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2026年4月4日土曜日

『無垢たる魂』(Creepypasta私家訳、原題“Innocent Souls”)

白い肌をした人物の画像

暗く雨滴る夜の、暗く水滴る洞窟。最奥に住まう者たちは決して徘徊することがなく、その暗闇は夏の日の太陽光線のように目を眩ます。深くまで進めば進むほど、暗闇はいっそう深まり、洞窟の胃袋に丸呑みにされて腹の中で消化されているような感覚に陥る。洞窟に入ってみると最初は寒い。Tシャツの上に羽織って雨に濡れたジャケットが微風で冷えるためで、綿の中に小さな水たまりができ始める。しかし、深く進んでいくと、暖かくなっていく。君は目的も理由もなくこの洞窟にいるが、岩と土でできた空洞へ向かって歩いている。大事なことはそれだけだ。

数マイル進んでいくと、小さな光が見える。蝋燭や星のような光だ。光は真直ぐに差し込んでおり、自然の産物としてはあまりにも完璧すぎる。近づいても光は大きくならない。徐々に明瞭に澄んでいくだけだ。そのうちに輪郭が見えるようになる。その光は石に空いた小さな穴から出てきている。石は平たく人工の壁のようで、見たところ傷がないようだ。穴の外周が自分の人差し指と同じ太さであることに気付く。それには間違いなく何か意味があるのではないか。穴を覗いてじっと見つめても、黄色や金色に輝いているだけだ。他にすべきことも思いつかず、円い亀裂の中に指をひっかけて、石の扉を引いて開ける。目が光に慣れると、部屋の中で目の前に四人の人物の姿が見える。

三人は座っており、一人は立っている。四人ともよく似た見た目をしており、差異はほとんどない。四人の肌は白けて水仙の花の色のようで、目はほとんど目立たない。性別や性器はないように見える。髪の毛、色素、虹彩の色といった多くのものが欠落している。目を凝らしてよく見ると、四人の外見に新たな異常を発見する。四人の体は急所が針で貫かれている。

座っている人物の一人は両目に針が刺さっている。針の刺さり方により、両目が見上げるような形で固定されている。そのため、虹彩は瞼の上のほんの下の部分でしか見えない。

二人目の座っている人物は両耳に針が刺さっている。一目見て、針がとても長いと分かる。その針はまるで編み針のようだ。ただ、それよりも細いため、縫い針のようでもある。

三人目の座っている人物は喉に複数の針が刺さっている。針がどこに刺さっていても、刺し貫かれた皮膚は出血していないことに君は気が付く。針の周りの皮膚は治癒されているようで、まるで針が体の一部になっているようだ。

立っている人物は体が針で覆われている。その人物は覚醒しており、他の三人と同じように、真直ぐに君を見つめている。目を針で刺された人物すらも君をじっと見つめているように感じる。その両目は君を見ていないはずなのだが。

「こんばんは、見知らぬ人よ」

針で覆われた人が歌うように言った。

「私には君がここにいるのが分かる。だから、私たちきょうだいについて語らねばならない」

「語る?」

君は聞き返す。

「座りたければご自由に。私にはもう二度と出来ないことだから」

「どうして」

君は言葉を返す。

「それを今から話すのだ」

立っている人物は座っている三人に目を遣った。

「この三人は私のきょうだい。私たちは同じ親から同じ時に生まれた」

「こいつはキク。最初に生まれた。母がまだ私たちとともに分娩中、キクこそが母の子宮を最初に出た」>

喉に針が刺さっている人物に同じことをした。

「こいつはハナス。二番目の子供」

同じ行動が目に針が刺さっている人物にも繰り返された。

「こいつはミル。三番目の子供」

しばし動きを止め、立っている人物が悲しみと厳粛な緊張を伴って君の目を見る。

「私はカンジル。最後の子供。これから、私たちきょうだいの身に起きたこと、私たちきょうだいがこうしている理由を話そう」

「私たちきょうだいを産んだ両親は、普通の人のようだった。キクが生まれるそのときまでは。最初に、両親はキクの両耳に針を刺した。悪を聞くことができないように。しかし、キクは他の赤ん坊よりも大きな声で泣いたものだった。だからその後、両親は残りのきょうだいには同じことを繰り返さなかった。母と父は、多くの言葉は忌まわしく、誰にも聞かせるべきではないと言う。しかし、幼い時分には、聞く能力は誰にとっても重要だ。赤ん坊は泣いて親の関心を引くのだから。それで、赤ん坊は自分の声が聞こえないと、もっと大きな声で泣く。自分を守る人にその声が聞こえると思わないからだ」

