暴れながら沈む。苦痛の叫びが鋭く響き、あまりの凄まじさに非人間的なものに聞こえる。俺にはこの全てが聞こえた。他にも数多くの忌まわしい音が聞こえた。俺は悍ましい暗闇の中を硬直して立ち竦んだ。雨が冷たい刃のように俺の肉を激しく切りつけた。咽び泣くこともできず、弱々しく助けを求めて泣き喚くこともできなかった。

突如、誰かが俺の手を握った。飲み込まれたときと同じように、不意に忌まわしいトランス状態から解放された。視覚が戻り、今や自分が一人でいるのが見えた。少女の帽子も無くなっていた。

俺は車に飛び込み、急いでウッドハロー公園を立ち去った。車を走らせるにつれて空は晴れていった。

家に着くと、俺は濡れた衣服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びに潜り込んだ。熱いしぶきの下に座り込み、蒸気と熱気の中に没頭し、湯が冷たくなった瞬間に飛び出した。体を拭いて、ベッドの中へ這っていき、毛布を被った。耐え忍んだ悪夢が頭の中を駆け巡った。

俺は考えた。あの子供たちは、何者かはさておき、公園を歩いていた俺の絶望に、何らかの理由で引き寄せられたのだろうか、と。おそらく、俺が希望を失い、悲しみにくれていたために、それが惨めな目印になったのだろう。このせいであの二人が俺に引き寄せられ、俺自身はあの存在の攻撃を受けやすい状態になっていたのかもしれない。

確実なことが一つある。あの少女は俺を助けに来ていたのだ。少女の小さな手が俺に触れた瞬間に、それが分かった。今となっては、少女は俺を怖がらせるために車に潜り込んだのではないと理解していた。少女は公園の中では俺に一緒にいてほしかったのだ。少女のことを思って、涙が頬を滑り落ちた。あの子は永遠にウッドハローを彷徨うように強いられている。傍にいるのはあの少年だけだ。帽子の下に地獄を持ち歩く少年が、少女を連れまわしている。多分、あの少女もかつて、俺と同じように重い悲しみを抱いていたときに、公園を訪れたのだろう。しまいには公園の中に幽閉される羽目になったのだ。

俺は眠りに就いたが、何度か目を覚ました。翌朝に起床すると、コートの袖の染みがどういうわけか俺の腕に滲んでいた。何時間かかけて洗い流そうとして、腕が赤く腫れてヒリヒリと痛むまで念入りに洗ったが、染みは消えてくれなかった。風呂場の床に座り込み、赤くなった皮膚に残った少女の指の痕跡を覗き込んだ。ウッドハローの雨の忌まわしい寒気が背筋を這い下りるのを感じた。

それが先週のことだ。染みはまだ腕に残っている。夜になり、寝返りを打つと、鮮明にあの公園の夢を見る。

俺は自分自身に、あの場所には戻れないと繰り返し言い聞かせている。生きて出られたのは運が良かったことで、二度とそんな幸運は訪れないと。しかし、あの少女のことを考えずにはいられない。俺は少女のことを哀れに思っているが、同じくらいに恐れてもいる。雨が降ると、俺は窓の外を見て、外であの子が待っているのではないかと考えてしまう。帽子を強く握り、もつれ髪の頭を下げた少女がいるのではないかと。そんなことを考えると、俺は悲しみを覚えつつ、恐怖も感じてしまうのだ。

だから、俺は決心した。おそらく、長く生きればこのことも後悔するだろう。これを投稿し終えたら、すぐに車の鍵を掴んで、ウッドハロー公園に向かうつもりだ。

自らの破滅に向かって歩いていくことになるかもしれないと分かっている。腕にある染みは不吉の前兆だろう。少女も少年と同様に完璧に悪意のある存在かもしれない。少女は罠を張って俺を釣り出そうとしているのかもしれない。公園から帰って何があったか説明することは二度とできない可能性が高い。それでも、同じ悪夢を何度も何度も追体験し続けるのは無理だ。ある意味では、本当はウッドハローにまだ囚われている。家の中に隠れていても、俺の心はウッドハローの歩道を彷徨っているのだ。

もう行こう。幸運を祈ってくれ。

雨が降ってきそうな気がするのだ。

2024年11月17日日曜日

enza版シャニマス6.5th、シャニソン1stアニバーサリーイベントの記録

先日、enza版シャニマスは6.5周年、シャニソンは1周年のアニバーサリーを迎えた。アニバーサリーイベントは大盛況……だったら良かったのだが、実際のところは学マスの陰に隠れて風前の灯と言ったところ。

アニメが最悪の出来だったものだから、私自身もシャニマスに見切りをつけようか考えている。アニメ製作会社だけに責任があるのであればまだしも、統括している高山Pと池田Pの影響が大きいのは明白である。アニメがあの体たらくでは、ゲーム自体の今後も危ぶまれる。

イベントでは福丸小糸の報酬だけ貰っておいた。これまでの報酬も含めて、ここで紹介しよう (需要があるかは知らないが)。 高山Pとしてはイベントの参加者を増やしたいのかもしれないが、餌で釣って苦行を強いるのは間違っている。餌で釣るにしても、せめて楽しいゲーム体験を提供してほしいものだ。

enza版シャニマス

5.5thアニバーサリー 金の手紙

5.5thアニバーサリー 金の手紙

6thアニバーサリー 金の手紙

6thアニバーサリー 金の手紙

小糸のキャラクター性を考えると当然だが、当たり障りのない内容である。文面にまで「……」をつけるのはおかしいが、そこに目を瞑れば小糸の性格に合った内容と言える。 見所があるとすれば、丸っこくて可愛らしいが綺麗というわけでもない文字か。実に小糸らしい筆跡。

キャラクターによっては凝った内容だったらしい。当然ながら、苦行の対価に釣り合う内容であった方が嬉しい。 ただ、変に捻った内容にしても小糸らしくはなく、難しいところ。 シャニアニを見てからはいっそうのこと、気取らない真っ当なキャラクター性というもののありがたみを噛み締めている。

尤も、小糸は人気がないため、景品を貰うのはそこまで難しくなく、苦行という程でもないのだが……。

6.5thアニバーサリー プレゼント

6.5thアニバーサリー 小糸からのプレゼント

プレゼント自体はノクチル共通らしく、高級なボールペンのようだ。 『THE IDOLM@STER SHINY COLORS GR@DATE WING 07』収録のオーディオドラマ「方・游」は、プロデューサーへの贈り物としてボールペンを買うというエピソードである。それと関係するかもしれない。

シャニソン 1stアニバーサリー 留守番電話

感謝の気持ちと、真っ当にアイドルとして頑張る姿が伝わる。こちらも小糸らしい素朴な内容。声がつくと、手紙の文字よりはありがたみがある気がする。

苗字が福丸なのだから、電話で福丸と名乗るのは当然ではあるのだが、少し不思議な感じ。

2024年9月23日月曜日

Creepypasta私家訳『ハッピー・サン・デイケア』(原題“Happy Sun Daycare”)

作品紹介

はすお様からのリクエストで翻訳しました。廃業した保育園に隠された過去の物語です。

“Happy Sun Daycare”は「ハッピー・サン保育園」などとも訳せそうですが、「ハッピー・サン・デイケア」の方が通りがよさそうに思い、こちらを採用しました。

作品情報
原作
Happy Sun Daycare (Creepypasta Wiki、oldid=1509662)
原著者
Chelsea.adams.524
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

ハッピー・サン・デイケア

私の住む町から数マイルほど外れに、古い邸宅が建っていた。この邸宅はデイケアに改装されていた。利用者は朝に子供を車から降ろし、夕方に子供を拾って帰るのである。しかし、このデイケアは数年前から廃業していた。前庭が建物からほんの数フィート離れた場所にあり、そこに看板が立っていた。看板には「ハッピー・サン・デイケア」と書かれており、可愛い見た目で漫画風に描かれた太陽の絵もあった。この前庭には柵が無く、その中には遊具が設置されていたが、故障しており、錆び始めていた。滑り台、ぶらんこ、雲梯、メリーゴーランドはかつて、外で駆け回ったり遊んだりしていた子供たちが群がっていた。その後、遊具はその地域に棲む鳥やリスの止まり木となり、子供ではなくアリが群がっていた。

私はハッピー・サン・デイケアについての記事を書くことにした。自分が執筆の仕事をしているニュースブログに掲載するのである。その理由の一つは、現在、周囲にいる人の数名が、そのデイケアに通っていたことがあったためである。彼らがデイケアで経験したことや、後の人生で何らかの影響があったかどうかを纏めれば面白い話になるかもしれないと思っていた。別の理由は、そこまで悪気がないとは言えないものだ。他人に自分の子供の面倒を見てもらうことに関して思い悩む人が、世の中には常にいるものだった。その無くなることのない不安は、自分の息子や娘の安全についてである。とりわけ、インターネット上で掲載されている、デイケアに関係する様々な悲劇についての恐怖譚は、そんな不安を掻き立てた。

記事を作るため、従業員だけでなく、子供の頃にデイケアに通っていた人にもインタビューを行うことにした。あまりにも偏った内容に見えないように、できるだけ多くの異なる視点が必要だった。もちろん、取材相手のプライバシーのため、実名を使わないと合意をとった。

最初のインタビュー対象は中年の女性であり、デイケアで幼児の面倒を見ていた。プライバシーのため、女性の名は「マーガレット」とする。

「デイケアでのお仕事はどのような感じでしたか」

「うーん、そんな大したことは無かったですよ。ただ子供を相手に普通に仕事をするだけの毎日でした。私の場合は赤ちゃんですけどね」

「なるほど、そこでの仕事で何か問題はありましたか」

マーガレットは首を横に振った。

「赤ちゃんの件で? もちろん、ありませんよ。騒ぐこともありますけど、悩みの種なんてことは全然ありませんでした。子供となるとまた別の話ですけど」

興味をそそる発言だった。ハッピー・サン・デイケアに通っていた子供たちは、従業員が対処するにはあまりにも人数が多かったのだろうか。それとも、これまで隠されてきた虐待事件があったのか。調べてみなければならない。

「それはまたどうしてですか」

「えっとですね」

マーガレットは一瞬、思案した。私に話すことに不安があるかのようだった。

「くぐもった悲鳴を聞いたことが何回かあったんですよ。あ、いえ、悲鳴ではないです。絶叫ですね。最初、子供が怖がっているふりをしているだけかと思っていました。でも、聞けば聞くほど、あの絶叫は真似ではないことに気付きました。何かが子供たちを怖がらせていたんです。ケガをさせていたのかもしれません」

