Aさんが友人たちと、夜中に廃墟へ肝試しに行ったときの体験談。
その廃墟はかつては何らかの施設だったようだ。古めかしいポスターが貼られ、故障した自動販売機が放置されていた。Aさんたちは逸る気持ちとほんのりとした恐怖をないまぜに、廃墟の中を探索した。
しかし、思わぬ横槍が入った。廃墟には先客が居たのである。カップルと付添いの友人という組み合わせの三人組だった。
Aさんたちは気まずい気持ちになり、先に廃墟から出た。玄関の近くで三人が廃墟から出るのを待つことにした。よく見ると、駐車場には三人が乗ってきたらしき車が停まっていた。駐車場はかなり広く、放置された廃車やゴミに紛れていたこともあり、車の存在に気付かなかったようだ。
しばらく暇を潰していると、廃墟から大きな物音が聞こえた。それは例の三人が廃墟の中を全力で走っている足音だった。三人は勢いよく玄関から飛び出した。Aさんは走り去っていく三人の背中へ向けて声をかけた。
「どうしたんですか」
すると、最後尾の男が返答した。カップルに付き添いで来たらしき人物だ。
「ここヤバいですよ。早く帰った方が良いです」
付き添いの男はランドセルほどの大きさの箱を抱えていた。カップルは駐車場に停めた車の運転席と助手席に飛び乗った。付き添いの男も箱を抱えたまま後部座席に乗り込んだ。Aさんたちは三人が乗った車の方へ駆け寄った。運転席にいたカップルの片割れの男が窓を開けた。
「早く逃げた方が良いですよ」
Aさんは廃墟の中で何が起きたのか聞き出そうとした。
「何かあったんですか」
すると、三人は口々に叫んだ。
「人形! 人形!」
三人は興奮していたためかまともな説明ができず、ただ「人形!」と叫ぶばかりだった。
「ヤバい人形があったんですか」
「そう、人形!」
三人の乗った車はそのまま駐車場を出ていった。
残されたAさんたちは、三人の忠告を無視して廃墟を探索することにした。どうやら恐ろしい人形があるようだが、所詮は人形である。動き出して襲い掛かってくるわけもない。不意に怖い人形に出くわしたら驚くかもしれないが、事前に情報を知っているのであれば、大したことは無いだろう。
しかし、Aさんたちの予想は意外な形で外れた。廃墟をいくら探索しても、人形は見つからなかったのである。最上階まで隈なく探したが、ぬいぐるみやマネキンの類すら無かった。
Aさんたちは期待を裏切られ、白けた気分になった。おそらく例の三人は何か別の物を人形と見間違えたのだろう。Aさんたちがそろそろ帰ろうかと思っていると、仲間の一人が窓の外を見てあることに気付いた。
「おい、あの人たち戻ってきているぞ」
Aさんたちも窓を見ると、駐車場に三人の車が停まっていた。
Aさんたちは三人の様子を見ることにした。廃墟を出てみると、三人の車は室内灯がついていた。ぼんやりとしか見えないが、どうやら三人とも車の中にいるようだ。
「どうしたんですか。忘れ物ですか」
Aさんたちは懐中電灯を三人の車に向けた。そして、三人の姿を見て唖然とした。
三人は女の顔を模したゴム製のマスクで顔を隠していた。そして、頭には長い鬘を被っていた。三人は微動だにしなかった。無表情なマスクと黒髪。背筋を伸ばし、動かずにじっとしている様は、まさしく人形のような姿だった。首から下は先程見たときの服装のままだった。おそらくは同一人物のはずである。
車の運転席の窓は開けたままだった。Aさんは声を詰まらせながらも話しかけた。
「あの、どうしたんですか」
しかし、車中の三人は反応を示さなかった。人形のように固まったままだった。
運転席の男はハンドルを握っていた。もしかしたら、車を急発進させて襲い掛かってくるかもしれない。Aさんたちは廃墟に戻り、三人の様子を見ることにした。
Aさんたちが廃墟の最上階にまで戻ると、友人の一人が窓の外を眺めながら呟いた。
