「東池袋自動車暴走死傷事故」と言えば、インターネット上で勃発した「上級国民」騒動が記憶に新しい。日本語版Wikipediaは騒動のあおりを受け、「東池袋自動車暴走死傷事故」の記事で事故を起こした運転手の実名を載せるべきか論争になった。「飯塚幸三」という記事まで作られた。 どうしてそんな論争になったかと言えば、そもそも日本語版Wikipediaでは基本的に事件の犯人の名前を載せないという慣習があったためである。運転手の名前を載せなかったのは、運転手が「上級国民」だったためではなく、あくまでただのしみったれた老人が起こした交通事故に過ぎないからという理由だった。最終的に、運転手の勲章剥奪などの理由から特筆性があるとして、実名を載せる方針で落ち着いた。
色々な意味で下らない論争だった。タクシー代すらケチる上級国民様にまつわる陰謀論を展開する人々も、プライバシー問題に固執するWikipediaコミュニティも、馬鹿げたことにエネルギーを浪費しているとしか思えなかった。
英語版Wikipediaにはそのようなつまらない慣習はないため、飯塚先生の名前を記事に載せることを躊躇う必要がない。何だったら、被害者の名前を載せることすら容赦しない。
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東池袋暴走自動車衝突事故
「東池袋暴走自動車衝突事故」は2019年4月19日に東京都豊島区東池袋で発生した交通事故であり、2名が死亡、9名が負傷した。
87歳の運転手がブレーキと間違えてアクセルを踏み、交差点に進入して歩行者や自転車と衝突した。この事故の余波として、被疑者が元高級官僚で叙勲された人物だったことから特別待遇を受けたと見なされ、日本中でこの件に対する抗議が広まった。
概要
飯塚幸三 (いいづかこうぞう、87歳) は旧・通商産業省 (現・経済産業省) の工業技術院長を務めたことがある人物だった。2019年4月19日午後12時25分、飯塚はトヨタ・プリウスを運転し、東京都豊島区東池袋の東京メトロ東池袋駅付近の交差点で交通事故を起こした。
飯塚が運転した自動車は赤信号を無視し、横断歩道を渡っていた歩行者数名を撥ねた。この事故で2名 (母とその娘) が死亡し、12名が負傷した。負傷者には運転していた飯塚本人と助手席にいたその妻を含む。
飯塚は赤信号を2回無視しており、飯塚の自動車に搭載されていたドライブレコーダには事故の際にブレーキを踏んでいたという記録は無かった。事故の直後、飯塚は息子に電話をかけ、アクセルが戻らずに人を撥ねたと伝えた。しかし、警視庁により行われた調査では、自動車に故障は発見されず、エアバッグは正常に機能したことが確認された。
最初のメディアの報道では、負傷者は8名 (飯塚と同乗していたその妻を含む)、死者は2名とされた。しかし、4月24日、警視庁はさらに2名 (死者とは別の母娘) が軽傷を負っていたと告知した。これにより、計12名が死傷したことになる。
運転手の飯塚は事故の時点で既に、両脚に問題を抱えており、医師からはパーキンソン病が原因と推定されていた。そのうえ、飯塚が事故の原因と主張していたアクセルには問題が無いことが明らかになり、警視庁は事故は飯塚自身による自動車の誤操作が原因であると判断した。
事故から7か月後の2019年11月12日、警視庁は「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」などの違反の容疑で東京地方検察庁に書類送検した。約3か月後の2020年2月6日、東京地方検察庁は飯塚を逮捕せずに起訴した。
2020年10月8日、初公判が開かれたが、飯塚は無罪を主張し続けた。自動車が故障していたと訴え、アクセルを踏んだ覚えはないと述べた。2021年3月4日、自動車メーカの技師は自動車部品に問題は発見されなかったと証言した。
2021年7月15日の公判で、検察官は飯塚に対して禁固7年を求刑した。最終的に、2021年9月2日に禁固5年が宣告された。