「負傷した子供を見たことがあるのですか」

マーガレットは頷いた。

「はい。ほとんどは普通の擦り傷や打ち身だけでした。遊んでいるときに転んだり、友達に見せつけようとして頭をぶつけたりしたんでしょう。でも、何人かは様子がおかしいように見えました。保健室へ向かう途中で、時折、すれ違う子供を見かけました。そんなときはいつも、その子供は引っ掻かれたり、噛まれたりしていたみたいでした」

子供が引っ掻かれたり噛まれたりしていたのか。それは誰にとっても心配の種だろう。おそらく、なんらかの野生動物がデイケアの近くに棲み付いて、好奇心旺盛な子供が近づいてしまったのだ。多分、野犬が運動場に迷い込み、何も知らない哀れな子供たちが犬を撫でようとしたのだろう。

「その地域には動物がいたんですか。野犬でしょうか? アライグマ? もしかしてオポッサムの巣が?」

「違うと思います。デイケアではペットの連れ込みは禁止でした。野生動物を入れないように、夜は罠を設置していました。辺りで犬がうろついていたのかもしれません」

マーガレットは首を横に振った。

「もしかしたら、その犬が子供たちに噛みついたのでしょうね」

「いえ、犬の鳴き声を聞いただけなんです。実際に見たことはありません。時折、唸り声や遠吠えを聞いたというだけです」

なるほど、マーガレットは犬の鳴き声のようなものを聞いただけだった。何かの音を犬のものと誤認した可能性を除外できない。もしかしたら、子供が犬の真似をしただけなのに、本物と勘違いしたのかもしれない。もしかしたら、風の音を犬の唸り声だと思ったのかもしれない。もしそうだったとしても、マーガレットが見かけた引っ掻き傷や噛み跡のある子供についても説明がつくだろう。引っ掻き傷は単に、うっかり枝や柵の一部に引っ掛かっただけ、ということもあり得なくもない。犬の唸り声に聞こえた物音の件もあって、マーガレットは子供が野良犬か何かに襲われたという結論に飛びついてしまったのかもしれない。

それでも、デイケアについて調べる必要があった。犬の襲撃事件が隠蔽された可能性もあり、次にインタビューする相手はかつてデイケアに通っていた人が良いだろうと思った。もしかしたら、子供の頃の記憶が残っている人がいるかもしれない。マーガレットの証言に光を当てる記憶の持ち主がいるかもしれない。

身元確認をいくらか行った後、私はどうにか該当する人物を発見できた。その若い男性はだいたい5・6歳の頃にハッピー・サン・デイケアに行ったことがあった。ここでは「スコット」とする。スコットは地元の肉屋で働いていた。スコットのシフトが終わるまで待たなければならなかったが、その後にインタビューを開始できた。幸運にも、待ち時間は長すぎない程度で、質問を考える時間ができた。

「ハッピー・サン・デイケアについて何か覚えていることはありますか。昔のことだとは分かっています。でも、もしかしたら何か思い出せませんかね」

スコットは一瞬考えた後、口を開いた。

「あまり多くは。通っていたときは、まだ5歳、それか6歳かそこらでしたから。その齢の子供がやるようなことばかりやっていたとしか覚えていませんね。遊びとか、指絵とか、アニメ見るとか。そういう感じの」

私は頷いた。

「あなたは良い子でしたか」

「だいたいは。時々、面倒事を起こしたりもしましたけど。深刻すぎることは何も。普通の子供の癇癪ですよ。ほら、昼寝したくないとか、野菜は嫌だとか、そういう」

「なるほど」

私は返答しつつ、メモ帳にスコットの発言を書き留めた。

「それなら、デイケアは躾の仕方は適正でしたか」

「まあ、それなりに。俺は叱られたくらいですね。時々、『お休み』というのも受けました。数分間、隅っこに座らされるんです。子供たちの中に戻っても大丈夫と思われるまでそうするんですね。でも、もしそれだけしかなかったのなら、運が良い方です」

スコットの言葉には少し当惑した。運が良いとは? どう運が良いのか。もしかして、デイケアに通っていた子供たちの中で、もっと言うことを聞かなかった子はもっと厳しい罰を受けたのかもしれないと思い始めた。ハッピー・サン・デイケアの従業員たちは、もっと議論の的になるような、公には知られたくない躾の方法をとっていたのか。

知らなければならない。

「つまり、どういうことでしょうか」

一瞬、スコットは身震いした。スコットは子供時代の何かを思い出していたようだ。それが彼を怯えさせ、大人になってからも影響を与えたのかもしれない。

「マジの面倒事を起こした子供は、『灰色のドア』に送り込まれるんです」

スコットは深く溜息をついた。

「俺は行ったことはありません。何人かが行ったのを知っています。喧嘩をした奴とか、ひどい癇癪を起した奴とか。そういう子供は最終的にはあの部屋に行きました。あそこで何があったのかは分かりません。でも、みんないつも、目を見開いて震えながら出てきました。何人かは泣き出していました。絶叫した子もいました。ゲロを吐いて気絶した子も一人いました」

私は僅かに眉をひそめた。何か恐ろしいことが、「灰色のドア」と呼ばれる部屋で行われていたのか。そのとき、私はマーガレットの発言を思い出し、マーガレットの証言とスコットの証言の関係性を確認することにした。

「その子供たちには引っ掻き傷や噛み跡がありましたか。それと、変な音を聞いたことはありますか」

スコットは頷いた。

「何人かは、『灰色のドア』から出た後に、引っ掻き傷を負っていました。でも、そいつらは入る前からそういう傷があったと思うんです。最初は傷に気付いていませんでしたけど。そいつらは躓いたか何かしたのかもしれないです。激しく呼吸する音を聞いたことがあります。子供が走り回って息切れしただけかもしれないです。はっきりしたことはちょっと」

最初、マーガレットは犬の唸り声を聞いたと言った。それから、スコットは激しい呼吸の音を聞いたと言った。奇妙な音に、不品行な子供が負った謎の引っ掻き傷、そして「灰色のドア」の部屋の謎。ハッピー・サン・デイケアがここ数年の間に隠してきたものは一体何なのだろうと考えずにはいられなかった。

私はスコットに話す時間をとってくれた礼を言い、次のインタビュー対象の元へ向かった。「灰色のドア」に対する関心は依然として高く、私は次の相手はデイケアで厄介事を起こしていた子供だった人にすべきだと思った。例の部屋の中で何が行われていたのかもっと知る必要があった。もしかしたら、そのような人々のうちの誰かが教えてくれるかもしれない。

身元確認をさらに進めた後、どうにか該当する人物を探し出せた。その若い女性を「アリス」とする。2週間前、アリスはスプレーでの落書きにより逮捕され、器物損壊罪で告発された。アリスは刑務所暮らしではなく、4か月間の奉仕活動の実施に合意した。アリスの前科の記録によると、法に触れる問題を起こしたのはこれが初めてではないようだ。

「いつもこんな風に問題を起こしているんですか」

アリスは肩をすくめた。

「多分ね」

求める答えを得るのにどれほど苦労するかはっきりとは分からなかった。アリスは何か利益がある場合だけ協力するタイプのようだ。例えば、獄中にいる時間を減らすというような利益が。

「ハッピー・サン・デイケアについて知る必要があるんです。『灰色のドア』について何か覚えていませんか」

一瞬、恐怖の兆候がアリスの目に浮かんだ。顔は青ざめ、数滴の汗が額を流れた。

「あ、あんなの昔の話だろ」

「絶対に何か覚えていますね。記録によると、10歳のときにデイケアに通っていたそうですね。本当に何も思い出せませんか」

アリスは数回荒く息をすると、冷静さを取り戻し始めた。単に「灰色のドア」の部屋について言及するだけで、数年前の恐怖を呼び起こせるのに十分となると、アリスが経験した恐怖について恐れを抱かずにはいられなかった。ここにいるのは法律違反を経験した人物である。様々な犯罪、主には窃盗、器物損壊、住居侵入で逮捕されたことがある人物。そして、今、子供時代の何かが罰せられる恐怖を呼び起こした。何故?

「いいよ。教えてやる。でも、約束しろよ。私があんたに何か伝えたって絶対に言うな。分かったか」

アリスは溜息をついた。

「名前は明かしません。極秘とします」

「えっとな、私は外の運動場で遊んでいたんだ。ぶらんこで遊びたかったのを覚えている。別のガキが最初に遊ぶ約束をもうしていたらしいんだ。私は知らなかったから、酷い言い争いになった。私はキレちゃってさ。気付いたときには、あのガキは地面に横たわって泣いていた。きっと、喧嘩していたときにあいつを突き飛ばしたんだな。先公が一人来て、私の腕を掴んで、建物の中に引っ張っていった。先公は、他の子たちが『灰色のドア』の部屋と呼ぶ所に、罰として放り込むって言ってきた」

「部屋の中はどうでしたか」

私は先んじて質問した。

アリスは再度、荒く息をすると、身震いし、溜息をこぼした。

「部屋はほとんど空っぽだった。床が無くて土の地面だったことを覚えている。明かりも薄汚れた古い電球しかなくて、ほとんど切れかけだった。先公は私を押し込んで、ドアをバタンと閉めた。最初、私はドアをドンドン叩いたり、叫んだりしようとしていた。誰か開けろと喚いた。凄く暗くて寒くて、それで凄く怖かった。それで、な、何か物音がしたんだ。何かが背後にいた。振り向いたとき、絶叫したのを覚えている。こんな大声で叫ぶのは生まれて初めてってくらいに」

私は心配で眉をひそめた。

「何を見たんですか」

「犬だよ。いや、とにかく、私は犬だと思った」

アリスは涙を抑えた。

「暗くてよく見えなかった。覚えているのは、今まで見た中で、一番デカくてキショい犬だったってことだけだ。そいつは黄色い目が輝いていて、デカくて尖った歯があって、黒いモジャモジャの毛だらけだった。それで、私がそいつに気付く前に、そいつは私に唸って突っ込んできた。なるべく速く逃げ回ったよ。誰か来て助けてくれって叫んだ。そいつはスカートに噛みついて、私を引きずろうとした。私は躓いて倒れたけど、どうにか奴の顔を何度か蹴って、スカートを放させたんだ。すると、そいつはまた突っ込んできた。でも、私は運が良かった。やっとドアが開いたんだ。先公の一人が私を部屋から引っ張り出して、あの犬が追い付かないうちにドアをバタンと閉めたんだ」

つまり、結局のところ、そこには犬がいた。証言は全て一つに繋がろうとしていた。マーガレットによる、絶叫や唸り声を聞いたという証言。スコットによる、「灰色のドア」の部屋に送り込まれて恐怖する子供たちについての証言。そして今、アリスによる、件の部屋に送り込まれて、大きく危険な犬の類に襲われたという証言。それでも、更なる情報が必要だ。どうして犬が使用されたのか。どうしてそれが隠蔽されたのか。もしかしたら、ハッピー・サン・デイケアで働いていた人は、そのような罰を子供に施すのは極端すぎると恐れていたためかもしれない。それか、動物権利団体から訴えられることを恐れていたためかもしれない。

