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2023年5月4日木曜日

Creepypasta私家訳『あの忌々しいドアを閉めろ』(原題“Shut That Damned Door”)

錆びたドアの写真

"Battleground door" by Infrogmation of New Orleans is licensed under CC BY 2.0.

作品紹介

Shut That Damned Doorを訳しました。Creepypasta Wikiでは“Spotlighted Pastas”に指定されています。 開きかけの扉、襖の隙間、障子戸の影は怖いという話です。

“Damned Door”をどう訳すべきか。「忌々しいドア」、「クソッタレのドア」、「ドアのあん畜生」……。

作品情報
原作
Shut That Damned Door (Creepypasta Wiki、oldid=1319176)
原著者
WriterJosh
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

あの忌々しいドアを閉めろ

俺が14歳のとき、両親が車の事故で死んだ。

同情とかはするなよ。あの件とは数年前に折り合いがついている。両親との生活は素晴らしいものだったとは決して言えない。それでも、両親が居なくて寂しく思う。両親が一つ教えてくれたことがあったとすれば、自己憐憫に耽るな、ということだ。

ただ、両親が死んだせいで、ルイーズおばさんの元に行く羽目になってしまった。

誰にでもあんな家族が1人くらいはいるはずだ。少し変なところがあって、少し他の家族から孤立しているような人が。ルイーズおばさんが俺たちにとってはそんな家族だった。生きている親戚の中で一番近くに住んでいる人でもあった。親父の家族は大陸の反対側に住んでいた。お袋の両親は亡くなっており、子供はお袋だけだった。ルイーズおばさんはお袋の母親の姉妹で、実際は大おばにあたる人だった。俺と両親が住んでいたところからほんの1時間の所に住んでいた。

両親が生きていた頃、俺と両親は滅多にルイーズおばさんの元を訪ねなかった。本当に正直に言えば、ルイーズおばさんは俺を引き取るのを断るのではないかと半ば予想していた。児童福祉局がルイーズおばさんに連絡をとって俺を引き取るか相談したと聞いてすぐ、孤児院に引き取られるか、アメリカを横断することになると完全に覚悟していた。

しかし、ルイーズおばさんは了承した。進んで引き受けたのか、喜んで承諾したのかは分からない。ルイーズおばさんが俺の引き取りを了承したときの電話のやり取りに俺は関与しなかったためだ。しかし、俺が来てから最初の3日間、ルイーズおばさんが親切にしてくれたから、俺は驚いてしまった。

はっきりさせておきたい。ルイーズおばさんは気難しく、風変わりで、偏屈で、気が利かず、他にも良いとは言えない形容詞がいくつか並ぶ人だったけれど、どうしようもないクソババアではなかった。どちらかと言えばぶっきらぼうで、むしろ苛々させるような話し方をする人だったが、冷酷な人ではなかった。生まれてから14年間、ルイーズおばさんの為人を知る機会は全く無かったが、ルイーズおばさんはほぼ人付き合いをしない人で、特に人を好いたりしない人だとは知っていた。だから、俺は自然に、ルイーズおばさんは社会から逸脱した不愛想な婆さんなのだろうと推測していた。

実のところ、俺が越してきて最初に一番驚いたのは、何もかもが普通に見えることだった。少なくとも最初のうちは。ルイーズおばさんは料理をしたり、掃除をしたり、テレビを見たり、隣人と電話で話したりなど、他の誰でもしそうなことをしていた。ルイーズおばさんがすぐ俺に言ってきたことは、俺が予期していたようなものとはほとんど違った。少なくとも、俺の両親が言わなかったようなことは言わなかった。夜更かしするなとか、帰宅が遅くなるときは連絡しろとか、テレビを見る前に宿題を終わらせろとか、自分のものは片づけろというようなことしか言わなかった。

ただ、1つ変な決まりがあった。その決まりはあまりに奇妙だったから、他の決まりから浮いて見えた。最初、俺は気にしないようにしていた。老人は時折、風変りになるものだ。最初は、それ以上のものではないと思っていた。しかし、それは間違いだった。

ルイーズおばさんは俺が部屋を出入りすると必ず、すぐに背後のドアを閉めるように言った。数秒だけ部屋に用事があるときでもお構いなしだった。部屋に入ると、すぐにドアを閉めるように要求した。部屋を出るときも同じだった。

最初の1週間ほど、俺はこの決まりをよく忘れた。ルイーズおばさんは俺にこの決まりのことを思い出させるのを決して欠かさなかった。俺が忘れるといつも、「あの忌々しいドアを閉めんか!」と叫んだものだった。ルイーズおばさんが家のどこにいようが全く関係なかったようで、俺がドアを開けてすぐに閉めずにいるといつもバレた。