「しばらくして、両親は私たちきょうだいの体を検査し、悪いものを取り除いて、性別を区別できなくした。両親は性器を目に入れたくなかったからでもある。両親は、私たちは清められたと言った。人間の肉体は悍ましい見た目をしているから、誰の目にも入るべきではないためだ。中には幼い頃に鏡で自分の姿を見てしまう人もいる。私たちはそうではない。だから、私たちはそんな人たちよりも幸運だった」

「両親はたまたまミルを選び、同じことを続けた。ミルが悪を見ることがないように、両目に針を突き刺した。一仕事終えると、両親は自分が為した惨状を目にして、ハナスと私には同じようにはしなかった。私たちの体にしたことと同じように、両親は最善を為したと言った。私たちの肉体だけが私たちを傷つけ得るわけではないからだ。他者の肉体も、その作為や行動も私たちの肉体を傷つけるのだ」

「私たちきょうだいが六歳辺りの頃、両親はハナスが『悪い言葉』を聞き、後になって仲間や私に広めるかもしれないと知った。おかえしに、両親はハナスの喉に針を突き刺した。だから、ハナスは当時の私の無垢な心を嫌な言葉で破壊できなくなった。私はそんな言葉を聞いたことがなかった。両親が『罰当たりな言葉』と呼んでいた言葉を私は聞かずに済んで幸運だ」

「とうとう、私はよその子供たちから傷つけられた。子供たちは私を酷く傷つけたが理解しなかった。私は友達作りができないただの風変りな子供だった。自分を守って助けてくれる友達ができなかった。誰も私がどうしてそんな風に振舞っているのか、どうしていつも何を言うのも何を為すのも恐れているのか理解しなかった。人々に何が起きたか伝えようとしても、誰も信じなかった。それか、そんなことは『些細なこと』と言うだけだった。親はそうすべきだ、社会に蔓延る屑どもが子供の目に入らないようにして良い子でいられるように、と言うだけだった」

「私は随分と傷つけられたから、両親は他のきょうだいのように私が痛みと『悪』を感じる様を気に食わなかった。将来の痛みを麻痺させるため、両親は私の肉体を針で貫いた。一センチごとに針で刺した。他のきょうだいのように、私は家に留まることを強いられた。『悪い子たちにこれ以上傷つけられないように』という理由だ。時折、両親が私たちから守ろうとした忌まわしいことはここまでする価値があったのかと思う。痛みが酷いからだ。本当に、本当に痛い」

その声は痛みや苦しみを説明する中で薄れていった。

「逃げ出そうとしたことはあるのか」

君は尋ねた。

「もちろん」

両目が閉じて、か細い涙の筋が顔を伝った。

「だから私はこうして立っている。私は悪い子で、世界の邪悪をきょうだいに教える反面教師だった。三人はあまりにも無垢で、外の世界の振舞いとその予測不可能さに耐えられなかった」

「足の裏にも針が刺さっているのか」>

君は凄まじく痛いに違いないと思う。特に針が三人の肉体に刺さっているものと同じ長さであるならば。

無言のまま、カンジルは足を上げて、皮膚に押し当てられた針の後端を見せた。音も無く、カンジルは足を降ろした。

「私はここにいる。自分の子供を助けるには何をすべきか、これほどまでに不定で制御できない世界を巣食う邪悪から子供を救うには何をすべきか警告するために。しかし、こんな警告に耳を傾けてはならない。私自身の警告を聞いてほしい。こんな風に自分の子供を保護しようとすると何が起きるのか知ってほしい」

