ハッピー・サン・デイケア
私の住む町から数マイルほど外れに、古い邸宅が建っていた。この邸宅はデイケアに改装されていた。利用者は朝に子供を車から降ろし、夕方に子供を拾って帰るのである。しかし、このデイケアは数年前から廃業していた。前庭が建物からほんの数フィート離れた場所にあり、そこに看板が立っていた。看板には「ハッピー・サン・デイケア」と書かれており、可愛い見た目で漫画風に描かれた太陽の絵もあった。この前庭には柵が無く、その中には遊具が設置されていたが、故障しており、錆び始めていた。滑り台、ぶらんこ、雲梯、メリーゴーランドはかつて、外で駆け回ったり遊んだりしていた子供たちが群がっていた。その後、遊具はその地域に棲む鳥やリスの止まり木となり、子供ではなくアリが群がっていた。
私はハッピー・サン・デイケアについての記事を書くことにした。自分が執筆の仕事をしているニュースブログに掲載するのである。その理由の一つは、現在、周囲にいる人の数名が、そのデイケアに通っていたことがあったためである。彼らがデイケアで経験したことや、後の人生で何らかの影響があったかどうかを纏めれば面白い話になるかもしれないと思っていた。別の理由は、そこまで悪気がないとは言えないものだ。他人に自分の子供の面倒を見てもらうことに関して思い悩む人が、世の中には常にいるものだった。その無くなることのない不安は、自分の息子や娘の安全についてである。とりわけ、インターネット上で掲載されている、デイケアに関係する様々な悲劇についての恐怖譚は、そんな不安を掻き立てた。
記事を作るため、従業員だけでなく、子供の頃にデイケアに通っていた人にもインタビューを行うことにした。あまりにも偏った内容に見えないように、できるだけ多くの異なる視点が必要だった。もちろん、取材相手のプライバシーのため、実名を使わないと合意をとった。
最初のインタビュー対象は中年の女性であり、デイケアで幼児の面倒を見ていた。プライバシーのため、女性の名は「マーガレット」とする。
「デイケアでのお仕事はどのような感じでしたか」
「うーん、そんな大したことは無かったですよ。ただ子供を相手に普通に仕事をするだけの毎日でした。私の場合は赤ちゃんですけどね」
「なるほど、そこでの仕事で何か問題はありましたか」
マーガレットは首を横に振った。
「赤ちゃんの件で? もちろん、ありませんよ。騒ぐこともありますけど、悩みの種なんてことは全然ありませんでした。子供となるとまた別の話ですけど」
興味をそそる発言だった。ハッピー・サン・デイケアに通っていた子供たちは、従業員が対処するにはあまりにも人数が多かったのだろうか。それとも、これまで隠されてきた虐待事件があったのか。調べてみなければならない。
「それはまたどうしてですか」
「えっとですね」
マーガレットは一瞬、思案した。私に話すことに不安があるかのようだった。
「くぐもった悲鳴を聞いたことが何回かあったんですよ。あ、いえ、悲鳴ではないです。絶叫ですね。最初、子供が怖がっているふりをしているだけかと思っていました。でも、聞けば聞くほど、あの絶叫は真似ではないことに気付きました。何かが子供たちを怖がらせていたんです。ケガをさせていたのかもしれません」
「負傷した子供を見たことがあるのですか」
マーガレットは頷いた。
「はい。ほとんどは普通の擦り傷や打ち身だけでした。遊んでいるときに転んだり、友達に見せつけようとして頭をぶつけたりしたんでしょう。でも、何人かは様子がおかしいように見えました。保健室へ向かう途中で、時折、すれ違う子供を見かけました。そんなときはいつも、その子供は引っ掻かれたり、噛まれたりしていたみたいでした」