私はアリスに時間をとってくれた礼を言い、次に話すべき人を見つけに出発した。多分、別の従業員が良いだろう。運が良ければ、「灰色のドア」の部屋の中で行われていたことについての真実を明かすことができるかもしれない。もう一度、ハッピー・サン・デイケアで働いたことのある人の記録を辿り始めた。

私と話すことを厭わない人を探すのにいくらか時間を要した。元従業員のほとんどは、多忙で都合がつかないか、単にインタビューを受けたがらなかった。そのうちの数名は私に向けて暴言まで吐き捨てた。私が過去に起きたことを調査していることに、その元従業員たちは怒っているのか、それとも、更なる秘密が明かされると起こりかねない何かを恐れているのかも、判別がつかなかった。

それでも、私はどうにか一人は見つけ出すことができた。ハッピー・サン・デイケアで働いていたときの体験を私に話してもいいという人物だ。彼を「スミス氏」と呼ぶことにする。スミス氏はデイケアがまだ営業していた頃に、デイケアの裏手で管理人の仕事をしていた。スミス氏がどうにかこの職に就けたのは、彼のおばがデイケアの運営者の一人だったというだけの理由だった。しかし、スミス氏はデイケアが数年前に廃業してから、別の町に移住していた。つまり、対面でインタビューすることはできないということだ。そのため、代わりに電子メールでやりとりをした。

スミス氏は、自分は10代のときからある種のナルコレプシーを患っており、夢遊病の病歴もあると説明した。医師たちはスミス氏の症状の原因を解明できなかったが、それと関係する他の健康への悪影響も見つけられなかった。この病気が原因で、スミス氏は仕事を見つけるのが難しかった。おばがどうにかしてハッピー・サン・デイケアでの仕事を与えてくれて感謝していたと、スミス氏は述べた。

私は聞きたいことが沢山あった。ただ、最初にどれを質問すべきか、確信が持てなかった。最初の返答を受信した後、私は返事を書いた。病気を患っているにも関わらず、どのようにして仕事を続けられたのか知りたかった。薬物治療を受けていたのか。他の従業員や子供たちはスミス氏をどう扱っていただろうか。

数日後に返事が来た。スミス氏から来た最新のメールをすぐに開いて、読み始めた。スミス氏の返答によると、彼のおばが特別な薬草のお茶を調合してくれるそうで、そのお茶のおかげでナルコレプシーを抑制していたという。おばは薬草のお茶の効能を固く信じていたようで、市場に出回るどの標準的な薬よりもよく効くと言っていたそうだ。スミス氏は、そのお茶はひどく苦く、そのお茶を飲むのが大嫌いだったが、それでも仕事を続けたかったから飲まなければいけなかったと述べていた。ただ、時折、おばがお茶に必要な葉を切らしてしまい、スミス氏が眠りに落ちてしまうことがあった。このため、別の従業員が、スミス氏がうっかり自分や他者に怪我をさせることがないように、確認に行っていた。

ハッピー・サン・デイケアで、子供たちを襲った、「犬」とされるもの。

自分がどのような扱いだったかという点について、スミス氏の説明によると、子供たちは概してとても親切だったという。子供たちのほとんどは非常に好奇心旺盛で、スミス氏が働いている間に数多くの質問をしてきたものだった。数名は迷惑なことをしていたが、スミス氏にはそのうちの誰かが酷く問題を起こしていたというような記憶は無かった。他方で、他の従業員たちはスミス氏の周囲にいるとき、不安そうにしていた。他の従業員たちは周囲にいるとき、極度に用心深くしているようだったという。また、おばはいつも自分を見張っていたとスミス氏は述べた。ただ、これは自分の体調のためか、他に何らかの理由があったのか、スミス氏にははっきりとは分からなかった。

スミス氏の証言により、心の中でさらに疑問が生じた。どうして他の従業員たちはスミス氏の周囲で不安を覚えていたのか。スミス氏が上層部の人間の甥だったためか。それとも、他に理由があったのか。また、おばがスミス氏を見張っていたという件もある。多分、「灰色のドア」の部屋に関する問題全体を、スミス氏から秘密にしようとしていたのだろう。もしかしたら、スミス氏が例の犬を見つけて警察に通報することを恐れていたのかもしれない。

スミス氏があの部屋について何か知っているか知る必要があった。すぐに返信を書き、大きな空っぽの部屋のこと、子供たちが犬の類に襲われていたことについて何か知っているか質問した。

数日後、スミス氏から返答があった。返信を開いて読み始めた。

スミス氏は、デイケアに犬の類がいたという記憶は無いという。実のところ、動物を敷地に入れるのは禁止されており、リスやネズミが入ってこないように罠を自分が仕掛けていたとスミス氏は語った。スミス氏のおばもかなり厳しくペットの持ち込みを禁止していた。どうやら、子供がアレルギーを持っていた可能性があったためらしい。スミス氏は、アリスが自分を襲ったと主張している犬は、おそらく誰かが安っぽい犬の着ぐるみを着ていただけだろうと説明した。部屋がほとんど真っ暗だったのは、子供に犬が偽物であると悟らせないようにするためだろうとも述べた。引っ掻き傷や噛み跡はただ躓いたり、うっかり自分を引っ掻いたりしてできたものだろうとも語った。

驚いたことに、スミス氏自身も何度か「灰色のドア」の部屋に行ったことがあった。奇妙なことに、それはいつもお茶を切らしていたときだったという。部屋の中で目を覚ましていた。誰かが自分をそこに運んで、他人の邪魔にならないように眠れるようにしたのか、それとも、夢遊病が再発して誤って部屋に立ち入ってしまったのかははっきりとは分からなかった。部屋は本来、図画工作関係の様々な備品を保管するための大きな物置になる予定だったが、予算削減が原因で完成しなかったのだという。おばはその場所が無駄になることを望んでいなかったらしく、そのため、不品行な子供を罰するための用途に使用することが決定されたのだという。おそらく、誰かが犬の着ぐるみを買って、部屋に送り込んだ子供を怖がらせるために着ていたのだろうと、スミス氏は推測していた。罰せられる恐怖を教え込ませるための手段ということだ。

私は最後のメールに、返信に時間をとってくれたことへの感謝の言葉を記した。ハッピー・サン・デイケアにまつわるあらゆることが繋がり始めた。元児童と従業員の双方との様々なインタビューから集めた情報から、不品行な振舞いをした子供たちが「灰色のドア」の部屋と呼ばれる大きな空っぽの空間に送り込まれる。そこには犬、もしくは、犬の着ぐるみを身につけた何者かがいて、部屋に送り込まれた子供を追い回す。最後に、犬が重大な傷害をもたらさないうちに、子供を安全な場所に引き込む。

為すべきことが一つだけ残っている。ハッピー・サン・デイケアの中に入り、自分自身でかの悪名高き「灰色のドア」の部屋を調べるのだ。この奇妙な隠された謎を解く何かがあるのか、自分自身で確かめる必要があった。

数分かけて、車でその地方へと向かい、件の廃屋へ辿り着いた。前の道で車を停め、深呼吸を数回行った。玄関が施錠されていなかったのは幸運だった。静かにドアを押し開き、中を見始めた。

内部は薄汚れており、埃が積もっていた。様々な机や椅子が長い間使われずに放置され、クモの巣がかかっていた。黴臭い空気が建物の中を充満し、今やこの場所を住処としていたネズミたちの排泄物の臭気も漂っていた。控え目に言っても、吐き気を催す状況だった。

様々な場所を探索した後、すぐに嫌な予感を覚えさせる灰色のドアを見つけた。非常に恐ろしい部屋へと通じるとされるあのドアだ。ドアは非常に重く、何度か試してようやくこじ開けることができた。

アリスが説明した通り、部屋は暗く空っぽで、床は土の地面が剥き出しで、薄汚れた電球があった。電球は昔に切れてしまっていた。そのため、古い机を重しにしてドアを開きっぱなしにして、内部が見えるようにした。

地面や壁には微かに血痕が見えた。しかし、何の血かは区別がつかなかった。また、壁には奇妙な痕跡が残されていた。よく見てみたところ、間違いなくある種の爪痕と似ていることが分かった。部屋の調査を続けたところ、地面に様々な足跡があることに気付いた。多くは消えかけていたり、別の足跡と重なったりしていた。しかし、それでもいくつかは判別がついた。ほとんどは子供の足跡だった。この足跡の持ち主は何かから逃げていたように見える。

他に特異的な足跡があり、私の関心を引いた。厳重に調査をした。足跡のうちの少なくとも一つは、特異的な肉球、爪、足指の1本1本が間違いなく判別できた。これは安っぽい着ぐるみなどではない。ハッピー・サン・デイケアは犬を使って子供たちを脅していたのだ。

連中が隠蔽してきたことを人々に知らせなければならない。しかし、デイケアを出て車へ戻る途中、あの足跡に関して不安を呼び起こす点が一つあった。

いつから犬は二本足で歩くようになったんだ?

2024年9月12日木曜日

Creepypasta私家訳『セオドアくんへ』(原題“Dear Theodore”)

ベッドの下の写真

"Beds" by Didriks is licensed under CC BY 2.0.

