作品紹介
The Long Listを訳しました。Creepypasta Wikiでは“Spotlighted Pastas”に指定されています。「仕事をクビになった刑事の物語」というお題のコンテストで最高評価を得た作品とのこと。
『ハムレット』の訳を要求されて困ってしまいました。これでよかったのでしょうか。CCライセンスのことを考えると、迂闊に引用するわけにもいかず。
作品情報
- 原作
- The Long List (Creepypasta Wiki、oldid=1494430)
- 原著者
- HumboldtLycanthrope
- 翻訳
- 閉途 (Tojito)
- ライセンス
- CC BY-SA 4.0
長いリスト
メリッサが14歳のとき、父親はメリッサをポッサムという名の薬物調合人に売り飛ばした。2ポンドのメタンフェタミンと動かなくなったトランザムを引き換えに。日中、ポッサムはメリッサを鎖で錆びた薪ストーブに繋ぎとめた。そばには水の入ったメイソンジャーとチェリオ1箱を用意した。その間、ポッサムはトレーラーの後ろのラボで仕事をしていた。スダフェドとエフェデリンの錠剤を砕き、アンフェタミンのガラスのような破片にするのだ。夕方になると、ポッサムはドアを開け、焼け焦げた化学物質から発せられる猫の小便のような悪臭を小さなトレーラーの中に漂わせながら、メリッサの鎖を解いて、料理や皿洗い、モップかけをやらせた。夜、ウシガエルが鳴き出し、コオロギがちぃちぃと鳴く頃、メリッサは拳を自分の口に押し当てるのが常だった。ポッサムが自分に覆いかぶさってくるときの苦痛の悲鳴を抑えようとしてのことだった。ポッサムの汗と化学物質による悪臭でメリッサは打ちのめされていた。
2か月後、カリフォルニア州ユーレカ外縁にある林の中で、ボーイスカウトの二人組が排水路からメリッサの全裸の遺体を発見した。青ざめた四肢が絡み合って、汚らしい排水渠のゴミと汚水から突き出ていた。事件は公的には殺人事件担当のマクレニー刑事に回されたが、スタンドラー刑事が助力しに犯行現場へ向かった。スタンドラーはメリッサの遺体の両腕を掴み、悪臭のする汚水と瓦礫の中から遺体を引っ張り出すのを助けた。遺体が汚物から引き起こされると、その首はぐらりと横にかしげ、見開いた目がスタンドラーをまっすぐに見つめた。一瞬、スタンドラーは、遺体の目の中に生命の微かな光が残されているように思ったが、メリッサの顔は灰色になって膨張しており、死後から長い、長い時間が経過していることは明らかだった。
スタンドラーは車の座席に深めに腰を下ろすと、読み古したハムレットの本を開いて、最後のページに自分が殴り書きした名前の長いリストを目でなぞった。クソみてぇな一週間だ。停職になり、保釈され、過失致死に問われて。スタンドラーは警察署長の郊外にある家の前に車を停め、クソデブ野郎が仕事から帰宅するのを待っていた。スタンドラーは長い名前のリストをじろじろと見つめ、ワイルドターキーを1パイントすすり、ぬるくなったバドワイザーで流し込んだ。スタンドラーは思った。14歳の少女にあんなことができる、あんな奴を生かしておけようか。誰がそいつがいなくなって残念に思うか。誰が気にかけようか。
そう、誰も気にかけなかった。誰もポッサムのクソ野郎のことをかけらも残念に思わなかった。スタンドラーがあの変態野郎の顔に向けて仕事用のリボルバーの弾を撃ち尽くした後に得たものは、2週間の有給休暇だけだった。
大々的な手入れだった。ラボ、数キロのメタンフェタミン、武器庫。部局の皆が幸せだった。彼が得たものは、2週間の有休休暇と、他の刑事や制服警官たちが開いた、「アリバイ」での賑やかなパーティーだけだった。
審問でどうしてそんなところへ出かけたのか質問された。管轄外の地域であるうえに、人っ子一人いない僻地にどうして向かったのかと。スタンドラーはただ情報提供者から得た手がかりから追及しただけだと答えた。
スタンドラーは何と答えるつもりだったのか。幽霊が探してほしい場所を教えてくれたとでも? 死んだ少女が墓から戻ってきて、スタンドラーに教えてくれたとでも? 暗い夜明け前の数時間、忌々しいほどの酔いから、苦しい二日酔いになるまでの黄昏時に、スタンドラーは汗ぐっしょりで目を覚ました。隣で妻が大いびきをかく最中、部屋がぐるぐると回り出し、心臓が胸から弾け出そうになったところを、彼女が、そう、儚い少女が、ベッドの足元に現れ、その棒人間のような四肢が白い寝間着で飾られ、その裾に深紅の筋を残したとでも?
