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2024年9月23日月曜日

Creepypasta私家訳『ハッピー・サン・デイケア』(原題“Happy Sun Daycare”)

作品紹介

はすお様からのリクエストで翻訳しました。廃業した保育園に隠された過去の物語です。

“Happy Sun Daycare”は「ハッピー・サン保育園」などとも訳せそうですが、「ハッピー・サン・デイケア」の方が通りがよさそうに思い、こちらを採用しました。

作品情報
原作
Happy Sun Daycare (Creepypasta Wiki、oldid=1509662)
原著者
Chelsea.adams.524
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

ハッピー・サン・デイケア

私の住む町から数マイルほど外れに、古い邸宅が建っていた。この邸宅はデイケアに改装されていた。利用者は朝に子供を車から降ろし、夕方に子供を拾って帰るのである。しかし、このデイケアは数年前から廃業していた。前庭が建物からほんの数フィート離れた場所にあり、そこに看板が立っていた。看板には「ハッピー・サン・デイケア」と書かれており、可愛い見た目で漫画風に描かれた太陽の絵もあった。この前庭には柵が無く、その中には遊具が設置されていたが、故障しており、錆び始めていた。滑り台、ぶらんこ、雲梯、メリーゴーランドはかつて、外で駆け回ったり遊んだりしていた子供たちが群がっていた。その後、遊具はその地域に棲む鳥やリスの止まり木となり、子供ではなくアリが群がっていた。

私はハッピー・サン・デイケアについての記事を書くことにした。自分が執筆の仕事をしているニュースブログに掲載するのである。その理由の一つは、現在、周囲にいる人の数名が、そのデイケアに通っていたことがあったためである。彼らがデイケアで経験したことや、後の人生で何らかの影響があったかどうかを纏めれば面白い話になるかもしれないと思っていた。別の理由は、そこまで悪気がないとは言えないものだ。他人に自分の子供の面倒を見てもらうことに関して思い悩む人が、世の中には常にいるものだった。その無くなることのない不安は、自分の息子や娘の安全についてである。とりわけ、インターネット上で掲載されている、デイケアに関係する様々な悲劇についての恐怖譚は、そんな不安を掻き立てた。

記事を作るため、従業員だけでなく、子供の頃にデイケアに通っていた人にもインタビューを行うことにした。あまりにも偏った内容に見えないように、できるだけ多くの異なる視点が必要だった。もちろん、取材相手のプライバシーのため、実名を使わないと合意をとった。

最初のインタビュー対象は中年の女性であり、デイケアで幼児の面倒を見ていた。プライバシーのため、女性の名は「マーガレット」とする。

「デイケアでのお仕事はどのような感じでしたか」

「うーん、そんな大したことは無かったですよ。ただ子供を相手に普通に仕事をするだけの毎日でした。私の場合は赤ちゃんですけどね」

「なるほど、そこでの仕事で何か問題はありましたか」

マーガレットは首を横に振った。

「赤ちゃんの件で? もちろん、ありませんよ。騒ぐこともありますけど、悩みの種なんてことは全然ありませんでした。子供となるとまた別の話ですけど」

興味をそそる発言だった。ハッピー・サン・デイケアに通っていた子供たちは、従業員が対処するにはあまりにも人数が多かったのだろうか。それとも、これまで隠されてきた虐待事件があったのか。調べてみなければならない。

「それはまたどうしてですか」

「えっとですね」

マーガレットは一瞬、思案した。私に話すことに不安があるかのようだった。

「くぐもった悲鳴を聞いたことが何回かあったんですよ。あ、いえ、悲鳴ではないです。絶叫ですね。最初、子供が怖がっているふりをしているだけかと思っていました。でも、聞けば聞くほど、あの絶叫は真似ではないことに気付きました。何かが子供たちを怖がらせていたんです。ケガをさせていたのかもしれません」

「負傷した子供を見たことがあるのですか」

マーガレットは頷いた。

「はい。ほとんどは普通の擦り傷や打ち身だけでした。遊んでいるときに転んだり、友達に見せつけようとして頭をぶつけたりしたんでしょう。でも、何人かは様子がおかしいように見えました。保健室へ向かう途中で、時折、すれ違う子供を見かけました。そんなときはいつも、その子供は引っ掻かれたり、噛まれたりしていたみたいでした」

子供が引っ掻かれたり噛まれたりしていたのか。それは誰にとっても心配の種だろう。おそらく、なんらかの野生動物がデイケアの近くに棲み付いて、好奇心旺盛な子供が近づいてしまったのだ。多分、野犬が運動場に迷い込み、何も知らない哀れな子供たちが犬を撫でようとしたのだろう。

「その地域には動物がいたんですか。野犬でしょうか? アライグマ? もしかしてオポッサムの巣が?」

「違うと思います。デイケアではペットの連れ込みは禁止でした。野生動物を入れないように、夜は罠を設置していました。辺りで犬がうろついていたのかもしれません」

マーガレットは首を横に振った。

「もしかしたら、その犬が子供たちに噛みついたのでしょうね」

「いえ、犬の鳴き声を聞いただけなんです。実際に見たことはありません。時折、唸り声や遠吠えを聞いたというだけです」

なるほど、マーガレットは犬の鳴き声のようなものを聞いただけだった。何かの音を犬のものと誤認した可能性を除外できない。もしかしたら、子供が犬の真似をしただけなのに、本物と勘違いしたのかもしれない。もしかしたら、風の音を犬の唸り声だと思ったのかもしれない。もしそうだったとしても、マーガレットが見かけた引っ掻き傷や噛み跡のある子供についても説明がつくだろう。引っ掻き傷は単に、うっかり枝や柵の一部に引っ掛かっただけ、ということもあり得なくもない。犬の唸り声に聞こえた物音の件もあって、マーガレットは子供が野良犬か何かに襲われたという結論に飛びついてしまったのかもしれない。