作品紹介

お節介な恐ろしいモンスターについてのお話です。Creepypasta Wikiでは“Suggested Reading”に選出されており、評価が高いです。

作品情報
原作
Dear Theodore (Creepypasta Wiki、oldid=1511170)
原著者
SpiritVoices
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

セオドアくんへ

セオドアくんへ

僕は君のベッドの下に隠れているモンスターです。僕としては、「モンスター」なんて言い方はちょっとキツいと思うけれど、君は僕のことをそう呼んでいるよね。だから、僕もそう名乗ることにするよ。

実を言うと、君以外には多くの名前で呼ばれているんだ。「夜を彷徨う者」というのがそうだね。「影男」というのもそうだ。そんなつもりもないのに、うっかり伝説になってしまったことも何回かあったみたいでね。ビッグフットは僕が森の中を散歩していたときの姿かもしれないと聞いて、君は信じるかな。本当は、姿を見た人次第で決まるから、人によって違うものを想像する可能性がある。今のところ、僕は君の想像したものが一番好きだね。

僕がこれを書いているとき、君は6歳だね。6年間ずっと、僕は君のベッドの下にいた。僕は新生児集中治療室から君についてきたんだ。病院から家に向かうまでの道すがら、僕は君の泣き声を聞いていた。正直に言えば、ベビーベッドは自分の体を圧し潰して下に潜るのが大変だったよ。でも、頑張ったんだ。男の子向けベッドに移ってくれたのはありがたかった。君の背後に潜むのが大分楽になったんだ。

君は成長するにつれて、家を出ることが多くなった。君が帰ってきて、無知な両親の前で、学んできたことについて興奮しながら取り留めもなく喋り出したとき、僕はやっと思い出したよ。子供というものは学校に行くものだということをね。トーマス夫人は君の話を聞いて楽しそうにしていた。僕も奥さんに賛成だな、今のところは。

君が人について話すと、誰でも素敵な人のように思える。君は人の一番良いところを見ようとするからね。そんな資質に僕は希望を貰った。この世界には、君のように無限に楽観的な人がもっと必要だ。そのことは、デカくて恐ろしい夜のモンスターのことを引き合いに出してもいい。実のところ、君は僕にさえ良いところ見つけようとしている。月が影と光を混ぜ合わせた悍ましいものを君の部屋に差し込ませ、僕がまさに存在するという恐怖で君が身を震わせるとき、君の囁き声が耳に入る。

「僕、怖いよ。君も怖い?」

君が誰に話しかけているか気付いていないのは明らかだ。君にとって、僕は名も無い生き物以外の何者でもない。狙いや目的も無く、ただ定まっていない悪意があるだけの生き物だ。君は僕が辺りにいるときに万が一にも眠ってしまったら、僕が何をやらかすかもしれないか分かっていないみたいだ。昼間、君は僕から離れていて安全だと思っている。影が単に消えているだけとは思わないのかな。僕は君を傷つけたいと望めば、やってのけるよ。

君は4歳のとき、僕の絵を描いたことがある。あのしわくちゃの紙は、しまいには僕のいるベッドの下に行った。君は僕の真の姿を見たことがなかったし、君の芸術の腕前は控え目に言っても未発達だった。だから、当たり前だけど、いくつか間違っているところがあった。君の絵は灰色で描かれたデタラメな落書きだった。尖った歯があって、角が生えていて、数えきれないほどの無数の鉤爪がある。吐き気を催すような悪魔じみたヤマアラシのような感じだった。僕はこの絵を見たとき、つい面白く思ってしまった。君は完全に間違っているとは言わないよ。

僕がこんなことを書いているのは、君が僕について何もわかっていないことを知っているからだろう。でも、僕は君のことをとっても、とっても知っているよ。実のところ、君が自分のことを知っている以上に、僕は君のことを理解していると思う。

君が野菜が嫌いなことを僕は知っているし、果物が目の前に置かれれば、どんな果物でも食べてしまうことも知っている。君のお気に入りのリーシーズ・パフのシリアルを僕は知っているし、君は滅多にそのシリアルを食べられないことも知っている。君は汚い言葉を一つだけ知っているけれど、口に出して言う勇気は無いことを僕は知っている。君が消防士になりたいことを僕は知っているし、2か月前は建設現場の仕事をしてみたいと思っていたことも知っている。君がどちらにもならないことも知っている。君の友達全員の名前を僕は知っている。どの友達が君をいつか裏切ることになるかも知っている。君に最初にできるガールフレンドの名前を僕は知っているし、2番目のガールフレンドの名前も知っている。君の最初で最後のボーイフレンドのことも知っている。君が両親を愛していることを僕は知っているし、両親が君のことを傷つけることさえも知っている。君が何歳で死ぬかも僕は知っている。

君の死を防ぐ方法も知っている。

僕は沢山のことを知っているけれど、この手紙が君の元に届くかははっきりとは分からない。実のところ、君がこの手紙を読むことになるかもはっきりとは分からない。君がもっと成長したとき、僕がやろうと企てていることを理解して、僕の判断に賛成してくれると確信できたらいいのに。でも、本当のことを言えば、君がいつかそうしてくれるかも分からないんだ。

ただ一つ、100%明らかなことは、僕が奴らにやることに後悔しないということだけ。奴らは然るべき罰を受けることになる。なぜならば。夜、窓のところの木の枝が巨人の鉤爪のように見え、暗闇が迫ってくるように見える時間。君が本当に恐れているものは僕ではないと知っているからだ。奥深く、君の心が今なお辿り着けない場所で、君は両親を恐れている。

「僕、怖いよ。君も怖いの?」

君が尋ねたのは僕がたてた物音のことではなく、奴らのことだ。奴らは喧嘩をして、野性動物のように唸る。決して終わるのことのない、無視と怒りの竜巻。君は教室がもたらす仮初の避難所にいて不在のとき、両親がどのように振舞っているかを知らない。君にはまだ奴らがもたらすであろう苦痛がいかほどかを推測できない。君が成長して、甘やかせなくなったことに気付いたそのとき。君が成長して、自分たちが互いにやっているのと同じような扱いを、君にもできるようになったと気付いたそのとき。奴らは君に苦痛を与える。

君は奴らがいなくても上手くやっていけるだろう。縁が切れた方が遥かに素敵だと保証する。しばらくのうちは辛いだろうが、君はまだこんなにも若い。痛みは次第に消えていくだろうし、そのうちに解放される。奴らがもたらす混乱や自滅、虐待から逃れることで、君は自分が望む人生を生きていられるし、引き留める者は誰もいない。

いつか、この手紙を読めば、僕がどうして奴らを君から引き離したかを理解するだろう。そうしたら、君が僕に感謝してくれるといいな。両親の血の悪夢が、徐々に背景に聞こえるハミングの中へ消えていって、君がぎゅっと抱きしめている無尽蔵の楽観に置き換わるといいな。

それで、そんな日が来たら、僕が奴らよりも君のことを大事にしていたことに気付いてくれるといいな。

永遠に君のもの

君のベッドの下に今もいるモンスターより

2024年9月8日日曜日

シャニアニ2ndに水を差す

画像は『アイドルマスターシャイニーカラーズ 2nd season』の「第2章」より引用 (取得。©Bandai Namco Entertainment Inc.)

現在、『アイドルマスターシャイニーカラーズ 2nd season』第2章が全国の劇場で先行上映中。第3章の公開も間近です。 私自身はシャニアニ1期をネット配信で、2期第1・2章を映画館で鑑賞しました。

シャニアニ2期の自分なりの感想を書いておきます。題名の通り、全面的に肯定しているわけではありません。ネタバレも含みます。

まずは1期を蒸し返す

2期の話をするのであれば、まずは1期の話を踏まえる必要があるでしょう。 シャニアニ1期は世間一般からの評価が低い作品でした。アニメで初めてシャニマスに触れた人だけでなく、元からシャニマスが好きだった人からも酷評されました。 私自身も、とてもではないが食えたものではないというのが正直な感想です。

直接的な言葉に頼らずに、表情や天候などを使って、空気感を通じて登場人物の心情を伝えたいという意図は伝わります。 ドキュメンタリー風味の演出を取り入れるなど、何か奇抜なことを実現したかったのだろうとも思います。 シャニマスファンは考察が大好物という方が多いです。 製作側は、そのようなファンが映画から何かを読み取って、様々に話題を広げることを期待していたのでしょうか。

ただ、あまりにもシナリオの内容が平板で、当たり障りが無さすぎです。 考察愛好家たちも、さすがにW.I.N.G.敗北程度しか話題性のある出来事がない筋書きに対して、議論できることなどはほとんどありません。 ドキュメンタリー風味の演出も、ストーリー自体が薄味となれば、その味をさらに希薄にするだけの効果しかありません。

1期の惨状を目の当たりにしたとき、私は駄作ではあるが同情の余地もあるかもしれないと思っていました。 ソーシャルゲームをアニメ化するとなると、登場人物にそれぞれファンが付いているわけで、全員を主役にしたいところです。 しかし、桃太郎役が16人もいて、まともな劇ができるわけもありません。 出番も極力平等に与えようとすれば、16人分の顔のカットを毎度挟むということにもなるでしょう。 真乃の変化や成長が物語の縦軸に置かれており、真乃の出番は他の登場人物よりも多かったです。別格の扱いと言っていいでしょう。 ただ、真乃の心情を空気感で語らせようとした影響もあってか、真乃の印象はそこまで強くは残りません。 真乃は特別扱いしつつも、16人をなるべく平等に扱おうとする意図があるように私には見えました。

ただ、2期を見てからは、1期で製作側が何をしたかったのか、もはや何も理解できなくなってしまいました。

1期は原作のシナリオをほとんど含みません。『Light up the illumination』の要素が部分的に含まれるというだけです。 一方で、2期は原作のシナリオを再編してアニメ化した回が複数存在します。 2期の第2話は『Straylight.run()』、第5話は『天塵』、第7話はアンティーカのファン感謝祭編、第8話は『薄桃色にこんがらがって』が原作です。 これらの原作のエピソードは本来は独立しています。今のところ、2期はライブや真乃の成長を縦軸として、原作由来の物語を繋ぎ合わせています。 第3章もおそらくはそのような内容になると予想されます。

1期の登場人物間の平等志向は、2期では崩壊します。 第7話は咲耶が、第8話は千雪が中心となるエピソードです。ほぼ主役と言ってもいいでしょう。 主役扱いされる登場人物がいると言っても、他の登場人物に出番がないわけではありません。 第7話は結華、摩美々、恋鐘にも大きな見せ場があります。第8話は甘奈も準主役程度の役割はあります。 しかし、第7話は霧子がかなり影が薄いです。第8話は甜花が目立ちにくい立ち位置でした。

登場人物に平等に出番を与えた1期と比べれば、格段に面白いシナリオになっているとは思います。 平等に16人の顔を映そうとすれば、まともな話を作ることができるわけがありません。 ただ、2期で平等を崩してしまうのであれば、1期の時点から2期のような展開にしてしまえばよかったのです。

1期のときから「シャニマス傑作選」とでも題して、原作で評判の良かったエピソードを映像化すれば、皆満足したのではないでしょうか。 1期では出番が少ないエピソードが選ばれたとしても、2期で挽回できるわけです。 『十五夜「おもちをつこう」』や『流れ星が消えるまでのジャーニー』などを映像化すれば、今回は扱いの悪かった子も挽回できたのではありませんか。

1期と2期は製作時期があまり離れていません。1期の評判が悪かったから、2期では手管を変えよう、などと判断する暇は無かったはずです。 結局のところ、1期は一体、何だったのでしょうか。

2期第1章も蒸し返す

前述の通り、2期の第2話は原作の『Straylight.run()』が下地になっています。しかし、元のシナリオからは大幅な変更も加えられています。 その変更点があまり良いとは思えません。

原作は海辺のアイドルイベントが舞台でした。八百長に対抗しようとしたあさひが、直前に出演したアイドルのパフォーマンスを完璧な精度で模倣するという展開です。 一方で、アニメ第2話は、海辺のイベントではなく、室内でのオーディションという設定に変わっていました。 これが原因で、あさひがアイドルのパフォーマンスを模倣するという展開にかなり無理が出ています。 視聴者からしても、元のシナリオの知識が無いと、この展開の意味が分かりにくいのではないでしょうか。