子供が引っ掻かれたり噛まれたりしていたのか。それは誰にとっても心配の種だろう。おそらく、なんらかの野生動物がデイケアの近くに棲み付いて、好奇心旺盛な子供が近づいてしまったのだ。多分、野犬が運動場に迷い込み、何も知らない哀れな子供たちが犬を撫でようとしたのだろう。
「その地域には動物がいたんですか。野犬でしょうか? アライグマ? もしかしてオポッサムの巣が?」
「違うと思います。デイケアではペットの連れ込みは禁止でした。野生動物を入れないように、夜は罠を設置していました。辺りで犬がうろついていたのかもしれません」
マーガレットは首を横に振った。
「もしかしたら、その犬が子供たちに噛みついたのでしょうね」
「いえ、犬の鳴き声を聞いただけなんです。実際に見たことはありません。時折、唸り声や遠吠えを聞いたというだけです」
なるほど、マーガレットは犬の鳴き声のようなものを聞いただけだった。何かの音を犬のものと誤認した可能性を除外できない。もしかしたら、子供が犬の真似をしただけなのに、本物と勘違いしたのかもしれない。もしかしたら、風の音を犬の唸り声だと思ったのかもしれない。もしそうだったとしても、マーガレットが見かけた引っ掻き傷や噛み跡のある子供についても説明がつくだろう。引っ掻き傷は単に、うっかり枝や柵の一部に引っ掛かっただけ、ということもあり得なくもない。犬の唸り声に聞こえた物音の件もあって、マーガレットは子供が野良犬か何かに襲われたという結論に飛びついてしまったのかもしれない。
それでも、デイケアについて調べる必要があった。犬の襲撃事件が隠蔽された可能性もあり、次にインタビューする相手はかつてデイケアに通っていた人が良いだろうと思った。もしかしたら、子供の頃の記憶が残っている人がいるかもしれない。マーガレットの証言に光を当てる記憶の持ち主がいるかもしれない。
身元確認をいくらか行った後、私はどうにか該当する人物を発見できた。その若い男性はだいたい5・6歳の頃にハッピー・サン・デイケアに行ったことがあった。ここでは「スコット」とする。スコットは地元の肉屋で働いていた。スコットのシフトが終わるまで待たなければならなかったが、その後にインタビューを開始できた。幸運にも、待ち時間は長すぎない程度で、質問を考える時間ができた。
「ハッピー・サン・デイケアについて何か覚えていることはありますか。昔のことだとは分かっています。でも、もしかしたら何か思い出せませんかね」
スコットは一瞬考えた後、口を開いた。
「あまり多くは。通っていたときは、まだ5歳、それか6歳かそこらでしたから。その齢の子供がやるようなことばかりやっていたとしか覚えていませんね。遊びとか、指絵とか、アニメ見るとか。そういう感じの」
私は頷いた。
「あなたは良い子でしたか」
「だいたいは。時々、面倒事を起こしたりもしましたけど。深刻すぎることは何も。普通の子供の癇癪ですよ。ほら、昼寝したくないとか、野菜は嫌だとか、そういう」
「なるほど」
私は返答しつつ、メモ帳にスコットの発言を書き留めた。
「それなら、デイケアは躾の仕方は適正でしたか」
「まあ、それなりに。俺は叱られたくらいですね。時々、『お休み』というのも受けました。数分間、隅っこに座らされるんです。子供たちの中に戻っても大丈夫と思われるまでそうするんですね。でも、もしそれだけしかなかったのなら、運が良い方です」
スコットの言葉には少し当惑した。運が良いとは? どう運が良いのか。もしかして、デイケアに通っていた子供たちの中で、もっと言うことを聞かなかった子はもっと厳しい罰を受けたのかもしれないと思い始めた。ハッピー・サン・デイケアの従業員たちは、もっと議論の的になるような、公には知られたくない躾の方法をとっていたのか。
知らなければならない。
