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2025年11月19日水曜日

『飴の袋』(Creepypasta私家訳、原題“A Bag of Candy”)

建物の写真

劇場がある建物。

小さい頃、私はいつも劇やミュージカル、広く言うと芸術というものに魅了されていた。幼い頃から演劇の才能があった私は、有名人になるよりも人々を楽しませたいと思っていた。演じたいだけでなく、一切合切あらゆるものの仕組みを知りたかった。役者が自分の台詞を覚えるのと同じくらいに、照明も重要だったし、キューも重要だった。そして、楽しい観劇のための適切な環境を形成するもの全体が、いつしか私が学びたいことに加わった。

私が通う大学にある舞台は古いもので、正直に言えば、いつ作られたものかははっきりとは知らない。大学の「シリング講堂」と呼ばれる場所の中にある。1953年に改築されたという話を覚えている。かなり古い様式だったが、生のパフォーマンスをする意図で設けられている。何列もの座席があり、上方には立ち見のための大きなバルコニーがある。満員になっているのを一度も見たことはないが、次に演じる時はそうなっていてほしいと願っている。

この場所はオバケが出る噂が様々ある。ただ、もちろん、オバケが出るという証拠は全くお目にかかったことがない。私はこの目で見るまでは信じない質だ。前に、バルコニーに上がった人たちが、「幽霊」へのお供えとして飴をいくつか手摺の上に置いていったのを見たことがある。清掃員が回収して捨てるだけだろうというのが正直な感想だ。そんなのは時間の無駄でしかないと思う。

そう言えば、この「幽霊」は茶髪の少女であると言われていた。七歳くらいというのがほとんどの人の見立てだ。髪は短く、髪型はボブ。白いドレスを着ており、ピンクのタイを結んでいる。単に「手摺の少女」と呼ばれている。バルコニーの手摺の近くに現れたからだ。私もかつてはこの少女の存在を信じていなかった。しかし、いくつかの出来事を経験して、完全に心変わりしたのだった。

ある日、私は友達と昼食を食べながらおしゃべりしていた。彼はかなり迷信深い人で、超常的な存在を信じていた。彼はその少女がバルコニーの辺りに現れる理由について、ベラベラと捲し立てていた。少女は強姦か殺人の被害者であり壁の中に埋め込まれたとか、少女はバルコニーから落ちて死んだのだろうとか、そんな話だ。私は目を剥いた。幽霊なんて絶対に実在するわけがないと思っていた。だから、彼にはただこう言っただけだった。

「ライアン、黙ってサンドイッチ食べてな」

すると、彼ははにかんだ笑みを浮かべた。彼は私が自分の話を信じていないことを分かっていたが、それでもいつも突飛な考えを携えて私の元に来るのだった。

時間が経つにつれて、私は講堂で作業をするようになった。備品の掃除や舞台の確認をする作業だ。私は女優の役の方が好きだったから、劇で良い役をとれないときや、新人に手助けが必要になる場合に備えて、諸々がどのように機能するか知りたかった。そのときは、私は舞台に箒をかけていた。酷く散らかっていたわけではないのだが、次の公演のために綺麗にしておきかった。すると、足音を聞いた気がした。怖い話でありがちな「重々しい足音」ではなかったことを記しておく。子供が走っているように聞こえた。少し立ち止まると、何も聞こえなかった。音がどこから来たのかも聞き分けられなかった。だから、ライアンがテープ・プレイヤーをカーテンの裏に仕掛けて、私がこういうものの存在を信じる証拠を拵えようとしたのだろうと推測した。もう音は聞こえなかったが、私はまだカーテンの裏や、大抵の人は音の出所として一瞥もしないような場所も確認した。何も見つからなかった。

私は例の劇場の中を一人で数回、掃除をしたり、邪魔になるものがないか調べたりして過ごした。ほとんどの夜はありふれた時間だった。何も起こらず、「手摺の少女」のことはすっかり忘れてしまった。しかし、あるとき、携帯電話を無くしたことに気が付いた。少し苛立ち、携帯電話を探し始めた。どこに携帯電話を置いていったかは見当がついていたが、確認してもそこには無かった。ようやく見つかったのは、メッセージを受信した携帯電話が光って振動し始めたときだった。携帯電話は講堂の観客席にある椅子の肘掛の上に置かれていた。こんな場所に携帯電話を置いたはずはなかった。奇妙な出来事はこれで終わらなかった。