それでも、デイケアについて調べる必要があった。犬の襲撃事件が隠蔽された可能性もあり、次にインタビューする相手はかつてデイケアに通っていた人が良いだろうと思った。もしかしたら、子供の頃の記憶が残っている人がいるかもしれない。マーガレットの証言に光を当てる記憶の持ち主がいるかもしれない。

身元確認をいくらか行った後、私はどうにか該当する人物を発見できた。その若い男性はだいたい5・6歳の頃にハッピー・サン・デイケアに行ったことがあった。ここでは「スコット」とする。スコットは地元の肉屋で働いていた。スコットのシフトが終わるまで待たなければならなかったが、その後にインタビューを開始できた。幸運にも、待ち時間は長すぎない程度で、質問を考える時間ができた。

「ハッピー・サン・デイケアについて何か覚えていることはありますか。昔のことだとは分かっています。でも、もしかしたら何か思い出せませんかね」

スコットは一瞬考えた後、口を開いた。

「あまり多くは。通っていたときは、まだ5歳、それか6歳かそこらでしたから。その齢の子供がやるようなことばかりやっていたとしか覚えていませんね。遊びとか、指絵とか、アニメ見るとか。そういう感じの」

私は頷いた。

「あなたは良い子でしたか」

「だいたいは。時々、面倒事を起こしたりもしましたけど。深刻すぎることは何も。普通の子供の癇癪ですよ。ほら、昼寝したくないとか、野菜は嫌だとか、そういう」

「なるほど」

私は返答しつつ、メモ帳にスコットの発言を書き留めた。

「それなら、デイケアは躾の仕方は適正でしたか」

「まあ、それなりに。俺は叱られたくらいですね。時々、『お休み』というのも受けました。数分間、隅っこに座らされるんです。子供たちの中に戻っても大丈夫と思われるまでそうするんですね。でも、もしそれだけしかなかったのなら、運が良い方です」

スコットの言葉には少し当惑した。運が良いとは? どう運が良いのか。もしかして、デイケアに通っていた子供たちの中で、もっと言うことを聞かなかった子はもっと厳しい罰を受けたのかもしれないと思い始めた。ハッピー・サン・デイケアの従業員たちは、もっと議論の的になるような、公には知られたくない躾の方法をとっていたのか。

知らなければならない。

「つまり、どういうことでしょうか」

一瞬、スコットは身震いした。スコットは子供時代の何かを思い出していたようだ。それが彼を怯えさせ、大人になってからも影響を与えたのかもしれない。

「マジの面倒事を起こした子供は、『灰色のドア』に送り込まれるんです」

スコットは深く溜息をついた。

「俺は行ったことはありません。何人かが行ったのを知っています。喧嘩をした奴とか、ひどい癇癪を起した奴とか。そういう子供は最終的にはあの部屋に行きました。あそこで何があったのかは分かりません。でも、みんないつも、目を見開いて震えながら出てきました。何人かは泣き出していました。絶叫した子もいました。ゲロを吐いて気絶した子も一人いました」

私は僅かに眉をひそめた。何か恐ろしいことが、「灰色のドア」と呼ばれる部屋で行われていたのか。そのとき、私はマーガレットの発言を思い出し、マーガレットの証言とスコットの証言の関係性を確認することにした。

「その子供たちには引っ掻き傷や噛み跡がありましたか。それと、変な音を聞いたことはありますか」

スコットは頷いた。

「何人かは、『灰色のドア』から出た後に、引っ掻き傷を負っていました。でも、そいつらは入る前からそういう傷があったと思うんです。最初は傷に気付いていませんでしたけど。そいつらは躓いたか何かしたのかもしれないです。激しく呼吸する音を聞いたことがあります。子供が走り回って息切れしただけかもしれないです。はっきりしたことはちょっと」

最初、マーガレットは犬の唸り声を聞いたと言った。それから、スコットは激しい呼吸の音を聞いたと言った。奇妙な音に、不品行な子供が負った謎の引っ掻き傷、そして「灰色のドア」の部屋の謎。ハッピー・サン・デイケアがここ数年の間に隠してきたものは一体何なのだろうと考えずにはいられなかった。

私はスコットに話す時間をとってくれた礼を言い、次のインタビュー対象の元へ向かった。「灰色のドア」に対する関心は依然として高く、私は次の相手はデイケアで厄介事を起こしていた子供だった人にすべきだと思った。例の部屋の中で何が行われていたのかもっと知る必要があった。もしかしたら、そのような人々のうちの誰かが教えてくれるかもしれない。

身元確認をさらに進めた後、どうにか該当する人物を探し出せた。その若い女性を「アリス」とする。2週間前、アリスはスプレーでの落書きにより逮捕され、器物損壊罪で告発された。アリスは刑務所暮らしではなく、4か月間の奉仕活動の実施に合意した。アリスの前科の記録によると、法に触れる問題を起こしたのはこれが初めてではないようだ。

「いつもこんな風に問題を起こしているんですか」

アリスは肩をすくめた。

「多分ね」

求める答えを得るのにどれほど苦労するかはっきりとは分からなかった。アリスは何か利益がある場合だけ協力するタイプのようだ。例えば、獄中にいる時間を減らすというような利益が。

「ハッピー・サン・デイケアについて知る必要があるんです。『灰色のドア』について何か覚えていませんか」

一瞬、恐怖の兆候がアリスの目に浮かんだ。顔は青ざめ、数滴の汗が額を流れた。

「あ、あんなの昔の話だろ」

「絶対に何か覚えていますね。記録によると、10歳のときにデイケアに通っていたそうですね。本当に何も思い出せませんか」

アリスは数回荒く息をすると、冷静さを取り戻し始めた。単に「灰色のドア」の部屋について言及するだけで、数年前の恐怖を呼び起こせるのに十分となると、アリスが経験した恐怖について恐れを抱かずにはいられなかった。ここにいるのは法律違反を経験した人物である。様々な犯罪、主には窃盗、器物損壊、住居侵入で逮捕されたことがある人物。そして、今や、子供時代の何かが罰せられる恐怖を呼び起こした。何故?