最初にメリッサを見たとき、スタンドラーは叫び声をあげ、恐怖し、驚愕のあまりに上げた濁った声が乾いた口と喉を焼け焦がすかのようだった。妻が目を覚まし、ベッドから跳ね起きた。
「どうしたの? 何なの?」
スタンドラーはアルコールで腫れた目を瞬かせた。暗闇が広がるばかり。少女はいなくなっていた。何もなかった。
「何でもない。何でもないんだ。寝なよ。悪夢を見ただけだ」
「あっそ」
妻は再び寝転がり、すぐにまたいびきをかき始めた。スタンドラーは部屋が朝の日差しで青白むまで横になり続けた。肉体がひりひりと疼き、自分は何を見たのだろうか、気が狂いつつあるのだろうかと考えた。
再び少女が姿を現したとき、スタンドラーは前よりも静かだった。
スタンドラーは素早く二度瞬きした。少女の幽霊じみた姿が前回のように消滅することを期待したのだ。しかし、少女は姿を消さなかった。そこに居続けて、暗い眼窩に深く埋まった冷たい目でスタンドラーを見下ろしていた。スタンドラーは信じられないという顔つきで見つめた。あれは本物なのか? こんな青白い姿の存在が実在し得るのか? そのとき、少女はスタンドラーの方に素早く駆け上った。そして、その青い唇が開き、話し始めた。囁き声でスタンドラーに事情を説明した。自分の父親がポッサムに自分を売り渡した夜について少女がスタンドラーの耳に囁いていたとき、スタンドラーは少女の吐息から墓の臭いが感じられるように思った。
それは暗い夜、サザンハンボルトの僻地の奥深くでのこと。オルダーポイントとブロックスバーグの山々を過ぎた先の、トリニティの境、ジニアの近くの名前すらないその場所は、冬には雪が降り、冷たい朝では丘は氷で固まった。空は暗く、雨が降り注いでいた。メリッサの父親は酔っ払い、メリッサを乱暴に扱った。メリッサの腕を引っ張って、ぬかるんだ前庭を進んでいった。メリッサは怯えていた。父親の大きなダナーのロギングブーツが泥をはねかけて、自分の服をどこもかしこも汚したことにメリッサは困惑した。母親が死んでから3週間も経っていなかった。
父親はポッサムのトレーラーの前部ドアの先にメリッサを強引に押し込んだ。
「このガキはあんたのもんです」
父親は脂ぎったオーバーオールを着て顎鬚を生やした老人に向かってそのように吐き捨てた。
ポッサムは足を引きずりながら歩き、灰色がかって固くなった手でメリッサの頬を掴んだ。メリッサの顔をぎゅっと固く握り、よく見ようと前後に動かした。
「おお、可愛らしい」
「そう言ってくれるなら。このガキ、変な目だし、歯もひどい。でも、すげぇ上手く料理ができるし、掃除もできます。箒の扱いがクソ上手ぇんです」
「おお、いいね」
老人は含み笑いした。封のされたメタンフェタミンの袋を手渡した。
「きっとやってくれる。良くやってくれるね」
それから2か月後、メリッサは死に、ゴミのように捨てられた。
クソ野郎どもが。あの二人を生かしておけるものか。そして、誰もポッサムを残念がらなかった。誰も弔わなかった。人々はスタンドラーにパーティを開いた。スタンドラーは英雄になった。
そのときは。
その次は違った。奴はスタンドラーを停職処分にした。クビも同然だ。年金はない。401Kもない。いつか奴に会うことにさえなるかもしれない。
スタンドラーはウイスキーをちびちびと飲んだ。脚の間に手を伸ばし、ベレッタを手に取った。古い拳銃だ。昔、父親がくれたものだった。銃のどっしりとした冷たい重さを両手に抱えた。前の上司が来るのを待ちかまえた。あのデブ野郎が素敵な郊外の自宅に帰ってくるところをだ。多分、前庭のよく刈り込まれた芝生の上で奴が死んでいるのを妻が発見するだろう。それか、そいつの十代のガキの誰かが。まあ、あんなクソデブを父親にしていたのが悪い。当然の報い。