ルイーズおばさんの家は古く、俺はルイーズおばさんが最初の持主ではなかっただろうと分かった。ルイーズおばさんはお袋が子供の頃からそこに住んでいた。この家がどれほど古いのかは分からなかった。そのデザインやレイアウトを見るに、築100年は優に超えているかもしれなかった。家は2階建てで、地下室が2階あった。地下2階の存在を知ったときは少し驚いた。自分の服の山を洗濯中に、ユーティリティルームの反対側の壁に閉じたドアが自然に存在することに気付いた。地下室は未完成で、ほぼ土の床であり、そこら中で沢山のものが積み上げられたり棚に収められたりしていた。何かを踏んずけたり、積み上がったものを倒したりする恐れがなく歩けるところはこの洗濯室だけだった。洗濯室は地下で唯一のタイル張りの部屋だった。

地下室で見つけたドアには横切るように板が張り付けられており、簡単に動かせた。まるでルイーズおばさんが、必要であれば越えられないこともない境界線を必要としていたかのようだった。2度目に見かけたときは好奇心に負け、ドアから板をずらして外し、ドアを開けようとした。しかし、鍵が掛かっていた。

すぐにはこれが奇妙なことだとは思わなかった。それでも、俺はあの部屋が外に通じるものを除けばこの家で唯一、ルイーズおばさんが鍵を掛けっぱなしにしている部屋だと気づいたときには不思議に思った。

ある日、ルイーズおばさんにこのドアについて質問した。ルイーズおばさんは料理の最中だった。

「地下室のドア?」

ルイーズおばさんは答えた。

「あれは地下2階だ。それより下はないよ。普段はジャムを置いているんだ。涼しくて保存に向いているからね」

「分かったよ」

俺は答えた。これでは鍵を掛けっぱなしにしている説明にはなっていなかった。

「それで、いつか俺がその地下2階を見てみたいと思ったときは……」

「いい加減にしな。どうしてそんな所を見たいんだね」

その返答を聞いて気付いたが、ルイーズおばさんの顔色が変わっていた。ルイーズおばさんは普段はだいたい同じ表情をしていた。誰かが洗い立てのカーペットに泥の足跡をつけたかのようなしかめ面だ。しかも、表情が示すほどには不機嫌ではなかった。ただ、よく作っていた表情はそれだったようだ。

しかし、俺がドアの先を見たいと言ったとき、ルイーズおばさんは返答する前に1秒間ほど、眉毛が吊り上がり、口を震えさせていた。あまりに微妙な変化だから、他の人であれば気付かなかっただろう。ただ、そのときには、俺はルイーズおばさんのことを十分理解していた。あれは恐怖の叫びと同じだった。

それで、俺はあのドアの先を見なければならないと思った。

俺はいつだって好奇心旺盛な方だった。興味を引き立てるものから離れ続けることは絶対にできなかった。俺の中の良識が近づかない方が良いと理解していたとしてもだ。それ以来、地下2階にあるものを見る以上の望みはなかった。

ただ、あの鍵をどう対処すればいいか。それが目下の課題だった。ルイーズおばさんはすべての鍵を一つのキーホルダーに纏めていた。鍵はそれほど多くなかったが、地下二階へのドアがどこかにあるとすれば、そこが答えだった。

俺はルイーズおばさんから鍵を奪い取る方法を見つけなければならなかった。

問題はそれほど単純ではないと分かった。例えば、物音を聞かれずに家の中を移動することはできなかった。ドアを全く開閉することなく、自分の寝室からルイーズおばさんの寝室に忍び込んで鍵を掠め取ることは不可能だった。自分の寝室のドア、廊下の向こう側のドア、そして、ルイーズおばさんの寝室のドアを開閉しなければならない。信じてほしいが、ただ全てのドアを開けっぱなしにしたとしても、ルイーズおばさんはどういうわけかそれに気付くのだ。一度、夜にトイレに行って、廊下のドアを閉じ忘れたことがあった。ちょうどトイレに辿り着いたとき、ルイーズおばさんの叫び声が聞こえた。ルイーズおばさんは眠ってさえいたというのに。

「あの忌々しいドアを閉めんか!」

俺は急いで戻り、廊下のドアを閉めたのだが、今度はトイレのドアを閉め忘れた。すると、再び叫び声が聞こえた。

「あの忌々しいドアを閉めんか!」

さらに言うと、ルイーズおばさんの部屋には軋むドアという落とし穴がある。そのため、ルイーズおばさんがそのドアを開けると、ギィィィィィという音がする。ルイーズおばさんに気付かれることなく開けられるドアは無かった。