「いいよ。教えてやる。でも、約束しろよ。私があんたに何か伝えたって絶対に言うな。分かったか」

アリスは溜息をついた。

「名前は明かしません。極秘とします」

「えっとな、私は外の運動場で遊んでいたんだ。ぶらんこで遊びたかったのを覚えている。別のガキが最初に遊ぶ約束をもうしていたらしいんだ。私は知らなかったから、酷い言い争いになった。私はキレちゃってさ。気付いたときには、あのガキは地面に横たわって泣いていた。きっと、喧嘩していたときにあいつを突き飛ばしたんだな。先公が一人来て、私の腕を掴んで、建物の中に引っ張っていった。先公は、他の子たちが『灰色のドア』の部屋と呼ぶ所に、罰として放り込むって言ってきた」

「部屋の中はどうでしたか」

私は先んじて質問した。

アリスは再度、荒く息をすると、身震いし、溜息をこぼした。

「部屋はほとんど空っぽだった。床が無くて土の地面だったことを覚えている。明かりも薄汚れた古い電球しかなくて、ほとんど切れかけだった。先公は私を押し込んで、ドアをバタンと閉めた。最初、私はドアをドンドン叩いたり、叫んだりしようとしていた。誰か開けろと喚いた。凄く暗くて寒くて、それで凄く怖かった。それで、な、何か物音がしたんだ。何かが背後にいた。振り向いたとき、絶叫したのを覚えている。こんな大声で叫ぶのは生まれて初めてってくらいに」

私は心配で眉をひそめた。

「何を見たんですか」

「犬だよ。いや、とにかく、私は犬だと思った」

アリスは涙を抑えた。

「暗くてよく見えなかった。覚えているのは、今まで見た中で、一番デカくてキショい犬だったってことだけだ。そいつは黄色い目が輝いていて、デカくて尖った歯があって、黒いモジャモジャの毛だらけだった。それで、私がそいつに気付く前に、そいつは私に唸って突っ込んできた。なるべく速く逃げ回ったよ。誰か来て助けてくれって叫んだ。そいつはスカートに噛みついて、私を引きずろうとした。私は躓いて倒れたけど、どうにか奴の顔を何度か蹴って、スカートを離させたんだ。すると、そいつはまた突っ込んできた。でも、私は運が良かった。やっとドアが開いたんだ。先公の一人が私を部屋から引っ張り出して、あの犬が追い付かないうちにドアをバタンと閉めたんだ」

つまり、結局のところ、そこには犬がいた。証言は全て一つに繋がろうとしていた。マーガレットによる、絶叫や唸り声を聞いたという証言。スコットによる、「灰色のドア」の部屋に送り込まれて恐怖する子供たちについての証言。そして今、アリスによる、件の部屋に送り込まれて、大きく危険な犬の類に襲われたという証言。それでも、更なる情報が必要だ。どうして犬が使用されたのか。どうしてそれが隠蔽されたのか。もしかしたら、ハッピー・サン・デイケアで働いていた人は、そのような罰を子供に施すのは極端すぎると恐れていたためかもしれない。それか、動物権利団体から訴えられることを恐れていたためかもしれない。

私はアリスに時間をとってくれた例を言い、次に話すべき人を見つけに出発した。多分、別の従業員が良いだろう。運が良ければ、「灰色のドア」の部屋の中で行われていたことについての真実を明かすことができるかもしれない。もう一度、ハッピー・サン・デイケアで働いたことのある人の記録を辿り始めた。

私と話すことを厭わない人を探すのにいくらか時間を要した。元従業員のほとんどは、多忙で都合がつかないか、単にインタビューを受けたがらなかった。そのうちの数名は私に向けて暴言まで吐き捨てた。私が過去に起きたことを調査していることに、その元従業員たちは怒っているのか、それとも、更なる秘密が明かされると起こりかねない何かを恐れているのかも、判別がつかなかった。

それでも、私はどうにか一人は見つけ出すことができた。ハッピー・サン・デイケアで働いていたときの体験を私に話してもいいという人物だ。彼を「スミス氏」と呼ぶことにする。スミス氏はデイケアがまだ営業していた頃に、デイケアの裏手で管理人の仕事をしていた。スミス氏がどうにかこの職に就けたのは、彼のおばがデイケアの運営者の一人だったというだけの理由だった。しかし、スミス氏はデイケアが数年前に廃業してから、別の町に移住していた。つまり、対面でインタビューすることはできないということだ。そのため、代わりに電子メールでやりとりをした。

スミス氏は、自分は10代のときからある種のナルコレプシーを患っており、夢遊病の病歴もあると説明した。医師たちはスミス氏の症状の原因を解明できなかったが、それと関係する他の健康への悪影響も見つけられなかった。この病気が原因で、スミス氏は仕事を見つけるのが難しかった。おばがどうにかしてハッピー・サン・デイケアでの仕事を与えてくれて感謝していたと、スミス氏は述べた。

私は聞きたいことが沢山あった。ただ、最初にどれを質問すべきか、確信が持てなかった。最初の返答を受信した後、私は返事を書いた。病気を患っているにも関わらず、どのようにして仕事を続けられたのか知りたかった。薬物治療を受けていたのか。他の従業員や子供たちはスミス氏をどう扱っていただろうか。