それは暖かい夜のことで、窓を下ろしておいていた。101号線を通り過ぎるトラックのヒューという音が穏やかに耳の中を響いた。
スタンドラーはハムレットのことを考えた。
大学で刑法について勉強していた頃に受けていたシェークスピアの講義について思い出していた。まだ、ロースクールに進んで弁護士になるという考えを楽しめていた頃だ。シャーロットが妊娠して、学校をやめて、新しい家族のために金を稼げるように軍隊に入る前のことだ。結局、妻は7か月後に死産児を産んだだけで終わり、再び子を宿すことはなかった。
ハムレット。幽霊に取り憑かれたデンマークの王子がいつもスタンドラーの頭から離れなかった。父親の幽霊が城の胸壁の上に立ち、残忍に殺された自分の仇をとってくれと泣き叫ぶ。
幽霊 : 時が近い。苛む硫黄の業火に、我が身を委ねばならぬときが。
スタンドラーはいつも思っていた、ハムレットは狂っていたのかと。いや違う。それでは全員狂っていることになる。ホレイショー、マーセラス、バーナード、全員がそれを見ていたのだ。全員が発狂することはあり得ない。それは本物だったに違いない。幽霊は実在するに違いない。
次に少女はスタンドラーに殺せと言った。事はポッサムのときのようには上手く行かなかった。
父親を。少女は囁いた。父親を殺せ。
奴を殺せずにはいられるか。自分の娘を売り渡すようなことをする奴は、間違いなく死に値する。メリッサは説明した。父親の車について、どこにいるか、トランクの中にメタンフェタミンがあること、運転席の下にいつもグロックを隠していること。
スタンドラーはブロードウェイのレッドライオンホテルで待機した。少女がその場所にするように言ったのだ。時計仕掛けのように、例の車がその駐車場に入っていった。スタンドラーは38口径の銃を目の高さに構えながら歩いてきたときの、男の顔に浮かんだ驚愕の表情を見て楽しんだ。スタンドラーはあの間抜けが一言も発する間も与えずにタマをブチ込んだ。
しかし、トランクにはメタンフェタミンはなかった。運転席の下に銃はなかった。しまいには父親ですらなかった。少なくとも、捜査官たちが言うには。連中はサンタローザから来たただのビジネスマンだったと主張した。
しかし、次の夜、メリッサがスタンドラーの元に現れた。月の光で微かに光り、悍ましかった。メリッサが言うには否、奴は父親だと。連中は嘘を吐いていると。あの全員が。嘘吐きが嘘を吐いたのだ。少女はスタンドラーに青白い唇と墓場のような吐息で囁いた。奴らは隠そうとしていた。それは陰謀で、署長も陰謀に加わっているから、スタンドラーを解雇したのだと。
だから、署長が次だった。スタンドラーは行かねばならなかった。だから、スタンドラーは奴の家の外に車を止め、両手に拳銃を抱いた。昔の上司を殺さねばならなかった。メタンフェタミン取引き、奴隷所有の罪がある堕落した外道を。
そして、これで終わりではなかった。
奴らは大勢いる。あの儚い幽霊が囁いた。
妻も奴らの仲間だ。あいつがリストを作った。あいつはヤクに溺れた売女で、クスリを求めて部局全員とヤりまくっていた。少女が全部教えてくれた。夜遅く、朝になる直前、大地が静かに冷たく膨張し、スタンドラーの心臓も脈拍を増して胸から飛び出んばかりになったそのときに。
ああ、奴らは大勢いる。リスト全部。そう、それは長いリスト。
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