「つまり、どういうことでしょうか」
一瞬、スコットは身震いした。スコットは子供時代の何かを思い出していたようだ。それが彼を怯えさせ、大人になってからも影響を与えたのかもしれない。
「マジの面倒事を起こした子供は、『灰色のドア』に送り込まれるんです」
スコットは深く溜息をついた。
「俺は行ったことはありません。何人かが行ったのを知っています。喧嘩をした奴とか、ひどい癇癪を起した奴とか。そういう子供は最終的にはあの部屋に行きました。あそこで何があったのかは分かりません。でも、みんないつも、目を見開いて震えながら出てきました。何人かは泣き出していました。絶叫した子もいました。ゲロを吐いて気絶した子も一人いました」
私は僅かに眉をひそめた。何か恐ろしいことが、「灰色のドア」と呼ばれる部屋で行われていたのか。そのとき、私はマーガレットの発言を思い出し、マーガレットの証言とスコットの証言の関係性を確認することにした。
「その子供たちには引っ掻き傷や噛み跡がありましたか。それと、変な音を聞いたことはありますか」
スコットは頷いた。
「何人かは、『灰色のドア』から出た後に、引っ掻き傷を負っていました。でも、そいつらは入る前からそういう傷があったと思うんです。最初は傷に気付いていませんでしたけど。そいつらは躓いたか何かしたのかもしれないです。激しく呼吸する音を聞いたことがあります。子供が走り回って息切れしただけかもしれないです。はっきりしたことはちょっと」
最初、マーガレットは犬の唸り声を聞いたと言った。それから、スコットは激しい呼吸の音を聞いたと言った。奇妙な音に、不品行な子供が負った謎の引っ掻き傷、そして「灰色のドア」の部屋の謎。ハッピー・サン・デイケアがここ数年の間に隠してきたものは一体何なのだろうと考えずにはいられなかった。
私はスコットに話す時間をとってくれた礼を言い、次のインタビュー対象の元へ向かった。「灰色のドア」に対する関心は依然として高く、私は次の相手はデイケアで厄介事を起こしていた子供だった人にすべきだと思った。例の部屋の中で何が行われていたのかもっと知る必要があった。もしかしたら、そのような人々のうちの誰かが教えてくれるかもしれない。
身元確認をさらに進めた後、どうにか該当する人物を探し出せた。その若い女性を「アリス」とする。2週間前、アリスはスプレーでの落書きにより逮捕され、器物損壊罪で告発された。アリスは刑務所暮らしではなく、4か月間の奉仕活動の実施に合意した。アリスの前科の記録によると、法に触れる問題を起こしたのはこれが初めてではないようだ。
「いつもこんな風に問題を起こしているんですか」
アリスは肩をすくめた。
「多分ね」
求める答えを得るのにどれほど苦労するかはっきりとは分からなかった。アリスは何か利益がある場合だけ協力するタイプのようだ。例えば、獄中にいる時間を減らすというような利益が。
「ハッピー・サン・デイケアについて知る必要があるんです。『灰色のドア』について何か覚えていませんか」
一瞬、恐怖の兆候がアリスの目に浮かんだ。顔は青ざめ、数滴の汗が額を流れた。
「あ、あんなの昔の話だろ」
「絶対に何か覚えていますね。記録によると、10歳のときにデイケアに通っていたそうですね。本当に何も思い出せませんか」
アリスは数回荒く息をすると、冷静さを取り戻し始めた。単に「灰色のドア」の部屋について言及するだけで、数年前の恐怖を呼び起こせるのに十分となると、アリスが経験した恐怖について恐れを抱かずにはいられなかった。ここにいるのは法律違反を経験した人物である。様々な犯罪、主には窃盗、器物損壊、住居侵入で逮捕されたことがある人物。そして、今や、子供時代の何かが罰せられる恐怖を呼び起こした。何故?