数日後に返事が来た。スミス氏から来た最新のメールをすぐに開いて、読み始めた。スミス氏の返答によると、彼のおばが特別な薬草のお茶を調合してくれるそうで、そのお茶のおかげでナルコレプシーを抑制していたという。おばは薬草のお茶の効能を固く信じていたようで、市場に出回るどの標準的な薬よりもよく効くと言っていたそうだ。スミス氏は、そのお茶はひどく苦く、そのお茶を飲むのが大嫌いだったが、それでも仕事を続けたかったから飲まなければいけなかったと述べていた。ただ、時折、おばがお茶に必要な葉を切らしてしまい、スミス氏が眠りに落ちてしまうことがあった。このため、別の従業員が、スミス氏がうっかり自分や他者に怪我をさせることがないように、確認に行っていた。

ハッピー・サン・デイケアで、子供たちを襲った、「犬」とされるもの。

自分がどのような扱いだったかという点について、スミス氏の説明によると、子供たちは概してとても親切だったという。子供たちのほとんどは非常に好奇心旺盛で、スミス氏が働いている間に数多くの質問をしてきたものだった。数名は迷惑なことをしていたが、スミス氏にはそのうちの誰かが酷く問題を起こしていたというような記憶は無かった。他方で、他の従業員たちはスミス氏の周囲にいるとき、不安そうにしていた。他の従業員たちは周囲にいるとき、極度に用心深くしているようだったという。また、おばはいつも自分を見張っていたとスミス氏は述べた。ただ、これは自分の体調のためか、他に何らかの理由があったのか、スミス氏にははっきりとは分からなかった。

スミス氏の証言により、心の中でさらに疑問が生じた。どうして他の従業員たちはスミス氏の周囲で不安を覚えていたのか。スミス氏が上層部の人間の甥だったためか。それとも、他に理由があったのか。また、おばがスミス氏を見張っていたという件もある。多分、「灰色のドア」の部屋に関する問題全体を、スミス氏から秘密にしようとしていたのだろう。もしかしたら、スミス氏が例の犬を見つけて警察に通報することを恐れていたのかもしれない。

スミス氏があの部屋について何か知っているか知る必要があった。すぐに返信を書き、大きな空っぽの部屋のこと、子供たちが犬の類に襲われていたことについて何か知っているか質問した。

数日後、スミス氏から返答があった。返信を開いて読み始めた。

スミス氏は、デイケアに犬の類がいたという記憶は無いという。実のところ、動物を敷地に入れるのは禁止されており、リスやネズミが入ってこないように罠を自分が仕掛けていたとスミス氏は語った。スミス氏のおばもかなり厳しくペットの持ち込みを禁止していた。どうやら、子供がアレルギーを持っていた可能性があったためらしい。スミス氏は、アリスが自分を襲ったと主張している犬は、おそらく誰かが安っぽい犬の着ぐるみを着ていただけだろうと説明した。部屋がほとんど真っ暗だったのは、子供に犬が偽物であると悟らせないようにするためだろうとも述べた。引っ掻き傷や噛み跡はただ躓いたり、うっかり自分を引っ掻いたりしてできたものだろうとも語った。

驚いたことに、スミス氏自身も何度か「灰色のドア」の部屋に行ったことがあった。奇妙なことに、それはいつもお茶を切らしていたときだったという。部屋の中で目を覚ましていた。誰かが自分をそこに運んで、他人の邪魔にならないように眠れるようにしたのか、それとも、夢遊病が再発して誤って部屋に立ち入ってしまったのかははっきりとは分からなかった。部屋は本来、図画工作関係の様々な備品を保管するための大きな物置になる予定だったが、予算削減が原因で完成しなかったのだという。おばはその場所が無駄になることを望んでいなかったらしく、そのため、不品行な子供を罰するための用途に使用することが決定されたのだという。おそらく、誰かが犬の着ぐるみを買って、部屋に送り込んだ子供を怖がらせるために着ていたのだろうと、スミス氏は推測していた。罰せられる恐怖を教え込ませるための手段ということだ。

私は最後のメールに、返信に時間をとってくれたことへの感謝の言葉を記した。ハッピー・サン・デイケアにまつわるあらゆることが繋がり始めた。元児童と従業員の双方との様々なインタビューから集めた情報から、不品行な振舞いをした子供たちが「灰色のドア」の部屋と呼ばれる大きな空っぽの空間に送り込まれる。そこには犬、もしくは、犬の着ぐるみを身につけた何者かがいて、部屋に送り込まれた子供を追い回す。最後に、犬が重大な傷害をもたらさないうちに、子供を安全な場所に引き込む。

為すべきことが一つだけ残っている。ハッピー・サン・デイケアの中に入り、自分自身でかの悪名高き「灰色のドア」の部屋を調べるのだ。この奇妙な隠された謎を解く何かがあるのか、自分自身で確かめる必要があった。

数分かけて、車でその地方へと向かい、件の廃屋へ辿り着いた。前の道で車を停め、深呼吸を数回行った。玄関が施錠されていなかったのは幸運だった。静かにドアを押し開き、中を見始めた。

内部は薄汚れており、埃が積もっていた。様々な机や椅子が長い間使われずに放置され、クモの巣がかかっていた。黴臭い空気が建物の中を充満し、今やこの場所を住処としていたネズミたちの排泄物の臭気も漂っていた。控え目に言っても、吐き気を催す状況だった。

様々な場所を探索した後、すぐに嫌な予感を覚えさせる灰色のドアを見つけた。非常に恐ろしい部屋へと通じるとされるあのドアだ。ドアは非常に重く、何度か試してようやくこじ開けることができた。

アリスが説明した通り、部屋は暗く空っぽで、床は土の地面が剥き出しで、薄汚れた電球があった。電球は昔に切れてしまっていた。そのため、古い机を重しにしてドアを開きっぱなしにして、内部が見えるようにした。