事故
飯塚が運転した自動車に搭載されたドライブレコーダが、事故とその余波を映像に記録していた。
東京地方検察庁によると、事故の際のドライブレコーダの映像で、左カーブに入る際に飯塚の妻が「危ないよ、どうしたの」[出典]と叫ぶ声が記録されており、その後に飯塚の「あー、どうしたんだろう」[出典]という声が続いた。その後、自動車はカーブに突っ込み、車道左側の金属製のガードレールに衝突した。近くの監視カメラの映像では、そのときに飯塚がパニックになり、交差点に時速100キロメートルほどの速度で進入する様子が記録されていた。自動車はゴミ収集車に側面から衝突して転覆させ、横断歩道を渡っていた多数の自転車や歩行者を撥ねた。
事故後、飯塚はすぐに警察に通報するのではなく、息子に電話をかけて、アクセルが戻らなくて大勢を轢いてしまったと伝えた。
飯塚は急いでいたため時速50キロメートル制限を超過してカーブに進入したと説明した。自身と妻がフランス料理店の予約に遅れそうになっていたという。飯塚は蛇行運転をしており、事故の直前、他の車を追い越すために、3回車線変更していた。
飯塚の自動車は信号無視した後も加速し、母娘に衝突して死に至らしめたときは時速96キロメートルに達していた。
飯塚起訴のための請願
2名の死者、松永真菜 (まつながまな、31歳) とその娘の莉子 (りこ、3歳) の葬儀が2019年4月24日に開かれた。葬儀と同日、被害者の夫は記者会見を開き、被害者の写真を人々に公開すると告知した。2019年7月18日、再度記者会見を開き、2名を死に至らしめた件で飯塚を起訴するための署名集めを始めると告知した。署名集めは8月3日に南池袋公園で開始された。そこは娘の莉子が頻繁に遊んでいた場所だった。2019年9月20日に開かれた東京地方検察庁交通部への報告会の時点までに、391,136名分の署名が集まった。
その後、飯塚は起訴されたが逮捕されず、移動の自由は保たれたままだった。
民事裁判
2019年10月、被害者の夫だった松永拓也 (まつながたくや) は飯塚に対して提訴し、刑事裁判と同時で進行している。2021年1月、松永は民事訴訟手続きが開始されたことを告知した。
事故の影響
特別待遇を受けたという主張
日本の標準的な警察の慣例では、犯罪被疑者を捕まえたときに逮捕する。また、日本の標準的な報道の慣例では、事件被疑者を苗字に「容疑者」(suspect) と付けて呼び、通常の敬称である「さん」や「様」を付けない。しかし、飯塚は事故現場でもその後も逮捕されることがなく、警察の報告や報道では「飯塚容疑者」ではなく「飯塚元院長」や「飯塚さん」と呼ばれた。これにより、飯塚は元高級官僚であり、「上級国民」(high-class citizen) と見なされたため、特別待遇を受けているという批判が生じた。
事故担当の捜査官たちは、飯塚も負傷者であり、病院に入院しているため、逮捕されなかったと述べた。つまり、この事故は刑事訴訟規則に規定されている逮捕の要件を満たしていなかったということである。この規則は、犯人が逃亡したり証拠を隠滅したりする恐れがあることを根拠としている。捜査官たちは、事故からいくらか時間が経って初めて飯塚が元官僚であると確認したと主張しており、インターネット上の批判は不正確であるとした。
飯塚を通常通りに「容疑者」と付けて呼ばずに敬称を使った件について、朝日新聞は「社会的影響力のある公職に就いていたことを伝える」[出典]ためだったと説明した。また、西日本新聞は、「逮捕前は敬称や肩書を付けるという明確なルール」[出典]を反映したと述べた。
なお、後の2019年11月12日の書類送検後の報道では、いくつかのメディアは飯塚を「容疑者」と付けて呼ぶようになった。慶應大学の大石裕教授は、メディアでの飯塚の敬称についての議論に関して、被疑者が元官僚だったから警察やマスメディアが被疑者を守ろうと結託しているという見方が定着し、その観点から批判が相次いでいると思うと述べた。