「そういえば、あいつら箱を持っていたな。あの箱の中にマスクとかが入っていたんだろう」
彼の言葉に誰も反応しなかった。溜息をつきながら、三人の車の様子を見張った。Aさんたちは朝まで待ってみることにしようと腹を括った。
そして、朝五時頃。Aさんは痺れを切らし、三人の偵察に向かうことにした。もしかしたら三人は眠っているかもしれないと期待していた。今のところ、車に全く動きが無かったためである。
Aさんは静かに階段を降りて、廃墟の玄関を出た。三人の車に近寄ってみたところ、明け方だったこともあり、車中の様子が垣間見えた。
どうやら三人は眠っていないようだった。相変わらず、マスクと鬘を身につけて、車の中でじっとしていた。
そして、後部座席に四人目がいた。
その人物も女の顔を模したマスクと、長い黒髪の鬘を纏っていた。微動だにせず人形のふりをしていた。
Aさんは理解した。この四人目は元は廃墟に潜んでいたのだろう。三人は人形の姿をしたその人物と出会い、恐慌を来して逃げ出した。しかし、追いつかれてこのような有様になっているのだろう。
Aさんは悲鳴を上げて、廃墟へ駆け戻っていった。Aさんたちは恐怖に身を震わせつつ、三人の車の様子を見張った。ふと気が付くと、車はいなくなっていた。こうして、Aさんたちは無事に廃墟から脱出することができた。
後日、Aさんはこの恐怖体験を他の友人に話した。友人たちは怖い、怖いと口々に言い合い、場が盛り上がった。すると、Bさんという男が冷ややかな反応をした。
「人形のふりをした幽霊ね。コスプレイヤーの幽霊なんじゃないの。ふざけた格好してさ」
Bさんはコスプレイヤーを毛嫌いしており、事あるごとにコスプレイヤーを中傷する。Aさんたちは彼の悪癖をうんざりするほどよく知っていたため、いつものように軽口として扱ってBさんをいなし、話を流した。
しかし、「人形」はBさんの言葉を聞き逃していなかったようだ。
それから半年後。Bさんはこれまで社内恋愛をしていたが、別れることになった。その後、別の相手を見つけたが、すぐに関係は破綻した。
AさんはBさんの元恋人から話を聞くことができた。元恋人によれば、夜になると、Bさんの家に誰かが訪ねてくるそうだ。その人物は玄関の前で何か話しかけてくる。元恋人はドアに耳を当ててその声を聞き取り、後悔した。その声は甲高く、間延びしており、このような言葉を繰り返していた。
「日本人形です。よろしくお願いします」
今もBさんの家には、日本人形を名乗るものがBさんの言葉を否定するために訪ねてきているそうだ。
この話には続きがある。
禍話の語り手であるかぁなっきさんは、この体験談を文章で受け取った。そのため、「日本人形です」のくだりをどのような節回しで言えばいいのか分からなかった。どうしたものかと考えたあげく、この話をすぐには語らず、寝かせたまま放置してしまった。
ある日、かぁなっきさんはCoCo壱番屋に行き、カレーを食べていた。店内には親子連れが居て、幼い少女がはしゃいで騒いでいた。少女は左手を掲げて、人差し指と中指を曲げたポーズをとった。そして、甲高い声で間延びした調子で叫んだ。
「日本人形でぇす。よろしくお願いしまぁす」
かぁなっきさんはある種の啓示として受け取り、この話を語ることを決意したという。
本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怖い話を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。
作品情報
- 出自
- 禍話インフィニティ 第二十四夜 (禍話 @magabanasi、放送、「人形廃墟」、「よろしくお願いします」より)
- 語り手
- かぁなっき様
- 聞き手
- 加藤よしき様