第2話での設定変更の理由はいくつか考えられます。まず、テレビでの放映時期が秋であるという点。 秋に海辺のイベントの話を流すのは不自然という製作側の配慮でしょう。 ストレイライトの水着の3Dモデルを作る手間も省けます。 オーディションという設定に変更すれば、競争相手のアイドルの3Dモデルが無くても、さほど不自然ではありません。 シナリオの別の部分を不自然にすることを許容できるのであれば。

また、第3話は第4話でのライブの準備の話ですが、こちらにも問題があります。 シナリオがそこまで面白くない点は置いておくとして、こちらも展開が不自然です。

アイドルがライブの演出などを考えるというのは、原作のファン感謝祭編などのシナリオにもありました。 ただ、あまりにも演出に関与しすぎです。 せいぜい演出の案を出す程度が現実的なところで、アイドル本人が資材を仕入れに行ったりするのはさすがに異常です。DIYにも程があります。 果穂のリアクションは可愛かったですが、長所はそれくらいです。

ライブ前のアイドルの様子を現実的に描き出すとなると、ひたすらパフォーマンスを練習するだけで終わるでしょう。 それでは絵にはならないという事情も推察できます。 ただ、それはライブ前のアイドルの描写など、最初からしなければいいというだけの話です。 そもそも、ライブを1話丸ごと使って描写する必要性もありません。 ライブの描写はオープニングかエンディングにでもあれば十分で、新曲もそこで流せばいいでしょう。

結局のところ、徹頭徹尾「シャニマス傑作選」にすれば、皆が満足できたのではないか、という話に落ち着きます。 『Straylight.run()』は原作通りに海辺のイベントにすればいい。ハロウィンライブは必要ありません。秋に夏の話を放映して、一体何の問題があるのでしょうか。 本来は独立した原作のエピソードを、ライブを通じて繋ぎ合わせようとしていると前述しましたが、 ライブ絡みの話はシナリオの縦軸としての機能を果たしていないように思います。 評価が高い第2章も、単に原作のシナリオの完成度が高かったというだけで、ライブ関係の話は単なるフレーバーにしかなっていません。

海へ出すつもりはあったのか

第2章はファンからの評価が高いですが、第6話は賛否両論といったところです。 この第6話がかなりの問題児ですが、まずは第7・8話について言及します。

前述の通り、第7・8話は原作のシナリオを再編したものです。 咲耶の幼少期などの補完などもありますが、基本的には原作のシナリオを削ったものと見ていいでしょう。 映画を見たシャニマスファンは、原作の長いストーリーをよくぞアニメ1話にまとめたものだと評して太鼓判を押しています。 ただ、そもそも1話にまとめる必要があったのでしょうか。原作が素晴らしいからこそ、もっと丁寧に扱ってもよかったのではありませんか。 1話だけなどと言わずに、2話分の時間を割いて伸び伸びと描写してもいいわけです。せめて1.5話分程度はあってもいいと思います。

原作のアンティーカのファン感謝祭編は、事務所での忙しい日常を最後にもう一度描写します。 しかし、アニメ第7話ではその部分は削られてしまいました。このパートは咲耶の感情の変化が端的に現れます。 映像化する機会は、もう二度と来ないかもしれません。

アニメ第8話も原作の『薄桃色にこんがらがって』からかなり削っています。 アプリコット編集部が甘奈を選んだ理由を説明する場面がかなり短縮されていますが、そこは重要な部分だったと思います。 アプリコット編集部が単なる悪役ではないことを明示するか否かで、物語に対する印象はかなり変わるはずです。 アニメでも触れてはいますが、知識の無い視聴者にあの描写だけでそれを読み取らせるのは無理があるでしょう。 また、『薄桃色にこんがらがって』はイベント配布sSSR【ドゥワッチャラブ!】が単なるおまけでは終わりません。 千雪の努力が報われるだけでなく、アイドルとしての世俗的な成功だけでは終わらないものを、アルストロメリアが築き上げたことを示唆する内容です。 1話だけでなく、2話分の時間をとれば、【ドゥワッチャラブ!】の内容に触れる時間もあったのではないでしょうか。

ここまで非難を重ねましたが、第7・8話は普通に面白くはあります。 原作の傑作エピソードをアニメ1話分にねじ込むという勿体ないことをしているだけです。省略や多少の改変はあっても、本質を損ねているわけではありません。 ただ、第5話は本質すら留めていません。

第5話は原作の『天塵』の前半部を下地にしています。第7・8話と同じ問題が、同様に第5話にも見られます。 原作のシナリオをアニメ1話に収めようとして、駆け足気味に話が進んでいきます。明らかに尺が足りていません。 ノクチルの原作のシナリオは、間が多かったり、起伏の乏しい話が長々と続いたりと、静謐な印象を与える場面が多いです。 最後にノクチルのメンバー (特に透) が奇抜なことをして、何もかも転覆させてしまうものだから、退屈な印象は残りづらいです。 しかし、ビジュアルノベルでは受け入れられても、アニメに向いている表現手法とは思えません。 アニメで原作の空気感まで再現しようとすれば、1期の二の舞ではないかと心配していたのですが、結果的には杞憂でした。

問題はシナリオの変更点です。第5話は、ノクチルの4人が初出演のテレビ番組を崩壊させますが、海には行かずに終わります。 その後の第6話で、ノクチルが透の決断に促されて、全国ツアーへの参加を決めます。 話の流れから察するに、海には行くことがなく、最終話辺りで披露するであろうライブがその代わりになると予想されます。 秋に海に飛び込んでしまったら、小糸ちゃんが風邪をひきかねないという製作側の配慮のためでしょうか。 観客の振るペンライトが青白く光り、それが海のように見えたというような展開が、代わりに収まるのかもしれません。 夜光虫たちが海に行かずに話が終わるというだけでも問題ですが、アニメは『天塵』のテーマすらも毀損している可能性が高いです。

原作の『天塵』は、ノクチルの4人の破壊的な衝動は自己満足に終わり、観客は誰も評価してくれず、それでも4人は煌めいていた、というような話です。 アニメでは海に行く可能性はほぼ無く、283プロの合同ツアーでノクチルがアウェイになるとも思われません。 まさか、原作のLanding Pointやマッチライブのように、観客からバッシングを受けるなんてことも無いでしょう。 仮に観客から露骨に嫌われているという描写があったとしても、かなり不自然な展開になると思われます。 『天塵』の儚い味わいは、アニメ化に際して儚くも霧散してしまったようです。前半部のシナリオだけが宙ぶらりんに残ってしまったように思います。

これだけでも十分に問題があるのですが、透に対して真乃の介入があったという点も厳しいものがあります。 ノクチルは幼馴染で結成されたユニットであり、固い絆とそれに伴う閉鎖性が特徴です。 メンバーそれぞれにノクチルとは無関係の交友関係が全く無いというわけではありませんが、ユニットのことともなると、プロデューサーですら踏み込めない聖域があります。 そうでなければ、『ワールプールフールガールズ』のシナリオは成立しません。解散の件も、事前にプロデューサーに確認をとっておけば済む話です。 しかし、アニメ第6話では、その禁忌は真乃にあっさりと蹂躙されてしまいました。 真乃の言葉に刺激を受けた透、透の言葉をきっかけに奮起した幼馴染3人、といった具合に、真乃が結果的にはノクチル全体の方向性を決定付けてしまっています。

真乃と透の関係性は、原作では『アジェンダ283』や【裏声であいつら】などで断片的に描かれています。 ただ、真乃の存在が透に影響を及ぼすという描写に説得力があるとは思えません。そこまでの関係性が描かれたことは無いはずです。 アニメのシナリオにおいて、真乃は一応は別格の扱いを受けています。 しかし、1期の描写の曖昧さや展開の平板さもあって、アニメの描写から真乃に透を動かすだけの力があると読み取るのも難しいと思われます。

繰り返すようですが、「シャニマス傑作選」を徹底すれば無難だったのではないでしょうか。 真乃の成長やライブを物語の縦軸に据えようとして、原作由来のエピソードに歪みをもたらしているように思います。

実を言えば、私はノクチルのイベントコミュは全般的に好きではありません。『天塵』も本音を言えば、あまり興味はありません。 それでも、『天塵』の改悪があまり話題にならないことに違和感を覚えています。 ノクチルファンではない私ですら気になった箇所を、ノクチルファンはどうとも思っていないのでしょうか。不思議でなりません。

結局のところ

ここまで文句を書き連ねてきましたが、私のような一ファンがご意見を表明をしたところで、何か意味があるわけではありません。 アニメ1・2期は既に完成済みで、私が批判すれば、高山Pが襟を正してアニメを作り直してくれるわけではありません。 そもそも、アイドル一人一人がバンダイナムコの財産であるわけで、私が自由にできるものは何一つありません。 私のような一消費者にできることは、コンテンツに金を出すか、時間を割くかを決めることだけです。

それにもかかわらず、どうしてこんな罵詈雑言をつらつらと書き連ねたのか。 シャニアニ2期第2章に対するシャニマスファンの態度が、何となく気に入らなかったから、ですかね。

よくよく考えてみれば、私自身がシャニマスに求めていることは小糸が可愛いこと程度。ノクチルも、シャニマスも、それ自体はどうでもいいのかもしれません。 そのような意味では、今回のシャニアニ2期第2章は成功だったと言えるでしょう。小糸は健気で可愛かったですよ。

2024年8月28日水曜日

福丸小糸のフィギュアについて考察する

小糸のフィギュアやぬいぐるみなど

左は「福丸小糸 ミッドナイトモンスターver.」。右手前は「【はれのひ喫茶店】福丸小糸」。右奥はもちWhat!というシリーズのぬいぐるみ。

福丸小糸とは、『アイドルマスター シャイニーカラーズ』シリーズに登場する架空のアイドルである。 高校1年生であるが、小中学生と見紛うかのような幼く愛らしい外見をしている。性格はかなりの臆病者であり、他者にはあまり心を開かない。 現在、二つのフィギュアがリリースされている。

一つは「福丸小糸 ミッドナイトモンスターver.」。 「ミッドナイトモンスター」とはゲーム内で登場する衣装であり、ハロウィンの怪物をモチーフとしているが、どちらかと言えば改造メイド服、改造セーラー服といった趣である。 2024年8月現在、このフィギュアを正規の方法で入手するのは難しい。

品名
福丸小糸 ミッドナイトモンスターver.
メーカ
Solarain
原型制作
大麦幼稚園 小麦組
彩色
販売
グッドスマイルカンパニー

次に発売されたのは「【はれのひ喫茶店】福丸小糸」。 【はれのひ喫茶店】とはゲーム内で登場するカードの題名である。 衣装自体の名前は「ミニヨンプチランジュ」であり、【はれのひ喫茶店】に付属する。 首を左右に動かすことができ、表情が3種類用意されている。 下の空色の台座も付属する。 2024年8月現在、Amazonでは2万円前後で購入できる。 あまり認めたくはないが、値崩れを起こしている。