ある夜、リハーサルの後に更衣室から自分の物を運び出そうとしていたとき、咽び泣く声が聞こえた。歩く途中で凍り付き、声の出所を探そうとひたすら辺りを見回した。私は怒りに駆られ、声の原因である何者かに向かって叫んだ。

「やめてよ。こんな冗談は面白くない」

認めよう、私は少し怖がっていた。咽び泣く声は止まったが、見られているような感覚がしてまだゾッとしていた。

その後、私はライアンと一緒にステージの上で作業をしていた。別の劇のリハーサルの準備中だった。ライアンは手摺に飴を数個お供えした。私は心の中で笑った。儀式の贄か何かのように見えたからだ。準備を続けていると、霧を出す装置が独りでに動き始めた。ライアンは目を見開いて、装置の方に走っていって電源を切ろうとした。装置の電源は入ってすらいなかった。しかも、コンセントに繋がってすらいなかった。ライアンは3個では足りなかったのかもしれないと考え、小走りで走っていき、飴の袋の半分をお供えした。言うまでもなく、私ももう笑っていなかった。

数日後、私はステージに上り、他の人と一緒に劇の練習をした。ライアンは大抵は脇役や小道具作りを担当しており、彼はその分野で創造性を発揮していた。ライアンは我らが主役に話しかけた。

「なあ、カレン。『手摺の少女』に飴をお供えしたかい」

私は何も言わなかった。口には出さなかったが、「手摺の少女」が実在するかもしれないと思っていた。ただ、ライアンにそんなお墨付きを与えるつもりはなかった。カレンは嘲り、ただ小馬鹿にするように笑った。

「馬鹿げたオバケに飴をやれって。そんなのいるわけないでしょ」

私は沈黙を続けた。私が数か月前に来た道だ。リハーサルはほぼ計画通りに進んだ。カレンが主役に選ばれた理由は分からなかった。ただ、(酷い言い方だが) 淫らな手段で先生に主役の座を強要したのだろうと思っていた。カレンは誰とでも寝ると噂されていた。私はなんとか演技と台詞を続けた。カレンの感情の籠っていない演技を気にしないようにしつつ。リハーサルが終わり、カレンが舞台から降りようとしたとき、私は恐怖の叫び声を上げそうになった。二つの青白い手が段差から伸びてきていた。青白い指がカレンの足首に巻き付いた。カレンが気付いたときには、もう遅かった。

小さな指が足首を固く掴み、カレンは指を振りほどこうとして躓いた。カレンは声を上げる間もなく足をすくわれた。私が出来たことは、後ろで立ち竦み、見守ることだけだった。カレンが転倒したとき、小さな青白い手が木製の段差の中に引っ込んでいき、痕跡も残さずに消えたのが見えた。カレンの頭が固い床にぶつかったとき、悍ましい大きな衝撃音を聞いた。怖かった。私はカレンのことが好きでは無かったが、怪我をしてほしいとは思っていなかった。ましてや、死んでほしいとは。幸運なことに、血だまりは見えなかった。ただ、手の着地の仕方から、カレンは自分を支えようとしたことは分かった。医者志望の学生が診察した。ただ趣味で医者のように振舞っているだけの男だったが、彼はカレンはただ気絶しているだけだと認めた。数分後、カレンの意識が戻り、誰かが自分を転ばせようとしたと捲し立てた。私は間違いなくくすくす笑う小さな声を聞いた。ただ、おそらく、ただの空想だろう……。

カレンは負傷してから、劇場に再び向かうつもりはないと言った。そのため、私が代役になった。とても嬉しかった。幽霊のことはそこまで不安に思っていなかったが、そのせいで幾分か神経質になっていた。私はまだ誰かが自分を見ているという奇妙な感覚を覚えつつ練習した。いくらか考えが脳裏を過ぎった。飴を持ってきた方がいいのだろうか、というような考えだ。私はそんな思いが練習の邪魔にならないようにした。台詞はほとんど暗記しており、いくらかアドリブができて悪くない成果を出せた。少女が劇場の裏口のドアから頭を覗かせ、辺りを見回すと、すぐに逃げ出した。その少女は私が聞いた特徴通りの格好だったが、私は演技を続けた。劇場を立ち去る前に、鞄を探って小さな飴の袋を手摺の上にお供えした。演劇の日は同じことをすると、何もかも円滑に上手くいった。

数週間後、私はバルコニーの制御室で作業をしていた。照明や色々なものが散らばっており、上手く動くのだろうかとただ考えていた。同じ寮の子たちはこの時間には大声を出したり、酒を飲んだりするから気に障ったというだけの理由で、その場所では読書や勉強もしていた。友人数人に私がこの場所にいると伝えていたから、ドアのノックを聞いたときにも、ノックの主を察した。何か用事があるのだろうと考えた。ドアを開けると、最初は何も見えなかった。視線を下ろすと少女がいた。茶色の髪を短くした少女が私を凝視していた。何かを期待しているかのようだった。