「いいよ。教えてやる。でも、約束しろよ。私があんたに何か伝えたって絶対に言うな。分かったか」
アリスは溜息をついた。
「名前は明かしません。極秘とします」
「えっとな、私は外の運動場で遊んでいたんだ。ぶらんこで遊びたかったのを覚えている。別のガキが最初に遊ぶ約束をもうしていたらしいんだ。私は知らなかったから、酷い言い争いになった。私はキレちゃってさ。気付いたときには、あのガキは地面に横たわって泣いていた。きっと、喧嘩していたときにあいつを突き飛ばしたんだな。先公が一人来て、私の腕を掴んで、建物の中に引っ張っていった。先公は、他の子たちが『灰色のドア』の部屋と呼ぶ所に、罰として放り込むって言ってきた」
「部屋の中はどうでしたか」
私は先んじて質問した。
アリスは再度、荒く息をすると、身震いし、溜息をこぼした。
「部屋はほとんど空っぽだった。床が無くて土の地面だったことを覚えている。明かりも薄汚れた古い電球しかなくて、ほとんど切れかけだった。先公は私を押し込んで、ドアをバタンと閉めた。最初、私はドアをドンドン叩いたり、叫んだりしようとしていた。誰か開けろと喚いた。凄く暗くて寒くて、それで凄く怖かった。それで、な、何か物音がしたんだ。何かが背後にいた。振り向いたとき、絶叫したのを覚えている。こんな大声で叫ぶのは生まれて初めてってくらいに」
私は心配で眉をひそめた。
「何を見たんですか」
「犬だよ。いや、とにかく、私は犬だと思った」
アリスは涙を抑えた。
「暗くてよく見えなかった。覚えているのは、今まで見た中で、一番デカくてキショい犬だったってことだけだ。そいつは黄色い目が輝いていて、デカくて尖った歯があって、黒いモジャモジャの毛だらけだった。それで、私がそいつに気付く前に、そいつは私に唸って突っ込んできた。なるべく速く逃げ回ったよ。誰か来て助けてくれって叫んだ。そいつはスカートに噛みついて、私を引きずろうとした。私は躓いて倒れたけど、どうにか奴の顔を何度か蹴って、スカートを離させたんだ。すると、そいつはまた突っ込んできた。でも、私は運が良かった。やっとドアが開いたんだ。先公の一人が私を部屋から引っ張り出して、あの犬が追い付かないうちにドアをバタンと閉めたんだ」
つまり、結局のところ、そこには犬がいた。証言は全て一つに繋がろうとしていた。マーガレットによる、絶叫や唸り声を聞いたという証言。スコットによる、「灰色のドア」の部屋に送り込まれて恐怖する子供たちについての証言。そして今、アリスによる、件の部屋に送り込まれて、大きく危険な犬の類に襲われたという証言。それでも、更なる情報が必要だ。どうして犬が使用されたのか。どうしてそれが隠蔽されたのか。もしかしたら、ハッピー・サン・デイケアで働いていた人は、そのような罰を子供に施すのは極端すぎると恐れていたためかもしれない。それか、動物権利団体から訴えられることを恐れていたためかもしれない。
私はアリスに時間をとってくれた例を言い、次に話すべき人を見つけに出発した。多分、別の従業員が良いだろう。運が良ければ、「灰色のドア」の部屋の中で行われていたことについての真実を明かすことができるかもしれない。もう一度、ハッピー・サン・デイケアで働いたことのある人の記録を辿り始めた。
私と話すことを厭わない人を探すのにいくらか時間を要した。元従業員のほとんどは、多忙で都合がつかないか、単にインタビューを受けたがらなかった。そのうちの数名は私に向けて暴言まで吐き捨てた。私が過去に起きたことを調査していることに、その元従業員たちは怒っているのか、それとも、更なる秘密が明かされると起こりかねない何かを恐れているのかも、判別がつかなかった。