【はれのひ喫茶店】の絵

「【はれのひ喫茶店】福丸小糸」の元となった絵。『アイドルマスター シャイニーカラーズ』(©Bandai Namco Entertainment Inc.) より引用。

品名
【はれのひ喫茶店】福丸小糸
原型制作
魔王
彩色
namoji
販売
ウェーブ

どちらも定価は2万円を超える。 小糸ファンであれば両方とも入手しておきたいところだが、片方しか買う余裕がないという方のために、私なりに比較を試みる。

まず、完成度の比較だが、一目見たときの存在感はミッドナイトモンスターver.の方が圧倒的である。姿勢の違いもあって、ミッドナイトモンスターver.は背が高い。衣装も派手で、装飾も多く、単純に目を惹く。 【はれのひ喫茶店】は清純な印象を与えるが、それゆえに地味でもある。

これでは【はれのひ喫茶店】に良いところがないように思われるかもしれないが、決してそんなことはない。【はれのひ喫茶店】の強みは遊び。 【はれのひ喫茶店】は表情を変えることが可能である。原作の絵を再現した表情、穏やかな微笑み、得意げな笑顔の3種類から選択できる。私のおすすめは得意げな表情の方。ぴゃっとしていて可愛らしい。

ただ、この表情を変えられる機能が、実は曲者である。 前髪と顔面が取り外せるパーツなのだが、前髪部分がやや繊細で、取扱いを誤ってうっかり破損させてしまってもおかしくはない。 【はれのひ喫茶店】は値崩れを起こしているため、安いタイミングで予備を買っておくとよいだろう。

【はれのひ喫茶店】には顔面が平たい、耳が目立つという欠点がある。これは表情を変えられる機能が原因のようだ。パーツを取り外しやすくするための、構造上の制約と思われる。 このようにいくつか欠点はあるものの、表情を変えられるという点は見逃せない美点と言える。

そもそも、根本的な違いがある。衣装だ。結局のところ、どちらの衣装がより好みかという点が最重要だろう。 ミッドナイトモンスターver.は派手なコスプレのような衣装であり、王道的かつ暴力的なまでの愛らしさが魅力である。真っ当に可愛らしい。 【はれのひ喫茶店】は清らかな天使の格好であり、眺めているだけで心が洗われる……と言いたいところだが、意外と肌の露出が多い。純白で透明感の溢れる服は、よく見ると肌が透けている。

ちなみに、どちらのフィギュアも、スカートの内側も油断なく作り込まれている。 小糸はドロワーズやかぼちゃパンツを履いていそうなイメージがあるが、普通に下着らしい下着を履いている。 その辺りが重要な人はご安心ください。小糸をそういう目で見たくない人は……どうせ買わないか。

結論を言うと、私のおすすめは【はれのひ喫茶店】。 どちらも甲乙つけがたいが、ミッドナイトモンスターver.はそもそも売っていない。今となっては選択肢が無いのだ。 それでは、一体何のための比較だったのか。なんでだろう……。

2024年8月16日金曜日

シャニマスを始めてから1年が経過した話

小糸のフィギュアやぬいぐるみなど

ミッドナイトモンスターのフィギュアはれのひ喫茶店のフィギュア、もちWhat!、その他アクリルフィギュア

アイドルマスター シャイニーカラーズ』を始めてから1年が経過した。 1年の間に、リズムゲームがリリースされ、アニメも放映された。 もちWhat!はもちもちほわほわし、福丸小糸のスケールフィギュアは二つ発売された。 私自身はグレード6・7を往復したり、難易度Expertで精一杯だったりしている。

自分自身の節目ということで、シャニマスに対する雑感を記しておく。

福丸小糸について

私がこのゲームを始めたきっかけは福丸小糸である。 某所で小糸の存在を知り、そこから興味を持った。今でも最も好きなキャラクターは小糸である。 pSSR、sSSRを全て集めたのは小糸だけである。GRADの特殊敗北を達成したのも小糸だけである。

小糸に対するファンの評価としては、努力している姿に勇気を貰えるというようなものが多い。 これは客観的な事実ではなくあくまで印象の話だが、そこまで間違ってはいないのではないか。

ただ、私が小糸を気に入っている理由はむしろ逆で、小糸の弱さが素晴らしいと思っている。 親を説得するのを避けたいがあまりに、その場しのぎの危険な嘘を吐いて逃れようとする (WING編)。 練習風景の公開が嫌なのになかなか言い出せず、しまいには不満を爆発させてしまう (GRAD編)。 他者や幼馴染と比較して落ち込んだり、卑屈なことを言ったりする (【きっと色褪せるけど】、【セピア色の孤独】など)。 小糸に対して抱く感情はおそらくは共感である。私自身も弱い人間だから、小糸の弱さが好きなのだろう。

小糸に対する評価として、コミュニケーション能力などが成長しない、というものを見たことがある。 残酷なことを言うようだが、私は小糸にあまり成長してほしくないと思っている。嫌な言い方をするが、私は小糸の弱さに価値を見出している。 成長するにしてもゆっくりでいい。急に変化があれば、裏切られたような気持ちにすらなるかもしれない。

もちろん、小糸は脆弱なだけの人物ではない。全く成長しないわけでもない。 失敗を糧に学びを得るという展開が小糸のコミュの定番だ。 さすがに駄目なだけの人間の話は私も読みたくはない。嫌な後味が残るだけの物語は嫌いである。 小糸の弱さは程良い塩梅に調整されていると思う。 小糸の屈折を優しく正してくれるシャニP (≠ プレイヤー) の働きも大きい。

一方で、ノクチル全体が好きかと言えば、残念ながらそうではない。好きになる努力はしたが、結果はついてこなかった。 むしろ、樋口円香は嫌いになってしまった。

水着を着た小糸

実は、小糸のビジュアルも好きである。ただ、その辺りの話はどう頑張ってもアレな方面に行ってしまうため、深くは触れない。 美少女ゲームなのだから、外見が好みに合うかどうかも重要である。
絵は『アイドルマスター シャイニーカラーズ Song for Prism』(©Bandai Namco Entertainment Inc.) より引用

他のアイドルについて

小糸以外に好きなキャラクターを挙げるとすれば、風野灯織大崎甜花だろう。 田中摩美々白瀬咲耶西城樹里も好きかもしれない。 楽曲だけで言えば、アルストロメリア斑鳩ルカも良いと思う。 コミュをもっと読むことができれば、園田智代子緋田美琴も好きになりそうな予感がある。 ただ、小糸ほど好きなキャラクターはいない。関心は数段階は落ちる。

灯織は考えすぎて空回りする話が好きである。好きな理由は小糸と似ているか。 【星合アステリズム】のようにコミカルな展開に持っていけるというのも評価が高い。 好きなコミュは、【洸】、【エバー・リメンバー・ネバー】、【混ぜ込む気持ち】。 ただ、イルミネーションスターズのメンバーが和気藹々とする話が好きというわけではないらしく、【春待ちララバイ】はしっくりこなかった。

甜花はコミカルな話が多い。気楽に読める話が多いというのはありがたい。 妹との関係からシリアスな展開に持ち込めるのも長所だと思うが、基本的には楽しい話が多いところを特に重視している。 好きなコミュは、【見果てぬ先のアヴァロン】、【BON・BON・DAY!】、【キュン!とwith us】、【甜ing Room】、【Eve】、【Pop-Up!My ♡】。 甘奈のコミュだが、【走るっ!!!!】、【おそろしいかぐ!】も良い。 やはり、面白おかしく楽しめる話が好みと言えそうだ。 ただ、幻想的な美しさも味わえる【見果てぬ先のアヴァロン】、切ない別れが見逃せない【Eve】、 「流れ星が消えるまでのジャーニー」の続編とも言える【Pop-Up!My ♡】も外せない。

摩美々はトラブルメーカーにしてムードメーカーと言える。アンティーカのコミュにスラップスティックの要素をもたらす存在だ。 当然ながら、単なる悪戯好きの厄介者ではない。悪戯ばかりするようになった背景には、摩美々なりのほろ苦い過去の経験がある。 摩美々の過去は、たとえコミカルな物語においてさえも、スパイスのように効いてシナリオに深みをもたらしているとは思う。 それでも、話を分かりやすく面白くしてくれる存在という点が一番気に入っている理由だろう。 好きなコミュは【闇鍋上等】、【パープル・ミラージュ】。

咲耶は父親絡みの話が特に面白いと思う。【幸福のリズム】、【海と太陽のプロメッサ】、【記憶が降る街】が印象深い。 【純粋・fall into a trap】は物語として面白くはあるのだが、咲耶の性格を知っていると繰り返し見たくはないコミュでもある。 実は「運命の出会いガシャ」で引いた最初のpSSRは摩美々の【アバウト-ナイト-ライト】と咲耶の【乙女と交わすTrick】の2枚だった。 特に【乙女と交わすTrick】は印象的。シャニPと大学生カップルのような遊びをする場面に困惑したものだった。

樹里は外見の印象に反し、意外と切ない味わいのコミュが多いイメージがある。 WING編やGRAD編の印象を引きずっているだけかもしれないが、自信が無いような不安げな態度をとることがある気がする。 おそらく、その辺りが好きな理由なのだろうが、樹里の性格付けを断言できるほどの知識は無い。 好きなコミュは【ゆらりゆられて】、【心に浮かぶもの】、【Clashmade】。

小糸以外の好きかもしれないキャラクターのコミュ読了数は約70%である。 サービス開始時から実装されたキャラクターは、あまりにもSSRの数が多すぎて、全部集めようという気にはならない。 ちなみに、透と円香のコミュ読了数は90%を超えている。そこまで集めた挙句に感想が「好きではない」になってしまったのは虚しい限り。

コミュについて

好きなキャラクターについて考えてみると、私が好きなコミュというのは平易な話が多い気がする。

シャニマスをそのような理由で褒めている人は見たことがない。簡単には噛み砕けない奥深さ、高尚さに価値を見出している人が多い印象だ。 noteなどでもさながら文芸作品のような評価をしている人が目立つ。シャニマスの批評という体で、新たに文芸作品を作ろうとしている人すらいる。 透や霧子、凛世のコミュを代表とする詩情に富み、暗喩が多いコミュがとりわけ人気が高いイメージがある。

私が美少女ゲームやソーシャルゲームに求めることは、安直な分かりやすさ、安っぽい共感と言ったところか。 もしかしたら、私はシャニマスに向いていないのかもしれない。 ファミ通のアンケートでは評判の良かった【裏声であいつら】、【フリークス・アリー】、【ふたり色 クレオール】は私にはしっくり来なかった。 闇の話題自体には関心があるのだが、「絆光記」で描かれた闇は私が好むものとは違った。 人気が高い冬優子のコミュは限定が多すぎて、集める気になれない。ファンの間で評価が高いコミュが悉く空振りだったため、どうしても警戒してしまう。