「逃げ出そうとはしなかったのか」

「やってみたさ。そうすると、ママやパパが私を捕まえてきたんだ」

カンジルの声は単調なものになった。

「二度とパパとママを怒らせたくない。苦しすぎて逆らえないんだよ」

「両親はまだ生きているのか」

「そんなことはどうでもいい」

カンジルは姿勢をまっすぐに保ち、背中を丸めずにピンとしていた。

「重要なことは親が見張っているかもしれないということ。親が見張っているか分からないということは、親がいつも見張っているのと同じということ。見張っているのかもしれないし、見張っていないのかもしれない。でも、一か八かに賭ける余裕なんてない」

カンジルは扉を指さした。

「さあ、帰るんだ。君もママとパパに追いつかれる前に」

君はおもむろに躊躇いながら後ずさりし、扉を抜けて、暗闇の中に戻っていく。君の脳裏に浮かぶのはあの四人を助けることはできないかという思いだけ。しかし、確信できないがそんなことは不可能であると知っている。歩き続ける最中、君は自分の子供についてばかり考えてしまう。子供のために何をしようか、どのように子供にこの世界を正しく説明するか、周囲の人たちの行動や避けられない経験を理由に子供を罰せずに済ませられるのか、と。前と同じように、直ちに洞窟は暗くなっていく。さらに歩き続けると、前に見たよりも暗くなっていく。

暗闇はこれまで経験したものとは異なる。地獄の底にいるかのような気分だ。そんなはずはないと言えるだろうか。地獄は終わる気配がない。まさに底無しとしか形容できない。君はこの暗闇から逃れたい。逃れる時を待っている。数分前に入った洞窟の入口に近付けば明るくなるはずだと君は考える。

洞窟の旅を初めて数時間、君は眠りに落ちる。気が付くと、確かに光が目に入る。夜だったから暗闇から逃れられなかったのだ。君は狂喜し、光の方に走っていき、自由を取り戻す。

君は幸福の中で帰宅し、それから四人の子供たちについて思案する。自らを慰撫するため、君は自分は上手くやれると口に出す。あの親のように自分の子供を傷つけるなんてしない、と。

しかし、ここで心から問おう。

君は本当に子供を傷つけずにいられるのだろうか。


Creepypasta Wikiでは“Spotlighted Pastas”に選出されています。

カンジルの一人称や口調をどうすべきだったのかいまいち分かりません。

作品情報
原作
Innocent Souls (Creepypasta Wiki、oldid=1494653)
原著者
DEFSeattle
翻訳
閉途 (Tojito)
ライセンス
CC BY-SA 4.0

2026年1月26日月曜日

禍話リライト「祭りと靴」

空地に靴が散らばっている

Aさんという会社員の男性から聞いた話。

Aさんの同僚にBさんという男がいた。Bさんはお調子者で、宴席では大活躍するため重宝されていた。ただ、踏み越えてはいけない領域に土足で踏み入ってしまう無神経な性格でもあった。

お盆休みを終えたときのこと。Bさんは「頼みがある」と言いながら、Aさんに写真を見せてきた。手ブレのせいで何が写っていたのかよく分からなかった。

「なんだよ、この写真」

「いやぁ、旅先で祭りに参加したんだよね」

お盆休みのとき、Bさんは車で旅行に出かけた。行き先がどこだったのかは、当時のBさんは語ってくれず、今となってはもはや聞き出すこともできないため、不明のままである。

旅行の帰り道、Bさんは道に迷い、小さな集落に迷い込んだという。集落の公園では地域の祭りが開かれていた。

寂れた地域だったためか、祭りはどことなく陰気な空気が漂っていた。参加者は高齢化のためか老人ばかり。滑り台をやぐらに見立てて飾っているが、滑り台は錆だらけで今にも倒壊しそうだ。飲み物も酒ではなく、参加者の体を労わったのか、ポカリスエットのようなものを飲んでいた。そんな有様だったが、Bさんは興が乗り、祭りに飛び入りで参加した。