それでも、私はどうにか一人は見つけ出すことができた。ハッピー・サン・デイケアで働いていたときの体験を私に話してもいいという人物だ。彼を「スミス氏」と呼ぶことにする。スミス氏はデイケアがまだ営業していた頃に、デイケアの裏手で管理人の仕事をしていた。スミス氏がどうにかこの職に就けたのは、彼のおばがデイケアの運営者の一人だったというだけの理由だった。しかし、スミス氏はデイケアが数年前に廃業してから、別の町に移住していた。つまり、対面でインタビューすることはできないということだ。そのため、代わりに電子メールでやりとりをした。
スミス氏は、自分は10代のときからある種のナルコレプシーを患っており、夢遊病の病歴もあると説明した。医師たちはスミス氏の症状の原因を解明できなかったが、それと関係する他の健康への悪影響も見つけられなかった。この病気が原因で、スミス氏は仕事を見つけるのが難しかった。おばがどうにかしてハッピー・サン・デイケアでの仕事を与えてくれて感謝していたと、スミス氏は述べた。
私は聞きたいことが沢山あった。ただ、最初にどれを質問すべきか、確信が持てなかった。最初の返答を受信した後、私は返事を書いた。病気を患っているにも関わらず、どのようにして仕事を続けられたのか知りたかった。薬物治療を受けていたのか。他の従業員や子供たちはスミス氏をどう扱っていただろうか。
数日後に返事が来た。スミス氏から来た最新のメールをすぐに開いて、読み始めた。スミス氏の返答によると、彼のおばが特別な薬草のお茶を調合してくれるそうで、そのお茶のおかげでナルコレプシーを抑制していたという。おばは薬草のお茶の効能を固く信じていたようで、市場に出回るどの標準的な薬よりもよく効くと言っていたそうだ。スミス氏は、そのお茶はひどく苦く、そのお茶を飲むのが大嫌いだったが、それでも仕事を続けたかったから飲まなければいけなかったと述べていた。ただ、時折、おばがお茶に必要な葉を切らしてしまい、スミス氏が眠りに落ちてしまうことがあった。このため、別の従業員が、スミス氏がうっかり自分や他者に怪我をさせることがないように、確認に行っていた。
自分がどのような扱いだったかという点について、スミス氏の説明によると、子供たちは概してとても親切だったという。子供たちのほとんどは非常に好奇心旺盛で、スミス氏が働いている間に数多くの質問をしてきたものだった。数名は迷惑なことをしていたが、スミス氏にはそのうちの誰かが酷く問題を起こしていたというような記憶は無かった。他方で、他の従業員たちはスミス氏の周囲にいるとき、不安そうにしていた。他の従業員たちは周囲にいるとき、極度に用心深くしているようだったという。また、おばはいつも自分を見張っていたとスミス氏は述べた。ただ、これは自分の体調のためか、他に何らかの理由があったのか、スミス氏にははっきりとは分からなかった。
スミス氏の証言により、心の中でさらに疑問が生じた。どうして他の従業員たちはスミス氏の周囲で不安を覚えていたのか。スミス氏が上層部の人間の甥だったためか。それとも、他に理由があったのか。また、おばがスミス氏を見張っていたという件もある。多分、「灰色のドア」の部屋に関する問題全体を、スミス氏から秘密にしようとしていたのだろう。もしかしたら、スミス氏が例の犬を見つけて警察に通報することを恐れていたのかもしれない。
スミス氏があの部屋について何か知っているか知る必要があった。すぐに返信を書き、大きな空っぽの部屋のこと、子供たちが犬の類に襲われていたことについて何か知っているか質問した。
数日後、スミス氏から返答があった。返信を開いて読み始めた。
スミス氏は、デイケアに犬の類がいたという記憶は無いという。実のところ、動物を敷地に入れるのは禁止されており、リスやネズミが入ってこないように罠を自分が仕掛けていたとスミス氏は語った。スミス氏のおばもかなり厳しくペットの持ち込みを禁止していた。どうやら、子供がアレルギーを持っていた可能性があったためらしい。スミス氏は、アリスが自分を襲ったと主張している犬は、おそらく誰かが安っぽい犬の着ぐるみを着ていただけだろうと説明した。部屋がほとんど真っ暗だったのは、子供に犬が偽物であると悟らせないようにするためだろうとも述べた。引っ掻き傷や噛み跡はただ躓いたり、うっかり自分を引っ掻いたりしてできたものだろうとも語った。