だから、地下2階のドアのことはしばらくの間忘れていた。好奇心を満足させるのは後回しにして、しばらくは無口な老女と上手くやっていこうと努力した。生活が少し楽になってきた。全てのドアを常に閉めっぱなしにすることを忘れなければ、俺とルイーズおばさんは上手くやっていけた。ルイーズおばさんは何事につけ俺を苛つかせるようなことはしなかったし、俺もルイーズおばさんを苛つかせることはなかった。そこはかなり静かな家だったが、俺が住み慣れた家でもあった。ドアを通じて入られるどの場所も常にドアが閉まったままであることをもはや奇妙とさえ思わなくなった。ドアが開けっぱなしになっていると奇妙に思うようにすらなっていた。

問題のその日、ルイーズおばさんは『ザ・プライス・イズ・ライト』([訳註] アメリカのクイズ番組。“Come on down!”<さぁこちらへどうぞ!>という掛け声でお馴染み) を見ながら眠ってしまった。その日は夏で、かなり暑かった。ルイーズおばさんはドアを開けることと比べると、窓を開けることはわずかに関心が薄かった。それでも、ルイーズおばさんは一度に1箇所しか窓を開けようとせず、この日も1箇所だけ開けていた。ルイーズおばさんの主要な奇癖のおかげで、どの部屋にも空気の流れが無いこの家は箱に閉じ込められたかのようで、窓を1箇所開けただけでは十分に冷却されなかった。そんなわけで、自然とルイーズおばさんは眠りに落ちた。こうして、俺にチャンスが訪れた。

ルイーズおばさんのハンドバッグがその足元に置いてあった。俺はルイーズおばさんのすぐ隣の椅子に座り、『アベンジャーズ』という漫画を読み、テレビから繰り返し流れる「さぁ、こちらへどうぞぉぉぉぉぉ!」という声を無視しようとしていた。俺はルイーズおばさんの方をそっと見た。すると、ルイーズおばさんはぐっすりと居眠りしていた。ルイーズおばさんの聴力は起きているときでさえそれほどではなかったが、耳が聞こえないというわけでもない。ただ、居眠りしていることを考えると、ハンドバッグから物をくすねるときの小さな物音はさほど聞こえないだろう。

鍵はほぼすぐに見つかり、俺は吹抜けに向かった。ドアを開けたときにルイーズおばさんが目覚めたとしても、洗濯物の仕事をしていたと言い張るつもりだった。しかし、ルイーズおばさんは俺がドアを閉め忘れたとしても目を覚ます様子はなく、今となっては俺はそんなヘマは絶対にしなかった。

階段を下り、あの入れなかった場所にまだいるわけでもなかったが、どういうわけかつま先立ちで歩いた。ルイーズおばさんは決して明白に俺が今やっていることを禁止したわけではなかったが、馬鹿げたことに罪悪感を覚えた。

地下室のドアはもちろん閉まっていたが、いつも通り鍵はかかっていなかった。身を屈めて入り、ドアを閉じて、数分間待った。ルイーズおばさんが目を覚ますなどして椅子の骨組みがずれる音がしないか、どうして地下室にいるのか問い詰めていそうな声がしないか耳を澄ました。

こっそりと洗濯室に忍び込み、ドアを開けてすぐに閉じ、内側に滑り込んだ。照明の紐を手探りで探し、引っ張った。弱弱しく不気味な光が部屋の中を明滅した。これまでこの部屋の明かりをここまで不気味に思ったことはなかったが、そのときはそう思った。これまでの行動に何か違和感を覚えた。

しかし、好奇心が警戒心を打ち負かした。俺はドアの方に忍び込み、板を取り外した。ルイーズおばさんは俺が最後に板を外した後に、板を元の場所に戻したようだ。ルイーズおばさんはどうしてこんなことをしたのか、脳裏に疑問が一瞬過ぎったが、俺はその疑問を無視してキーホルダーを取り出した。

3番目の鍵がそのドアの鍵だった。錠が外れる大きな音が聞こえた。俺は凍り付いた。胸の中を心臓が鼓動を打ち、階上から叫び声が聞こえないか耳を澄ました。何も聞こえなかった。

ドアは幽霊のように静かに開いた。その先には階段を照らすような明かりは無かった。階段では照明の紐さえも見えなかった。俺の脳が悲鳴を上げ、肉体に回れ右してこのちょっとした冒険を忘れるように命じた。しかし、俺はそんなことに気にも留めず、階段を忍び足で降り、手探りで壁を伝った。