Aさんに見せたのはそのときの写真だというのだが、まともに写っている写真は一枚も無かった。どれもこれも手ブレが酷く、端からまともに撮影する気があったのか疑わしいほどだった。

特に酷かったのはやぐらに上ったときの写真だ。若い人が来てくれてありがたいからとやぐらに上らせてもらい、そのときにやぐらから下を覗き込んで撮影したものだそうだ。しかし、真っ黒で何も写っていなかった。まるで光源がない場所で撮影したかのようだった。

「真っ暗だ。レンズを指で塞いじゃったのか」

「いやいや、そんなはずはないよ。加工すれば見えるんじゃないかと思ってさ。頼むよ」

「仕方ないな」

Aさんは画像編集ソフトウェアの扱いに慣れており、言われた通りに写真の明るさを調節した。すると、確かに何かが写ってはいたのだが、それは明らかに祭りの様子などではなかった。

そこに写っていたのは荒れた空き地だった。雑草が生い茂っており、全く手入れをされていない様子だった。その空き地の中に、四、五足の靴が転がっていた。靴は様々で、革靴であったり、ブーツやスニーカーが落ちていたりした。靴は揃って置かれてはおらず、バラバラになって散らかっていた。空き地に靴が不法投棄された現場を写しているようにしか見えなかった。

「これ祭りの写真じゃないだろ」

「こんなの写した覚えはないよ。でも、祭りのときに撮ったはずなんだけどな」

「お前さ、何て祭りに参加したの」

「████だよ。作物のために晴れることを祈願する祭り、なんだってさ」

Aさんはその場でネット検索にかけたが、そのような名前の祭りは見つからなかった。Aさんはうっかり名前を忘れてしまったそうだが、濁点の多い名前だったことを記憶している。

Bさんの旅の思い出話はあまりにも不自然なことばかりだった。Aさんは困惑しつつも呆れ果てた。

「本当にこんな祭りあったのかよ。まともに撮れた写真も無いし」

「まあ、旅の恥はかき捨てということで」

客観的に見れば、かなり不気味な状況のように思われる。しかし、そのときは笑い話ということで流され、深く追及されることはなかった。

翌日、Bさんは風邪を理由に会社を休んだ。その次の日も。

上司は心配になり、Bさんに電話を掛けた。しかし、Bさんは酷く疲れたような声で、

「今は行けないんですよ」

と捲し立て、一方的に電話を切ってしまった。日頃のBさんの態度からは想像できない言動で、上司はますます心配になった。そこで、Aさんを伴ってBさんの家へ向かうことになった。

道中、AさんはBさんが旅先で体験した出来事について上司に説明した。何か関係があるかもしれないと考えてのことだったが、上司は「祭りが一体何の関係があるのか」と戸惑うばかりだった。

Bさんの自宅は古いアパートの2階の一室だった。一目見て、Bさんが不在であると推察できた。玄関のドアが開け放たれて、中の様子が見えたためである。部屋の中は明かり一つなく真っ暗で、玄関には靴が一つも残っていなかった。

Aさんと上司は顔を見合わせるばかりだった。ふと、アパートの駐車場の方に目をやると、数足の靴が転がっていた。整然と並べられているのではなく、蹴飛ばしたまま乱雑に放置したかのような様相だった。おそらくはBさんの靴だろう。玄関に靴が無かった理由は、駐車場にバラバラに落ちていたためだった。上司は呆れたように呟いた。

「おいおい、『明日天気になぁれ』じゃないんだから……」

このとき、Aさんと上司は思い出した。Bさんが参加した祭りは、晴れを祈願する目的があったことを。

二人は無言のまま、急いでその場を立ち去った。

後日、Bさんの実家から退職すると連絡があった。その後、Bさんがどうなったのかは分からない。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怖い話を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
禍話フロムビヨンド 第9夜 (禍話 @magabanasi放送)
語り手
かぁなっき様
聞き手
加藤よしき様

