作品紹介
CreepypastaであるTulpaを訳しました。 Creepypasta Wikiでは“Historical Archive”や“Suggested Reading”に指定されています。 「タルパ」は「トゥルパ」ともいい、「想像上の分身」というような意味の言葉のようです。
作品情報
- 原作
- Tulpa (Creepypasta Wiki。取得。oldid=1401069)
- 原著者
- 不明
- 翻訳
- 閉途 (Tojito)
- ライセンス
- CC BY-SA 4.0
タルパ
昨年、私は6か月間、心理学の実験と説明されたものに参加していた。地元の新聞に掲載されていた広告を見つけたことがきっかけだった。その広告には、想像力が豊かで、お金を稼ぎたい人を探しているとあった。その週の広告では遠方で応募資格があったのはそれしかなかった。私は広告を出した人々に電話をかけて、面接の約束を取り付けた。
研究者たちは部屋にただいればいいだけの仕事だと説明した。一人で部屋にいて、脳の活動を読み取るためのセンサーを頭に付け、さらに、部屋にいる間に自分の似姿を思い描けばいいという。研究者たちは似姿のことを「タルパ」と呼んでいた。
とても簡単なことに思えたから、支払われる金額について説明を受けた後、すぐに実験の参加を了承した。そして、翌日に仕事が始まった。研究者たちは私を簡素な部屋に連れて行き、ベッドに寝かせ、それから、私の頭にセンサーを取り付けた。センサーは私の横にあるテーブルの上の小さな黒い箱に繋げられた。研究者たちは再び、自分の似姿を思い描く方法について説明した。もし、退屈したり落ち着かなかったりしても、自分が動き回るのではなく、似姿が動き回っている様子を思い描いたり、似姿と交流したりするなどすべきだと言った。部屋にいる間はずっと、似姿が自分と一緒にいると想像するということだ。
最初の数日間は苦労した。ここまで空想を制御しようとしたことはなかった。数分間、似姿のことを想像しても、そのうちに気が散った。しかし、4日目までには、どうにか6時間ずっと似姿を「存在」させ続けられるようになった。研究者たちは私は上手くやっていると言っていた。
2週目に、私は別の部屋に行くことになった。その部屋の壁にスピーカーが取り付けられていた。研究者たちは気を散らせる刺激があってもタルパを維持できるか見たいと言っていた。音楽が流れだしたが、調子はずれで、耳障りで、落ち着かなくさせるものだった。音楽のせいで似姿を思い描くのが少し難しくなったが、それでも私はどうにかやり遂げた。次の週では、彼らはさらに落ち着かなくさせる音楽を流した。途中で、金切り声や、フィードバック・ループ、旧式のモデムがダイヤルアップするときのような音、どこかの外国語を話す耳障りな声が挟まった。私はただ一笑に付した。そのときにはプロになっていた。
1か月ほど経ち、私は退屈し始めていた。気晴らしにドッペルゲンガーに接触してみることにした。会話をしたり、じゃんけんをしたり、タルパがジャグリングやブレイクダンスをしているところを想像したり、興味がそそったことを何でもやった。研究者たちに、馬鹿なことを想像して研究に悪い影響が出ないか質問したが、研究者たちはむしろそれを奨励した。
そうして、私はタルパと遊び、意思疎通した。しばらくのうちは楽しかった。そのうちに、少し奇妙なことが起こった。私がタルパに最初のデートの話をしたとき、タルパが私の間違いを指摘したのだ。私はデートで黄色い上着を着ていたと言ったのだが、タルパは上着は緑色だったと言ってきた。少し考えて、タルパの言ったことが正しいことに気付いた。私は怖くなってきた。その日の仕事を終えた後、研究者たちにそのことを話した。「あなたはその思考形態を利用して潜在意識に接触しているのです」と研究者たちは説明した。「ある意識のレベルでは自分が間違ったことを言ったことに気付いていたため、潜在意識的に自分の発言を訂正したのです」