私は元より、詩情や暗喩の類が好きではなかった。 鑑賞する気になるかはともかくとして、権威が太鼓判を押す純文学やカルト映画であれば、頑張って考察やら批評やらを試みるかもしれない。 ただ、シャニマスは美少女がキャッキャウフフしているソーシャルゲーム。そこまで頑張って読む気にはなれない。

評判の良いシナリオも、誰ともしれないライターが書いているもので、途中でライターが交代している可能性すらある。 仮に同じライターが一貫して担当していたとしても、あくまで商売である以上、その思想や主義も含めて、どこまで一貫して執筆を続けられるかは怪しいものだ。 例外的に誰が書いたか判明しているシナリオもあるが、有名人というわけではなく、権威の裏付けもなく、一読者としてどこまで信頼が置けるかは不明である。 文章表現や演出、伏線といったものを色々と論じたところで、果たしてそれが報われるだろうか。 私には本気でシャニマスのシナリオに向き合うのは無理だった。 真剣にシャニマスに向き合うことは私にはできそうにない。

これからもシャニマスにはそれなりに付き合っていこうとは思う。 ただ、小糸のコミュを読んで、小糸に可愛いおべべを着せて躍らせて、 後はたまに他のユニットにちょっと浮気すれば、それで十分というのが正直な感想である。それ以上のことを求めるつもりはない。期待もしない。

2024年7月24日水曜日

小糸ちゃんのフィギュアについて

福丸小糸のフィギュア

今日、福丸小糸のスケール・フィギュアが自宅に届いた。その名も、「【はれのひ喫茶店】 福丸 小糸 1/7スケール」。人生で二つ目に購入した美少女フィギュアである。ちなみに、一つ目は「福丸小糸 ミッドナイトモンスターVer. 1/7スケール」。小糸ちゃんは可愛いねぇ。

このフィギュアには3種類の表情パーツが存在する。【はれのひ喫茶店】というカードの絵を元にしており、通常の表情はその絵を再現したものだ。

【はれのひ喫茶店】のカード
【はれのひ喫茶店】
「はれのひ喫茶店」とはカードに付属する物語の題名であり、この絵自体にはそこまで関係が無い。なお、この天使の衣装は【ミニヨンプチランジュ】という名前がある。
絵は『アイドルマスターシャイニーカラーズ』(©Bandai Namco Entertainment Inc.) より引用。

正直に言えば、通常の表情はフィギュアとしてはあまり好みではない。あの表情は繊細で淡い絵であるから成立しているのであって、フィギュアにするとやや物足りないように思う。そこで、3種類の表情から選択できる機能が活きてくる。

表情パーツの変更例
福丸小糸のフィギュア (笑顔)

前髪と花飾りのパーツは、手前に引っ張ると外すことができる。そうすれば、顔面を取り外して付け替えることが可能だ。ちなみに、表情パーツを取り外し、そのまま前髪パーツだけを付け直すと、下記のようになる。ぴぇ……。

表情パーツ無しの場合
福丸小糸のフィギュア (表情パーツを全て外したもの)

余談だが、スカートの中身もきちんと作られております。良かったね~。

2024年6月1日土曜日

禍話リライト「桜並木の道」

本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という企画で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

登場人物の名前に特に意味はありません。ただの仮名です。

作品情報
出自
禍ちゃんねる 泥酔スペシャル (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様 (FEAR飯)

桜並木の道

高橋さんがタクシー会社に就職した頃の話。

ある春の日のこと。高橋さんはタクシー運転手としての研修を受けていた。先輩が運転するタクシーの助手席に座り、辺りを案内してもらっていた。タクシーは桜並木が美しい通りに差し掛かった。折しも見頃だった。

「桜、綺麗ですね」

「おう。この時期は結構お客さんいるんだよ」

タクシーが通りを進んでいると、高橋さんの手を誰かが握った。何者かの手は運転席と助手席の間、サイドブレーキの辺りから伸びているようだった。

ただ、このタクシーには高橋さんと先輩の二人しか乗っていなかった。先輩は両手でハンドルを握っていた。一体、誰が自分の手を握っているのだろう。

高橋さんは青ざめた。恐ろしくてたまらなかったが、下手に騒いで事故を起こすわけにもいかない。冷や汗をかきつつも、我慢して黙っていた。

通りは花見客で賑わっていた。そのため、タクシーは速度を落としてゆっくりと進んでいた。その間、謎の手は高橋さんの手を握り続けた。いつまでこの状況が続くのだろうか。得体の知れないものに触れられ続けて、さすがに堪えきれなくなってきた。手はすべすべとした感触から女性のもののように思えた。桜並木が途切れる頃、手はようやくいなくなった。現れたときと同じように、唐突に消えてしまった。

サイドブレーキの方を見たが何も無い。高橋さんは安堵の溜息を漏らした。すると、先輩がタクシーを停め、高橋さんの顔をまじまじと見つめた。そして、納得したかのように言った。

「そうか。君、山田くんに似ているもんな」

山田という人物が何者なのか、先輩は教えてくれなかった。

高橋さんは今もタクシー運転手の仕事を続けている。 桜が見頃の時期になると、花見客で賑わう桜並木の通りを巡回する。稼ぎのためには、その道を通るしかないのである。ただ、桜並木の道を走っていると、後部座席から首筋に息を吹きかけられることがあるという。

2024年5月10日金曜日

Creepypasta私家訳『長いリスト』(原題“The Long List”)

拳銃の写真

"Beretta Billennium 9mm" by lifesizepotato is licensed under Public Domain.

作品紹介

The Long Listを訳しました。Creepypasta Wikiでは“Spotlighted Pastas”に指定されています。「仕事をクビになった刑事の物語」というお題のコンテストで最高評価を得た作品とのこと。

ハムレット』の訳を要求されて困ってしまいました。これでよかったのでしょうか。CCライセンスのことを考えると、迂闊に引用するわけにもいかず。

作品情報
原作
The Long List (Creepypasta Wiki、oldid=1494430)
原著者
HumboldtLycanthrope
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

長いリスト

メリッサが14歳のとき、父親はメリッサをポッサムという名の薬物調合人に売り飛ばした。2ポンドのメタンフェタミンと動かなくなったトランザムを引き換えに。日中、ポッサムはメリッサを鎖で錆びた薪ストーブに繋ぎとめた。そばには水の入ったメイソンジャーとチェリオ1箱を用意した。その間、ポッサムはトレーラーの後ろのラボで仕事をしていた。スダフェドとエフェデリンの錠剤を砕き、アンフェタミンのガラスのような破片にするのだ。夕方になると、ポッサムはドアを開け、焼け焦げた化学物質から発せられる猫の小便のような悪臭を小さなトレーラーの中に漂わせながら、メリッサの鎖を解いて、料理や皿洗い、モップかけをやらせた。夜、ウシガエルが鳴き出し、コオロギがちぃちぃと鳴く頃、メリッサは拳を自分の口に押し当てるのが常だった。ポッサムが自分に覆いかぶさってくるときの苦痛の悲鳴を抑えようとしてのことだった。ポッサムの汗と化学物質による悪臭でメリッサは打ちのめされていた。

2か月後、カリフォルニア州ユーレカ外縁にある林の中で、ボーイスカウトの二人組が排水路からメリッサの全裸の遺体を発見した。青ざめた四肢が絡み合って、汚らしい排水渠のゴミと汚水から突き出ていた。事件は公的には殺人事件担当のマクレニー刑事に回されたが、スタンドラー刑事が助力しに犯行現場へ向かった。スタンドラーはメリッサの遺体の両腕を掴み、悪臭のする汚水と瓦礫の中から遺体を引っ張り出すのを助けた。遺体が汚物から引き起こされると、その首はぐらりと横にかしげ、見開いた目がスタンドラーをまっすぐに見つめた。一瞬、スタンドラーは、遺体の目の中に生命の微かな光が残されているように思ったが、メリッサの顔は灰色になって膨張しており、死後から長い、長い時間が経過していることは明らかだった。

スタンドラーは車の座席に深めに腰を下ろすと、読み古したハムレットの本を開いて、最後のページに自分が殴り書きした名前の長いリストを目でなぞった。クソみてぇな一週間だ。停職になり、保釈され、過失致死に問われて。スタンドラーは警察署長の郊外にある家の前に車を停め、クソデブ野郎が仕事から帰宅するのを待っていた。スタンドラーは長い名前のリストをじろじろと見つめ、ワイルドターキーを1パイントすすり、ぬるくなったバドワイザーで流し込んだ。スタンドラーは思った。14歳の少女にあんなことができる、あんな奴を生かしておけようか。誰がそいつがいなくなって残念に思うか。誰が気にかけようか。

そう、誰も気にかけなかった。誰もポッサムのクソ野郎のことをかけらも残念に思わなかった。スタンドラーがあの変態野郎の顔に向けて仕事用のリボルバーの弾を撃ち尽くした後に得たものは、2週間の有給休暇だけだった。

大々的な手入れだった。ラボ、数キロのメタンフェタミン、武器庫。部局の皆が幸せだった。彼が得たものは、2週間の有休休暇と、他の刑事や制服警官たちが開いた、「アリバイ」での賑やかなパーティーだけだった。

審問でどうしてそんなところへ出かけたのか質問された。管轄外の地域であるうえに、人っ子一人いない僻地にどうして向かったのかと。スタンドラーはただ情報提供者から得た手がかりから追及しただけだと答えた。

スタンドラーは何と答えるつもりだったのか。幽霊が探してほしい場所を教えてくれたとでも? 死んだ少女が墓から戻ってきて、スタンドラーに教えてくれたとでも? 暗い夜明け前の数時間、忌々しいほどの酔いから、苦しい二日酔いになるまでの黄昏時に、スタンドラーは汗ぐっしょりで目を覚ました。隣で妻が大いびきをかく最中、部屋がぐるぐると回り出し、心臓が胸から弾け出そうになったところを、彼女が、そう、儚い少女が、ベッドの足元に現れ、その棒人間のような四肢が白い寝間着で飾られ、その裾に深紅の筋を残したとでも?