2026年1月22日木曜日

禍話リライト「人形が居る廃墟」

廃墟の中に置かれた人形の画像。

Aさんが友人たちと、夜中に廃墟へ肝試しに行ったときの体験談。

その廃墟はかつては何らかの施設だったようだ。古めかしいポスターが貼られ、故障した自動販売機が放置されていた。Aさんたちは逸る気持ちとほんのりとした恐怖をないまぜに、廃墟の中を探索した。

しかし、思わぬ横槍が入った。廃墟には先客が居たのである。カップルと付添いの友人という組み合わせの三人組だった。

Aさんたちは気まずい気持ちになり、先に廃墟から出た。玄関の近くで三人が廃墟から出るのを待つことにした。よく見ると、駐車場には三人が乗ってきたらしき車が停まっていた。駐車場はかなり広く、放置された廃車やゴミに紛れていたこともあり、車の存在に気付かなかったようだ。

しばらく暇を潰していると、廃墟から大きな物音が聞こえた。それは例の三人が廃墟の中を全力で走っている足音だった。三人は勢いよく玄関から飛び出した。Aさんは走り去っていく三人の背中へ向けて声をかけた。

「どうしたんですか」

すると、最後尾の男が返答した。カップルに付き添いで来たらしき人物だ。

「ここヤバいですよ。早く帰った方が良いです」

付き添いの男はランドセルほどの大きさの箱を抱えていた。カップルは駐車場に停めた車の運転席と助手席に飛び乗った。付き添いの男も箱を抱えたまま後部座席に乗り込んだ。Aさんたちは三人が乗った車の方へ駆け寄った。運転席にいたカップルの片割れの男が窓を開けた。

「早く逃げた方が良いですよ」

Aさんは廃墟の中で何が起きたのか聞き出そうとした。

「何かあったんですか」

すると、三人は口々に叫んだ。

「人形! 人形!」

三人は興奮していたためかまともな説明ができず、ただ「人形!」と叫ぶばかりだった。

「ヤバい人形があったんですか」

「そう、人形!」

三人の乗った車はそのまま駐車場を出ていった。

残されたAさんたちは、三人の忠告を無視して廃墟を探索することにした。どうやら恐ろしい人形があるようだが、所詮は人形である。動き出して襲い掛かってくるわけもない。不意に怖い人形に出くわしたら驚くかもしれないが、事前に情報を知っているのであれば、大したことは無いだろう。

しかし、Aさんたちの予想は意外な形で外れた。廃墟をいくら探索しても、人形は見つからなかったのである。最上階まで隈なく探したが、ぬいぐるみやマネキンの類すら無かった。

Aさんたちは期待を裏切られ、白けた気分になった。おそらく例の三人は何か別の物を人形と見間違えたのだろう。Aさんたちがそろそろ帰ろうかと思っていると、仲間の一人が窓の外を見てあることに気付いた。

「おい、あの人たち戻ってきているぞ」

Aさんたちも窓を見ると、駐車場に三人の車が停まっていた。

Aさんたちは三人の様子を見ることにした。廃墟を出てみると、三人の車は室内灯がついていた。ぼんやりとしか見えないが、どうやら三人とも車の中にいるようだ。

「どうしたんですか。忘れ物ですか」

Aさんたちは懐中電灯を三人の車に向けた。そして、三人の姿を見て唖然とした。

三人は女の顔を模したゴム製のマスクで顔を隠していた。そして、頭には長い鬘を被っていた。三人は微動だにしなかった。無表情なマスクと黒髪。背筋を伸ばし、動かずにじっとしている様は、まさしく人形のような姿だった。首から下は先程見たときの服装のままだった。おそらくは同一人物のはずである。