怖かったものが急に格好いいものに変わった。私は自分の潜在意識と会話しているのだ!いくらか練習が必要だったが、タルパに質問すればどんな記憶も引き出せることが分かった。何年も前に一度だけ読んだ本のすべてのページや、高校で教わってすぐに忘れてしまったことを思い出せた。素晴らしい体験だった。
研究センターの外で似姿の「呼び出し」を始めたのはその頃だった。最初は頻繁にではなかったが、このときには似姿を想像するのにかなり慣れていたため、似姿を見かけないと違和感を覚えるほどだった。だから、退屈したときはいつも、似姿を思い描いた。ついにほぼいつも似姿を想像するようになった。目に見えない友達のように連れ回すのは楽しかった。友達と出かけるときや、母親の元を訪ねるときにタルパのことを想像した。一度、デートにタルパを連れて行ったことさえある。タルパへは声を出して話しかける必要はなかったため、誰にも気付かれずにタルパと会話することができた。
奇妙に見えるのは分かっている。ただ、そのときは楽しかったのだ。タルパは、私が知るすべてのことや、忘れてしまったすべてのことを漏れなく収めた歩く保管庫というだけでなく、ときには私以上に私のことをよく理解しているようでもあった。自分では何となく気付いていたが、そのことを認識していなかった些細な身振りを、タルパは不気味なほどに把握していた。たとえば、タルパを連れていったデートのとき、デートが上手くいっていないと思っていた。すると、タルパは、彼女が私の冗談にやけに大笑いしていたことや、私が話しているときは身を乗り出していたことを指摘した。タルパは他にも私が意識的には気付いていなかった些細な手がかりを沢山拾い上げた。タルパの言葉を聞いたおかげで、そのデートはすごく上手くいったとだけ言っておこう。
研究センターに行くようになって4か月経った頃には、タルパは常に私と一緒にいるようになっていた。ある日、仕事を終えると、研究者たちが私の元に近付き、タルパを思い描くのをやめるかどうか聞いてきた。私が否定すると、研究者たちは嬉しそうだった。私は密かにタルパに、どうしてこんな質問をしてきたのか分かるかと聞いたが、タルパは肩をすくめるだけだった。だから、私も同じように肩をすくめた。
その時点で、私は少し世間から距離を置くようになっていた。人と付き合うときに問題が起きていた。私は自分自身が形を成したものと相談できるが、一方で、人々は自分自身のことに困惑し、自分自身のことをはっきりと分かっていないように思えた。そのせいで、社会生活を送るうえで気まずい思いにさせられた。他の誰も自分の行動の背後にある理由、つまりは、どうして自分はあることに対して激怒し、どうしてあることに対しては笑うのか、分かっていないようだった。人々は何が自分を揺り動かしているのかが分かっていないのだ。しかし、私は理解している。少なくとも、自分自身に問うて、答えを得ることはできる。
ある日の夕方、友人が私を責めてきた。私が住むアパートの一室に来た友人は、私が出てくるまで玄関のドアを激しく叩いた。友人は怒りながら部屋に入ってきてまくしたてた。「ここ数週間、俺が電話しても出なかったな、この野郎」友人は叫んだ。「何か文句でもあるのか」
私は友人に謝ろうとして、確か、夜に一緒に飲みに行こうと提案しようとしていたはずだ。ただ、タルパが突然に怒り狂った。「奴を殴れ」タルパはそう言った。そして、自分が何をしているのか認識しないうちに、私は友人を殴っていた。友人の鼻の骨が折れる音が聞こえた。友人は床に倒れ込み、それからふらふらとしながら立ち上がって近付いてきた。アパートの部屋のあちこちで私と友人は殴り合った。
私はこれまでになく怒り狂い、慈悲を捨てた。私は友人を殴り倒すと、肋に2回、荒々しく蹴りを入れた。すると、友人は逃げ出して、背中を丸めて咽び泣いた。
数分遅れで警察が来たが、私は友人がけしかけたのだと説明し、友人は言い返そうとしなかったため、警察は警告だけして私を放免した。タルパはずっと歯を見せて笑っていた。その夜、私はタルパと一緒に勝利について鼻高々に語り合い、いかに友人を手酷く殴打したかせせら笑って話した。