進んでみると、小さな光があることが分かった。光は天井の通気口から漏れ出ていた。大した光ではなかったが、照明の紐があるのが見えた。階段の降り口から数十センチ先だ。おかしな場所にあるものだ。こういうものは踊り場にあるものだろう。それでも、俺はかなりこぢんまりとして見える廊下を歩き、紐を引いた。もしかすると、そのちらつく明かりは洗濯室からの明かりよりも弱弱しかったのかもしれない。かろうじて明かりがついていると分かるような有様だった。

見回してみると、本当にルイーズおばさんが言っていたようにジャムが保管されていた。謎に平凡な回答が突きつけられていささか失望した。一時は、秘密の地下2階は本当に秘密の場所のように見えたのだ。

ただ……固い土の壁や地下の冷涼な空気の中にあるはずのない、やや暖かい微風が感じられた。まだ違和感が強く残っていた。俺は瓶が並ぶ棚の列の終わりに出入口があることに気付いた。出入口にはドアが無かった。

俺は忍び足で進み、腕を前にして慎重に歩を進めた。ドアの先の部屋は暗く、黴臭い臭いがした。肌を撫でる生暖かい空気の出本は感じられなかった。しかし、その部屋へ近づくにつれて、空気が暖かくなっていることに気付いた。

隧道の入り口に着いた頃には (どういうわけか、このときにはこの場所は隧道であると思い始めていた)、空気はただ暖かいだけではなかった。湿ってもいたのだ。悪臭もあった。その臭いは黴臭いものから、もっと質の悪いものになっていった。今までよりも違和感が強まった。俺はここから出ていかないとならない。どうして近づいてしまったのだろう。

そこには大した光は無かったが、部屋の反対側に別のドアの輪郭が見えた。そのドアは半開きだった。ルイーズおばさんの家に半開きのドアがあるというのは、他の人の家に粉々に割れた窓があるようなものだ。異常だ。あり得ない。こうなると……もう俺は正確にはルイーズおばさんの家にはいない、ということか。この隧道はこの家のために掘られたわけではない。俺はそのことを魂で理解した。その隧道は以前からそこにあった。かなり昔からあった。この場所は短慮な建築業者がルイーズおばさんの家に接続しただけだった。連中は何を掘り出してしまったのか分かっていなかった。埋めたままにしておくべきものだったのだ。

すぐに気付いたが、その先の部屋、まさに足を踏み入れようとしていたその部屋が動いていた。明かりは暗すぎて、何が起きているのか見えなかった。それでも、その部屋の先で何か動きがあった。絶え間なく、ゆっくりと、緩慢な動きだ。壁沿い全てに、床の上の全てに動きがあった。四隅からグチャグチャという微かな音が聞こえた。何かが這い回り、そのどろどろとした肉を拡大していた。

そして、それは俺を見ていた。俺に床を横切り、向こう側のドアを閉じさせようとしていた。俺にドアを通ってくるかもしれない何かを永遠に締め出させるように仕向けていた。流体を啜る音が聞こえた。何か形のない、ゼラチン状の存在が闇の中を伸び縮みしていた。

その瞬間、俺は理解できたような感覚に陥った。このドアの前に立った人間は俺が最初ではない。閉めることのできないこのドア。あのもう一つのドアを見た最初の人間ではなく、そうするつもりでもなかったその人は、向こう側でドアを開けたままに放置した。そして、誰かが勇気を出して境界を横切り、そのドアを閉じるまでは、常に開けっぱなしになることを知っていた。

ルイーズおばさんは勇気が無く、だから逃げ出した。そして、家の中の全てのドアを常に閉めたままにした。家の中のドアをいつ何時も閉めたままにしておけば、あの忌々しいドアの向こうから何かがついにやって来たときにその時が来たと分かるかもしれないと、ありもしない望みを抱えて。

俺も勇気が無かった。踵を返し、逃げ出して、決して振り返らなかった。16歳のとき、俺はルイーズおばさんの家を出て、社会復帰施設に移った。18歳になると仕事を変え、別の場所に移った。ルイーズおばさんの家には絶対に戻らなかったし、電話もしなかった。ルイーズおばさんのことを考えないようにさえ努めた。

ただ、上手くいかなかった。例の出入口の前に立ったあの日のことをいまだに思い出す。あのグチャグチャと音を立てて蠢く何かが、暗闇の中を待っていると脳裏に浮かぶ。そして、ルイーズおばさんがあの部屋を横切る力を身につけて、あの忌々しいドアを閉めてくれないだろうかと思ってしまうのだ。

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