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2025年12月4日木曜日

禍話リライト「離脱の記録」(こっくり譚より)

教室の画像

安藤さんという中学校の教師の体験談。

安藤さんは今はベテランの教師だが、若い頃は生徒たちからは気楽に話せる相手として親しまれていた。そんな彼だが、一度だけ生徒に手を上げてしまったことがあった。

一時期、生徒の間でこっくりさんが流行ったことがあった。ある女子生徒のグループが特に熱心に取り組んでいた。彼女たちは内輪で籠りがちな性向があった。

あるとき、そのグループの一人が安藤さんに話しかけた。

「安藤先生、ちょっとお話が……」

親身になって話を聞いてみたが困惑した。こっくりさんの話だった。どういうわけか、こっくりさんに誘われたのである。

学校としてはこっくりさんを禁止していなかった。こっくりさんも仲間内での一種のコミュニケーションと言えるだろう。ただ、ヒステリーなどの兆候があったら、対策が必要かもしれない。

安藤さんはこっくりさんへのお誘いに乗ることにした。女子生徒に案内され、こっくりさんの集まりに向かった。

そこは本来は文化系のクラブ活動に使用する教室だった。しかし、そのクラブは休止状態になっており、実質的には空き部屋になっていた。女子生徒たちはそこを溜まり場にしていたようで、彼女たち以外には誰もいなかった。

女子生徒たちはこっくりさんの準備を進めていた。十円玉。五十音と鳥居が書かれた紙。ノート。

ノート……?

そのノートは中学生が勉強に使っていてもおかしくはない、至って普通のノートだった。ただ、こっくりさんには不似合いだ。安藤さんは疑問に思い、女子生徒にノートを何に使っているのか尋ねた。

「こっくりさんの記録に使っているんです。読んでみてもいいですよ」

女子生徒に促されて、安藤さんはノートを開いた。

みんな:こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたらはいに進んでください。

みんな:こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたらはいに進んでください。

みんな:こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたらはいに進んでください。

……

一瞬、ドキリとしたが、2ページ目を見て謎は解けた。こっくりさんが来るまで決まり文句を繰り返さなければならない。それを律儀に書き記していただけのことだった。2ページ目で漸くこっくりさんが来てくれた。

こっくりさん:はい

ノートをパラパラと捲って流し読みしていくと、大したことは書かれていなかった。

みゆちゃん:こっくりさん、こっくりさん、山岸先輩は誰が好きですか。

こっくりさん:ぬまた

こんな具合に、他愛もない質問ばかり書かれている。そろそろ女子生徒にノートを返そうかと思っていると、ある記述が目に飛び込んだ。

まゆちゃん、ここで離脱。

よく読んでみると、他にも同じような記述があった。

えみちゃん、ここで離脱。

さきちゃん、ここで離脱。

……

安藤さんは女子生徒に尋ねた。

「なあ、この『離脱』というのは何かな」

「こっくりさんをやっていると、みんな寝落ちしちゃうんです。そのときに『離脱』って書いているんですよ」

こっくりさんの最中に、生徒が急に寝落ちする。

安藤さんは女子生徒の不可解な言葉に驚き、改めてノートを仔細に確認することにした。そのうちに、安藤さんはある発見をした。

よく読んでみると、女子生徒たちが全員寝落ちしている回がある。ここにいる全員の名前に「離脱」と書かれている。その次の行は、行頭に名前が書かれていなかった。

:こっくりさん、こっくりさん、お帰りください。

こっくりさん:はい

こっくりさんは帰りました。

安藤さんは女子生徒たちにおずおずと尋ねた。

「なあ、ここのページに全員が『離脱』したって書いてあるけど、続きは誰が書いているんだ?」

生徒たちはこっくりさんの準備を終えようとしていた。生徒の一人が答えた。

「それを確認するために、先生を呼んだんですよ」

安藤さんは動揺のあまり、その生徒の頬を張ってしまった。

生徒が泣き出して騒ぎになってしまい、安藤さんは先輩の教師からお叱りを受けた。幸い、大事にはならなかった。ただ、そもそも教師がこっくりさんに参加するのはいかがなものかと窘められた。

ところで。

こっくりさんを遊んでいると、生徒たちが一人一人寝落ちする。ノートには全員が「離脱」したと記録されている。つまり、全員がこっくりさんを遊んでおり、女子生徒たちの誰も端からノートに記録をつけていなかったことになる。