地面や壁には微かに血痕が見えた。しかし、何の血かは区別がつかなかった。また、壁には奇妙な痕跡が残されていた。よく見てみたところ、間違いなくある種の爪痕と似ていることが分かった。部屋の調査を続けたところ、地面に様々な足跡があることに気付いた。多くは消えかけていたり、別の足跡と重なったりしていた。しかし、それでもいくつかは判別がついた。ほとんどは子供の足跡だった。この足跡の持ち主は何かから逃げていたように見える。

他に特異的な足跡があり、私の関心を引いた。厳重に調査をした。足跡のうちの少なくとも一つは、特異的な肉球、爪、足指の1本1本が間違いなく判別できた。これは安っぽい着ぐるみなどではない。ハッピー・サン・デイケアは犬を使って子供たちを脅していたのだ。

連中が隠蔽してきたことを人々に知らせなければならない。しかし、デイケアを出て車へ戻る途中、あの足跡に関して不安を呼び起こす点が一つあった。

いつから犬は二本足で歩くようになったんだ?

2024年9月12日木曜日

Creepypasta私家訳『セオドアくんへ』(原題“Dear Theodore”)

ベッドの下の写真

"Beds" by Didriks is licensed under CC BY 2.0.

作品紹介

お節介な恐ろしいモンスターについてのお話です。Creepypasta Wikiでは“Suggested Reading”に選出されており、評価が高いです。

作品情報
原作
Dear Theodore (Creepypasta Wiki、oldid=1511170)
原著者
SpiritVoices
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

セオドアくんへ

セオドアくんへ

僕は君のベッドの下に隠れているモンスターです。僕としては、「モンスター」なんて言い方はちょっとキツいと思うけれど、君は僕のことをそう呼んでいるよね。だから、僕もそう名乗ることにするよ。

実を言うと、君以外には多くの名前で呼ばれているんだ。「夜を彷徨う者」というのがそうだね。「影男」というのもそうだ。そんなつもりもないのに、うっかり伝説になってしまったことも何回かあったみたいでね。ビッグフットは僕が森の中を散歩していたときの姿かもしれないと聞いて、君は信じるかな。本当は、姿を見た人次第で決まるから、人によって違うものを想像する可能性がある。今のところ、僕は君の想像したものが一番好きだね。

僕がこれを書いているとき、君は6歳だね。6年間ずっと、僕は君のベッドの下にいた。僕は新生児集中治療室から君についてきたんだ。病院から家に向かうまでの道すがら、僕は君の泣き声を聞いていた。正直に言えば、ベビーベッドは自分の体を圧し潰して下に潜るのが大変だったよ。でも、頑張ったんだ。男の子向けベッドに移ってくれたのはありがたかった。君の背後に潜むのが大分楽になったんだ。

君は成長するにつれて、家を出ることが多くなった。君が帰ってきて、無知な両親の前で、学んできたことについて興奮しながら取り留めもなく喋り出したとき、僕はやっと思い出したよ。子供というものは学校に行くものだということをね。トーマス夫人は君の話を聞いて楽しそうにしていた。僕も奥さんに賛成だな、今のところは。

君が人について話すと、誰でも素敵な人のように思える。君は人の一番良いところを見ようとするからね。そんな資質に僕は希望を貰った。この世界には、君のように無限に楽観的な人がもっと必要だ。そのことは、デカくて恐ろしい夜のモンスターのことを引き合いに出してもいい。実のところ、君は僕にさえ良いところ見つけようとしている。月が影と光を混ぜ合わせた悍ましいものを君の部屋に差し込ませ、僕がまさに存在するという恐怖で君が身を震わせるとき、君の囁き声が耳に入る。

「僕、怖いよ。君も怖い?」

君が誰に話しかけているか気付いていないのは明らかだ。君にとって、僕は名も無い生き物以外の何者でもない。狙いや目的も無く、ただ定まっていない悪意があるだけの生き物だ。君は僕が辺りにいるときに万が一にも眠ってしまったら、僕が何をやらかすかもしれないか分かっていないみたいだ。昼間、君は僕から離れていて安全だと思っている。影が単に消えているだけとは思わないのかな。僕は君を傷つけたいと望めば、やってのけるよ。

君は4歳のとき、僕の絵を描いたことがある。あのしわくちゃの紙は、しまいには僕のいるベッドの下に行った。君は僕の真の姿を見たことがなかったし、君の芸術の腕前は控え目に言っても未発達だった。だから、当たり前だけど、いくつか間違っているところがあった。君の絵は灰色で描かれたデタラメな落書きだった。尖った歯があって、角が生えていて、数えきれないほどの無数の鉤爪がある。吐き気を催すような悪魔じみたヤマアラシのような感じだった。僕はこの絵を見たとき、つい面白く思ってしまった。君は完全に間違っているとは言わないよ。

僕がこんなことを書いているのは、君が僕について何もわかっていないことを知っているからだろう。でも、僕は君のことをとっても、とっても知っているよ。実のところ、君が自分のことを知っている以上に、僕は君のことを理解していると思う。

君が野菜が嫌いなことを僕は知っているし、果物が目の前に置かれれば、どんな果物でも食べてしまうことも知っている。君のお気に入りのリーシーズ・パフのシリアルを僕は知っているし、君は滅多にそのシリアルを食べられないことも知っている。君は汚い言葉を一つだけ知っているけれど、口に出して言う勇気は無いことを僕は知っている。君が消防士になりたいことを僕は知っているし、2か月前は建設現場の仕事をしてみたいと思っていたことも知っている。君がどちらにもならないことも知っている。君の友達全員の名前を僕は知っている。どの友達が君をいつか裏切ることになるかも知っている。君に最初にできるガールフレンドの名前を僕は知っているし、2番目のガールフレンドの名前も知っている。君の最初で最後のボーイフレンドのことも知っている。君が両親を愛していることを僕は知っているし、両親が君のことを傷つけることさえも知っている。君が何歳で死ぬかも僕は知っている。