「何か御用」

少女は私をじっと見て、白いドレスに包んだ体を前後に揺り動かした。少女は単純な返事をした。

「いいえ」

少女は私の目の前で消えた。私は怯えた。それ以来、私は一人でこの場所に来ないようになった。

私は今も何日かその劇場に行き、時折役を演じる。しかし、どんなときも「手摺の少女」のことを忘れず、絶対に飴の袋をお供えする。もはや幽霊のことを信じていないとは言えない。けれども、あの子は大学で過ごす時間をかなり面白くしてくれたことは間違いない。


大学の劇場で起きた楽しい幽霊譚。地元で起きた出来事を元にしたそうです。

作品情報
原作
A Bag of Candy (Creepypasta Wiki、oldid=1515045)
原著者
Shinigami.Eyes
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

2025年11月18日火曜日

禍話リライト「耳なし芳一」

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Aさんという女性が体験した話。当時、Aさんはバス会社に勤務しており、バスガイドの仕事をしていた。

そのバス会社では、バスガイドが「耳なし芳一」の話を語る機会が多かった。バスツアーで平家に縁のある土地を通るときに、子供向けに「耳なし芳一」の話をするのである。普通に語ってもさほど怖い場面が無く、語りには様々な工夫が必要だった。Aさんは新人で、上手くコツを掴めずにいた。

バス会社にはBさんという先輩がいた。Bさんは真面目でストイックな性格であり、後輩の面倒見も良かった。BさんはAさんが悩んでいる様子を見兼ねて、テープレコーダーで自分の語りを録り、Aさんにテープを渡した。翌日は休みだったため、Aさんは語りの練習をすることにした。

Aさんは一人暮らしだった。テープを聞きながら練習を重ねているうちに時間が過ぎていった。事が起こったのは、草木も眠る丑三つ時の頃。

Aさんは「耳なし芳一」の後半部の、平家の亡霊が芳一を探す場面を練習していた。テープからはBさんの声が流れていた。

亡者が芳一の名を何度も叫ぶ。それから、少し間を開けて、恐ろしげな声で芳一の名を呼ぶ。

「芳一、芳一……芳一!」

Aさんは最後のタメが重要なのかと得心した。感覚を掴むため、その部分を繰り返し再生した。

「芳一、芳一……芳一!」

「芳一、芳一……芳一!」

何度もテープを聞いているうちに、Aさんは違和感を覚えた。最後の「芳一!」と叫ぶところで、スピーカー以外からも声が聞こえる気がする。声が重なって聞こえる。

「芳一、芳一……芳一ィ!」

「芳一、芳一……芳一ッ!

Aさんは徐々に気味が悪くなってきた。夜も遅いことに気付き、練習を切り上げて床に就くことにした。

翌日のこと。Aさんが朝の支度をしていると、バス会社から電話があった。

Bさんが自殺した、という連絡だった。

AさんはBさんが自殺する理由が思い当たらなかった。通夜に出席し、遺族から話を聞いてみると、Bさんの真面目な性格が災いしたらしいことが分かった。

Bさんの部屋からは日記が見つかった。几帳面なBさんは日記を毎日綴っていた。その日の失敗と反省を毎日書いていた。客観的に見れば、失敗というほどでもないことまで、Bさんは自分の責任としていた。そんな習慣を続けて自分を追い込み、ついには発作的に死を選んでしまったのだろう。

Bさんが亡くなったのは、ちょうどAさんが奇妙な体験をしていた頃のことだった。Aさんは虫の知らせというものかもしれないと思った。

Bさんの遺族の一人に話好きの人がいた。その人物はAさんにBさんの死の状況を事細かに教えてくれた。

Bさんは風呂場で左手首を切って死んだらしい。ただ、異常があったのは左手だけではなかった。右腕の手首から肘のところまでを、黒のサインペンでのたくった文字が書かれていた。文字はびっしりと書き殴られており、まるでお経のようだった。

Aさんは恐ろしくなり、通夜から帰った後にテープを捨ててしまったそうだ。バス会社も「耳なし芳一」を語るのを止めてしまったという。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

かぁなっきさんが学校の先生から聞いた話だそうです。

作品情報
出自
真・禍話/激闘編 第3夜 (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様
聞き手
吉野武様