画像RSS

2025年10月19日日曜日

禍話リライト「蝋燭の男」

かぁなっきさんが2018年12月の放送で、5年ほど前に聞いたと前置きして語った話。

ある日、仲の良い友人同士で集まってドライブに出かけたときのこと。男だらけでむさ苦しいが、気ままで楽しい時間だった。

夜の山道を走っていたとき、Aさんという人がトイレに行きたいと言い出した。

「できれば奥まった場所がいいかな、なんて」

「近くにコンビニなんてねぇぞ」

運良く車を停められそうな場所があった。辺りは竹林が広がっており、筍取りに来る人が駐車場の代わりに使っていそうな場所だった。 停車すると、Aさんは車を出て、慌てて走っていった。

車に残された友人たちは、そこら辺ですりゃいいのに、馬鹿だなと軽口を叩いた。 すると、Aさんはすぐに戻ってきた。あまりにも早すぎる。さすがに用を済ませたとは思えない。

車に飛び乗るや否や、Aさんは絶叫した。

「逃げろ。早く出せ。早く」

よく見ると、Aさんはズボンを濡らしていた。運転手も絶叫した。

「ふざけんな。新車だぞ」

「逃げろ。早く、早く」

「逃げろって、何からだ」

「後ろ見ろ、後ろ」

Aさんの必死の叫び声を聞いて、彼らは振り返った。すると、揺らぐ小さな明かりが見えた。目を凝らすと、明かりの正体は蝋燭だった。蝋燭の火がかなりの速さで竹林の中を移動していた。

揺らめく炎は車に近付いていき、それにつれて、蝋燭が移動する理由が分かってきた。着物姿の中年ほどの男が、火のついた蝋燭を持って、竹林を走っていたのである。

男の着物は薄手で、竹の枝で切り傷を負いそうな格好だったが、男は意に介していないようだった。 不思議なことに、かなりの速度で走っているにも関わらず、蝋燭の火は消えることがなかった。

蝋燭の火と謎の男の姿を見て、車内は騒然となった。運転手は急いで車を発進させた。 車を走らせているうちに、蝋燭の火は遠くなっていき、しまいには見えなくなった。 運転手は車を路肩に停めた。彼らはひとまず冷静になり、Aさんから事情を尋ねることにした。

「急に出てきたんだ。あのオッサン、絶対にオバケだ」

Aさんが用を足している最中に、先程の男が唐突に現れたという。人が走っているような物音は聞こえなかったそうだ。 竹林の中を走っていれば、体が枝や葉に当たって、普通は何か物音がする。 何の音もせず、ただ蝋燭の火と、奇怪な男の姿だけが見えた。Aさんは身を震わせながら、そのように説明した。

思わぬ災難に遭い、車内には重苦しい空気が充満した。 皆が沈黙している中、Bさんという男がおずおずと口を開いた。

「あのオッサン、走ってきたよね。こんなところに停めていたら、そのうちに追いつかれるのでは」

「結構離れたし、大丈夫でしょ。蝋燭の火も見えないし」

Bさんの表情は晴れなかった。

「でも、蝋燭の火を隠して、闇に紛れているかも。夜だから、蝋燭の明かりが無いと、見えないだろうし」

Bさんの懸念は当たっていた。突如、車の近くで蝋燭の明かりが出現した。Bさんの想像通り、男は蝋燭の火を隠して忍び寄っていたようだ。

車内は再び恐慌に陥った。運転手は発進しようとするが、慌てているためか、上手くエンジンがかからなかった。 不運なことに、運転手は喫煙者だったため、運転席の窓を開けっ放しにしていた。蝋燭の男は運転席の方に駆け寄ってきた。 男は何か話しかけていたようだが、皆の絶叫で男の声はかき消された。

「早く出せ。早く」

「来てる。来てるぞ」

間一髪のところで、車のエンジンがかかった。車は猛スピードで山中の道を進んでいき、蝋燭の火は見えなくなった。 車を走らせているうちに、車は街に辿り着いた。人々の日常の営みを示す明かりに照らされて、彼らはまるで生き返ったかのような心地がした。安堵のあまりか、車内を軽口が飛び交った。

「B、お前が余計なことを言うからだろ」

「俺が言ったおかげで気付けたんでしょ。俺のおかげだよ」

「元はと言えば、あんな近くで車を停めたのが悪い」

彼らが運転手を見ると、相変わらず落ち込んでいるようだった。Aさんが声をかけた。

「ごめん、変なことに巻き込んで」

運転手の顔は青褪めていた。

「そうじゃない。俺、聞いたんだ」

蝋燭の男が運転席に駆け寄っていたとき、運転手には男の姿が明瞭に見えた。男は蝋燭を燭台に乗せずに、素手で掴んでいた。 窓を開けていたため、男の声もはっきりと聞こえたのである。

「なんで熱くならないか、分かる? なんで熱くならないか、分かる?」

男はその言葉を繰り返していたという。

九州の山奥での出来事である。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という企画で語った怪談を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

どことなく既視感を覚えた方もいると思います。この話の数年後に語られるのですが、「禍話アンリミテッド 第二十二夜」(2023年6月17日) で朗読された忌魅恐NEO「思ったほど熱くなかった話」と共通する要素があります (高橋知秋様のリライトを参照)。何か関係があるのでしょうか。

なお、元の朗読は若干汚い表現が多いです。放送を聞く際はご注意ください。どのような内容かは察してください。

作品情報
出自
禍話R 第七夜 (禍話 @magabanasi放送、「ロウソクの男」より)
語り手
かぁなっき様
聞き手
佐藤実様

0 件のコメント:

コメントを投稿