君の死を防ぐ方法も知っている。

僕は沢山のことを知っているけれど、この手紙が君の元に届くかははっきりとは分からない。実のところ、君がこの手紙を読むことになるかもはっきりとは分からない。君がもっと成長したとき、僕がやろうと企てていることを理解して、僕の判断に賛成してくれると確信できたらいいのに。でも、本当のことを言えば、君がいつかそうしてくれるかも分からないんだ。

ただ一つ、100%明らかなことは、僕が奴らにやることに後悔しないということだけ。奴らは然るべき罰を受けることになる。なぜならば。夜、窓のところの木の枝が巨人の鉤爪のように見え、暗闇が迫ってくるように見える時間。君が本当に恐れているものは僕ではないと知っているからだ。奥深く、君の心が今なお辿り着けない場所で、君は両親を恐れている。

「僕、怖いよ。君も怖いの?」

君が尋ねたのは僕がたてた物音のことではなく、奴らのことだ。奴らは喧嘩をして、野性動物のように唸る。決して終わるのことのない、無視と怒りの竜巻。君は教室がもたらす仮初の避難所にいて不在のとき、両親がどのように振舞っているかを知らない。君にはまだ奴らがもたらすであろう苦痛がいかほどかを推測できない。君が成長して、甘やかせなくなったことに気付いたそのとき。君が成長して、自分たちが互いにやっているのと同じような扱いを、君にもできるようになったと気付いたそのとき。奴らは君に苦痛を与える。

君は奴らがいなくても上手くやっていけるだろう。縁が切れた方が遥かに素敵だと保証する。しばらくのうちは辛いだろうが、君はまだこんなにも若い。痛みは次第に消えていくだろうし、そのうちに解放される。奴らがもたらす混乱や自滅、虐待から逃れることで、君は自分が望む人生を生きていられるし、引き留める者は誰もいない。

いつか、この手紙を読めば、僕がどうして奴らを君から引き離したかを理解するだろう。そうしたら、君が僕に感謝してくれるといいな。両親の血の悪夢が、徐々に背景に聞こえるハミングの中へ消えていって、君がぎゅっと抱きしめている無尽蔵の楽観に置き換わるといいな。

それで、そんな日が来たら、僕が奴らよりも君のことを大事にしていたことに気付いてくれるといいな。

永遠に君のもの

君のベッドの下に今もいるモンスターより

2024年9月8日日曜日

シャニアニ2ndに水を差す

画像は『アイドルマスターシャイニーカラーズ 2nd season』の「第2章」より引用 (取得。©Bandai Namco Entertainment Inc.)

現在、『アイドルマスターシャイニーカラーズ 2nd season』第2章が全国の劇場で先行上映中。第3章の公開も間近です。 私自身はシャニアニ1期をネット配信で、2期第1・2章を映画館で鑑賞しました。

シャニアニ2期の自分なりの感想を書いておきます。題名の通り、全面的に肯定しているわけではありません。ネタバレも含みます。

まずは1期を蒸し返す

2期の話をするのであれば、まずは1期の話を踏まえる必要があるでしょう。 シャニアニ1期は世間一般からの評価が低い作品でした。アニメで初めてシャニマスに触れた人だけでなく、元からシャニマスが好きだった人からも酷評されました。 私自身も、とてもではないが食えたものではないというのが正直な感想です。

直接的な言葉に頼らずに、表情や天候などを使って、空気感を通じて登場人物の心情を伝えたいという意図は伝わります。 ドキュメンタリー風味の演出を取り入れるなど、何か奇抜なことを実現したかったのだろうとも思います。 シャニマスファンは考察が大好物という方が多いです。 製作側は、そのようなファンが映画から何かを読み取って、様々に話題を広げることを期待していたのでしょうか。

ただ、あまりにもシナリオの内容が平板で、当たり障りが無さすぎです。 考察愛好家たちも、さすがにW.I.N.G.敗北程度しか話題性のある出来事がない筋書きに対して、議論できることなどはほとんどありません。 ドキュメンタリー風味の演出も、ストーリー自体が薄味となれば、その味をさらに希薄にするだけの効果しかありません。

1期の惨状を目の当たりにしたとき、私は駄作ではあるが同情の余地もあるかもしれないと思っていました。 ソーシャルゲームをアニメ化するとなると、登場人物にそれぞれファンが付いているわけで、全員を主役にしたいところです。 しかし、桃太郎役が16人もいて、まともな劇ができるわけもありません。 出番も極力平等に与えようとすれば、16人分の顔のカットを毎度挟むということにもなるでしょう。 真乃の変化や成長が物語の縦軸に置かれており、真乃の出番は他の登場人物よりも多かったです。別格の扱いと言っていいでしょう。 ただ、真乃の心情を空気感で語らせようとした影響もあってか、真乃の印象はそこまで強くは残りません。 真乃は特別扱いしつつも、16人をなるべく平等に扱おうとする意図があるように私には見えました。

ただ、2期を見てからは、1期で製作側が何をしたかったのか、もはや何も理解できなくなってしまいました。

1期は原作のシナリオをほとんど含みません。『Light up the illumination』の要素が部分的に含まれるというだけです。 一方で、2期は原作のシナリオを再編してアニメ化した回が複数存在します。 2期の第2話は『Straylight.run()』、第5話は『天塵』、第7話はアンティーカのファン感謝祭編、第8話は『薄桃色にこんがらがって』が原作です。 これらの原作のエピソードは本来は独立しています。今のところ、2期はライブや真乃の成長を縦軸として、原作由来の物語を繋ぎ合わせています。 第3章もおそらくはそのような内容になると予想されます。