著述家の橘玲は、逃亡したり証拠を破棄したりする恐れがあるという条件を満たしていないため被疑者を逮捕する必要がないという話は、人権弁護士が長年主張してきたことだが、ほとんどの逮捕はそのような弁護士による抗議に全く考慮することなく行われていたため、この事故では逮捕は不要であると即決させるような何かがあったと想像するしかないと評した。
飯塚が受けた待遇は「上級国民」という流行語を産み出し、その年のユーキャンによる「流行語大賞」にノミネートされた。「上級国民」は小学館による大辞泉の「今月の新語」の5月部門で選ばれ、さらに「大辞泉が選ぶ新語大賞」で推薦数第3位になった。
東洋経済の評論家である真鍋厚は、この事故への反応を分析し、飯塚の事故後の言動は火に油を注ぎ、結果としてこの事故は人々に弁解しない嘘吐きや冷血なサイコパスの方が普通の正直な人々よりも成功しやすいことを示しており、一般人の時代精神と逆行していると記している。この厚かましい恥知らずの勝利がモラルの喪失を示しており、これにより人々はむかつきや怒りを覚えている。
真鍋は、多くの人々にとって、この事件は日本法はもはやあるべき形には機能しておらず、犯罪者が自身の社会上の特権的地位を利用して罪から逃れていることを示しているとも述べている。
日本語版Wikipediaでの論争
事故に対する注目から、日本語版Wikipediaで飯塚の記事が作成された。その記事は飯塚の業績について詳細に記していたが、事故については言及がなかった。編集者たちは事故に関する追記編集を削除し続けたが、最終的には記事に保護がかかり、日本語版Wikipediaの管理者以外は編集できなくなった。記事のノートが作成されると、編集者たちはこのことをコミュニティの協議の結果として言及した。以来、そのトピックが複数回あがった。2020年10月8日当時のノートにあった13件のトピックのうちの12件がこの決定を疑問視するものだった。しかし、そのような協議での試みはすべて、同じ編集者たちによりその話題は既にコミュニティにより協議済みであり、決定事項であると返答された。
Wikipedia記事の問題はソーシャルメディアで広く議論され、その後、日本のニュースメディアで報じられた。主に小規模のウェブメディアで報道されたが、朝日新聞のような大手新聞でも取り上げられ、Wikipedia編集者たちの決定を疑問視した。
日本語版Wikipediaの著名な編集者2名 (そのうち1名はシェークスピア専門家の北村紗衣) が朝日新聞の記事に対して釈明し、日本語版Wikipediaコミュニティはウィキメディア財団には訴訟時にコミュニティを支援する国内支部が存在しないため、プライバシー侵害の可能性のある問題から生じる法的リスクを非常に深刻に捉えていると説明した。
高齢者による運転免許証の自主返納
この事故は高齢者の運転による事故の問題への関心を再びもたらした。この話題は数年前から続いていた。事故の余波としてより多くの高齢者が自主的に運転免許証を返納するようになったと報じられた。例えば、フジニュースネットワークは、事故の翌週に東京都内で1,200名もの人が運転免許証を自主返納したと報じた。この後、警視庁によると、事故から半年後、42,252名が運転免許証を自主返納し、前年の同時期の返納者数を80%超えた。飯塚の運転免許証は2019年5月に東京都公安委員会により取消し処分とされた。
出典
- 『池袋暴走、ドラレコに音声 87歳男性「あー、どうしたんだろう」同乗の妻の問いに』, 毎日新聞, 2019年4月19日, 2023年4月2日取得
- 『「なぜ容疑者と呼ばない」臆測生んだ メディアの課題は』, 朝日新聞デジタル, 2019年4月26日, 2023年4月2日参照
- 『「上級国民」…』, 西日本新聞, 春秋, 2019年5月3日, 2023年4月2日取得
上記以外の出典は原文を参照。
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