車の運転席の窓は開けたままだった。Aさんは声を詰まらせながらも話しかけた。

「あの、どうしたんですか」

しかし、車中の三人は反応を示さなかった。人形のように固まったままだった。

運転席の男はハンドルを握っていた。もしかしたら、車を急発進させて襲い掛かってくるかもしれない。Aさんたちは廃墟に戻り、三人の様子を見ることにした。

Aさんたちが廃墟の最上階にまで戻ると、友人の一人が窓の外を眺めながら呟いた。

「そういえば、あいつら箱を持っていたな。あの箱の中にマスクとかが入っていたんだろう」

彼の言葉に誰も反応しなかった。溜息をつきながら、三人の車の様子を見張った。Aさんたちは朝まで待ってみることにしようと腹を括った。

そして、朝五時頃。Aさんは痺れを切らし、三人の偵察に向かうことにした。もしかしたら三人は眠っているかもしれないと期待していた。今のところ、車に全く動きが無かったためである。

Aさんは静かに階段を降りて、廃墟の玄関を出た。三人の車に近寄ってみたところ、明け方だったこともあり、車中の様子が垣間見えた。

どうやら三人は眠っていないようだった。相変わらず、マスクと鬘を身につけて、車の中でじっとしていた。

そして、後部座席に四人目がいた。

その人物も女の顔を模したマスクと、長い黒髪の鬘を纏っていた。微動だにせず人形のふりをしていた。

Aさんは理解した。この四人目は元は廃墟に潜んでいたのだろう。三人は人形の姿をしたその人物と出会い、恐慌を来して逃げ出した。しかし、追いつかれてこのような有様になっているのだろう。

Aさんは悲鳴を上げて、廃墟へ駆け戻っていった。Aさんたちは恐怖に身を震わせつつ、三人の車の様子を見張った。ふと気が付くと、車はいなくなっていた。こうして、Aさんたちは無事に廃墟から脱出することができた。


後日、Aさんはこの恐怖体験を他の友人に話した。友人たちは怖い、怖いと口々に言い合い、場が盛り上がった。すると、Bさんという男が冷ややかな反応をした。

「人形のふりをした幽霊ね。コスプレイヤーの幽霊なんじゃないの。ふざけた格好してさ」

Bさんはコスプレイヤーを毛嫌いしており、事あるごとにコスプレイヤーを中傷する。Aさんたちは彼の悪癖をうんざりするほどよく知っていたため、いつものように軽口として扱ってBさんをいなし、話を流した。

しかし、「人形」はBさんの言葉を聞き逃していなかったようだ。

それから半年後。Bさんはこれまで社内恋愛をしていたが、別れることになった。その後、別の相手を見つけたが、すぐに関係は破綻した。

AさんはBさんの元恋人から話を聞くことができた。元恋人によれば、夜になると、Bさんの家に誰かが訪ねてくるそうだ。その人物は玄関の前で何か話しかけてくる。元恋人はドアに耳を当ててその声を聞き取り、後悔した。その声は甲高く、間延びしており、このような言葉を繰り返していた。

「日本人形です。よろしくお願いします」

今もBさんの家には、日本人形を名乗るものがBさんの言葉を否定するために訪ねてきているそうだ。


この話には続きがある。

禍話の語り手であるかぁなっきさんは、この体験談を文章で受け取った。そのため、「日本人形です」のくだりをどのような節回しで言えばいいのか分からなかった。どうしたものかと考えたあげく、この話をすぐには語らず、寝かせたまま放置してしまった。

ある日、かぁなっきさんはCoCo壱番屋に行き、カレーを食べていた。店内には親子連れが居て、幼い少女がはしゃいで騒いでいた。少女は左手を掲げて、人差し指と中指を曲げたポーズをとった。そして、甲高い声で間延びした調子で叫んだ。

「日本人形でぇす。よろしくお願いしまぁす」

かぁなっきさんはある種の啓示として受け取り、この話を語ることを決意したという。


本稿はFEAR飯のかぁなっき様が「禍話」という配信で語った怖い話を文章化したものです。一部、翻案されている箇所があります。 本稿の扱いは「禍話」の二次創作の規程に準拠します。

作品情報
出自
禍話インフィニティ 第二十四夜 (禍話 @magabanasi放送、「人形廃墟」、「よろしくお願いします」より)
語り手
かぁなっき様
聞き手
加藤よしき様