本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という企画で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。
登場人物の名前に特に意味はありません。ただの仮名です。
作品情報
- 出自
- 禍ちゃんねる 泥酔スペシャル (禍話 @magabanasi、放送)
- 語り手
- かぁなっき様 (FEAR飯)
桜並木の道
高橋さんがタクシー会社に就職した頃の話。
ある春の日のこと。高橋さんはタクシー運転手としての研修を受けていた。先輩が運転するタクシーの助手席に座り、辺りを案内してもらっていた。タクシーは桜並木が美しい通りに差し掛かった。折しも見頃だった。
「桜、綺麗ですね」
「おう。この時期は結構お客さんいるんだよ」
タクシーが通りを進んでいると、高橋さんの手を誰かが握った。何者かの手は運転席と助手席の間、サイドブレーキの辺りから伸びているようだった。
ただ、このタクシーには高橋さんと先輩の二人しか乗っていなかった。先輩は両手でハンドルを握っていた。一体、誰が自分の手を握っているのだろう。
高橋さんは青ざめた。恐ろしくてたまらなかったが、下手に騒いで事故を起こすわけにもいかない。冷や汗をかきつつも、我慢して黙っていた。
通りは花見客で賑わっていた。そのため、タクシーは速度を落としてゆっくりと進んでいた。その間、謎の手は高橋さんの手を握り続けた。いつまでこの状況が続くのだろうか。得体の知れないものに触れられ続けて、さすがに堪えきれなくなってきた。手はすべすべとした感触から女性のもののように思えた。桜並木が途切れる頃、手はようやくいなくなった。現れたときと同じように、唐突に消えてしまった。
サイドブレーキの方を見たが何も無い。高橋さんは安堵の溜息を漏らした。すると、先輩がタクシーを停め、高橋さんの顔をまじまじと見つめた。そして、納得したかのように言った。
「そうか。君、山田くんに似ているもんな」
山田という人物が何者なのか、先輩は教えてくれなかった。
高橋さんは今もタクシー運転手の仕事を続けている。 桜が見頃の時期になると、花見客で賑わう桜並木の通りを巡回する。稼ぎのためには、その道を通るしかないのである。ただ、桜並木の道を走っていると、後部座席から首筋に息を吹きかけられることがあるという。
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