驚いたことに、スミス氏自身も何度か「灰色のドア」の部屋に行ったことがあった。奇妙なことに、それはいつもお茶を切らしていたときだったという。部屋の中で目を覚ましていた。誰かが自分をそこに運んで、他人の邪魔にならないように眠れるようにしたのか、それとも、夢遊病が再発して誤って部屋に立ち入ってしまったのかははっきりとは分からなかった。部屋は本来、図画工作関係の様々な備品を保管するための大きな物置になる予定だったが、予算削減が原因で完成しなかったのだという。おばはその場所が無駄になることを望んでいなかったらしく、そのため、不品行な子供を罰するための用途に使用することが決定されたのだという。おそらく、誰かが犬の着ぐるみを買って、部屋に送り込んだ子供を怖がらせるために着ていたのだろうと、スミス氏は推測していた。罰せられる恐怖を教え込ませるための手段ということだ。
私は最後のメールに、返信に時間をとってくれたことへの感謝の言葉を記した。ハッピー・サン・デイケアにまつわるあらゆることが繋がり始めた。元児童と従業員の双方との様々なインタビューから集めた情報から、不品行な振舞いをした子供たちが「灰色のドア」の部屋と呼ばれる大きな空っぽの空間に送り込まれる。そこには犬、もしくは、犬の着ぐるみを身につけた何者かがいて、部屋に送り込まれた子供を追い回す。最後に、犬が重大な傷害をもたらさないうちに、子供を安全な場所に引き込む。
為すべきことが一つだけ残っている。ハッピー・サン・デイケアの中に入り、自分自身でかの悪名高き「灰色のドア」の部屋を調べるのだ。この奇妙な隠された謎を解く何かがあるのか、自分自身で確かめる必要があった。
数分かけて、車でその地方へと向かい、件の廃屋へ辿り着いた。前の道で車を停め、深呼吸を数回行った。玄関が施錠されていなかったのは幸運だった。静かにドアを押し開き、中を見始めた。
内部は薄汚れており、埃が積もっていた。様々な机や椅子が長い間使われずに放置され、クモの巣がかかっていた。黴臭い空気が建物の中を充満し、今やこの場所を住処としていたネズミたちの排泄物の臭気も漂っていた。控え目に言っても、吐き気を催す状況だった。
様々な場所を探索した後、すぐに嫌な予感を覚えさせる灰色のドアを見つけた。非常に恐ろしい部屋へと通じるとされるあのドアだ。ドアは非常に重く、何度か試してようやくこじ開けることができた。
アリスが説明した通り、部屋は暗く空っぽで、床は土の地面が剥き出しで、薄汚れた電球があった。電球は昔に切れてしまっていた。そのため、古い机を重しにしてドアを開きっぱなしにして、内部が見えるようにした。
地面や壁には微かに血痕が見えた。しかし、何の血かは区別がつかなかった。また、壁には奇妙な痕跡が残されていた。よく見てみたところ、間違いなくある種の爪痕と似ていることが分かった。部屋の調査を続けたところ、地面に様々な足跡があることに気付いた。多くは消えかけていたり、別の足跡と重なったりしていた。しかし、それでもいくつかは判別がついた。ほとんどは子供の足跡だった。この足跡の持ち主は何かから逃げていたように見える。
他に特異的な足跡があり、私の関心を引いた。厳重に調査をした。足跡のうちの少なくとも一つは、特異的な肉球、爪、足指の1本1本が間違いなく判別できた。これは安っぽい着ぐるみなどではない。ハッピー・サン・デイケアは犬を使って子供たちを脅していたのだ。
連中が隠蔽してきたことを人々に知らせなければならない。しかし、デイケアを出て車へ戻る途中、あの足跡に関して不安を呼び起こす点が一つあった。
いつから犬は二本足で歩くようになったんだ?