1期の登場人物間の平等志向は、2期では崩壊します。 第7話は咲耶が、第8話は千雪が中心となるエピソードです。ほぼ主役と言ってもいいでしょう。 主役扱いされる登場人物がいると言っても、他の登場人物に出番がないわけではありません。 第7話は結華、摩美々、恋鐘にも大きな見せ場があります。第8話は甘奈も準主役程度の役割はあります。 しかし、第7話は霧子がかなり影が薄いです。第8話は甜花が目立ちにくい立ち位置でした。

登場人物に平等に出番を与えた1期と比べれば、格段に面白いシナリオになっているとは思います。 平等に16人の顔を映そうとすれば、まともな話を作ることができるわけがありません。 ただ、2期で平等を崩してしまうのであれば、1期の時点から2期のような展開にしてしまえばよかったのです。

1期のときから「シャニマス傑作選」とでも題して、原作で評判の良かったエピソードを映像化すれば、皆満足したのではないでしょうか。 1期では出番が少ないエピソードが選ばれたとしても、2期で挽回できるわけです。 『十五夜「おもちをつこう」』や『流れ星が消えるまでのジャーニー』などを映像化すれば、今回は扱いの悪かった子も挽回できたのではありませんか。

1期と2期は製作時期があまり離れていません。1期の評判が悪かったから、2期では手管を変えよう、などと判断する暇は無かったはずです。 結局のところ、1期は一体、何だったのでしょうか。

2期第1章も蒸し返す

前述の通り、2期の第2話は原作の『Straylight.run()』が下地になっています。しかし、元のシナリオからは大幅な変更も加えられています。 その変更点があまり良いとは思えません。

原作は海辺のアイドルイベントが舞台でした。八百長に対抗しようとしたあさひが、直前に出演したアイドルのパフォーマンスを完璧な精度で模倣するという展開です。 一方で、アニメ第2話は、海辺のイベントではなく、室内でのオーディションという設定に変わっていました。 これが原因で、あさひがアイドルのパフォーマンスを模倣するという展開にかなり無理が出ています。 視聴者からしても、元のシナリオの知識が無いと、この展開の意味が分かりにくいのではないでしょうか。

第2話での設定変更の理由はいくつか考えられます。まず、テレビでの放映時期が秋であるという点。 秋に海辺のイベントの話を流すのは不自然という製作側の配慮でしょう。 ストレイライトの水着の3Dモデルを作る手間も省けます。 オーディションという設定に変更すれば、競争相手のアイドルの3Dモデルが無くても、さほど不自然ではありません。 シナリオの別の部分を不自然にすることを許容できるのであれば。

また、第3話は第4話でのライブの準備の話ですが、こちらにも問題があります。 シナリオがそこまで面白くない点は置いておくとして、こちらも展開が不自然です。

アイドルがライブの演出などを考えるというのは、原作のファン感謝祭編などのシナリオにもありました。 ただ、あまりにも演出に関与しすぎです。 せいぜい演出の案を出す程度が現実的なところで、アイドル本人が資材を仕入れに行ったりするのはさすがに異常です。DIYにも程があります。 果穂のリアクションは可愛かったですが、長所はそれくらいです。

ライブ前のアイドルの様子を現実的に描き出すとなると、ひたすらパフォーマンスを練習するだけで終わるでしょう。 それでは絵にはならないという事情も推察できます。 ただ、それはライブ前のアイドルの描写など、最初からしなければいいというだけの話です。 そもそも、ライブを1話丸ごと使って描写する必要性もありません。 ライブの描写はオープニングかエンディングにでもあれば十分で、新曲もそこで流せばいいでしょう。

結局のところ、徹頭徹尾「シャニマス傑作選」にすれば、皆が満足できたのではないか、という話に落ち着きます。 『Straylight.run()』は原作通りに海辺のイベントにすればいい。ハロウィンライブは必要ありません。秋に夏の話を放映して、一体何の問題があるのでしょうか。 本来は独立した原作のエピソードを、ライブを通じて繋ぎ合わせようとしていると前述しましたが、 ライブ絡みの話はシナリオの縦軸としての機能を果たしていないように思います。 評価が高い第2章も、単に原作のシナリオの完成度が高かったというだけで、ライブ関係の話は単なるフレーバーにしかなっていません。

海へ出すつもりはあったのか

第2章はファンからの評価が高いですが、第6話は賛否両論といったところです。 この第6話がかなりの問題児ですが、まずは第7・8話について言及します。

前述の通り、第7・8話は原作のシナリオを再編したものです。 咲耶の幼少期などの補完などもありますが、基本的には原作のシナリオを削ったものと見ていいでしょう。 映画を見たシャニマスファンは、原作の長いストーリーをよくぞアニメ1話にまとめたものだと評して太鼓判を押しています。 ただ、そもそも1話にまとめる必要があったのでしょうか。原作が素晴らしいからこそ、もっと丁寧に扱ってもよかったのではありませんか。 1話だけなどと言わずに、2話分の時間を割いて伸び伸びと描写してもいいわけです。せめて1.5話分程度はあってもいいと思います。

原作のアンティーカのファン感謝祭編は、事務所での忙しい日常を最後にもう一度描写します。 しかし、アニメ第7話ではその部分は削られてしまいました。このパートは咲耶の感情の変化が端的に現れます。 映像化する機会は、もう二度と来ないかもしれません。

アニメ第8話も原作の『薄桃色にこんがらがって』からかなり削っています。 アプリコット編集部が甘奈を選んだ理由を説明する場面がかなり短縮されていますが、そこは重要な部分だったと思います。 アプリコット編集部が単なる悪役ではないことを明示するか否かで、物語に対する印象はかなり変わるはずです。 アニメでも触れてはいますが、知識の無い視聴者にあの描写だけでそれを読み取らせるのは無理があるでしょう。 また、『薄桃色にこんがらがって』はイベント配布sSSR【ドゥワッチャラブ!】が単なるおまけでは終わりません。 千雪の努力が報われるだけでなく、アイドルとしての世俗的な成功だけでは終わらないものを、アルストロメリアが築き上げたことを示唆する内容です。 1話だけでなく、2話分の時間をとれば、【ドゥワッチャラブ!】の内容に触れる時間もあったのではないでしょうか。