最初にメリッサを見たとき、スタンドラーは叫び声をあげ、恐怖し、驚愕のあまりに上げた濁った声が乾いた口と喉を焼け焦がすかのようだった。妻が目を覚まし、ベッドから跳ね起きた。

「どうしたの? 何なの?」

スタンドラーはアルコールで腫れた目を瞬かせた。暗闇が広がるばかり。少女はいなくなっていた。何もなかった。

「何でもない。何でもないんだ。寝なよ。悪夢を見ただけだ」

「あっそ」

妻は再び寝転がり、すぐにまたいびきをかき始めた。スタンドラーは部屋が朝の日差しで青白むまで横になり続けた。肉体がひりひりと疼き、自分は何を見たのだろうか、気が狂いつつあるのだろうかと考えた。

再び少女が姿を現したとき、スタンドラーは前よりも静かだった。

スタンドラーは素早く二度瞬きした。少女の幽霊じみた姿が前回のように消滅することを期待したのだ。しかし、少女は姿を消さなかった。そこに居続けて、暗い眼窩に深く埋まった冷たい目でスタンドラーを見下ろしていた。スタンドラーは信じられないという顔つきで見つめた。あれは本物なのか? こんな青白い姿の存在が実在し得るのか? そのとき、少女はスタンドラーの方に素早く駆け上った。そして、その青い唇が開き、話し始めた。囁き声でスタンドラーに事情を説明した。自分の父親がポッサムに自分を売り渡した夜について少女がスタンドラーの耳に囁いていたとき、スタンドラーは少女の吐息から墓の臭いが感じられるように思った。

それは暗い夜、サザンハンボルトの僻地の奥深くでのこと。オルダーポイントとブロックスバーグの山々を過ぎた先の、トリニティの境、ジニアの近くの名前すらないその場所は、冬には雪が降り、冷たい朝では丘は氷で固まった。空は暗く、雨が降り注いでいた。メリッサの父親は酔っ払い、メリッサを乱暴に扱った。メリッサの腕を引っ張って、ぬかるんだ前庭を進んでいった。メリッサは怯えていた。父親の大きなダナーのロギングブーツが泥をはねかけて、自分の服をどこもかしこも汚したことにメリッサは困惑した。母親が死んでから3週間も経っていなかった。

父親はポッサムのトレーラーの前部ドアの先にメリッサを強引に押し込んだ。

「このガキはあんたのもんです」

父親は脂ぎったオーバーオールを着て顎鬚を生やした老人に向かってそのように吐き捨てた。

ポッサムは足を引きずりながら歩き、灰色がかって固くなった手でメリッサの頬を掴んだ。メリッサの顔をぎゅっと固く握り、よく見ようと前後に動かした。

「おお、可愛らしい」

「そう言ってくれるなら。このガキ、変な目だし、歯もひどい。でも、すげぇ上手く料理ができるし、掃除もできます。箒の扱いがクソ上手ぇんです」

「おお、いいね」

老人は含み笑いした。封のされたメタンフェタミンの袋を手渡した。

「きっとやってくれる。良くやってくれるね」

それから2か月後、メリッサは死に、ゴミのように捨てられた。

クソ野郎どもが。あの二人を生かしておけるものか。そして、誰もポッサムを残念がらなかった。誰も弔わなかった。人々はスタンドラーにパーティを開いた。スタンドラーは英雄になった。

そのときは。

その次は違った。奴はスタンドラーを停職処分にした。クビも同然だ。年金はない。401Kもない。いつか奴に会うことにさえなるかもしれない。

スタンドラーはウイスキーをちびちびと飲んだ。脚の間に手を伸ばし、ベレッタを手に取った。古い拳銃だ。昔、父親がくれたものだった。銃のどっしりとした冷たい重さを両手に抱えた。前の上司が来るのを待ちかまえた。あのデブ野郎が素敵な郊外の自宅に帰ってくるところをだ。多分、前庭のよく刈り込まれた芝生の上で奴が死んでいるのを妻が発見するだろう。それか、そいつの十代のガキの誰かが。まあ、あんなクソデブを父親にしていたのが悪い。当然の報い。

それは暖かい夜のことで、窓を下ろしておいていた。101号線を通り過ぎるトラックのヒューという音が穏やかに耳の中を響いた。

スタンドラーはハムレットのことを考えた。

大学で刑法について勉強していた頃に受けていたシェークスピアの講義について思い出していた。まだ、ロースクールに進んで弁護士になるという考えを楽しめていた頃だ。シャーロットが妊娠して、学校をやめて、新しい家族のために金を稼げるように軍隊に入る前のことだ。結局、妻は7か月後に死産児を産んだだけで終わり、再び子を宿すことはなかった。

ハムレット。幽霊に取り憑かれたデンマークの王子がいつもスタンドラーの頭から離れなかった。父親の幽霊が城の胸壁の上に立ち、残忍に殺された自分の仇をとってくれと泣き叫ぶ。

幽霊 : 時が近い。苛む硫黄の業火に、我が身を委ねばならぬときが。

スタンドラーはいつも思っていた、ハムレットは狂っていたのかと。いや違う。それでは全員狂っていることになる。ホレイショー、マーセラス、バーナード、全員がそれを見ていたのだ。全員が発狂することはあり得ない。それは本物だったに違いない。幽霊は実在するに違いない。

次に少女はスタンドラーに殺せと言った。事はポッサムのときのようには上手く行かなかった。

父親を。少女は囁いた。父親を殺せ。

奴を殺せずにはいられるか。自分の娘を売り渡すようなことをする奴は、間違いなく死に値する。メリッサは説明した。父親の車について、どこにいるか、トランクの中にメタンフェタミンがあること、運転席の下にいつもグロックを隠していること。

スタンドラーはブロードウェイのレッドライオンホテルで待機した。少女がその場所にするように言ったのだ。時計仕掛けのように、例の車がその駐車場に入っていった。スタンドラーは38口径の銃を目の高さに構えながら歩いてきたときの、男の顔に浮かんだ驚愕の表情を見て楽しんだ。スタンドラーはあの間抜けが一言も発する間も与えずにタマをブチ込んだ。

しかし、トランクにはメタンフェタミンはなかった。運転席の下に銃はなかった。しまいには父親ですらなかった。少なくとも、捜査官たちが言うには。連中はサンタローザから来たただのビジネスマンだったと主張した。

しかし、次の夜、メリッサがスタンドラーの元に現れた。月の光で微かに光り、悍ましかった。メリッサが言うには否、奴は父親だと。連中は嘘を吐いていると。あの全員が。嘘吐きが嘘を吐いたのだ。少女はスタンドラーに青白い唇と墓場のような吐息で囁いた。奴らは隠そうとしていた。それは陰謀で、署長も陰謀に加わっているから、スタンドラーを解雇したのだと。

だから、署長が次だった。スタンドラーは行かねばならなかった。だから、スタンドラーは奴の家の外に車を止め、両手に拳銃を抱いた。昔の上司を殺さねばならなかった。メタンフェタミン取引き、奴隷所有の罪がある堕落した外道を。

そして、これで終わりではなかった。

奴らは大勢いる。あの儚い幽霊が囁いた。

妻も奴らの仲間だ。あいつがリストを作った。あいつはヤクに溺れた売女で、クスリを求めて部局全員とヤりまくっていた。少女が全部教えてくれた。夜遅く、朝になる直前、大地が静かに冷たく膨張し、スタンドラーの心臓も脈拍を増して胸から飛び出んばかりになったそのときに。

ああ、奴らは大勢いる。リスト全部。そう、それは長いリスト。

2024年4月30日火曜日

6thPカップの記録

私はだぁれ?

Pカップ結果

P (プロデューサーズ) カップを走った皆様、お疲れ様でした。私は福丸小糸で走ってファン数1億1509万2915人、第61位でした。100位のボーダーは9500万人ほどです。

半年前はグレード4残留ができる程度でしたが、現在はグレード5・6を往復する日々。そんな状況で私が繰り出せた全力の構築がこちらです。

Viノクチル編成

満を持してリリースされたトワコレ小糸こと【あなた様へ紡ぐ】。Viノクチルで必須と言える【てやんでぇ】浅倉透。ユニットマスタリーSPが頼もしい【雨情】樋口円香。ビジュアルマスタリーMeやパーフェクトマスタリーが嬉しい【おそろしいかぐ!】大崎甘奈。なんとなく(!?)採用した【浮遊回帰線】黛冬優子。オーディションマスタリーSPのため採用した【魔法の階段を上って……】風野灯織。小糸自身と【てやんでぇ】の回避バフをトリガーに発動するパッシブスキルに頼って歌姫楽宴を攻略する編成です。

ちなみに、Viサポートとして汎用的な【silver◎lining】白瀬咲耶は所持してはいましたが、残念ながら無凸で採用に至らず。Viノクチルで必須とも言える【CR-EAT-I♥N】市川雛菜は所持してすらいません。グレード6残留ができない理由が垣間見えますね。【CR-EAT-I♥N】は小糸が可愛いコミュがあると聞きますから、所持しておきたいところでしたが、財政上の問題でセレクションチケットが買えませんでした。

トワコレを3枚も採用した贅沢な編成ですが、WINGを早く回すという点では全体札のある【セピア色の孤独】には到底及びません。Voノクチルはサポートが充実している点も魅力的。無理矢理編成を組むとすればこの通り。残念ながら、はづきさんが全く足りませんでした。

無理矢理Voノクチル編成

10位以上を狙うのであれば、【セピア色の孤独】を軸とした編成に切り替える必要があるでしょう。尤も、10位以上を狙うのはどのアイドルでも地獄が待っています。私はそれほどまでにキャラクターへの愛を表明するほどの気力はありません。ただ、プラチナ帯狙いでなくても、【セピア色の孤独】編成が可能であれば、他のアイドルの金の手紙も狙える余裕ができるかもしれません。尤も、小糸ほどに好きなキャラクターは今のところいません。

雛菜を少し走った形跡がありますが、「高レベルノウハウ発現率UP」のEXスキルを持っていたのが理由です。歌姫楽宴ノウハウを引き当てることも今回の目標でした。小糸もマスターで走っていました。結局、使う予定のないDaのレベル5と、Vo、Viのレベル4しかとれませんでした。

今回の金の手紙も前回と同様に小糸ちゃんらしい内容でした。字が小さくて可愛いですね。書き言葉にまで「……!」を使うのはお茶目すぎる気もしますが、可愛いから良し。

きみおもふ

「小糸ほど好きなキャラクターはいない」という話をしましたが、小糸よりも2・3段階下の立ち位置で好きなキャラクターならばいます。灯織と甜花の2人です。どことなく小糸と似た要素があるキャラクターですね。不器用で何かが足りない、そんな感じの娘。その次の位置にルカと樹里が来ます。ルカは歌声が好きというだけでこの位置まで上ってきました。樹里は意外と「暗い」ところがあるのがお気に入り。「暗い」という言葉には語弊があるとは思いますが、他に良い言葉が思いつきませんでした。小糸、灯織、甜花、ルカも「暗い」ところがあると思います。

ノクチルの3人も好きになる努力はしました。小糸が好きな3人ですからね。私も好きになりたかった。ただ、私には肌が合わなかったようです。嫌いではありませんが、そこまで好きでもない程度の立ち位置です。