翌朝、鏡を見て目の周りの青痣と切れた唇の様子を確かめているときになって初めて、どうして自分が暴れ出したのかを思い出した。私の似姿こそが激怒したのであって、私ではなかった。私は罪悪感を覚え、少し恥ずかしくもなった。しかし、タルパこそが私を心配していた友人と物騒な喧嘩をするように仕向けたのだ。もちろん、タルパはその場にいて、私の考えを把握していた。「君にはもう奴なんて不要だよ。他の誰だって必要じゃないんだ」タルパは私にそう言った。鳥肌が立つのを感じた。
私は自分を雇った研究者たちにこのすべてを説明した。しかし、彼らは一笑に付すだけだった。「自分が想像したものを恐れるなんてあり得ませんよ」研究者の一人が私にそう言った。似姿がその研究者の隣に立ち、頷くと、にやにやとした笑みを私に向けた。
私は研究者たちが言ったことを自分に言い聞かせていたが、それから数日間ずっと、タルパに対する不安が膨らんでいっているのに気付いた。タルパに変化が起こっているようだった。背が高くなっているように見えた。もっと脅威的な存在になっているように思えた。タルパはいたずらっぽく目を輝かせた。ずっと浮かべている笑みの中に悪意の影が見えた。自分の心を失うほどの価値のある仕事などない。そう決心した。タルパが制御できなくなったら鎮めよう。私はその時点でタルパにかなり慣れてしまい、タルパを自然に思い浮かべられるようになっていた。だから、タルパを思い浮かべないように精一杯の努力を始めた。数日の時間が必要だったが、いくらか効果が出てきた。一度に数時間は消滅させられるようになった。しかし、タルパは戻ってくるたびに、さらに悪化しているようだった。肌は灰色になり、歯はさらに鋭くなっているように見えた。タルパは不満げにシッと言ったり、訳の分からないことを早口でまくしたてたり、脅してきたり、悪態をついたりした。数か月間、耳障りな音楽が聞こえていたが、彼と一緒にいるとどこにいても聞こえてくるようだった。家にいるときさえも、くつろいで、うっかりタルパを見ないように集中するのをやめてしまうと、タルパが現れて、耳をつんざくあの音も聞こえ始めるのだった。
私はまだ研究センターに通い、そこで6時間を過ごしていた。金が必要だったのだ。それに、研究者たちは私が今となっては積極的にタルパを思い描いていないことに気付いていないと思っていた。それは間違いだった。5か月と半月が過ぎたある日、仕事が終わると、二人の物々しい男が私を捕まえて拘束し、白衣を来た人が私の体に皮下注射針を突き刺した。
部屋の中で昏迷から目が覚めた。ベッドに縛られて拘束されていた。音楽が鳴り響いていた。そして、私のドッペルゲンガーがげらげらと笑いながら私を見下ろしていた。タルパはもはやほとんど人間には見えなかった。容貌が捻じくれていた。目は眼窩に落ち窪み、死体の目のように霞がかっていた。私よりもかなり背が高くなっていた。しかも前屈みになっていてだ。手が捻じくれていて、爪が猛禽類のそれのようになっていた。要するに、とんでもなく悍ましくなっていた。念じて退散させようとしたが、集中することができないようだった。タルパはくすくすと笑うと、私の腕の静脈注射をコツコツと叩いた。精一杯、拘束から脱しようとしたが、ほとんどろくに動けなかった。
「奴ら、お前を上物のブツでパンパンにしようとしているみたいだ。どんな気分だ。何もかもぼんやりしているのか」話しかけながら体を傾けてだんだんと近くに寄ってきた。私は喉が詰まりそうになった。タルパの息は腐った肉のような臭いがした。集中しようとしたが、タルパを追い払うことはできなかった。
それから数週間はひどいものだった。時折、白衣を着た人が部屋に来て、私の体に何かを注入したり、丸薬を飲ませたりした。連中は私をめまいがしてぼんやりとした状態にし続けて、ときどき幻覚や妄想を起こさせた。私の思考形態はまだいて、いつも嘲笑っていた。タルパは私の妄想の産物と接触していた。もしかしたらタルパが妄想を引き起こしたのかもしれない。母親がそこにいて私を叱る幻覚を見た。すると、タルパは母親の喉を切り、私に血の雨を浴びせた。あまりにも現実みがあって、血の味まで分かった。