ここまで非難を重ねましたが、第7・8話は普通に面白くはあります。 原作の傑作エピソードをアニメ1話分にねじ込むという勿体ないことをしているだけです。省略や多少の改変はあっても、本質を損ねているわけではありません。 ただ、第5話は本質すら留めていません。

第5話は原作の『天塵』の前半部を下地にしています。第7・8話と同じ問題が、同様に第5話にも見られます。 原作のシナリオをアニメ1話に収めようとして、駆け足気味に話が進んでいきます。明らかに尺が足りていません。 ノクチルの原作のシナリオは、間が多かったり、起伏の乏しい話が長々と続いたりと、静謐な印象を与える場面が多いです。 最後にノクチルのメンバー (特に透) が奇抜なことをして、何もかも転覆させてしまうものだから、退屈な印象は残りづらいです。 しかし、ビジュアルノベルでは受け入れられても、アニメに向いている表現手法とは思えません。 アニメで原作の空気感まで再現しようとすれば、1期の二の舞ではないかと心配していたのですが、結果的には杞憂でした。

問題はシナリオの変更点です。第5話は、ノクチルの4人が初出演のテレビ番組を崩壊させますが、海には行かずに終わります。 その後の第6話で、ノクチルが透の決断に促されて、全国ツアーへの参加を決めます。 話の流れから察するに、海には行くことがなく、最終話辺りで披露するであろうライブがその代わりになると予想されます。 秋に海に飛び込んでしまったら、小糸ちゃんが風邪をひきかねないという製作側の配慮のためでしょうか。 観客の振るペンライトが青白く光り、それが海のように見えたというような展開が、代わりに収まるのかもしれません。 夜光虫たちが海に行かずに話が終わるというだけでも問題ですが、アニメは『天塵』のテーマすらも毀損している可能性が高いです。

原作の『天塵』は、ノクチルの4人の破壊的な衝動は自己満足に終わり、観客は誰も評価してくれず、それでも4人は煌めいていた、というような話です。 アニメでは海に行く可能性はほぼ無く、283プロの合同ツアーでノクチルがアウェイになるとも思われません。 まさか、原作のLanding Pointやマッチライブのように、観客からバッシングを受けるなんてことも無いでしょう。 仮に観客から露骨に嫌われているという描写があったとしても、かなり不自然な展開になると思われます。 『天塵』の儚い味わいは、アニメ化に際して儚くも霧散してしまったようです。前半部のシナリオだけが宙ぶらりんに残ってしまったように思います。

これだけでも十分に問題があるのですが、透に対して真乃の介入があったという点も厳しいものがあります。 ノクチルは幼馴染で結成されたユニットであり、固い絆とそれに伴う閉鎖性が特徴です。 メンバーそれぞれにノクチルとは無関係の交友関係が全く無いというわけではありませんが、ユニットのことともなると、プロデューサーですら踏み込めない聖域があります。 そうでなければ、『ワールプールフールガールズ』のシナリオは成立しません。解散の件も、事前にプロデューサーに確認をとっておけば済む話です。 しかし、アニメ第6話では、その禁忌は真乃にあっさりと蹂躙されてしまいました。 真乃の言葉に刺激を受けた透、透の言葉をきっかけに奮起した幼馴染3人、といった具合に、真乃が結果的にはノクチル全体の方向性を決定付けてしまっています。

真乃と透の関係性は、原作では『アジェンダ283』や【裏声であいつら】などで断片的に描かれています。 ただ、真乃の存在が透に影響を及ぼすという描写に説得力があるとは思えません。そこまでの関係性が描かれたことは無いはずです。 アニメのシナリオにおいて、真乃は一応は別格の扱いを受けています。 しかし、1期の描写の曖昧さや展開の平板さもあって、アニメの描写から真乃に透を動かすだけの力があると読み取るのも難しいと思われます。

繰り返すようですが、「シャニマス傑作選」を徹底すれば無難だったのではないでしょうか。 真乃の成長やライブを物語の縦軸に据えようとして、原作由来のエピソードに歪みをもたらしているように思います。

実を言えば、私はノクチルのイベントコミュは全般的に好きではありません。『天塵』も本音を言えば、あまり興味はありません。 それでも、『天塵』の改悪があまり話題にならないことに違和感を覚えています。 ノクチルファンではない私ですら気になった箇所を、ノクチルファンはどうとも思っていないのでしょうか。不思議でなりません。

結局のところ

ここまで文句を書き連ねてきましたが、私のような一ファンがご意見を表明をしたところで、何か意味があるわけではありません。 アニメ1・2期は既に完成済みで、私が批判すれば、高山Pが襟を正してアニメを作り直してくれるわけではありません。 そもそも、アイドル一人一人がバンダイナムコの財産であるわけで、私が自由にできるものは何一つありません。 私のような一消費者にできることは、コンテンツに金を出すか、時間を割くかを決めることだけです。

それにもかかわらず、どうしてこんな罵詈雑言をつらつらと書き連ねたのか。 シャニアニ2期第2章に対するシャニマスファンの態度が、何となく気に入らなかったから、ですかね。

よくよく考えてみれば、私自身がシャニマスに求めていることは小糸が可愛いこと程度。ノクチルも、シャニマスも、それ自体はどうでもいいのかもしれません。 そのような意味では、今回のシャニアニ2期第2章は成功だったと言えるでしょう。小糸は健気で可愛かったですよ。