こっくりさんの記録をつけていたのは誰だったのか、最後まで分からずじまいだったとのことだ。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。こっくり譚のKさんが提供しています。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

登場人物の名前を出す必要がある場合、適当な仮名を付けています。

作品情報
出自
元祖!禍話 第二十六夜(後半は猫ちゃん映画の話とかです) (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様
聞き手
加藤よしき様

2025年12月1日月曜日

禍話リライト「ベランダで自己紹介」

室外機の画像

Aさんという男性が体験した話。

AさんにはBさんという友人がいた。Bさんは自宅に人を招かない。遊びに行きたいと頼んでも断ってくる。Aさんは、Bさんが何か秘密の趣味を隠しているか、壁が薄くて騒ぐと迷惑になるから人を入れたくないのだろうと推測を立てていた。

ある夏の夜。先輩と居酒屋に行った帰り道。先輩は飲み足りない様子だった。

「そうだ。この辺りにBんちあるからさ。そこで飲み直そうぜ」

AさんはBさんが嫌がるからと抵抗したが、先輩の圧力に押し切られた。酒やツマミを買って、Bさんの住むマンションへ向かった。Bさんの部屋は三階にあった。先輩がインターフォンを押すと、怪訝な顔付きのBさんが出てきた。

「ちょっと飲み直そうと思ってさ。お前も飲もうぜ」

Bさんは露骨に嫌そうな顔をしたが、断らずに二人を部屋に入れた。部屋はごく普通の男性の一人暮らしといった様子で、綺麗でもないが散らかってもいない。秘密の趣味を隠しているというわけではなさそうだ。安普請でもなく、騒音を心配する必要もないように見える。

どうして人を泊めたがらないのだろう。潔癖で他人が自宅に上がるのが許せないという性格でもないはずだが。

色々と疑問は沸き上がったが、気にせずに飲み直すことにした。ただ、先輩の元に電話が入った。恋人からの電話らしく、応答のために外へ出ていってしまった。

飲み会をしようと言い出した張本人がなかなか帰ってこず、AさんとBさんは気まずい気持ちのまま黙々と酒を飲み進めた。そのうち、酒が回りすぎて、二人とも眠くなった。そのままBさんの部屋で雑魚寝する流れになった。Aさんは眠気に身を任せて、そのまま眠りに就いた。

ふと目が覚めた。外の方に目をやると、ベランダの窓が開いていた。暑いからと窓を開けていたことを思い出した。よく見ると、ベランダに誰か立っていた。Bさんは近くで寝ている。そうなると、先輩がタバコでも吸っているのだろうか。Aさんは暗闇の中で目を凝らした。

先輩ではなかった。女だった。当然ながら知り合いではない。

女はこちらを見ながら、右に行ったり左に行ったりとうろうろしていた。三階だから誰かが忍び込んだ可能性は低い。まさか幽霊か。女と自分を隔てているものは薄い網戸だけである。AさんはBさんを起こそうとした。

「おい。女がベランダにいるぞ。おい」

「立ってねぇよ」

「いや、女が立っているぞ。何なんだあいつは」

Aさんは寝転がるBさんの肩を揺すった。すると、BさんはAさんの腕を強く叩き返した。寝起きの力ではない。ずっと前から起きていたようだ。Bさんは上体を起こした。

「だから居ねぇよ」

「でも……」

Aさんはベランダの方に目を向けた。うっかり女と目が合ってしまった。女は口を開いた。

「しつがいき」

Aさんが唖然としていると、Bさんはうんざりしたような声で言った。

「誰も居ないだろ。室外機しかない。本人もそう言っている。だから早く寝ろ」

Bさんは再び横になり、目を閉じた。

女は再び言葉を発した。

「しつがいき」

Aさんも横になり、何も聞こえないふりをしながら夜を過ごした。明け方には女は姿を消していた。

AさんはBさんから事情を聞いた。Bさんはどうしても引っ越せない訳があるらしく、あの女のことを気にしないようにしながら夜を過ごしているそうだ。

「自分が室外機だって言っているから、そういうことにしているんだよ」

Bさんは充血した目を瞬かせた。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
元祖!禍話 第十二夜 (禍話 @magabanasi放送、「自己紹介と妥協」より)
語り手
かぁなっき様
聞き手
加藤よしき様