医者たちは決して私に話しかけてこなかった。私はたまにお願いをしたり、叫び声を上げたり、罵倒の言葉を投げかけたり、返答を求めたりした。医者たちは決して私に話しかけてこなかった。タルパには話しかけていたのかもしれない。私だけの怪物に。はっきりとは分からない。麻薬漬けにされて混乱していたから、ただの妄想である可能性の方が高い。それでも、私は医者たちがタルパと話していたことを覚えている。私はタルパが実在の人物であり、自分が思考形態だろうと思うようになった。タルパはたまにそのような考えを後押しし、またあるときは私を嘲った。
妄想だと願っていることが他にもある。タルパが私に触れることができるというものだ。それどころか、私に傷を負わせることもできるかもしれないのだ。私がタルパに十分な関心を示していないと感じると、タルパは私をつつき回した。一度、私の睾丸を掴み、私が愛しているというまでぎゅっと握ってきた。またあるときは、タルパが私の前腕を爪で切りつけてきた。まだ傷跡がある。ほぼいつも、自傷したのであり、タルパがやったという幻覚を見ただけだと自分を納得させている。ほぼいつも。
それからある日、タルパが私の姉を皮切りに私の愛する人全員のはらわたを抜いてやるという話をしていた。その最中、タルパが硬直した。不満そうな表情が顔をよぎると、手を伸ばして私の頭に触れた。母親が私が熱を出したときにやったように。タルパはしばらくの間じっとして、そのうちに微笑んだ。「すべての思考は創造的だ」タルパは私にそう言った。それから、タルパはドアを開けて出て行った。
3時間後、私は注射を打たれて、意識を失った。目が覚めると、拘束が解かれていた。震えながらドアの方に向かっていくと、ドアは鍵がかかっていなかった。部屋を出ると人のいない廊下に続いていた。私は走った。一度ならず躓いたが、階段を降りて、建物の裏手の空地に出た。そこで私は倒れ、子供のように涙を流した。移動し続けなければいけないと分かっていたが、涙を止めることができなかった。
ついに家に着いた。どうやって家に辿り着いたのかは覚えていない。ドアの鍵を閉め、ドレッサーをドアに押し付け、長々とシャワーを浴びた。そして、1日半ほど眠り続けた。その夜は誰も訪ねてこなかった。その翌日も誰も来ず、またその翌日も。事は終わったのだ。私は1週間を部屋に閉じこもって過ごした。ただ、1週間は1世紀にも感じられた。以前に世間からかなり距離を置くようになっていたため、誰も私が行方をくらましていたことに気付いていなかった。
警察は何も見つけられなかった。警察が捜索したとき、研究センターは空っぽだった。書面の証拠は無駄だった。連中への呼び名は偽名だった。私が受け取った金ですら見たところ追跡できないもののようだった。
私はできる限り回復した。あまり家から出なくなっている。家から出るとパニックの発作が出る。よく泣くようにもなっている。あまりよく眠れないし、悪夢もひどい。もう終わったのだと私は自分に言い聞かせている。私は生き残ったのだ。私はあのクソ野郎どもが教えてくれた集中するための方法を、自分を納得させるために使っている。効き目がある、ときどきは。
今日は効かなかった。3日前、母親から電話があった。悲劇が起きたのだ。警察によると、姉は連続殺人犯の新たな犠牲者になったのだという。犯人は犠牲者を襲うと、はらわたを引きずり出すのだ。
葬儀は今日の午後だった。葬儀屋が手を尽くしてくれて、すばらしい式になったと思う。それでも少し取り乱していた。聞こえたのは、どこか遠くから聞こえてくる音楽だけだった。耳障りで落ち着かなくさせるそれは、フィードバックや金切り声、モデムのダイヤルアップ音のようにも聞こえた。まだその音楽は聞こえている。今は、前よりも少し大きくなっている。
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